クラスターフェス(ジャック、デモ)なるバイオテロ

最初に 

海外ではコロナパーティに参加して後悔しながら死んだ人がいるが、彼が実験に使ったのは自分の体である。 クラスターフェスなる人体実験で自分達の主張を証明したいなら無関係な人のいない密室で自分達だけでやれ! 他人の命を危険に晒す行為は許されざるバイオテロである。

問題点 

クラスターフェスなるバイオテロを強行する者、支持する者は、「マスク着用しないで外出して何が悪い」などと論点をすり替える。 しかし、この行動の問題点は、次のとおりであり、マスク着用しないで外出することの是非ではない。

  1. その必要もないのにリスクを上げる方法で
  2. 多数に呼びかけて
  3. 用事もないのに山手線を一周する

呼吸器疾患、心肺機能が低い、熱中症の危険性がある、運動を余儀なくされる等の何らかの事情でマスクを着けられない人であれば、マスクを着けずに外出をすることは止むを得ない。 その場合は、不要不急の外出を控える、ソーシャルディスタンスを取る等の可能な限りの対策を行う限り、わずかに残った他人に感染させるリスクは受忍限度の範囲内だろう。 しかし、特段にマスクをつけない合理的理由もないのにマスクを着けないで外出する行為は、他人に受忍限度を超えるリスクを背負わせる行為である。

また、マスクをつけずに外出する必要があるなら、黙って一人で外出すれば良い。 多数に呼びかけて、他人に感染させるリスクを上げる合理的理由は何もない。

さらに、マスクをつけずに外出する必要がないのに、わざわざマスクを着けずに外出する合理的理由は何もない。 用事もないのに山手線を一周して、故意にウィルスを撒き散らすなど、正気の沙汰ではない。

アピール行動 

マスクが気に入らないなら、ネット上に意見を上げるなり、街頭演説するなり、署名活動を起こすなり、政治家に働きかけるなりすれば良い。 適切な手段を用いて議論を進めて社会的合意を得れば良い。 わざわざ、他人の命を脅かす行為を行う必要は何処にもない。 社会的合意を得ないまま、自分たちの勝手な考えで、相手の同意を得ずに、他人の命を脅かす行為には、何の正当性もない。 それは、ただのバイオテロである。

自由と責任 

クラスターフェスなるバイオテロを強行する者は、自由と免責を履き違えている。 確かに、自分に対する感染防護をするかどうかは当人の自由である。 しかし、他人に感染させないようにすることは自由ではなく責任である。 故意に他人に感染させる行為は、相手からの感染防護の自由を奪っている。 自分の行動の自由を主張しておいて、他人の自由を不当に奪うのでは、ただ身勝手である。 自由を行使することは、自らの行動に責任を持つことであって、責任を負わなくて良いとの意味ではない。

トンデモな言い訳 

クラスターフェスなるバイオテロを強行する者、支持する者は「マスクを着けないリスクは低い」と主張する。 本当にリスクが小さいかどうかは科学的根拠が必要だが、それ以前の問題として越権行為は見逃せない。 通常、リスクを受け入れるかどうかは、リスクを負う側に選択権がある。 どうして、それを、リスクを負う側ではない、他人にリスクを負わせる側が相手の同意も得ずに勝手に判断するのか。

リスクを負わせる側が判断して良い場合は、受忍限度論が適用できる場合に限られるが、それは次の3つの条件を全て満足しなければならない。

  • 他人へのリスク転嫁が生じる行動を行う必要性がある
  • 他人へのリスク転嫁を低減する努力を尽くしている
  • 行動を行う必要性が他人へのリスクを上回る

クラスターフェスなるバイオテロには、それを行う必要性がどこにもない。 そして、他人へのリスク転嫁を低減するどころか、逆に、次のようなやり方で他人へのリスク転嫁を増加させている。

  1. その必要もないのにリスクを上げる方法で
  2. 多数に呼びかけて
  3. 用事もないのに山手線を一周する

よって、「マスクを着けないリスクは低い」などとの言い訳は成立しない。


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    科学

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