TPP様々な意見
Web上の意見
多くの法律やルールがそうであるように、ISD条項も中立的な扱われ方がする限り、それはとても有用で正義のために存在するものです。
ISD条項に関して、もっとも善意で中立的な扱われ方を想定するならば、その目的は、2国間もしくは多国間における国際的経済協定において、一方当事国が協定違反を犯し相手国の企業に対し不利益な取扱いをした場合に、その当事国の協定違反により不利益をこうむった企業(投資家)が当該当事国を訴えることができるというものです。
訴える先は、協定においてマチマチですが、多くの場合、国際的な仲裁場所を規定しています。
例を挙げますと、A国とB国がお酒に関して、関税ゼロ・非関税障壁に関しても限定されたもの以外は認めない形での経済協定を結んだとします。
その後、A国政府が高度数のアルコールに関し、健康上の観点から高い税率をかける政策を実行したとします。 この際、A国向けの輸出を主な目的として事業拡大をしたB国の会社甲が経営危機に陥った場合、この会社に投資をしている投資家はA国政府に対し、その会社甲がこうむった損害の賠償かもしくはその政策の中止・廃止もしくはその両方を求めることができます。
但し、A国政府が自国内の酒造メーカーに対しても同様の税率を課しており、かつ、この政策により打撃を受ける企業が多い場合には会社甲の訴えが認められる可能性は下がります。
逆に、この政策に該当する高度数のアルコールを販売しているのが会社甲を含めたB国の会社のみで、そもそもこの政策がB国からのアルコール輸入への障壁だとみなされた場合には、A国政府の責任は認定されやすくなります。
私のISD条項に関しての理解は、「濫用」されない限り、日本企業を守る盾になる条項だと思っています。
実際、日本が結んでいるEPAやFTAでもISD条項は盛り込まれており、今まで日本政府が訴えられたことはありません。
ただ、私も懸念してしまうのは、アメリカという国がいかにも「濫用」しそうな国である点です(実際に訴えを提起するのは企業・投資家ですが、なんというか国の文化として「濫用」しそう…)。
この点に関して言えば、実際NAFTA(北米自由貿易協定)のISD条項に基づくカナダとアメリカ企業間での化学物質の禁止に関する事例などがあります。
こうした事例に関し、「濫用」のようにも受け取れますし、実際、化学物質の禁止等の措置が急激であったり、科学的検証が不十分であるために政策自体の正当性を欠いているという見方もできると思います。
中野剛志准教授らの主張と比較してみれば、この議員秘書の説明は極めて中立的である。 中野剛志准教授は、ISD条項の有用性については一切説明せず、一部の濫用事例のみを殊更に採り上げて危機感を煽っている。 一方で、この議員秘書は、ISD条項が濫用される危険性を隠す事なく、その有用性や濫用対策を説明している。 尚、前述のように、最悪とされるNAFTAの事例でも自国企業が打撃を受けたかどうかを内国民待遇違反の判断基準にしているので「訴えが認められる可能性は下がります」というより、訴えが認められる可能性はほぼない。
それでは、なぜISD条項がそのように言われるのでしょうか? それは、ISD条項があると、いくつかの仮定が重なると、「TPPに参加すると、国民皆保険制度が崩壊する」という理屈が成立しうるからです。
ちなみに、ここでいう成立しうるは、限りなくゼロに近い可能性も含めて、不可能ではないということを意味します。
さて、いくつの仮定があると、国民皆保険制度は崩壊するでしょうか?
そんなに多くはありません。
最短ルートでは、
①「外資系保険会社にとって、国民皆保険制度だと保険加入者が少ない」
②「国民皆保険制度は、保険会社にとって参入障壁である」
よって、ISD条項に基づき、国民会保険制度は廃止するか、損害賠償しなくてはいけない
まず第一に、①の仮定が「そうなの?」って感じです。ビジネスである以上、その国にあった形での保険商品を構築すると思うのです。 実際、日本国内の保険会社はそれで利益を出して、会社を運営しています。
それでも、「外資系保険会社が参入できない!」ということを以って、②の仮定が認定されるでしょうか?
