[社会問題]
良くある誤解
理想を論じる以上、現状を正しく認識する必要があり、事実関係の誤解は正しておかなければならない。
保険診療と自由診療を併用すると全額自費負担になる?
保険診療と自由診療を別の病院で受ければ、保険診療分は保険給付が受けられる。保険診療分の保険給付が受けられなくなるのは、同じ病院で保険診療と自由診療を受けた場合に限られる。
例えば、LAK療法との併用で争われた裁判の例を挙げると、LAK療法を専門に行なう民間のクリニックがある。費用も、神奈川県立がんセンターが月50万円で治療していたのに対し、民間クリニックの相場が2週間に1回で1回20万円であるので、大して変わらない。2つの病院に通うのは面倒であるが、命には変えられない。そして、後で詳細に説明するが、保険診療と自由診療の病院を分けることは、混合診療の欠陥を補うために必要不可欠なことである。よって、「命には変えられないから混合診療を認めろ」と言うならば、多少不便でも2つの病院に通えば済むだけのことである。
がん患者等の多くの難病患者が抱える問題は、この裁判の例より遥かに深刻である。LAK療法のような高額な割に大して効きもしない治療法であれば、専門の民間クリニックが多数ある。しかし、欧米の標準治療を行なっている自由診療機関は殆どない。わずかな数の医師が有志として、協力してくれる善意の病院のスペースを借りて、細々と治療を行っているに過ぎない。それゆえに、難病患者の治療に限って、全ての患者の需要を満たせるだけの自由診療機関が圧倒的に足りないのである。つまり、この問題の本質は、混合診療が禁止されていることではなく、自由診療の受け皿病院が圧倒的に少ないことにある。言い替えれば、自由診療の受け皿病院が需要を満たせば、混合診療を解禁する必要は全くないのである。とは言え、自由診療の受け皿病院を増やす方策がないのであれば、他に方策を考える必要があることは確かである。
現在の制度では混合診療は全て不許可?
保険外併用療養費(旧特定療養費)制度では、実施条件を満たした病院で、かつ、認められた治療法に限り、同じ病院で保険診療と自由診療を受けることができる。その場合、保険診療に相当する部分は、保険給付が受けられる。自由診療部分は、生命に関わる評価療養(旧高度先進医療)と、差額ベッド代等の治療に必須ではない選定療養がある。近年の患者のニーズに応じて、評価療養も選定療養も拡充が図られている。
混合診療の問題点
混合診療を認める問題点は次の2つにまとめられる。
- インチキ療法・危険な療法の蔓延
- 個人医療費負担の高騰
この他、混合診療がユニバーサル・サービスでないと言う人もいるが、では、ユニバーサル・サービスとは何だろうか。
- 1人でも最低の治療を受ける人がいれば、全員がそれに合わせて、最低の治療しか受けてはならない。
- 1人でも最高の治療を受ける人がいれば、誰もが、その最高の治療を受ける権利を保証されるべきである。
前者については全く馬鹿げた意見である。後者については既に挙げた問題点の中に含まれている。
インチキ療法・危険な療法の蔓延
混合診療を禁止する理由の1つが、インチキ療法や危険な療法を防止することにある。だから、混合診療を無制限に認めると、インチキ療法や危険な療法が蔓延る危険性がある。
こうした懸念を「医者を全員悪人扱いした妄想だ」と言う人がいるが、それなら、国民が全員悪人だから警察が必要なのか。そんな馬鹿なことはない。世の中にも、医療界にも、悪人や善人はそれぞれ一定割合で存在する。善悪混在する中では、悪事を働かせない抑止力が必要だ。だから、規制を掛けるのであって、それは全員を悪人扱いしていることにはならない。世の中が善人ばかりで抑止力が要らないなら、政府も法律も要らない。それならば、混合診療解禁論ではなく、日本政府解体論を訴えればいい。
