ISD条項詳細解説

未だにデマに騙されている人へ 

ISD条項によって主権が侵害されるとか、未だにデマに騙される人が後を絶たない。 ISD条項が危険だと言う人は、酸性雨の主成分で、海岸線を浸食し、温室効果を引き起こし、毎年多数の死者を産むDHMOも規制するよう呼び掛けるべきだろう。

デマ 真実
歴史NAFTA(1992年12月署名)で初めて導入された。1960年代に投資協定が結ばれ始めた時点から協定に備えられていた(ISD条項詳細解説)。
導入目的自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けるため。協定違反への対抗手段(詳細後述)。
国家主権国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。原理的に国家主権を犯すことはできないし、犯された事例もない(ISD条項詳細解説)。
手続中立性に欠け、かつ、十分な審理が為されない。制度的にも極めて中立的で、審理も充分に為されている(詳細後述)。
仲裁結果常に米国に有利な結果が出る。公開された仲裁結果には、とくに米国が有利とする証拠がない(ISD条項詳細解説)。
米韓FTA韓国にだけ適用される。双方に適用される(米韓FTAのデマ)。

ソース付きでデマを解説しているページを見ても、洗脳が解けない人がいるのは驚きである。 中野剛志准教授らの主張がデマだと分かった後も「ISDが濫用される危険性がある」と言い出す人はTPP洗脳継続の原理を読んだ方が良い。 まともな判断力がある人なら、常識的に考えてあり得そうもないことが事実だとする主張を見て、それを検証もせずに鵜呑みにはしない。 出典を確認することまでは叶わなくとも、反対意見に目を通すまでは判断を留保するのが、常識人の行動である。 その他、中野剛志准教授らの主張には自己矛盾も多々あり、少し注意深く文章を読めば、その胡散臭さにはすぐに気がつくはずである。 CIAの文書に「人々にUFOを信じさせなくする方法」(嘘に真実を少しだけ混ぜた噂を流しておいて、しばらくしてから嘘をばらすと人々は白けて関心を失う…とか)というものがあるらしいが、中野剛志准教授らの主張はその第一段階そのものにしか見えない。 どうでもいいが、調べてみたらこのCIAの文書は実在しないらしい。国防のために未確認飛行物体を調査したロバートソン委員会のまじめな報告書だったのに、何処をどう取り違えたのか「UFOを馬鹿にするように大衆を洗脳する作戦=プロジェクト・ディバンキング」として噂が広まったらしい。

補足しておくが、次の3つは全くの別問題である。

  • TPPに賛成すべきか反対すべきか。
  • 中野剛志・東谷暁・三橋貴明らが完全なデマを流布していること。
  • 人々を扇動するためにデマを流布して良いかどうか。

中野剛志准教授らの主張がデマであることは、TPPに賛成すべき理由とはならない。 そして、仮に、TPPに反対すべきだったとしても、それはデマを流布して良い理由にはならない。 TPPに反対していることが問題なのではなく、反対する手段としてデマを流していることが問題なのだ。 本当にTPPに反対すべきであるならば、デマではなく、反対すべき真の理由を説明すべきである。

TPPに懸念事項があるのは事実だが、それは次の4つに大別される。

  1. ほぼ確実に起こる懸念事項
  2. 確実でないが警戒すべき懸念事項
  3. 可能性がないとは言えないが警戒するほどでない事項
  4. 現実的にあり得ない事項

たとえば、漁業補助金の原則禁止は1番目、例外なき関税撤廃は1〜2番目である。 しかし、それら以外の反対派の主張の多くは3〜4番目である。 中野剛志准教授らの流布するデマはほぼ4番目(現実的にあり得ない事項)である。

ISD条項にも手続的には瑣細な問題がないわけではない。 しかし、中野剛志准教授らの主張するような国家主権の侵害だの治外法権だのの類いは完全なデマである。 国家主権は国際法に沿った範囲で認められるのであり、国際法に違反する国家主権など初めから存在しない。 存在しないものを侵害することなど不可能である。

内国民待遇 

相手国の国民や企業を自国民と対等に扱うことを内国民待遇と言う。 内国民待遇は、自由貿易協定において柱となる条項であり、WTOにおいても基本原則となっている。

自由貿易協定は形式的な関税を取り払うだけでは不十分である。 というのも、形式的に関税を取り払っても、関税と同等の効果をもたらす政策はいくらでも実現可能だからである。 例えば、特定の種類の商品のみを対象とした税金を徴収すれば、形式的には関税にはならない。 しかし、その特定の種類の商品が外国製品のみに該当する場合は、実質的に関税と同じ効果をもたらす。 例えば、日本独自の品種や日本の得意分野のみを課税対象にすれば、日本製品のみを狙い撃ちにして実質的な関税を掛けることもできる。 たとえば、ジャポニカ種だけを課税すればほぼ日本米だけを対象にした実質関税が可能だ(中国も巻き添えを食らうけど)。 2001年頃のスパコン産業の状況を前提にした喩え話をすると、ベクトル型だけに課税することでNEC製品にだけ実質関税をかける手口も考えられる。

そうした協定の抜け道=「隠れた貿易障壁」をなくすには、一つ一つの手口を禁止するやり方ではイタチごっこになる。 そこで、内国民待遇という基本原則を決めておくことで、抜け道を一括して禁止するのである。 内外差別をもたらすことを目的とした政策を実施してはならないのだと決めておけば、そうした政策を実施すれば協定違反を認定できる。

ISD条項 

では、実際に協定逃れが行なわれたらどうすれば良いのか。 そうした場合は、相手国に抗議しても、解決しないことが多い。 というより、誰が、協定逃れを認定するのか。 協定逃れだと非難しても、相手国は言い掛かりだと言い返してくるだろう。 それでは水掛け論になって終わりである。 そこで、中立的な立場での判断を行なう仕組みが必要である。 その中立的判断の仕組みが国際投資仲裁/投資家対国家紛争(仲裁)であり、その条文がISD条項である。

締約国の投資協定義務違反により投資家が損害を受けた場合、ICSID(投資紛争解決国際センター)などの国際的な紛争仲裁手続きに則って仲裁・調停を付託できる。


  • 投資協定では、投資家が投資先国の政府を国際仲裁手続に基づいて訴えることができる。
  • 解決までに平均して3~4年かかるが、5年以上かかるケースもある。
  • 相手政府との交渉を有利に進めるためのレバレッジとしても有効。

