間違ったTPP賛成論

注意事項 

補足しておくが、次の2つは全くの別問題である。

  • TPPに賛成すべきか反対すべきか。
  • 池田信夫氏の主張がデタラメであること。

中野剛志准教授らの主張がデマであることがTPPに賛成すべき理由とはならないように、池田信夫氏の主張がデタラメであることはTPPに反対すべき理由とならない。

間違った賛成論 

反対論ばかり叩いていると中立性を疑われそうなので、タマには賛成論も叩いてみる。

ナッシュ均衡 

貿易自由化で国内の生産者の利益は減るが、彼らの損失よりも消費者の利益のほうが大きいことは簡単な計算で確かめられる。 関税によって過少消費が起こるため、生産者も損をするのだ。


さらにこの問題は、世界的にみると囚人のジレンマになっている。 他国が関税をかければ自国もかけないと損をし、他国が市場開放すれば自国だけ関税をかけて輸出を増やせるので、双方とも関税を上げることがナッシュ均衡になるからだ。

グローバル化の最大の受益者は見えない - 池田信夫 blog

この2つが相矛盾することを別の引用を用いて説明する。

なぜなら関税を互いに掛け合った状態がナッシュ均衡(であり自由貿易がパレート効率的)だとすると

  • 互いに関税を掛け合っている状態(A)
  • 自国だけ関税を撤廃した状態(B)
  • 互いに関税を撤廃した状態(C)

の3つの状態は (C) > (A) > (B) という順に効用が高いということであり、

池田信夫教授のエントリーでわかるTPPに反対すべき理由 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

これは後者部分のみを引用して、その後者部分を前提として池田信夫氏の主張を分かりやすく説明したものである。 後者部分のみを前提とするなら、この解釈は完全に正しい。

「彼らの損失よりも消費者の利益のほうが大きい」のであれば、(A)の効用が最小となるはずである。 一方、ナッシュ均衡とは、 他のプレーヤーの戦略を所与とした場合、どのプレーヤーも自分の戦略を変更することによってより高い利得を得ることができない戦略の組み合わせ ナッシュ均衡 - Wikipedia であるから、「他国が関税をかければ自国もかけないと損」「双方とも関税を上げることがナッシュ均衡になる」のであれば、(A)>(B)でなければおかしい。 言うまでもなく、(A)が最小、かつ、(A)>(B)は両立し得ない。 よって、「彼らの損失よりも消費者の利益のほうが大きい」と「他国が関税をかければ自国もかけないと損」「双方とも関税を上げることがナッシュ均衡になる」は矛盾した主張である。

しかしながら確かに客観的な評価が難しい(或いは存在しない)問題ではあるものの、少なくとも(C) > (B) > (A)というのがそれほど強いコンセンサスを得ているとは考えにくいと筆者は考えている。 なぜかと言えば、もし(C) > (B) > (A) がコンセンサスなのであれば、そもそもTPPやWTOのような「協定」など必要ないからである。

仮に相手国の市場開放度に関わりなく(B) > (A)であるなら、関税を一方的に撤廃しさえすれば国民の効用は改善する。 そして相手国も馬鹿でなければ関税を撤廃するはずだから、自然と(C)が実現する。 この時の(C)はナッシュ均衡かつパレート最適という安定的な状態であり、この状態からあえて逸脱する必要性やメリットは誰にとっても存在しないことになる。

いっそTPP「協定」より関税の一方的撤廃の方がまだマシなんじゃないの? - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

