TPPと漁業

中立かつ客観原則 

ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。

TPP総論 

長期的視野では話は別だが、短期的視野で見ればTPPに参加するかしないかは大きな問題ではない。 それよりも、TPPとは全く無関係な混合診療完全解禁がもたらす患者の治療機会喪失の危険性やイレッサ訴訟の行く末によるドラッグラグ・未承認薬問題の悪化の方が、遥かに大きな問題であろう。 だから、TPPよりも重要な争点において国民に不利益をもたらす政策を党員に強要する日本維新の会は落選運動の対象とせざるを得ない。 混合診療の完全解禁を公約とする日本維新の会およびみんなの党には一切の主導権を握らせてはならない。 そのためには、これらの党に対する落選運動が必要なだけでなく、与党とこれらの党との連携も絶対に阻止しなければならない。 具体的運動の詳細は自民党への抗議方法を見てもらいたい。

漁業 

ここでは環太平洋戦略的経済連携協定の漁業に与える影響を論じる。 TPPが日本の水産業に与える影響について - 勝川俊雄公式サイトによれば、次のような理由により、日本の漁業の関税撤廃の影響はほぼない(TPP試算にて引用)。

  • 水産物の関税率は3.5~7%であり、関税撤廃しても大きな影響は出ない。
  • 円高で3割安く輸入できるようになっても輸入は殆ど増えなかった。
  • 品目によっては、TPP参加国の輸出余力が小さいので、日本への輸出を増やす余裕はない。
  • いわしについては、政府試算の生産減少額が日本の生産量より多い。

TPPでは、関税撤廃だけでなく、漁業補助金に反対する国が多いために、漁業補助金が交渉対象となる可能性が高いとされるが、それも、漁業の自滅問題に比べれば大した問題ではない。 漁業補助金禁止の影響を緩和する方法もなくはないのだが、それについては、もはや論じる意味がないと言えよう。 むしろ、漁業補助金禁止によって、乱獲が少しでも減るなら、日本の漁業が僅かでも延命できる可能性が期待できる。

一方で、日本は、自国の排他的経済水域の水産資源を保護しようとせずに、乱獲を放置しているために、漁獲量が激減している。 よって、日本の漁業に関しては、TPPとは無関係に、自滅することが予想される。

現在の漁業システムの基礎が作られたのは終戦直後である。 疲弊しきった国力で、何とか国民を食べさせなければならない。 貴重なタンパク源として、漁業にかかる期待は大きかった。 終戦3年後に水産庁が発足し、翌年に新魚業法が制定された。 また、各地の大学に水産学部が設けられ、水産大学や水産高校できた。 このように国を挙げて水産業を振興していく体制を整えたのである。


ただ、この時期は、資源の枯渇よりも早く漁場を拡大していくことが可能であり、獲れなくなったら別の場所に行けば良いだけの話であった。

1970年代に入ると、順調に生産をのばした日本漁業にかげりが見え始める。 日本の漁業生産の増加を支えてきた条件のいくつかが失われてしまったのだ。 その布石となるのは、米国の「大陸棚及び漁業保存水域に関する宣言」である。

漁業の歴史part2 - 勝川俊雄公式サイト


1972年のMMPAは90年代に日本の公海漁業を規制するのに利用された方案である。 やはり米国は布石を打つのが早い。それに対して、日本はあまりに無策・・・


1976年に米国が200海里法を成立させると、各国がそれに追従。 沿岸国による水産資源を囲い込みによって、「公海自由の原則」が崩れたのだ。 200海里に反対の立場をとっていた日本も、世界的な流れには逆らえずに、1977年に12海里領海法、200海里漁業水域法を制定する。 この時点で、日本漁業の拡張主義は終わりを告げたのだ。


200海里時代に突入すると公海が狭まったのだが、狭くなった公海での漁業への圧力も増してきた。


このように1970年代以降は沿岸国による漁場の囲い込みで、日本の漁獲増産を支えてきた「公海自由の原則」が崩壊した。 日本の漁業生産を牽引してきた遠洋漁業が衰退していったものの、日本の漁獲量は増加を続けていくことになる。 その理由は、偶然にもマイワシがこの時期に増加したからである。


当時の国際情勢を考えれば、公海での漁業が規制されていくことは明白である。 消去法的に、自国の資源を大事に使う以外に道はないように思う。 しかし、水産庁はそういう方向は目指さなかったようである。