そもそも、善人であっても、インチキ療法や危険な療法に手を出すこともある。完全に自由となるなら、何が有効な治療法か、医師は、自分で論文等を読み漁るしかない。しかし、論文が間違っていたり、捏造されている場合もある。治療法が多々残されている患者なら良いが、混合診療を希望する患者は残された治療法が少ないことが多い。そのような場合には、信憑性が低い論文や確実性の低い論文であっても、それに頼るしか他ほかない。しかし、医師個人の裁量に頼る限り、論文を読み誤る危険性がある。世界中の全ての論文を1つ残さず全て読むのは不可能である。反証論文やもっと確実な治療法の論文があっても、それを取りこぼすこともあるだろう。インチキ療法や危険な療法は、雨後の筍のように次から次へと出て来る。その全てに対して、インチキや危険である証拠を用意するのは到底不可能なことである。その結果として、意図せずに、インチキ療法や危険な療法に手を出してしまうことも起こりうる。それを防ぐ為の規制を撤廃しようと言うなら、それに代わる規制案を示すべきだろう。
保険診療でも薬害事件等は起きているのだから、混合診療を認めても同じだと言う人がいるが、それは、何を根拠にしているのだろう。確かに、保険診療でも薬害事件等は起きている。しかし、だからと言って、混合診療の危険性・安全性が保険診療と同等だと、どうして言えるのだろうか。薬害事件等が保険診療で起きたことは、保険診療でも危険性を完全に0には出来ないことを意味するだけである。それは、混合診療の危険性・安全性が保険診療と同等であることまでは示していない。常識で考えれば、混合診療が保険診療よりももっと危険であろうことは、容易に予想できる。薬害エイズは数少ない例外だが、それでも、政府としての行動の結果なら、教訓を政策に反映することができる。それなのに、どうして混合診療でも同じだと言えるのか。
インチキ療法・危険な療法を法律で規制すれば良いだけで混合診療とは別問題だと言う人がいる。現状の規制を取っ払う提案をしておいて、それに代わる規制の話が、どうして別問題だと言えるのか。そして、具体的な代替提案なしに、そのようなことを言うのは無責任極まりない。現行では、保険医が保険外併用療養以外の自由診療を行なうことを禁じている。それによって、保険診療と自由診療は別の病院でしか実施できない。これは、保険診療と自由診療の分離方式である。分離方式のメリットの1つは、患者から見て、政府公認の治療法とそうでない治療法の区別が明確になることにある。分離方式で自由診療を受けるには、保険が利かない医療機関を利用するしかない。保険が利かない医療機関を利用するのだから、患者は、政府公認の治療法ではないことを確実に知ることができる。政府公認の治療法ではないと知っていて受診するのだから、それは、患者の自己責任というわけである。もう1つのメリットは、受けたい自由診療について、患者が第三者の専門家に聞く機会が与えられることである。分離方式であれば、受けたい自由診療がインチキではないのか、危険ではないのか、保険診療機関に相談すれば良い。同じ病院で併用する場合には、当事者の言い分を鵜呑みにするしかないため、情報の検証が出来ない。そうした現状の規制を撤廃しようと言うなら、それに代わる代替案を示すべきであろう。
個人医療費負担の高騰
国民皆保険制度のなかった米国の個人医療費負担が日本のそれより何倍も高いことは有名な話である。民主党の平岡秀夫氏の日記?によれば、医事評論家の李啓充氏が中国でも同様の問題が起きたことを指摘をしているという。
1980年代始めに混合診療を導入した中国では、公的保険は基礎的医療にしか適用せず、高価な検査・治療を患者にセールスする医師・病院が増えているという問題が起きている。
混合診療が解禁されれば、新しい治療法が健康保険の対象とならない恐れがある。国主導で新たな治療法を探し出して評価を行っているわけではない。そんなやり方は現実的に不可能である。国は承認申請を待っているだけである。新しい治療法を探し出し、その効果を証明するデータを取り、承認申請を行なうのは、医薬品や治療法を販売する会社である。そして、製薬会社が日本での承認に消極的なため、欧米では標準治療薬なのに日本では製造承認すらされてないことが多々ある。現状でさえ、消極的なのだから、混合診療を解禁すれば、もっと消極的になるのは明らかだ。何故なら、混合診療が解禁されれば、承認なしに新たな医薬品や治療法を販売することが出来るのだから。会社の立場に立てば、承認が不要になれば、やりたくもない承認手続をやるはずがない。よって、混合診療を解禁すれば、「今後新しい治療法が保険の対象と認められにくく」なるのは目に見えている。しかも、薬価を安く抑えられる保険診療よりは、自由に値段を付けられる自由診療の方が、製薬会社にとっては都合が良い。結果、混合診療を解禁すれば、製薬会社は低コストで高価な自由診療薬ばかりを販売するようになり、高コストで安価な保険対象薬を開発しなくなるだろう。そうならないようにするには、新しい治療法が確実に健康保険の対象となるための方策が必要である。