投資仲裁1

投資協定の現状と今後の進め方 - 経済産業省P.7

尚、ここで言う「投資家」の意味については注意が必要である。

以前、イザ!の古森記者のブログのコメントで、ISD(Investor-State Dispute)の直訳である「投資家対国家紛争」という言葉の「投資家」を、強欲な資本家、ハイエナ的投資家に擬している論者がいた。 たしかに、そのように捉えてしまえば、脊髄反射的に「ISD条項なんか、いらねーよ!」と叫ぶ気になるんだろうな、とTPP反対三馬鹿トリオの論を盲信する人の心理、思考過程がわかったような気がした。

そういう「強欲で私利私欲しか考えない投資家」が世の中にいることは事実である。 しかし、いわゆる貿易自由化協定や投資協定でその権利を保護されている「投資家」は、違う概念なのである。 要するに、外国に会社をつくる、外国企業に出資する(外国企業の株式を買う)人や法人をすべて包含する概念なのだ。 だから、バフェット氏のような富豪も、あるいはベトナムに現地法人を設立した日本の水産会社も、あるいはオーストラリアの鉄鉱石の鉱山会社を買収した日本の製鉄会社も、みな、ここでいう「投資家」である。 海外に現地法人をもったり、合弁企業を設立した日本企業は、すべてこの「投資家」になっているというわけだ。

リアリズムの立場から。 - イザ!

協定逃れは発展途上国や共産主義国に多いため、これらの国と協定を結ぶ場合はISD条項は必須である。

  • 投資家から提訴された国としては、法制度が未整備な発展途上国が過半数を占め、東欧、旧ソ連諸国が続く。日本は提訴された実績はない。
  • 産業別では、電力供給、通信、上水道、廃棄物処理などのサービス産業が多い。第一次産業は、全て石油・ガス採掘事業に関連する案件。

投資仲裁2

投資協定の現状と今後の進め方 - 経済産業省P.9

「途上国相手に必要なだけなら米国相手にはISD条項は必要ない」と言う者もいる。 しかし、TPPには途上国も参加している。 それに対して、彼らは「TPPじゃなく日米FTAにすればいい」と言う。 しかし、日米FTAならば、尚更、ISD条項は必須である。

ISD状況がなければ、米国が対日貿易制裁を発動したときに対抗する手段がない。 こうした制裁措置は、自国より技術力・生産力に劣る国には発動する必要ない。 競争で楽に勝てる相手に、わざわざ制裁措置を発動する必要はなく、競争で正々堂々叩き潰せば済む。 また、ISD条項付きの協定を結んだ国に対しては、訴訟が怖くて発動することができない。 しかし、ISD条項抜きの日米FTAを締結してしまえば、米国が制裁措置を発動する可能性はあるし、発動を阻むものもない。 日本の技術力・生産力は、これまで、何度も米国の国内産業を脅かしてきた。 そして、その度、米国はダンピング疑惑など口実とした制裁措置を何度も発動させてきた。 年配の人達は、日米自動車摩擦やジャパンバッシングという言葉を知っているはずだ。 1996年の日米スパコン貿易摩擦ではスーパー301条に基づいた高額な懲罰関税が掛けられた。 スーパー301条でなくても、日本企業を選択的に排除する方法はいくらでもあるだろう。 その時にISD条項がなければ日本政府として、何も抵抗することができない。 米国の陰謀論を主張する人に問うが、米国が日本の抗議だけで言うことを聞くと思うのか。 米国を警戒すればこそ、ISD条項は必要なのだ。 本気で米国の脅威から日本を守りたいなら、ISD条項を外した協定の締結には反対すべきなのだ。 ISD条項を外せと言う者こそが、米国の手先であり、売国奴なのだ。

…とまで言うのはちょっと言い過ぎかも知れないが、米国に協定違反をさせないための抑止力としてもISD条項は必要である。 米国は国際正義のために自国の利益を放棄する国ではない(自国の利益のために建前上の正義を放棄する国でもないが)。 米国のような二大政党が均衡する国では、政治家は世論の反応に凄く敏感である。 だから、米国の政治家は国民の望む政策を実行せざるを得ない。 協定違反のペナルティが何もなければ、米国の政治家は自国の国民に理性的対応を取るよう説得できない。 対日制裁を阻止するため、また、対日制裁が実行された時のため、ISD条項は必要なのである。

では、貿易制裁措置に対する対抗手段として国内裁判所は使えるだろうか。 司法は立法や行政から独立して政府介入を心配する必要がないなら、国内裁判所は使えるだろうか。

我が国では、 日本国憲法第九十七条第二項 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする となっているので、法令上は、条約違反の法律に対して憲法第九十七条第二項違反を理由とした違憲立法審査が可能である。 ただし、法律と条約との整合性を何処まで裁判所が踏み込んで判断して良いか、という点については議論の余地があろう。 一方、米国憲法第6条では 憲法と憲法に基づいて作られるアメリカ合衆国の法律と条約を国内の最高法と定義 Wikipedia:アメリカ合衆国憲法 している。 つまり、米国の憲法上は、連邦法と条約は対等であり、条約に違反することを根拠として連邦法を無効とすることはできない。 よって、米国では 投資家に不利な立法がなされ、それが裁判所の判断の基準になるという意味で、適用法のレベルで投資家が不利に扱われるという可能性 投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.10 が現実になりかねない。

また、米国には陪審制があるから、政府介入よりも日本人・日本企業に不利な結果を招くことが予想される。 陪審制では、法的な正当性よりも陪審員の印象が判決を大きく左右する。 日本人・日本企業は陪審制でのノウハウに乏しいだけでなく、自国贔屓のために陪審員の印象が悪い状態で裁判を戦わなければならない。 よって、米国の裁判制度で戦うと、政府介入以上に日本に不利な判決が出る可能性が高い。 米国の裁判制度に比べれば、中立的な第三者機関に判断を委ねた方が遥かにマシだろう。

毒素条項 

内国民待遇の「同様の状況の下(like circumstances)」の文言 

1.NAFTAに基づく仲裁判断

NAFTA1102条は、次のように内国民待遇を定める。

1. Each Party shall accord to investors of another Party treatment no less favorable than that it accords, in like circumstances, to its own investors with respect to the establishment, acquisition, expansion, management, conduct, operation, and sale or other disposition of investments.

2. Each Party shall accord to investments of investors of another Party treatment no less favorable than that it accords, in like circumstances, to investments of its own investors with respect to the establishment, acquisition, expansion, management, conduct, operation, and sale or other disposition of investments.