次のルートです。
① 日本の国民健康保険制度では「混合診療」を認めていない
② 「混合診療」を認めないと、外国では認可されているが日本では認可されていない薬が売れない
③ 「混合診療」を認めない国民皆保険制度は、外国の製薬会社にとって「参入障壁」である
これは、いままさに党内でも議論がされています。 確かに、「混合診療を認めない保険制度」は外国の製薬会社にとって薬が売れにくい制度ではあります。 ただ、外国の製薬会社も日本の認可を受ければいいだけです。
少々読み解き難いが、基本は、外国企業も国内企業と対等とする説明である。
おそらく中野剛志 京大准教授のことを言ってらっしゃるのかと思うのですが、ひとつの可能性論として、TPPがきっかけとなり、国内制度をTPP参加国との間で平準化される懸念があるのは事実だと思っています。
あの方がいなければ、TPPにそういった懸念があることさえ、テレビや新聞には載らなかったでしょうから、アプローチの方法として正しいのだと思います。
郵政改革のときもそうですが、大手新聞各社の社説が全会一致で賛成する政策には少し気をつけたほうがいいと思っています。
これはおかしい。
- 政府答弁や「大手新聞各社の社説」等では懸念は一切ないことになっているのか?
- 懸念があればデマも許されるのか?
- 実在の懸念を丁寧に説明しても本当に「テレビや新聞には載らなかった」のか?
国際的な協議が利害調整の場であり、かつ、各国の利害が必ずしも一致するわけでない以上、自国の利益が侵害される可能性は常にある。 参加しさえすれば自動的に全てが上手くいくというようなノホホンとした楽観論でいては尻の毛までむしられかねない。 WTO協定で世界規模の合意が形成出来なかったからこそのFTAやTPPなのだから、FTAやTPPは特にそうした傾向が強いことは容易に予想できる。 事実、「早期に参加しないと、ルールづくりに加われない」との政府答弁や新聞社説から、以上のことは当然のこととして政府も認識していることが伺われる。 であれば、デマを流してまで懸念を伝える必要性は乏しい。
TPP反対の立場でかの准教授のデマを引用しているwebサイトでは、かの准教授のデマに疑問を持つこともなく、そのまま鵜呑みにしている。 そして、デマにさらに誇張した情報を付加して拡散している。 デマを流さなければテレビや新聞に採り上げてもらえないような人物が、自ら流したデマが雪だるま式に肥大しながら拡散していく状況に収拾が付けられるのか。 既に政府や大手新聞が認識している懸念を伝えるために、自ら収拾不可能なデマを流すことは許されるのか。
彼がメディアで物を言う機会を得たのは、経済産業省官僚かつ京大准教授だったからではないのか。 ならば、実在の懸念を丁寧に説明する機会は充分にあったはずで、その主張に賛同するメディアも探すことは可能だろう。 完全な一般人がwebサイト上で情報を発信しているなら、デマという手段に頼らざるを得なかったという言い訳も分かる。 しかし、彼には経済産業省官僚かつ京大准教授という立場があり、それを活用すればメディアで物を言う機会を得ることは可能である。 だから、デマを用いずともメディアで発言する機会は充分にあったはずである。
よくFTA・EPAのような、バイでの交渉(1対1での交渉)より、マルチでの交渉(多国間での交渉)の方が有利になるというご意見がありますが、テーマによっては袋叩きにあうのではないかと懸念してしまいます。
これはまぎれもない事実であり、漁業問題では四面楚歌でありTPP参加国から袋叩きにあうことが予想される。 ただし、混合診療問題については、非関税障壁ですらないので、叩かれる余地がない。 混合診療問題以外のテーマにおいて、TPP参加に反対する理由が少なからず存在することは事実であろう。 だから、TPP参加に反対するならば、そのテーマの問題として議論すべきである。
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