ゲーム理論上は、この主張が正しい。 (C)>(B)>(A)であるならば、(A)は戦略変更で「より高い利得を得ること」ができるのでナッシュ均衡の条件を満たさない。 一方、(C)>(A)>(B)であれば、(A)は戦略変更しても(B)にしかならず「より高い利得を得ること」ができないのでナッシュ均衡の条件を満たす。 仮に、(C)>(B)>(A)であり、かつ、(A)は「ナッシュ均衡」ではない誤解に基づく均衡だったとしよう。 しかし、(A)が誤解に基づく均衡だったとしても、どこかの国が(B)を選択すれば、「より高い利得を得ること」が可能になる。 (B)の選択によって経済発展を遂げる成功例が出てくれば、真似をして(B)を選択する国が他にも出て来るだろう。 そうして、(B)の成功例が増えれば、多くの国がこぞって(B)を選択するだろう。 自国も相手国も揃って(B)を選択すれば、結果として(C)になる。 よって、(C)は「ナッシュ均衡かつパレート最適」となる。 それならば、協定などなくても自然に(C)が選ばれるはずである。 しかし、現実には協定なしに(C)が選択されないのだから、(C)>(B)>(A)は正しくないと推測できる。 つまり、「彼らの損失よりも消費者の利益のほうが大きい」は間違いである。

実は、「簡単な計算」にトリックがあるのである。

民主党が日米FTAについてマニフェストを修正する方針を決めたことに対して、小沢一郎氏が異議を唱えた。 農業所得補償は「農産物の貿易自由化が進んでも、市場価格が生産費を下回る状況なら不足分は支払うという制度。 消費者にとってもいいし、生産者も安心して再生産できる」という彼の議論は、経済学的にも正しい。 これを簡単な例で考えてみよう。

コメの需要と供給が図のようになっていて、国際価格はP1、生産量はQ1だとしよう。 このとき消費者余剰はA+B+b+C、生産者余剰はD+d+E+Fとなる。 他方、国内米の価格をPbとし、輸入米に関税をかけて価格をPbに引き上げると、生産量がQ2に減るので消費者余剰はAだけになり、生産者(海外農家)の受け取る価格はPsに下がるので、生産者余剰はFだけになる。 B+b+D+dが税収として政府に入るが、C+Eは誰の得にもならない社会的な損失であり、死荷重とよばれる。

関税撤廃

ここで関税を撤廃して価格がP1に下がると、消費者も生産者も利益を得る。 しかし国内農家は関税を払っていないので、国内価格Pbでの生産者余剰はB+dである。 輸入が自由化されて価格がP1に下がった場合、国内農家が同じ量を生産すると、d-bの損失が発生する。 その差額(B+b)を所得補償すれば、国内農家の所得は変わらず、消費者はB+b+Cの大きな利益を得る。 アメリカの農家もD+d+Eの利益を得るので、米政府も歓迎するだろう。 関税による死荷重がなくなるので、誰もが利益を得られるのだ。

これは高校生でも習うミクロ経済学の練習問題である。 小沢氏の主張は、きわめて初等的な経済学で証明できるのだ。

関税と所得補償 - 池田信夫 blog

関税撤廃による計算結果を並べると次のとおり。

  • アメリカの農家はD+d+Eの利益を得る。
  • 国内農家の所得は変わらない。
  • 消費者はB+b+Cの利益を得る。
  • 政府は2×(B+b)+D+dの損失を被る。
    • 税収はB+b+D+dだけ減る
    • 政府支出はB+bだけ増える

一見すると、「誰もが利益を得られる」ように見えるのは、政府損失を無視しているからである。 税収減や支出増で国民の利益が増えた…などと言うのは、悪名高きバラマキ政策そのものである。 金の成る木が存在しない以上、政府損失は国民(消費者や国内農家)に転嫁する以外にない。 政府損失の負担分も含めれば国民全体の利益はC−(B+b+D+d)となる。 であれば、仮に、D+d=0であったとしても、Q1<3×Q2であれば国民は損をする。 D+d>0ならば、国民が損をしないためにはQ1はもっと大きくなければならない。 しかし、農業生産物のほとんどは食料品などの生活必需品であり、価格変動に対して消費量がそんなに極端に変化するとは考え難い。 たとえば、米の価格が暴落したからと言って、米の消費量が3倍以上になるとは考え難いだろう。 だとすれば、国民は確実に損をするはずである。 つまり、外国の農家が得をして、自国民が損をするのである。 これは「他国が関税をかければ自国もかけないと損」な状態そのものである。 このように、「きわめて初等的な経済学で証明」されているのは、池田信夫氏の理論の嘘である。