これは自由化を含む内国民待遇の規定であるが、当然投資家および投資財産について、「投資後」の内国民待遇を保証しており、紛争はこれをめぐって起こった。

内国民待遇違反を決定する要因は何か - 経済産業省P.36

NAFTA(北米自由貿易協定)の内国民待遇の条文の「同様の状況の下(like circumstances)」という文言が毒素条項になったのは事実である。 しかし、だからと言って何でもかんでも訴えれば通るわけではない。 ISD条項の具体例のとおり、最も政府に厳しい仲裁判断事例とされるS.D.Meyers事件でさえ、合理的理由のない規制による国内企業と外国企業の「差異の効果」の有無を協定違反の根拠としている。 仮に、濫用されてたとしても、協定違反が認定されない限り、政府が負けることはないのである。 そして、NAFTAの他の仲裁定事例では内外差別の意図や「合理的な政策」も判断基準として採用されており、必ずしも、毒素条項が採用されるわけではない

繰り返すが、内国民待遇は、WTOにおいても基本原則となっている、自由貿易協定における基本中の基本の条項である。 だから、内国民待遇に問題があるのではない。 NAFTAの内国民待遇に毒素条項が紛れ込んだのは、カナダやメキシコがそれを見逃したからである。 既にその問題が表面化した現在では、全く同じ事務的ミスは起こり得ない。 全く違う毒素条項が紛れ込む危険性はあるが、それは二国間FTAでも同じである(事前に気付く可能性の高さを考慮すれば、多国間協定の方が若干有利)。 そして、新たな毒素条項がどの国を不利に陥れるかも予想不可能である。 予想外の毒素条項に米国が苦しむ…という可能性もないわけではない。 そうした未知の毒素条項を殊更恐れるならば、それは「外を歩くと隕石が落ちてきて怪我をするかも知れないから家の中に引き蘢ろう」と言うのに等しい。 そんなことを言い出したら他国と条約を結ぶことは不可能である。

ISD条項に毒素条項はない 

結論から言うと、ISD条項=毒素条項とする主張はデマであるから信じないように。 NAFTA(北米自由貿易協定)には毒素条項があると言われるが、それはISD条項ではない。 ISD条項は協定違反への対抗手段であって、協定にないことを強要することはできないから、原理的に主権侵害は不可能である。 その詳細は、ISD条項をじっくり読んでもらえば分かるはずである。

デマ 真実
中立性仲裁機関が米国の支配下にあるので米国に有利な判断になりやすい。当事者それぞれの推薦各1名と双方合意の1名の計3名が仲裁人となる極めて中立な人数構成。
審理対象「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけ。協定違反の有無と効果を判定する。
情報公開審査は非公開で行われるため不透明。ICSID仲裁では、仲裁判断の法的判断の要約は必ず公開されるし、仲裁判断そのものも相当数が公開されている。絶対的に非公開であれば中野准教授らが挙げた具体例はどうやって情報を得たのか?
判例拘束判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。協定内容からの結果予想は可能。先例を参照する仲裁判断も多い。途上国の裁判所よりは結果を予想しやすい。
充分な審理上訴制度がないので十分な審理が為されない。仲裁定には当事者の主張の十分な機会を与える義務がある。
不服申立て上訴制度がないので判断に誤りがあっても正されない。上訴制度は「判断の一貫性」の問題であって、判断の正しさは別問題。解釈・再審・取消制度はある。
政府関与法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができない。仲裁結果を「国の司法機関」が覆せたら協定違反し放題になる。NAFTAでは国内裁判所で取消判断が可能。

審理対象 

ISD条項の具体例のとおり、これまでのISD条項による仲裁定は、それぞれの協定の内容に忠実に判断が下されている。 ISD条項による仲裁定では、いずれも、政府の協定違反の有無が審理対象となっている。

対象事案
ICSID条約・仲裁規則締約国の国民と他の締約国との間の投資を巡る紛争(条約第1条2項)
ICSID Additional当事者の一方が非締約国又は非締約国民の投資紛争(第2条)
UNCITRAL 仲裁規則商業契約等の国際商業関係に関連する紛争(決議部分)
ICC 仲裁規則国際的な特徴を持つビジネス上の紛争(第1条)
SCC 仲裁規則特段の規定なし
審理手続
ICSID条約・仲裁規則
  • 仲裁は原則としてセンターで行われる(条約第62条、規則第13条)
  • 適用法規の決定は、当事者に合意がない場合、仲裁廷が紛争に参加する当事国の法又は適当な国際法を適用する(条約第42条1項)
  • 当事者は仲裁判断に反する異議申立てを国家の裁判所に提起することは許されない(条約第53条1項)
  • 言語は当事者間の合意により1つ又は2つの言語を使用。合意がない限り、ICSIDの公用語から決定(規則第22条)
  • 暫定的な保全措置を取り得る(規則第39条)
  • 仲裁裁判の取り消しは、理事会議長が仲裁人名簿から指名する3名の委員会ら構成される委員会によって審理される(条約第52条)
ICSID Additional
  • 仲裁の実施は外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)条約締約国であればどこで開催してもいい(付則C第19条)
  • 仲裁手続地は仲裁廷が決定(付則C第20条)
  • 言語は当事者間の合意により1つ又は2つの言語を使用。合意がない限り、ICSIDの公用語から決定(付則C第30条)
  • 暫定的な保全措置を取り得る(付則C第46条)
  • 適用法規としては、紛争の実体に適用される法として当事者が指定した法規範を適用するが、合意がない場合には抵触法規により判断され、国際法に照らして適当と仲裁廷が判断するほうを用いる(付則C第54条)
UNCITRAL 仲裁規則
  • 仲裁地は当事者に合意がない場合、仲裁廷が決定(第16条1項)
  • 仲裁手続地は仲裁廷の裁量で決定(第16条2項、3項)
  • 仲裁廷の管轄権は仲裁廷が決定(第21条1項)
  • 言語は当事者間に合意がない限り、仲裁廷が決定(第17条1項)
  • 適用法規は、当事者に合意がない場合、仲裁廷が適当な法を決定(第33条1項)
  • 暫定的な保全措置を取り得る(第26条1項)
ICC 仲裁規則
  • 仲裁地は当事者に合意がない場合、ICCが決定(第14条)
  • 仲裁手続地は当事者に合意がない限り仲裁廷が決定(第14条2項及び3項)
  • 仲裁廷の管轄権はICCの仲裁合意を条件に仲裁廷が決定(第6条2項)
  • 言語は当事者間に合意がない限り、仲裁廷が決定(第16条)
  • 適用法規は、当事者に合意がない場合、仲裁廷が適当な法の規定を決定(第17条1項)
  • 審理手続は非公開とする(第21条3項)・暫定的な保全措置を取り得る(第23条)
SCC 仲裁規則
  • 仲裁地は当事者に合意がない場合、評議会が決定(第20条1項)
  • 仲裁手続地は仲裁廷が決定(第20条2項)
  • 言語は当事者間に合意がない限り、仲裁廷が決定(第21条1項)
  • 適用法規は、当事者に合意がない場合、仲裁廷が適当な法の規定を決定(第22条1項)
  • 審理手続は非公開とする(第27条3項)
  • 暫定的な保全措置をとりうる(第32条)

