TPP陰謀論

中立かつ客観原則 

ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。

陰謀論に毒された人たち 

ASREADというブログ集(?)でTPP関連のエントリーを見ると、見事に左翼系の言論ばかりが出てくる。 執筆者一覧 - ASREAD を見ると、本職のコラムニストやジャーナリストもいるかとも思えば、何処の馬の骨かわからない個人ブロガーもいる。 これらの人たちの主張を査読もなしに垂れ流しているのであれば、 ASREADとは - ASREAD に書かれた「『真実を見つめ、明日を正しく読み取る』ことを目的として立ち上げられたインターネットメディア」という理念とは真逆ではないのか。

ここで紹介するまつだよしこ氏も、TPP関連のデマや陰謀論に完全に毒されてはいるが、まだ、それでも多少は疑問に思っているだけマシではある。

ISDS条項に関する妄想 

アメリカが訴えられたり負けたりすることが少ないのは、これまでの交渉の仕方によるところが大きいと言えます。 これまでずっと自国の法律を極力変えずに他国と協定を結んできたのですから、当然の結果なのです。 自国の法律を押し付けてしまえば、法律違反をすることはありませんのでそもそも訴えられることがありません。 万一訴えられても、条文の読み方を熟知した法律家が揃っていますから、負ける確率が低いのも当たり前で、自由貿易協定はその内容に従うことを受け入れるということですから、紛争の場でアメリカ側が強いことに対して文句を言うこともできません。

今更聞けないTPPーなぜアメリカはISDS条項で負けないのか - ASREAD

「これまでずっと自国の法律を極力変えずに他国と協定を結んできた」とは何を根拠に言っているのだろうか。 本当にそうなら、WTO履行法やNAFTA履行法や米韓FTA履行法すら必要ないのではないか。

この方は、後で都合良く発言を引用した小寺先生の書いた論文も知らないようである。

「国内裁判所であれば認められないような訴えが仲裁によって許容された」「国内裁判所であれば認められないような当事国に対する訴えが仲裁によって許容された」と書かれているように、アメリカの法律では認められない投資家の権利が仲裁判断では認められている。 これはアメリカの法律にないことなのだから、当然、「自国の法律を押し付け」などではない。

以上の通り、「自国の法律を押し付けてしまえば、法律違反をすることはありません」や、アメリカだけが「条文の読み方を熟知した法律家が揃っていますから、負ける確率が低い」は、事実に反した妄想にすぎない。

「紛争の場でアメリカ側が強いことに対して文句を言うこともできません」は全くの意味不明である。 「紛争の場」は、証拠を積み重ねて自己の主張の正当性を示す場であり、「アメリカ側が強いことに対して文句を言う」場ではない。 「アメリカ側が強いことに対して文句を言う」ことができないのではなく、言っても自己の主張の正当性にとって何の足しにもならないから言わないだけである。

数字上の勝率だけ見ての仲裁判断の中身を全く検証しないから、このような妄想に陥るのである。 民主党のおがた林太郎議員が「勝っているケースは調べてみると、どれも『さすがに相手方のメキシコ政府やカナダ政府が取った措置に問題がある』と言えるものばかりです(当たり前ですけど)」と言っているように、仲裁判断の中身をちゃんと検証すれば、このような妄想が全く不要なことがわかるだろう。

現在行われているTPP協定交渉でも、日本が正式に交渉に参加するまでは、アメリカが自国の法律にTPP推進企業の要望を取り入れた協定文案を出してきて、 それに対してどこまで他の国が飲めるか、飲めないか、といった交渉が行われていたようです。

今更聞けないTPPーなぜアメリカはISDS条項で負けないのか - ASREAD

交渉過程は非公開となっているのに、この方は何を根拠にこんなことを言っているのだろう。

交渉の目的も、いかに野心的な協定となるかに重点が置かれていました。 そこに日本が参加して初めて、共同声明に「バランス」という言葉が付け加えられることになりました。 一つの国がその国の法律を押し付けるだけではなく、お互いの事情も考慮した協定内容にしましょう、という意味です。

