ISD仲裁事例

中立かつ客観原則 

ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。

TPP総論 

長期的視野では話は別だが、短期的視野で見ればTPPに参加するかしないかは大きな問題ではない。 それよりも、TPPとは全く無関係な混合診療完全解禁がもたらす患者の治療機会喪失の危険性やイレッサ訴訟の行く末によるドラッグラグ・未承認薬問題の悪化の方が、遥かに大きな問題であろう。 だから、TPPよりも重要な争点において国民に不利益をもたらす政策を党員に強要する日本維新の会は落選運動の対象とせざるを得ない。 混合診療の完全解禁を公約とする日本維新の会およびみんなの党には一切の主導権を握らせてはならない。 そのためには、これらの党に対する落選運動が必要なだけでなく、与党とこれらの党との連携も絶対に阻止しなければならない。 具体的運動の詳細は自民党への抗議方法を見てもらいたい。

京都大学法学部ゼミ生共同論文 

京都大学法学部2012年度前期演習(国際機構法)の論文ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか―(濵本正太郎教授監修)は非常に良くまとまっているので一読をお勧めする。 その概要を箇条書きにしてみた。

ネットを賑わすデマ 

ネットを賑わしているデマの真相については、ISD条項ISD条項憲法違反論への反論中野剛志准教授らによるISD条項デマISD仲裁想定事例を見てもらいたい。

ISD条項以外のTPP一般のデマについてはTPPの手続TPPの一般原則TPPの金融・投資TPPと輸出TPPと他国TPPと安全TPPと医療TPPと国内産業・雇用・賃金TPPと政府調達TPPと経済界・政治家TPPと経済・貿易TPPと米韓FTA毒素条項?人命・環境保護内国民待遇公正衡平待遇義務間接収用非違反提訴(NVC条項)スナップバック条項ラチェット規定未来最恵国待遇ネガティブリストTPPと米国国内法を見てもらいたい。

仲裁判断事例 

S.D.Meyers事件 

事件の発端

  • 米国企業(A社)は、カナダに子会社を設立して、カナダで取得した廃棄物を米国で処理する事業を進めていた。 しかし、カナダ政府の輸出禁止措置により、事業を継続できなくなった。
  • カナダ政府は、自国内で廃棄物を処理することは認めていた。 ただし、カナダ国内には関連事業を営むカナダ企業は1社しか存在せず、同社はA社の米国工場(オハイオ州)より顧客から遠くに立地(アルバータ州)しているためコストが高く、また、A社のような豊富な事業経験や顧客からの信頼を有していなかった。

仲裁廷の判断

仲裁廷は、カナダが高い水準の環境保護を確立する権利を有していることを認めたものの、輸出禁止は環境政策に根拠を置く措置でなく、カナダ国民を他国民より有利に扱う保護主義を意図したものと認定した。 その上で、内国民待遇等の違反を認定し、損害賠償として約386万ドル+利子の支払いをカナダ政府に命じた。

なお、カナダ政府は、本判断を不服として、カナダ連邦裁判所に判断取消しを求めたが、同裁判所は、仲裁廷の判断が合理的だったこと等を指摘し、連邦政府の請求を却下した。

国家と投資家の間の紛争解決(ISDS)手続の概要 - 外務省P.10


(3)S.D. Myers 事件

オハイオ州でPCB含有廃棄物の処理事業を行っている米国企業のS.D.Myers社は、カナダ国内に合弁会社を設立して、カナダで発生する含有廃棄物を米国に送って(輸出して)処理するという事業を展開していた。 ところが1998年に、カナダがPCB含有廃棄物の輸出を禁止したために、カナダでの事業を行えなくなったS.D.Myers社はNAFTA11章に基づいてカナダ政府を仲裁に訴えた。

仲裁廷は、まずNAFTA1102条の内国民待遇義務違反を検討して、本件で問題とされたカナダの規制が、カナダ国内のPCB廃棄物処理事業者の保護を目的としたものであると認定して、カナダの内国民待遇違反(1102条)を認定する。 その後に、仲裁廷は、公正待遇義務を規定するNAFTA1105条の解釈に移り、「公正かつ衡平な待遇」は、政府が差別的な態様で行動していない場合であっても、外国投資家の待遇が満たさなければならない基準をいう」(para.259)としたうえで、「公正かつ衡平な待遇」および「十分な保護と保障」は、それぞれ単独で読むべきではなく、「国際法に従った待遇」という用語とともに読むべきである。 そのうえで「投資家が国際的な観点から見て受入がたい程度にまでなった、恣意的でかつ不公正な待遇を受けていることさえ示せれば、1105条違反は発生する」と判断する。 また他の規定の義務違反との関係について、「投資先当事国が投資家を保護することをとくに意図する国際法規に違反したという事実は、1105条違反の認定を有利な推定を働かせるものだとした」(para.265)うえで、本仲裁廷の多数意見は、「本件についてはNAFTA1102条違反は必然的に1105条違反を構成する」(para.266.)と判断した。