経済連携に向けた規律の策定 第5章投資 - 経済産業省

国家主権 

ISD条項による仲裁定で国が負けることは、その国が協定違反を行なったことが認定されることである。 つまり、ISD条項による仲裁定は協定違反に対して賠償を命じるに過ぎないのだ。 批准した協定を含む国際法を守ることは当然であり、協定を破る主権など国際法で認められていない。 初めからありもしない“主権”を侵害することなど原理的にできない。

百歩譲って、批准時に想定できた解釈のみに従う義務があり、想定外の解釈に反することは国際法に違反しないとしよう。 つまり、想定外の解釈に縛られることを“主権侵害”と定義するのである。 しかし、そうした独自の定義による“主権侵害”もISD条項とは全く関係がない。 何故なら、ISD条項では、あくまで、ISD条項以外の協定の文言に従って協定違反の有無を判定するからである。 つまり、ISD条項以外の協定の文言に、想定外の解釈が存在しなければ、独自定義の“主権侵害”も発生しない。 もし、仮に、独自定義の“主権侵害”するなら、それはISD条項以外の協定の文言に想定外の解釈が存在することを意味する。 つまり、その場合は、ISD条項抜きの協定が独自定義の“主権侵害”だということである。

毒素条項

であれば、ISD条項の有無と“主権侵害”の間には何の因果関係もない。 つまり、ISD条項が主権侵害になるとする主張は完全なデマである。 訴えられるのが嫌なら、協定違反をしなければいいのだ。 米国政府が負けなしなのは、おそらく、協定違反をしていないからだろう。

強制力・政府介入 

政府の協定違反の有無を第三者機関が審査するのだから、その判断には強制力が必要である。 なぜなら、強制力がなければ、仲裁判断を無視できるからだ。 よって、仲裁定に実効性を持たせるには、仲裁判断に強制力が必要である。

言うまでもなく、訴えられた政府の司法機関は仲裁判断に関与できない。 なぜなら、政府が仲裁判断を決められるようになれば、協定違反をした当事者に都合の良い判断を下せるからだ。 よって、仲裁定の中立性を担保するには、仲裁判断のプロセスから、政府の司法機関を排除しなければならない。

尚、NAFTAでは国内裁判所で取消判断が可能である。 ただし、上訴制度ではないので国内裁判所での自判はできず、国際投資紛争解決センター(ICSID)に差し戻すだけである。

なお、取消における審査事由には「法の誤り」(errors of law)は含まれていないため、当該手続は仲裁判断の「上訴」とは区別される(同様に、事実の適用も審査対象とはなっていない)。 また、NAFTA11章に基づく投資仲裁の場合も、仲裁判断が国内裁判所による司法審査に服する。 実際に国内裁判所による審査が行われた事案として、Metalclad事件(対メキシコ)、Feldman事件(対メキシコ)、S.D.Myers事件(対カナダ)の3つがある。

投資仲裁における上訴メカニズム - 経済産業省P.72

中立性 

仲裁人の構成を問題にする者もいる。

仲裁人の選定
ICSID条約・仲裁規則
  • 原則3名(条約第37条2項(b)
  • 当事者が選定しない場合には、理事会の議長が仲裁人名簿から選定(条約第38条、第40条1項)
  • 仲裁人は自らの権能で判断(条約第41条1項)
  • 議長による指名の場合、当事国と同一国籍は仲裁人としない(条約第52条3項)
ICSID Additional
  • 原則3名だが、1名ないし奇数でも可(付則C第6条1項及び3項)
  • 当事者が合意に至らない場合には、理事会議長が選定等(付則C第9条、第10条)
  • 仲裁人の過半数は原則当事国以外の国籍(付則C第7条)
UNCITRAL 仲裁規則
  • 原則3名(第5条)
  • 3人の場合、当事者が1名ずつ指名。第三の仲裁人は2名の仲裁人が選定(第7条1項)
  • 当事者が合意に至らない場合は当事者間で合意された選定機関又はハーグ常設仲裁裁判所事務局長が指定した選定機関が選定(第6条2項)
  • 単独仲裁人と第三仲裁人の選定には第三国籍を考慮(第6条4項及び第7条3項)
ICC 仲裁規則
  • 原則1名(第8条2項)
  • 仲裁人が1名の場合には当事者が合意により指名。但し、ICCの確認を受ける
  • 仲裁人が3名の場合には、当事者がそれぞれ1名指名しICCが確認、第三仲裁人は原則ICCが選定
  • 当事者が仲裁人を指名し得ない場合にはICCが選定(第8条3項及び4項)
  • 単独仲裁人と仲裁廷の長は原則第三国籍(第9条5項)
  • 仲裁人の独立性を確保(第7条1項)
  • 仲裁人の独立性について正当な疑念を引き起こす可能性のある事実の開示義務あり(第7条2項及び3項)
SCC 仲裁規則
  • 当事者の合意があれば仲裁人の人数は自由。合意が成立しない場合は3名(評議会(Board)が必要と判断する場合は1名)(第12条)
  • 仲裁人が1名の場合は、当事者の合意により指名。合意が成立しない場合は、評議会が指名(第13条2項)
  • 仲裁人が2名以上の場合は、当事者がそれぞれ等しい人数を指名し、評議会は仲裁廷の長を指名。当事者が互いの仲裁人に合意できない場合は評議会が全員を指名(第13条3項)
  • 単独仲裁人と仲裁廷の長は原則第三国籍。(第13条5項)
  • 仲裁人の独立性を確保(第14条1項)
  • 仲裁人に中立性と独立性について正当な疑念を引き起こす可能性のある事実の開示を義務づけ(第14条2項及び3項)