その結果、1988年以降マイワシが減少しはじめると、坂道を転がり落ちるように漁業生産は減少を続けることになる。

漁業の歴史part3 - 勝川俊雄公式サイト


公海自由の原則が崩壊し、沿岸国の排他的利用権が保証されるようになった。 それと同時に、沿岸国は管理の義務も負うこととなった。 「責任ある漁業」の時代の幕開けである。


時間の経過と共に、公海漁業が次々と規制をされていった。 規制の対象となった漁業の中には、ぬれぎぬのようなものも少なくないが、ひとたび漁業が禁止されてしまえば、漁業の復活は容易ではない。


国際漁場からの締め出しがちゃくちゃくと進む中で、1982年に採択された国連海洋法条約が1994年から発効することになった。 国連海洋法条約の基本理念は、海洋資源の利用にあたり、従来の自由競争(フリーアクセス)に代えて、 海洋環境保全の責任を義務として課すことである。 排他的利用権の代償として、管理責任を負うことになったのだ。


日本も1996年に遅ればせながら国連海洋法条約に批准をした。 これによって、EEZ内の資源を適切に管理する義務を負うことになった。 ついに、「資源管理」という黒船がやってきたのだ。


国際漁場では「責任ある漁業」でなければ通用しないと言う認識はあるようだが、国内漁場では今後も「責任ある漁業」を進めていくつもりは無いようだ。 また、水産基本政策大綱のアクションプランである水産基本計画にしても、生産量と自給率に関する数値目標はあるが、資源水準などの生物の持続性に関連する目標がない。 また、漁業生産を上げるための方法にしても、「種苗放流」と「コスト削減」のような従来の焼き直しが目立ち、「責任ある漁業」に対応できていないように見える。

漁業の歴史part4 - 勝川俊雄公式サイト


漁業に関して言えば、時代の流れを読むのは容易であるにもかかわらず、日本の漁業は時代の変化に適応してこなかった。 日本は「遠洋漁業は国際法を守って責任ある漁業を目指します。でも、沿岸、沖合は今まで通り、好きなだけ獲りますよ。」という内外ダブルスタンダードな政策をとっている。 責任ある漁業という外圧から、国内の漁業を守るために頑張っているのだ。

漁業の歴史part3 - 勝川俊雄公式サイト

政府統計が、これを裏付けている。

世界の主な広域経済連携

海面漁業生産統計長期累年2007 - 政府統計の総合窓口 平成23年漁業・養殖業生産統計年次 - 政府統計の総合窓口

一目見て分かる通り、日本が世界の漁場から締め出しを食らって以降、日本の漁獲量は下がる一方である。 ピーク時に比べると3分の1くらいまで減っている。 日本政府は、水産資源が枯渇することを予想していながら,まともな水産資源保護をしていない。

青森県でイカナゴが禁漁となった。 この背景について、考えてみよう。


回復計画を作った時点で、「2006年の親魚数は1.1億尾であり、漁獲努力量を維持した場合、10年後の親魚数が0.3億尾に減少する」ということはわかっていた。 資源量は適正水準を下回っているうえに、漁獲圧は非持続的な水準であった。明らかな乱獲状態である。 本来は、漁獲圧を下げて、親魚量を回復させなければならなかったのは明白である。

県水産総合研究センターの資源解析のシミュレーションでは、イカナゴ資源を回復するためには少なくとも現在の漁獲努力量から3割削減する必要があると予測された。 しかしながら、このような大幅な削減措置を行った場合、漁業者には多大な負担を強いることとなり、漁業経営を極度に圧迫するおそれがあるため、漁期の短縮や操業統数の制限により漁獲努力量を削減し、産卵親魚を保護することにより、イカナゴ資源の減少傾向に歯止めをかけ、過去3ヵ年(2004年~2006年)の平均漁獲量600トンを維持することを目標とする。

漁獲圧を削減するときに、普通の先進国では、漁獲枠を削減する。 というのも、現在の漁船の性能をもってすれば、少数の漁船で、減少した資源を短期的に獲りきることが可能だからである。 漁期の短縮や操業統数の制限は、実質的な効果があまりないというのは、我々の世界の常識である。