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この方の勝手な想像で「野心的」が「一つの国がその国の法律を押し付ける」という意味に変えられている。 検索すれば多々見つかるので敢えて引用はしないが、ここで言う「野心的」とはWTO関連の共同声明でも度々登場する言葉である。 「野心的」とは、より先進的な自由貿易を進めるという意味での「野心」であり、貿易の自由度達成の目標をより高い位置に置くというような意味合いである。 決して、「一つの国がその国の法律を押し付ける」という意味ではない。

ちなみに、日本がTPP交渉に参加したのは2010年からだが、2006年の第14回APEC首脳会議のWTOドーハ開発アジェンダに関する声明にも「野心的かつバランスのとれた」という言葉は使われている。 「野心的かつバランスのとれた」は、WTO交渉の時からの各国の思惑であって、日本がTPP交渉に参加したことで「バランス」という言葉が使われ初めたわけではない。 また、「バランス」とは、先進性を意味する「野心的」という言葉との対比で使われていることから、先進性と伝統等とのバランスという意味であろう。 「一つの国がその国の法律を押し付けるだけではなく、お互いの事情も考慮した協定内容にしましょう、という意味」ではない。

アメリカの主張が全て通ってしまったら、訴訟に慣れていない日本は勝てるのだろうか、それが心配で夜も眠れないという方も多いのではないでしょうか。 ICSIDの仲裁人を務められたこともある故小寺彰東京大学教授に、とあるシンポジウムで現状のままTPP協定が発効したとして、 水源地の外資による買い占めを防ぐための法律を制定したら、日本はISDS条項で訴えられたときに勝てるのでしょうか、 と質問してみたことがあります。 小寺先生の答えは、今のままでは難しいでしょうねというものでした。

今更聞けないTPPーなぜアメリカはISDS条項で負けないのか - ASREAD

暗黙の了解として「水源地の外資による買い占めを防ぐ」ことが当然であるかのように話を進めているが、まずは、その前提が正しいかどうかを検証する必要がある。 そして、この問題の本質はそこにある。 本質部分の議論を避け、それを確定事項として扱い、違う方向へ話を進める論点逸らし手法は良くある詭弁手法である。

さらに、都合のより所だけ「小寺彰東京大学教授」を利用し、あたかも、話全体に「教授」のお墨付きがあるかのように偽装することも、良くある詭弁手法である。 「教授」は、あくまで、「水源地の外資による買い占めを防ぐ」という前提において何が必要かを語られたに過ぎない。 「教授」は、その前提の必要性については見解を示していないし、ISDS条項によって我々の国益が損なわれるかどうかについても見解を示していない。

日本人にも変な連中はいる。 そうした変な日本人が経営している企業に買い占められたら問題はないのか。 「外資」だけを目の敵にしなければならない理由がないのであれば、「外資による買い占めを防ぐ」理由が説明できないことは言うまでもない。 もちろん、中国などの、政府がおかしなことをやっている国で、かつ、その国の政府が実質的に支配もしくは制御している企業に対しては「買い占めを防ぐ」正当な理由があろう。 しかし、それ以外の「外資」まで目の敵にしなければならない理由などあろうはずもない。

特定の国家や犯罪者等の明らかに危険な連中を除けば、「買い占め」する人間を限定する必要は何処にもない。 必要なことは、国益を損なわないよう、「買い占め」するときや運営時に、所有者に対して必要が義務を負わせることである。 たとえば、「水源地」であれば、そこの品質管理や価格等についての規制は必要かもしれない。 そして、その規制に対して客観的な必要性が説明できれば問題がない。