経済連携に向けた規律の策定 第5章投資 - 経済産業省

Article 37

(1) The Arbitral Tribunal (hereinafter called the Tribunal) shall be constituted as soon as possible after registration of a request pursuant to Article 36. (仲裁廷(以下、「Tribunal」)は第36条による請求の登録の後、できるだけ早く構成されなければならない。)

(2)(a) The Tribunal shall consist of a sole arbitrator or any uneven number of arbitrators appointed as the parties shall agree. (仲裁廷は当事者の合意により1人または奇数の仲裁人で構成される。)

(b) Where the parties do not agree upon the number of arbitrators and the method of their appointment, the Tribunal shall consist of three arbitrators, one arbitrator appointed by each party and the third, who shall be the president of theTribunal, appointed by agreement of the parties. (当事者が仲裁人の数や任命方法に合意しない場合、仲裁定は各当事者によって任命された1人の仲裁人と当事者の合意によって任命した議長の3名で構成される。)

Article 38

If the Tribunal shall not have been constituted within 90 days after notice of registration of the request has been dispatched by the Secretary-General in accordance with paragraph (3) of Article 36, or such other period as the parties may agree, the Chairman shall, at the request of either party and after consulting both parties as far as possible, appoint the arbitrator or arbitrators not yet appointed. (第36条(3)に基づき事務総長により請求の登録の通知が発送された後90日又は当事者が合意する他の期間以内に仲裁定が構成されない場合、会長は、いずれかの当事者の要請により出来る限り双方に相談した後に、仲裁人または残りの仲裁人を任命しなければならない。) Arbitrators appointed by the Chairman pursuant to this Article shall not be nationals of the Contracting State party to the dispute or of the Contracting State whose national is a party to the dispute. (この条の規定に基づく会長によって任命された仲裁人が紛争当事国の締約国国籍、又は、紛争の当事者の締約国国籍であってはならない。)

Article 39

The majority of the arbitrators shall be nationals of States other than the Contracting State party to the dispute and the Contracting State whose national is a party to the dispute; (仲裁人の過半数は、紛争当事国又は紛争の当事者以外の国籍でなければならない。) provided, however, that the foregoing provisions of this Article shall not apply if the sole arbitrator or each individual member of the Tribunal has been appointed by agreement of the parties. (ただし、仲裁人が当事者の合意により任命されている場合はこの条の上記規定は適用しないこと。)

Article 40

(1) Arbitrators may be appointed from outside the Panel of Arbitrators, except in the case of appointments by the Chairman pursuant to Article 38. (仲裁人は第38条に基づく会長による任命の場合を除き、仲裁人のパネル外から選任することができる。)

(2) Arbitrators appointed from outside the Panel of Arbitrators shall possess the qualities stated in paragraph (1) of Article 14. (仲裁人のパネル外から任命された仲裁人は、第14条(1)の資質を有しなければならない。)

ICSID条約第4章


Article 14

(1) Persons designated to serve on the Panels shall be persons of high moral character and recognized competence in the fields of law, commerce, industry or finance, who may be relied upon to exercise independent judgment. (パネルに指定される者は、独立した判断に頼って、法律、商業、工業や金融の分野の高い道徳と能力を持たなければならない。) Competence in the field of law shall be of particular importance in the case of persons on the Panel of Arbitrators. (仲裁人のパネルに指定される者は、法律の分野での能力は特に重要である。)

ICSID条約第1章

しかし、当事者双方が各1人を選任し、これに双方の合意した1人を加えた3人という人数構成はバランスが取れているように見える。 これ以上、妥当な構成にする方法があるとでも言うのだろうか。

なお、仲裁人の選任に関しては、中立性を保証するための様々な手続きが設けられている。 例えば、仲裁人の選任において中立性が確保されるよう考慮を払う、仲裁人は当事者と異なる国籍にする、仲裁人に対する忌避手続などである。

投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.6

先例拘束性 

先例拘束性がないことを問題にする者もいる。 しかし、拘束する決まり事がないだけであって、実際には、先例を参照する仲裁判断例が多いとされている。 ISD条項の具体例でも、先例を参照している事例が複数ある。

ICSID はあくまで仲裁であるため、先例拘束性は生じないが、その判断において、先例を参照する仲裁判断例は多い。R. Dolzer and C. Schreuer, supra note 3, at p.287

ICSID仲裁判断の承認・執行:その手続と実効性を中心に - 上智大学P.311

実は、日本の裁判手続も、法的には先例拘束性が規定されていない。 裁判所法第四条 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。 の規定があるが、これは同一事件における判決拘束性であって、類似事件の判例拘束性ではない。 判例を重視する法規定はあるが、判例拘束性の法規定はない。

裁判所法 第十条(大法廷及び小法廷の審判) 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。

一 当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。)

二 前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。

三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。


民事訴訟法 第三百十八条 上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。

民事訴訟法第三百十八条の「上告受理の申立て」は同法第三百十二条の上告規定と違い、「受理することができる」として最高裁の裁量判断となっている。

そもそも、判例に強い拘束力を与えることは、判例を法源とすることであり、それは司法機関に立法権限を与えることを意味する。 英米法のように、判例を第一法源とするならば、それで何も問題はない。 しかし、日本のように、三権分立で制定法を重視する制度では、判例の一人歩きは制度の抜け道になってしまう。 よって、制定法における判例は、判断の統一性を担保するために存在するものであって、法源となるべきものではない。 だからこそ、日本の法律では、判例を重視するに留まり、判例拘束性はないのである。 これは、ウィーン条約法条約に基づいて当事国の間の合意を重視する国際条約にも言える。

II.検討

1.「同様の状況の下」の解釈

(1)解釈方法

上記の諸判断の根拠になったIIAにはすべて「同様の状況の下」の文言があったが、それを解釈するアプローチは異なる。 大きく分ければ、①規定ないし条約の目的を踏まえて、「同様の状況の下」の語を解釈するものと、②社会一般の認識等を根拠に解釈するものである(UBS事件等)。 条約解釈規則を定めるウィーン条約法条約31条1項は、条約解釈の一般規則について、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」と規定する。 この規定は客観的解釈を採用したものと言われており、条約交渉のプロセス等を条約解釈の根拠にするのではなく、もっぱら条約文(テキスト)によって条約文(テキスト)に即して解釈すべきことを命じる。 ただし、同条3項は、「文脈とともに、次のものを考慮する。」として、「(a)条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意、(b)条約の適用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの」を挙げ、条約文(テキスト)以外のものも考慮する余地を認めている。