尚、以上は、池田信夫氏の用いた計算手法において「彼らの損失よりも消費者の利益のほうが大きい」が間違いであることを示したに過ぎない。 以上は、自由貿易のメリットを否定する根拠とはならない。

比較優位 

各国で生産費が異なるときは、相対的にコストの安い財に特化して輸出することによって世界全体の生産量が増え、双方の国が利益を得るWin-Winが実現するのだ。 これがリカード以来知られている(そして内田氏の知らない)比較優位の原理である。 日本のような製造業に比較優位をもつ国が農産物に高率の関税をかけて農業を保護するのは、製造業を犠牲にして世界経済を収縮させているのだ。

内田樹氏の知らない比較優位 - 池田信夫 blog

「比較優位の原理」によって得られることは、全員の損得の合計がプラスになる=プラス・サムであって、「双方の国が利益を得るWin-Win」ではない。 プラス・サムではwin-winもwin-loseもあり得るのであって、プラス・サム=win-winではない。 ゼロ・サムではwin-loseしかあり得ないのに対して、プラス・サムではwin-winの可能性が付加されるだけに過ぎない。 プラス・サムでは、期待利益としてwinになる可能性が高まるのであって、winになることが保証されるわけではないのだ。 その辺を誤解しているから、次のような反論を受ける。

最近TPPに関連して、比較優位について言及している記事が目に付くが、その中でよく説明されている「比較優位に基づけば貿易は両者が得をするものであることは明らかであり、貿易に勝ち負けはない」というような話には筆者は違和感を感じる。 筆者は貿易にも一般的な意味での勝ち負けとほぼ同じものが厳然と存在すると考えているし、多くの人も実感としてはそう感じているのでは無いだろうか?


比較優位の説明にはPCと自動車や、ワインと毛織物など一見価値がそれほど違わないものが対象産品として選ばれる事が多いように思うが、これらの選択自体がミスリーディングだろう。 これが自動車とバナナだったら、多くの人は「バナナ共和国」を連想して、ポジティブな印象を持たないだろうが、現実にはそういうケースの方がむしろ多いのではないだろうか。

貿易に勝ち負けは無い? (比較優位について) - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

「現実にはそういうケースの方がむしろ多い」かどうかは、途上国側の努力次第であろう。 しかし、「そういうケース」が発生する可能性は確かに存在する。 その可能性を含めて、双方の努力によりwin-winに持ち込む余地があることが「比較優位の原理」のメリットである。 「比較優位の原理」に限らず、努力が報われることにこそ、自由主義経済のメリットがある。 それを説明せずに、あたかも、必ず「双方の国が利益を得るWin-Win」になるかのように言うから、このような反論が返ってくるのである。

一貫しない主張 

TPPは貿易自由化のための協定だからである。 むしろ貿易が自由化されると、生産拠点を海外に移す「空洞化」は促進されるだろう。

「空洞化」が足りない - BLOGOS

「製造業に比較優位をもつ」なら「空洞化」が促進されるとする主張は矛盾している。 「空洞化」が促進されるなら、「製造業に比較優位をもつ」のではなく、商社に比較優位を持つだけであろう。

「製造業」のうち単純労働に依存する部分は生産拠点が海外に移る可能性が高い。 しかし、日本独自の高い技術を必要とする部分は日本人が生産する方が有利である。 それにより国内と外国の棲み分けができることこそが「比較優位の原理」である。 その辺を理解していないから、次のような反論を受ける。

確かにTPPの経済的な影響を評価できるのは経済学者かもしれない。 しかし日本にとって重要なのはGDPを高めることなのか、TPPによってもたらされると予測される高GDP、高失業率社会が本当に望ましい未来なのか、を決めるのは経済学者ではなく国民なのではないだろうか?

池田信夫教授のエントリーでわかるTPPに反対すべき理由 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

「空洞化」が促進されるとする前提から「高失業率社会」を懸念するのは当然のことであろう。 ただし、これは、池田信夫氏のような「空洞化」促進論に対してのみ通じる反論である。


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