投資協定仲裁の新たな展開とその意義 -投資協定「法制度化」のインパクト - 経済産業研究所P.12,13


NAFTAでは、NAFTA規定と環境保全条約における貿易義務との間で不一致が生じた場合の取り扱いについて規定している。 加盟国が課せられている義務と同等で効果的、合理的な他の手段を選択できる場合は、その不一致が最も小さい代替手段をとるべきとされている。


NAFTAでは、人間・動物・植物の生命や健康の保護の目的で、国際標準よりも厳しい措置を採用・維持・適用することを認める規定、及び、投資促進のためとして健康、安全及び環境に関する措置を緩和するのは不適当とする規定が置かれている。 また、NAFTAの補完協定である環境協力に関する補完協定(NAAEC)と米国-ヨルダン貿易自由協定では、高い水準の環境保護を規定し、効果的に執行する義務を確認している(貿易を奨励する手段として自国の環境法及び規制を緩和しないことの確認)。


第2の事例として、カナダ・S.D.Myers(Ethyl Corporation v. Canada)事件がある。 本事例は、アメリカに本拠を置く米国私企業(ないし同企業に対する投資家、S.D.Myers)とカナダ政府との間の収用行為の合法性に関する事件である。 メイヤーズは、カナダにて廃棄物処理の事業を行っており、廃棄物を米国国内に輸送しリサイクルする構想を立てていた。 同氏はカナダ政府と提携し、技術提携を含む出資を行いつつ事業を展開していたが、カナダ政府は対象有害廃棄物(PCBs)の環境上の理由により、米国への輸出を禁止(後に撤回)した。 メイヤーズは、カナダ政府の行為はNAFTA第11章に違反するものであるとして、仲裁裁判所に請求を行った。 判決ではメイヤーズの主張が有効であるものとされ、賠償を支払われるべきであるとされた。 NAFTA関連規定の解釈に関して、まず裁判所は、第11章が次の原則に従って解釈されるべきであるとした。 すなわち、①当事国は高い環境保護レベルを設定する権利を有していること②そうした措置を環境の偽装された制限となるように利用してはならないこと③環境保護と経済発展は相互補完関係にあるべきこと、の三点を示したのである。 加えて、裁判所はこれらの原則の解釈として、可能である最も最低限の規制措置(the least trade-restrictive measures possible)をとる義務を各国が負うものであるとした。

経済連携協定(EPA)/貿易自由協定(FTA)に対する環境影響評価手法に関するガイドライン - 環境省P.11,12,16


①S.D.Myers事件(2000年)

第1の事例はNAFTA11章の事案であるS.D.Myers事件である。 NAFTA1110条は収用補償基準としてFMVを例示しているが、本件では、非収用事例の賠償基準としてFMVが回避され、違法行為と経済的損失の間の「十分な因果関係」(a sufficient causal link)が補償の判断基準とされている。

本件は、米国企業Myers社がカナダ・オハイオ州で回収したPCB含有廃棄物を米国に輸出し、これを処理していたのに対して、カナダ政府が同廃棄物の輸出を禁止したことから生じた紛争である。 第1中間裁定(2000年)において仲裁廷は、カナダによるNAFTA1110条(収用規定)違反を認定せず、同1102条(内国民待遇義務)と1105条(国際法上の最低限の待遇義務であり、FET義務、完全な保護と保障義務、非差別義務を含む)の違反を認定した。


以上のように、仲裁廷は非収用事例の賠償算定方法として因果関係アプローチを採用し、違法行為と損害の間の「十分な因果関係」の存否を検討した結果、逸失利益に関する原告請求については、「推測的で遠因過ぎる」ことを理由に因果関係を否定し、賠償額から除外している。

投資協定仲裁における補償賠償判断の類型 - 独立行政法人経済産業研究所P.24-25

本件は、環境保護に偽装して、カナダ国内のPCB廃棄物処理事業者の保護を行なうためだけに、米国企業の活動を妨害した事件である。

外務省の資料を見ると、米国企業がカナダ国内に設立した現地法人は、廃棄物の処理そのものを事業として行なっておらず、我が国で言う所の収集・運搬のみを行い、処理そのものは別の会社に委託していたようである。 そして、この現地法人は、次のような理由により、カナダの処理事業者ではなく、米国の親会社に処理を委託した。

  • カナダの処理事業者は1社しかなかった。
  • カナダの処理事業者の処理場は、米国の親会社の処理場より遠いため、輸送コストが高くつく。
  • カナダの処理事業者は、豊富な事業経験や顧客からの信頼がなかった。

有害廃棄物の輸出入を規制したバーゼル条約があるが、輸出入が禁止されているわけではない。 バーゼル条約では、締約国へ有害廃棄物を輸出する場合は輸入国の同意が必要(非締約国との輸出入は禁止)となっており、この場合は、米国政府の同意を得れば条約には反しない。 ようするに、有害廃棄物の輸出入は輸入国の環境問題なのであって、輸出する側がとやかく言うことではないのだ。