この条約解釈規則に即すと、仲裁廷が採用した前者のアプローチは、条約の「趣旨及び目的」を重視した解釈であり、また後者のアプローチは、31条3項(b)号(条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの)を踏まえて、「用語の通常の意味」を重視した解釈であると評価できる。 ウィーン条約法条約31条を理解するためには、それが同26条の系であることを押さえなければいけない。 26条(合意は守られなければならない)は、「効力を有するすべての条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない。」と定める。 条約を誠実に履行するためには解釈適用が必要であり、そのために条約解釈規則があるというのが、26条と31条の関係である。 つまり条約又はその中の規定は、特定の目的を実現するために締結されたものであり、したがって、条約履行の前提となる条約解釈は、条約締結を期した目的を実現することに資するものでなければならないのである。

内国民待遇違反を決定する要因は何か - 経済産業省P.41,42

国際条約下の仲裁定においても、当事国の間の合意のない先例がひとり歩きすれば合意事項がないがしろにされる危険性がある。 条約に定めのない基準が必要となるのであれば、当事国間で新たな合意を結ぶ必要があるのだ。 たとえば、NAFTAでは、新たに次のような覚書が交わされた。

以上の仲裁判断に対して、曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような訴えが仲裁によって許容されたとして、米国内を中心に強い批判の声が挙がった。 この動きを受けて、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、「NAFTA11章についての覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)」(貿易委員会覚書)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。

  1. 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
  2. 「公正かつ衡平な待遇」および「十分な保護及び保障」は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
  3. NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。

投資協定における「公正かつ衡平な待遇」 - 経済産業研究所P.8


(5)その後の展開

上記のような公正待遇義務に関する仲裁判断に対しては、米国内を中心に批判の声が挙がった。 その趣旨は、NAFTA11章の曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような当事国に対する訴えが仲裁によって許容されたという点等にあった(III.2.参照)。 このような批判を受ける形で、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、NAFTA11章について覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)(「貿易委員会覚書」)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。

  1. 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
  2. 『公正かつ衡平待遇』並びに『十分な保護及び保障』は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
  3. NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。

これは、S.D.Myers事件、Pope and Talbot事件において、NAFTA上の公正待遇義務が国際慣習法を越える内容をもつと判示したことに対して、NAFTA加盟国が危機感をもって対処した結果である。

投資協定仲裁の新たな展開とその意義 - 経済産業研究所P.14

必要になれば、その都度、新たな合意を結べば良いのだから、先例拘束性がないことは致命的な問題にならない。 また、先例を参照する仲裁判断例が多いのであれば、実務上も、大きな問題は発生し得ない。

情報公開 

ICSID仲裁廷は、双方の合意がないと公開されないことを問題視する者もいる。 しかし、実際は逆で、法的判断の要約は必ず公開され、仲裁判断の概要も当事者が合意しなければ公表されるのである。

例えばICSID仲裁であれば仲裁付託の申立自体は必ず公開され、また仲裁判断についてもその公開自体は当事者の合意によるものの、仲裁判断の法的判断の要約については必ず公開されることになっており、仲裁判断そのものもかなりの数が実際に公開されている。

投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.11


ただし、ICSID仲裁では、紛争の付託や仲裁判断の概要は、当事者が合意しなければ公表されるため、完全な非公開で手続を進めたい場合には適当でない。

2011年不公正貿易報告書第5章投資 - 経済産業省P.595

公開された事例が多々あり、先例を参照する仲裁判断例が多いならば、これは大した問題にはならないだろう。 そもそも、非公開であるというなら、ISD条項が危険だと主張する中野剛志准教授らは、どうやって情報を得たのか。 ISD条項を見れば、中野剛志准教授らの主張が公開された情報を元にしていることが分かる。 公開された情報を元に物を言っておきながら「この審査は非公開で行われるため不透明」では嘘をつくにも程がある。

上訴制度 

仲裁廷の上訴制度がないことを問題視する者もいる。 しかし、OECDなどでは、上訴制度の問題点の多さから反対意見が強く、また、上訴問題は緊急な課題とは見なされていない。

以上の議論をまとめると、上訴案に対する評価について次の点を指摘し得る。 第1に、現時点において、関連機関や各国政府の立場及び学説上の見解に鑑みるに、具体的な制度論としては上訴制度・機関の設置に対する反対論(慎重論)の方が優勢である(特に、議論の内容は、上訴機関の設置自体は望ましいものの、そのための制度改革や合意形成が極めて困難であるというものが多い)。 同時に、ヴェルデが指摘するように、WTO型の単一の上訴機関を想定することは「ユートピアンの見解」と言わざるを得ない。 第2に、上訴問題については、NAFTAの当事国を除くと、OECDの多数の国は大幅な制度改革を必要とするほど緊急な課題であるとはみなしていない。

4.論点整理

以上に見たように、上訴制度の可否に関する論点は次の点に集約される。 すなわち、上訴賛成説は、上訴制度によって複数の仲裁判断の間の一貫性と判断内容の妥当性が確保されると主張する。 これに対して、上訴反対説の根拠は、上訴制度の導入が仲裁判断の終結性と利便性を損なうと反論している。 以下、上記の論点を掘り下げつつ、その他、あまり論じられていない論点を付け加えることにしよう。

(1)判断の一貫性

上訴機関を設ける目的として第1に挙げられるのは、仲裁判断の矛盾を解消し、統一的・一貫的判例法を確立することである。 確かに、近年の国際投資仲裁の判断には、互いに矛盾するものが見られるようになっており、国際投資法の健全な発展を阻害すると評される。 特に、2005年以降、複数のICSID仲裁裁定において判断矛盾の問題が明らかになっている(CMS事件(2005年)とLG&E事件(2006年)における緊急状態の判断が正反対になった例)。 この点で、学説上は、判断矛盾が生じる根拠の1つとして、ICSIDにおける上訴手続の欠如が指摘されている。 他方で、上記の点については次の反論が見られる。 第1に、そもそも仲裁判断の間の矛盾・非一貫性を問題視すべきでない、という見解であり、第2に、仮に判断矛盾があったとしても、その解消のために上訴が用いられるべきことにはならないという。 以下、順に検討しよう。