で、どうなったかというと、こうなったわけだ。

一直線に減少し2012年の漁獲量は1トンで、生産金額は40万円。 さすがにここまで減ると、市場でも扱いづらい。 ということで、実質、漁業は崩壊したといってもよいだろう。 「600トンの漁獲量を、400トンまで減らすのは、漁業経営を極度に圧迫する」からといって、10年もしないうちに漁業自体を消滅させてしまったのだ。

資源回復計画は、実効性のない取り組みをして、やっているふりをしているだけ。「資源管理」ではなく、「資源管理ごっこ」だから、効果はない。 そんなことは、やる前から、わかりきっていたことだけどね。


アイスランドの場合は、ちゃんと赤の線が維持できるように漁獲枠の削減をしたから、すぐに資源が回復した。 アイスランドは、網を引けば魚がいくらでも獲れる時期に禁漁をしている。 ノルウェーもシシャモが減ったらすぐに禁漁だし、ニュージーランドに至っては、漁業者が「資源回復のために漁獲枠を減らせ」と主張して、政府に漁獲枠を削減されせている。 魚が獲れなくなってから禁漁をする日本とは根本的に違うのである。

読者の皆さんにも考えてほしい。 漁業者がかわいそうだからと言って魚がいなくなるまで規制をしなかった日本と、資源の持続性を守るために魚がいるうちにきちんと規制をしたアイスランドと、どちらの漁業者が本当にかわいそうだろうか。 ちなみに、アイスランドの漁業者は、儲かって、儲かって仕方がないようですよ。

資源回復計画が予想通り破たんして、青森県のイカナゴが禁漁となった - 勝川俊雄公式サイト


そういえば、「NZのITQは経済政策としては成功したが、資源管理としては機能していない」とかいう、面白レポートがあったよね。 あの検討会の議事録は、政府の公式文書として認めてもらえなかったという話を小耳に挟んだけど、内容が内容だけに、仕方がないだろう。

レポートでは、NZのITQが資源管理として機能していない根拠として、ホキ(白身魚)のTACが近年減少していることを挙げていた。 実際には、NZの漁業者は過剰漁獲をしていたわけではない。 卵の生き残りが悪くて、一時的にホキ資源が減少した。 それを素早く回復させるために、NZ政府は予防的に漁獲枠を絞ったのだよ。 いくらでも魚が捕れる段階で、漁獲枠を半減できたのだから、立派なもんだ。 すぐに元の水準に戻るだろうと予想していたが、予想以上に早く回復したみたいだね。

ノルウェーのカペリンでもわかるように、魚はちゃんと残せば、ちゃんと回復する。 早めにブレーキを踏めば、それだけすぐに回復をする。 自然変動が原因だろうと、何だろうと、魚が減ったら、漁獲圧をゆるめるのが世界の常識であり、資源が減ったら、漁獲圧が強まる日本のマイワシ漁業のような状態はあり得ないのである。 獲りたい放題獲っておいて、「地球温暖化が悪い」とか居直っているから、漁業は衰退を続けるのだ。

「NZのITQは、資源管理としては機能していない」とか、誰か言ってなかったっけ?? - 勝川俊雄公式サイト

また、各国の規制の風潮に反対するあまり、暫定措置水域における中国の乱獲に対して塩を送る結果になっている。

ただ、方法が全くないわけではありません。 日本は自らの苦い歴史から学べば良いのです。 中国の膨張を食い止めるには、欧米諸国が日本漁業を封じ込めるときにやったことをやればよい。 つまり、資源の持続性や生態系保全という大義名分で、他の先進国と共同戦線を張って、規制を導入させるのです。 これ以外に選択肢はないでしょう。 残念なことに、日本の水産外交は全く逆のことをしています。 ワシントン条約の締約国会議でも、中国と組んで、ありとあらゆる規制に反対をしています。 日本漁船の国際競争力は低下しており、自由競争をして勝てる状況にないのに、すべての規制に反対をして、中国の膨張をアシストしているのです。 追われる立場になっているのに、追う側と一緒になって、規制に反対しているのだから、つける薬がありません。

漁業資源と国境を守るために、日本は何をすべきなのか - 勝川俊雄公式サイト

以上のとおり、TPP以前の自滅問題を解決しない限り、日本の漁業に未来はない。 よって、日本の漁業は、TPPの影響うんぬんを語る状況にはない。


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