「水源地の外資による買い占めを防ぐための法律」の必要性がないのであれば、「ISDS条項で訴えられたときに勝てる」のか気にする必要は全くない。

国内審議の妄想 

ついに2016年1月7日、英文による公開から約2か月遅れて、しかし予定されている2月4日の署名後にならないと出さないと言っていた時期より若干早く、TPP協定の全文暫定訳が政府サイトに掲載されました。 同じ日付で英語版のリーガルスクラブが完了していたという報道があり、ついにTPP協定の条文が確定したようです。 このタイミングで出てきたのは、政府が署名前になんとか間に合わせて国会での追及を和らげようとした意図を指摘されていますが。

TPPで法律が変わらないなら承認してもいいのか? - ASREAD

わざわざ「国会での追及を和らげようとした意図」なるものを邪推しなければならない理由が不明である。 批判を浴びるのが分かっていて公開を遅らせるはずがないことは普通に考えれば分かることである。 政府側としても予定より早く公開できるならそれに越したことはないのであり、「言っていた時期より若干早く」公開されただけで、どうして、このような陰謀論を展開しなければならないのか理解に苦しむ。

「TPP協定に伴い法律改正の検討を要する事項」と題された政府資料を見てみると、たった6項目しかありません。 1月6日に政府が自民党に提示したTPPに伴い提出を予定している法案は11本。 これで、ああ、TPPは思ったほど私たちの生活を変えることはなさそうだ、良かった、と思うのは早計です。 やっかいなことに、日本制度は既にTPPによってこうなるのではと心配されてきた方向に向かって、 TPPのずっと前から国民が気付かないうちに、あるいは交渉期間中に「TPPと関係ない」という見え見えの言い訳と共に変えられてしまっていることです。

TPPで法律が変わらないなら承認してもいいのか? - ASREAD

「TPPのずっと前」や「交渉期間中」に「『TPPと関係ない』という見え見えの言い訳と共に変えられてしまっている」なら、それは、表向きは純粋な国内問題として法案審議されたことになる。 それが適正に行われていないなら、それは国内の立法制度の問題である。 逆に、それが適正に行われたならば、「変えられてしまっている」改正は、国民にとって必要な法律であろう。 法案審議が適切に行われたとしても、そうでなかったとしても、いずれにしても、「TPP協定に伴い法律改正の検討を要する事項」とは関係がない。

「TPPに伴い提出を予定している法案は11本」と「これで、ああ、TPPは思ったほど私たちの生活を変えることはなさそうだ、良かった、と思う」がどうつながるのかも意味不明である。 「私たちの生活を変える」かどうかは、その法案の中身によるのであり、「11本」という本数で決まるわけではない。 TPPの中身と、それによって変化する国内制度を慎重に検討すべきであることは言うまでもないことである。

日本の場合は、未だ日本語の仮訳すら出されていないうちから、まず対策ありきで話が進められてきました。 署名されれば国会承認の手続きを粛々と取ることになり、いくら本音ではTPP協定参加反対だとしても、自民党議員は党議拘束により賛成票を投じることになり、遠からず国会で承認されることは避けられないでしょう。 しかし、このまま協定文も読まない国会議員が、私たちの暮らしに大きな影響を与えることが明白なTPP協定を承認してしまっていいのでしょうか。

現在の議員数を見れば、最終的には承認されることは間違いないとしても、少なくとも協定文を日本の法律と照らして検証してもらう必要があるのではないでしょうか。 そのためには、私たち自身が協定の内容を正確に把握してTPP協定が日本に与える影響について熟考し、国会議員に働きかけることが必要です。 ましてやこのどさくさに紛れてTPP協定を推進してきた投資家の都合の良い解釈で日本の制度を変更しようとする動きを見逃してはいけません。

TPPで法律が変わらないなら承認してもいいのか? - ASREAD

時間的制約がある案件であれば、「未だ日本語の仮訳すら出されていないうち」に「まず対策ありきで話が進め」るのは、ありふれたことである。 そして、「日本語の仮訳」や本訳が出てきた段階で、それに合わせて、検討内容を修正するのである。 「日本語の仮訳」や本訳が出てきてから検討を始めれば時間がかかるから、そうやって少しでも検討を早く済ませられるようにすることは、国民の利益にも叶っている。 真面目かつ詳細に検討しようとしているから、「未だ日本語の仮訳すら出されていないうち」から出来る限りのことをやろうとしているのである。