そればかりか、現在において健康保険の対象となっている治療法も、混合診療解禁後は健康保険の対象から外される危険がある。過去に実際にあった事例[1]を出して、その懸念を指摘する声もある。
世界的な免疫学者であり、先頃亡くなった多田富雄さんが『寡黙なる巨人』という本を出しているが、脳梗塞に倒れても果敢にリハビリ治療に挑戦して、指一本で原稿を書くまでに回復した。それにはリハビリ療養士の大きな援助があったからだと書いている。そしてこのリハビリ回数の制限に「命を奪うものだ」と反対して新聞に投稿し、大きな反響をよんだことは記憶に新しい。
診療報酬上のルールで定められた制限回数を超えるリハビリテーションは、保険外併用療養費制度の「選定療養」の中で提供されることになっている。以前は、リハビリは何回受けたとしても保険が適用されていた。しかし、多田富雄さんたちの反対にもかかわらず、医療費抑制策の一環としてリハビリの実施に関して日数制限が設けられた。その影響で、制限回数を超える実施は保険外療養とされてしまったわけだ。混合診療が原則解禁となれば、こうした“保険外し”がますます広がることは目に見えている。混合診療解禁と医療費抑制はセットになっていることを念頭に置かないといけない。未承認薬がどんどん使えるという単純な話ではないのです。
こうしたことが起こる原因は、財務省の予算圧縮圧力による。実は、どこの省庁でも、自省庁の予算は大幅に増やしたいのである。だから、厚生労働省の本音としては、予算が確保できるのであれば、健康保険の対象をどんどん増やしたい。しかし、そんなことは財務省が許さない。財務省は、とにかく、各省庁の予算を削ることに必死である。近年は、必要性が高い予算であっても、一律削減を求めて来る。そうした財務省の圧力に抵抗するのは大変である。混合診療が解禁されれば、増々、財務省の予算圧縮圧力は強くなるだろう。「どうしてもやりたい人は混合診療でやれば良い。何もかも保険で面倒を見る必要はない」と。混合診療という風穴が開いてしまえば、財務省に抵抗するのは難しくなるのだ。「保険診療を自由診療化するのは筋が違いますよ。本来は健康保険で面倒を見るべきものですよ」と言い返すためには、混合診療は暫定措置であるとする政府方針を打ち出す必要がある。
混合診療解禁で新規参入を狙っている企業もある。それら企業の狙いは、医療産業で儲けを出すことである。彼らの狙いは、診療報酬を安く抑えられた保険診療に参入することではない。儲けを出すために自由に価格を決められる自由診療に参入することである。つまり、ハイエナ達は個人医療費負担の高騰を目論んでいるのである。それを防ぐ為に自由診療には一定の規制が必要である。
目標と現状と暫定案
理想を論じる以上、目標と現状および暫定的に取るべき対策案を正しく認識する必要がある。まず、最終目標の基本原則は次のとおり。
- 保険対象とすべきものは速やかに保険対象とすべきであって、不許可あるいは自由診療のまま据え置かれるべきではない。
- インチキ療法や危険な療法は、保険対象として認められるべきではない。自由診療としても不適切。
暫定的に取るべき対策の基本原則は次のとおり。
- 最終目標にとって悪影響とならない範囲で実施できること。
- ユニバーサル・サービスよりも利用可能な患者数を優先すること。
- インチキ療法や危険な療法は、排除しなければならない。
- 混合診療は、その必要性に基づいて実施すること。
これらの基本原則に基づいて、目標と現状と暫定案を表にしてみた。
項目 | 目標 | 現状 | 暫定案 |