一見するとIIAは文言上類似した規定を設けているが、詳細な部分まで規定内容が一致している訳ではなく、形成過程や事後の慣行も異なるため、仲裁による解釈において異なる(矛盾する)結論が導かれる例は十分に想定し得る。 さらに、IIAの個別性と多様性を重視する場合、むしろ一貫した解釈は不可能であるだけではなく、望ましくない。 なお、上記のOECD報告書では、僅かな文言の相違を捨象した「基本原則」について一貫した判断が求められるという考え方が示されているが、IIA当事国の意識においてこうした考え方が共有されているというのは難しい。

②訴訟・仲裁という法実践では、一定程度の判断矛盾は避け得ない。 すなわち、同一の事実状況を前提とし、同一の適用法規が適用されたとしても、法廷弁護人が異なり(主張内容が異なり)、判断者(仲裁人)が異なれば、結論としての判断が異なる可能性は否定し得ない。 このように、あらゆる法システムでは、判断の非一貫性に対する許容性が埋め込まれていると考えることができる。

③判断矛盾は根本的な問題ではなく、一時的な現象であると捉えることが可能である。 すなわち、国際投資法及び国際投資仲裁制度は近年急激に進展しており、「新しい法分野」が形成されつつある。 こうした状況において仲裁判断が矛盾するのは、通常の成長苦であり、特筆すべき問題ではないと解される。

第2に、仮に上訴機関を創設したとしても、仲裁判断の矛盾問題は解消し得ないと考えられる。 というのも、判断矛盾は法解釈だけでなく、事実評価の相違に起因する場合があるからである。 例えば、Lauderv.CzechRepublic事件とCMEv.CzechRepublic事件では結論が異なっているが、判断が食い違った理由は事件の事実評価が異なっていたことであり、仲裁廷による適用法規の解釈が異なっていたからではない。 このような場合、仮に上訴制度を設けたとしても、(上訴事由が法律審に限定される限り)判断の統一性を確保するのは困難である。

他方、仲裁判断の矛盾の問題を解消するために考慮すべき点として、以下のものが指摘されている。 第1に、複数の仲裁事件の併合である。 判断矛盾が生じるのは、類似の事案が個別に処理されるからであり、判断矛盾を解消するための最も効果的な方法は、こうした事案を併合(consolidation)し、単一の仲裁判断を下すことである。 特に現行規定で問題となるのは、事件併合が義務的ではない点である。 第2に、最恵国待遇条項の利用である。 仮にMFN条項が手続規定にも適用されると解する場合(この点については未だに議論の余地が残る)、特定のBIT/FTAで設けられた上訴手続をその他のIIAにおいても援用することが可能となる。

なお、仲裁判断の一貫性を確保するために上訴手続を創設する場合、上訴手続を一本化し、さらに強制管轄権(自動的に上訴可能なWTOのような制度)を構築する必要がある。 仮にadhocの上訴手続を創設する場合、複数の上訴判断が矛盾する可能性が残るからである。 従って、仲裁判断の一貫性と統一性を確保するためには、常設の単一の上訴機関を設置する必要がある。

(2)仲裁コスト

上訴制度に対して否定的・消極的な見解の最大の根拠は、仲裁コストの増大である。 特に常設の上訴機関でない場合、弁護人費用と仲裁人費用が加算され、さらに全体の紛争処理にかかる時間が増加する。 そのため、わざわざ裁判機関ではなく「仲裁」という簡便な手続を設けた意義が損なわれる、と主張される。 さらに、仲裁コストが増大するため、実質的に一方当事者にのみ負担となる点が懸念される。 すなわち、上訴制度を(抵抗なく)利用し得る裕福な投資家又は投資受入国にだけ有利となり、途上国にとっての仲裁のメリットが減少すると考えられる。 実際に、上訴制度を促進する動きが、先進国側の利益を保護するという観点からのみ出てきているという点も指摘される。

(3)国内審査の残存

非ICSID仲裁の場合、仮に上訴手続を創設し得たとしても、現行法制度上で認められている国内審査手続が存続する限り、根本的な問題は解決され得ない。 すなわち、元々米国が懸念していたのは、仲裁判断が個別国家の国内裁判所による司法審査に服し、さらに判断結果の統一性が確保し得ないという点であった。 そのため、仮に上訴機関を設けたとしても、上訴判断が相変わらず国内裁判における司法審査に服するのであれば、上訴を設ける意味はない。 この点で、ICSID仲裁だけでなく、非ICSID仲裁をも対象とした包括的な投資法を想定した上で「国際投資法の一貫性」や「統一的な発展」を目指す場合、非ICSID仲裁における国内審査手続を残存させるか否かという困難な問題が生じることになる。 第2に、投資仲裁の原審と上訴審を経た上で、さらに国内裁判所の審査(取消又は執行)に付されるとすると、全体としての手続が大幅に遅延する危険がある。

投資仲裁における上訴メカニズム - 経済産業省P.82〜85

上訴制度が必要とされる最大の理由は「判断の一貫性」である。 両極端な判例が少なからず存在することは事実である。 しかし、それも、法制度の不備のある国や恣意的な判決を下す国の裁判に比べれば格段にマシである。

例えば、かつての開発途上国の中には法制度そのものがまだ十分に整備されておらず、透明性を欠いており、また裁判官の教育も十分に行われていないという国は存在しただろうし、そうであれば裁判所の判断は不安定で予測不能なものであっただろう。 これに対し仲裁廷では、仲裁人は一般に十分な経験をつんだ弁護士や法学者、あるいは国際的な裁判所の裁判官等から選ばれており、また適用法そのものも国際法であれば投資協定や一般国際法などの比較的内容が明確なものであるため、上のような開発途上国の裁判所に比べれば判断の安定性、予測可能性は格段に高いものと予想される。 もっとも、投資協定に関しての仲裁判断はまだ一貫したものにはなっておらず、なお不安定な状況であるため、仲裁廷が常に投資受入国裁判所に比べ判断の安定性・予測可能性が高いとは限らない点には注意が必要である。

投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.10

米国も一部協定で上訴規定を設ける試みを始めたり、ICSIDやOECDが検討を始めたりしているようである。 しかし、反対意見が強くて上訴制度は実現していない。

ネット上で言われるような中立性の確保のための上訴規定の必要性については全くの的外れである。 たとえば、日本の裁判制度は三審制だが、3回チャンスが与えられているわけではない。 2連勝した当事者の立場で考えてみれば良く分かるだろう。 2連勝していても最期の1回で負ければ敗訴確定なのだ。 最初に2回の勝敗に関係なく、最期の1回の裁判で勝ち負けが決まるなら、実質、チャンスは1回しかない。 確かに、3回のうち1勝すれば勝ち抜けとなる場合なら3回チャンスがあると言える。 しかし、最期の勝負に勝敗が委ねられるなら、実は、チャンスは1回しかないのだ。 三審制で3回チャンスがあると思うのは大きな勘違いである。