そうした事前検討に参加しておらずTPPに興味を持っていない議員や国民にも、興味を持って勉強してもらおうと提案するなら話は分かる。 しかし、事前検討に参加した議員が「協定文を日本の法律と照らして検証」しない、「協定の内容を正確に把握」しない、「TPP協定が日本に与える影響について熟考」しない、「協定文も読まない」ことを前提にしていることがそもそもおかしい。

「本音ではTPP協定参加反対」で、かつ、それが国民にとって重要な政治課題あるならば、「党議拘束」があるからといって「賛成票を投じる」ことなく造反すれば良いだけである。 国民にとって重要な政治課題であるにも関わらず、自らの政治家の地位に固執して、「党議拘束」を理由に自らの政治主張に反する「賛成票を投じる」のであれば、その政治家個人の資質の問題である。 「協定文も読まない」とか、法案の内容を検討せずに賛否を投じるならば、それは「TPP協定」に限った話ではなく、やはり、その政治家個人の資質の問題である。

例えば日米並行協議の結果として、規制改革会議に外国投資家らの意見を「定期的に規制改革会議に付託」し、 「日本政府は、規制改革会議の提言に従って必要な措置を取る」ことが決まっていますが、 その存在そのものが疑問だらけの規制改革会議を将来廃止しようとする政府があったら、廃止してもいいのでしょうかと政府に質問すると、 明らかにそうしたことを想定していないと分かる口ぶりで、法的拘束力はないので・・・と返ってきます。

医療も食の安全も高等教育も、サービス=商品になってしまえば、国家が公共の目的のために行う施策も、 投資家に対してそれが公共の目的だといちいち証明しなければならないという状況で、本当に国会議員はその役割を果たすことができるのでしょうか。 TPPで法規制が変わらないからいい、ではなく、政治家として取り組んでいる政治課題を制度化するときに、果たしてTPPのためにできない、 ということにならないだろうか、この視点で考えていただきたいのです。

TPPで法律が変わらないなら承認してもいいのか? - ASREAD

「法的拘束力はない」「規制改革会議」で「外国投資家らの意見」を聞くことに何の問題があるのか意味不明である。 「法的拘束力はない」ということは、「提言に従って必要な措置を取る」が提言をそのまま時反映した立法を求められるわけではない事を意味している。 「必要」かどうかを精査すれば良いだけのことであろう。 それと「規制改革会議を将来廃止しようとする」かどうかは別の問題である。 「その存在そのものが疑問だらけ」という一部の認識に基づいて「廃止しようとする」ことは適切ではないが、「規制改革会議の提言」内容やその時点での情勢等を詳細に検討して、その結果として「廃止」決定する可能性まで否定されるものではない。

「投資家に対してそれが公共の目的だといちいち証明しなければならないという状況」も何が問題なのか意味不明である。 「公共の目的のため」と判断できたのであれば、当然、そう判断した根拠があるはずである。 であれば、その根拠を公開すれば「その役割を果たすことができる」。 根拠がないのであれば、それは「公共の目的のため」と言い張っているだけであって、「公共の目的のため」とは言えない。 「公共の目的」だと証明できない「政治家として取り組んでいる政治課題」を「施策」として実施することは、国民に対する背信行為であり、「外国投資家」云々以前の問題である。

それに対して、左翼系活動家の方々や反政府系活動家の方々は、当然、文句を言うだろう。 何故なら、彼らが求めていることは、「公共の目的のために行う施策」ではなく、彼らの思想に基づいた施策であるからだ。 そうした「公共の目的のために行う」と証明できない身勝手な「施策」を要求する人間からすれば、「それが公共の目的だといちいち証明しなければならないという状況」は彼らの要求を阻む大きな壁になる。 だから、彼らは反対するのである。


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