---|---|---|---|
承認済み治療 | 保険対象 | (同左) | (同左) |
薬価収載済み標準治療 | 保険対象 | 一部のみ保険対象(適応外処方) | 保険適用まで混合診療許可 |
薬価収載待ち標準治療 | 混合診療許可 | 混合診療許可(評価療養) | (同左) |
製造承認なし標準治療 | 薬価収載して保険対象 | 一部のみ混合診療許可(評価療養) | 保険適用まで混合診療許可 |
有望な新治療法 | 混合診療許可 | 一部のみ混合診療許可(評価療養) | 保険適用まで混合診療許可 |
評価不定の治療法 | ケース・バイ・ケース | 一部のみ混合診療許可(評価療養) | ケース・バイ・ケース |
効果のない治療法 | 禁止 | 一部のみ混合診療許可(評価療養) | 禁止 |
危険な治療法 | 禁止 | (同左) | (同左) |
評価不定の治療法をケース・バイ・ケースとしたのは、その必要性が患者によって違うからである。他により有効な治療法がある患者にとっては、評価不定の治療法の必要性は乏しい。しかし、他により有効な治療法がない患者にとっては、評価不定の治療法も必要な治療法だろう。
最終目標を簡単にまとめると次のとおりとなる。
- 欧米の標準治療は保険対象に
- 有望な新治療法は混合診療を許可
- 評価不定の治療法をケース・バイ・ケース
- それ以外は禁止
暫定案で混合診療許可としている項目の殆どは、最終目標では保険診療とすべきものである。それ故に、最終目標で保険診療とする上で足かせとならないようにする必要がある。
対策
インチキ療法・危険な療法の防止
新たな規制を掛けるとすれば、ホワイト・リスト方式でやるのか、ブラック・リスト方式でやるのか。ホワイト・リスト方式ならば、現状の保険外併用療養費制度と大差ないので、現行制度の拡充で十分対応できる。ブラック・リスト方式を取れば、雨後の筍のように次から次へと出て来るインチキ療法や危険な療法に対して、イタチごっこになってしまう。薬事法等の規制が有名無実化している現状を考えれば、全てのインチキ療法や危険な療法に対してブラック・リストを作るのは極めて困難だろう。となると、第三者機関の審査が最も現実的な方法と考えられる。
- 治療を行う病院とは利害関係が無いこと
- 審査者は専門的知識を有すること(医師免許が必要)
- 全国で情報を共有すること
- 迅速に審査を終わらせること
この場合は、第三者機関を設立するための予算が必要になる。また、迅速な審査のためには第三者機関に医師を常勤させる必要があり、医師不足を助長しかねない。
個人医療費負担の抑制
混合診療を許可するうえでは期限が絶対に必要である。何故なら、次のような問題があるからである。
- 効果がある治療法を何時までも自由診療で据え置くのは貧乏人の治療機会を喪失させる。
- 効果がない治療法や危険な治療法を何時までも自由に使えるようにするのは問題がある。
よって、次のいずれかの条件を満足した時点で、混合診療の対象から外すべきである。
- 混合診療での使用が可能になってから一定の期間が経過した
- 治療法の承認が却下された
- 治療法が保険適用された
最終目標
- 欧米の標準治療を全て保険局長通達「保険診療における医薬品の取扱いについて」(昭和五五年九月三日保発第五一号)に基づく適応外処方とする。
- 欧米の標準治療のうち、国内で製造承認がない医薬品は、先発薬なき後発品として扱い、成分のみの証明で製造承認可能とする。
- 評価療養を積極的に拡大し、欧米で承認された治療法は全て評価療養に取り込み、保険外併用療養制度で使えるようにする。
- 評価不定の治療法については、疾病の種類や患者の状態別に使用基準を作成する。
- 海外のベンチャー企業等の新薬について、日本企業と提携するなどして日本で特許を取りやすい環境を作る。
その他
以上を踏まえたうえで、混合診療に関する世論調査を見てもらいたい。
最終更新時間:2011年01月24日 04時23分03秒
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