投資家にも上訴権を与えれば、国が逆転敗訴する可能性もある。 国と投資家の力関係を比べれば、国の方が圧倒的に強いのだから、強者の側の国にだけ上訴権を与えることはあり得ない。 よって、上訴できるような制度にしたところで、損得は変わらない。

そもそも、ICSIDの中立性に疑問があるなら、何回上訴しても上訴先がICSIDである限り、何も変わらない。 何度上訴したところで、最期の仲裁廷が中立でなかったら、不公平な結果になるだけである。 真に中立な結果を求めたいなら、中立な仲裁廷を1回行なえば良いだけなのだ。 では、その仲裁廷を何処で行なえば良いのか。 ICSIDの中立性に疑問があるなら、他に対案はあるのか。 対案もないのにICSIDの中立性を疑問視するなら、それは無い物ねだりというものである。

仲裁定に双方の主張が充分に盛り込まれることを問うなら、上訴制度よりも仲裁定の中身の濃さを論じるべきだろう。

審理において仲裁人は中立な立場で両方の当事者を公平に扱わなくてはならず、また両当事者が自らの主張を行うのに十分な機会を与えなくてはならない

投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.7


解決までに平均して3~4年かかるが、5年以上かかるケースもある。

投資協定の現状と今後の進め方 - 経済産業省P.7

仲裁定では上訴は認められないが、取消制度はある。

このように、ICSID仲裁手続では「上訴」が禁じられているが、仲裁判断の解釈(50条)、再審(51条)、取消(52条)という3つの不服申立てが認められている。


例えば、UNCITRALモデル法34条2項は、仲裁地の国内裁判所による取消し(set aside)の手続を規定しており、取消事由として以下の6つが挙げている(後掲の条文参照)。 ①仲裁合意の無効、②当事者への通知の欠如、③申立てを越える事項が仲裁判断に含まれていること、④仲裁の構成又は仲裁手続の不規則性、⑤紛争主題が仲裁可能でないこと、⑥国内公序の違反。 なお、取消における審査事由には「法の誤り」(errors of law)は含まれていないため、当該手続は仲裁判断の「上訴」とは区別される(同様に、事実の適用も審査対象とはなっていない)。 また、NAFTA11章に基づく投資仲裁の場合も、仲裁判断が国内裁判所による司法審査に服する。 実際に国内裁判所による審査が行われた事案として、Metalclad事件(対メキシコ)、Feldman事件(対メキシコ)、S.D.Myers事件(対カナダ)の3つがある。


上訴と取消は異なるという説(区別説)の根拠は次の点にある。 第1に、審査内容が異なる点である。 すなわち、上訴が仲裁判断の内容の実体的な正しさ(substantivecorrectness)を審理するものであるのに対して、取消は特定の取消事由がある場合に、仲裁判断の効力を否定するというものである。 第2に、審理結果が異なる点である。 すなわち、上訴は原審を維持するか、場合によっては原審判断内容を差し替える(自判)のに対して、取消は、原審判断を(全体的に又は部分的に)無効とし、新たな法廷に新たな判断をするよう差し戻すものである(すなわち、自判を行わない)。

以上のように、形式的には上訴と取消しは区別されるものであるが、学説上は、上訴と取消が実質的には類似した機能を有すると主張するものも見られる。 その根拠は、取消事由の中に「理由欠如」が含まれる点にある。 判例上、「理由欠如」には理由の矛盾や不明瞭性が含まれると解されているため、仲裁判断の「理由欠如」を問うことは、必然的にその判断内容の妥当性に触れることになるため、実質的には上訴に類似すると解される。 このように、実質的に取消事由が拡張・深化するに伴い、上訴手続に接近すると評されることになる。 実際に、ICSIDにおける上訴制度を新たに創設するのではなく、現行の取消手続をさらに拡充して、疑似上訴手続として運用すべきであると主張するものも見られる(ただし、この場合、仲裁判断の取消し判断が下された場合、原審をやり直すことになるため、仲裁の時間的コストが大幅に増大するという問題が生じる)。

投資仲裁における上訴メカニズム - 経済産業省P.71

ICSID条約によれば、重大新真実が発覚した時には再審請求ができ、次の場合には取消請求ができるようである。

  • 仲裁廷の構成の不備
  • 権限踰越
  • メンバーの不正(買収?)
  • 手続きの根本規則の重大な逸脱
  • 理由の欠如

この取消制度を活用したことにより、最長で13年もの長い期間を要した事例もある。

最長事例 CAA&Vivendiv.Argentina

申立(1997.12) →仲裁判断(2000.11) →取消決定(2002.7) →取消決定補正決定(2003.5) → 再申立(2003.10) →仲裁判断(2007.8) →取消決定(否定)(2010.8)

国際投資仲裁の事例 - 経済産業省P.21

1つの仲裁定に数年を要し、取消制度もあるなら、現状でもミッチリと細かく仲裁定されているように見える。 これに上訴制度を追加してしまうと、1つの紛争の解決に何十年も掛かりかねない。 これは、先の引用部に挙げた「仲裁の時間的コストが大幅に増大するという問題」である。

仲裁判断
ICSID条約・仲裁規則
  • 多数決による決定(条約第48条)
  • 仲裁判断は当事者を拘束(条約第53条)
  • 一定の場合、再審及び仲裁判断取消の請求が可能(条約第51条及び52条)
ICSID Additional
  • 多数決(付則C第24条)
  • 裁定は最終であり当事者を拘束する(付則C第52条4項)
UNCITRAL 仲裁規則
  • 多数決(第31条1項)
  • 裁定は最終であり当事者を拘束(第32条2項)
ICC 仲裁規則
  • 多数決。成立しなければ仲裁廷の長による決定(第25条1項)
  • 裁定は当事者を拘束(第28条6項)
SCC 仲裁規則
  • 多数決。成立しなければ仲裁廷の長による決定(第35条1項)
  • 裁定は最終であり当事者を拘束(第40条)

経済連携に向けた規律の策定 第5章投資 - 経済産業省


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