にもかかわらず、カナダ政府は、「環境上の理由」を持ち出して、米国への廃棄物の輸出を阻止した。 しかし、廃棄物をいくら輸出しても、カナダにとっては、廃棄物が減って環境的には有利になるばかりで、何ら不利益は生じない。 カナダと米国は陸続きであるから、どちらへ運ぶにしても、積み替えなしでトラックのまま輸送することができる。 そして、総距離の長い国内へ運ぶよりは総距離の短い国外へ運んだ方が、自国内の輸送距離は短いから事故等による汚染物質の流出リスクも減る。 よって、「環境上の理由」を挙げるのならば、距離の遠い自国の施設の利用を強要することは不合理極まりない。

以上のことから、「環境上の理由」は建前であって、本音は別にあることが明らかであろう。 そして、本音は、1社しかないカナダの処理事業者が、輸送距離、実績、顧客の信頼等において米国企業より不利であったという事情を見れば分かろう。 ようするに、カナダ政府は、自国企業を保護するために、「環境上の理由」を建前にした規制を行なったのである。 経済産業研究所の資料にも「カナダ国内のPCB廃棄物処理事業者の保護を目的」と認定されたと明記されている。

環境省の資料によれば、NAFTAには環境保護と投資促進を両立すべきとする規定がある。 これに基づいて、仲裁定は「当事国は高い環境保護レベルを設定する権利を有している」として環境保護を理由とした規制の権利も認めている。 「可能である最も最低限の規制措置(the least trade-restrictive measures possible)をとる義務を各国が負う」とし、規制を口実にした外国企業の排除を禁止しているが、本当に必要な規制は認められるという判断を示している。

本件では、環境保護に偽装した不当な差別を行なったのだから、カナダ政府の行為には、国内法的にも、道義的にも、何ら正当性はない。 本件は、どこからどう見ても、カナダ政府が一方的な加害者であり、企業側が善意の被害者である。 もしも、同様のことを日本の地方自治体が行なえば、日本の最高裁判所が同じような判決を下してもおかしくはない。 ただし、国際法の判断には踏み込まずに、かつ、行政の裁量権を広く認める可能性もあるが、それは、国内裁判所の管轄権の限界=ISD条項の必要性を示すだけであって、本件の政府の行為の正当性を意味するものではない。 つまり、この事例は、極めて中立かつ公正な仲裁判断が下された事例であり、ISD条項の建前通りの有用性を示す事例である。 少なくとも、この事例にはISD条項に伴う懸念は全く見られない。

Metalclad事件 

事件の発端

  • 米国企業(A社)は、メキシコ中央政府から廃棄物の埋立事業の許可を受けていた現地企業(B社)を買収した。
  • 地方政府は、建設地の住民が建設反対運動を始めると、施設の建設停止を命じた。 連邦政府は、同社に対して、連邦政府の許可のみが必要であり地方政府は許可を拒否できない旨説明していた。
  • 連邦政府及び地元の大学が行った環境評価では、適切な技術もって施設が建設されれば、同地は有害廃棄物の埋立に適しているとの結論を得ていたが、地方政府は、施設建設地を含む地域を自然保護地域に指定して、操業を禁じた。

仲裁廷の判断

仲裁廷は、①メキシコ政府が地方政府の行為を許容したことにより、廃棄物処理場を操業するA社の権利の否定に同意したといえること、②有害産業廃棄物を許可する排他的権限は連邦政府にあったのであり、地方政府の行為は権限から逸脱していたこと等を指摘した上で、収用禁止の違反等にあたると判断し、損害賠償として約1669万ドルの支払いを命じた。

国家と投資家の間の紛争解決(ISDS)手続の概要 - 外務省P.9


(b)Metalclad vs.Mexico(2000)

また、同じく初期の事例であるMetalclad事件では、施設の建設に際して、建設及び運営については連邦政府の許可のみが必要であり地方政府は、連邦政府の許可を拒否できないと連邦政府職員から伝えられていたにもかかわらず、施設建設後、地方政府によって、地方政府の許可を受けていないことなどを理由にして施設の操業停止を命じられ、Metalclad社は操業不能となった事案であった。

仲裁廷は、NAFTA1110条が禁止する「投資を直接若しくは間接に国有化し若しくは収用し、又は当該投資の国有化若しくは収用と同等の措置」には、「明白な財産の接収のみならず、財産の所有者から財産の使用や合理的に期待される経済的利益のすべて又は相当な部分を奪う効果」を有する行為が含まれる、として、地方政府による措置が収用に該当するとの判断を示した。


こうした本件の判断は、措置の効果にのみによって収用の発生を認定するものとして批判されることになった。 しかし、本件仲裁廷は、この判断に至る過程で、かならずしも措置の効果のみを考慮したのではない。 法制上も事業に関する許認可は連邦政府の権限であり、かつ連邦政府によって、地方政府には権限がないという説明がなされた上で、同社がその説明を信頼して投資を行なった事実、さらに地方政府が明確な根拠なく権限に反して、この許可を取り消したという法令違反があったという本件における事実関係を重視している。

また本件で示された間接収用を構成する措置の効果の基準は、単なる経済的な価値の現象ではなく、「合理的に期待される経済的利益のすべて又は相当な部分を奪う効果」という高いハードルが設定されている点にも留意する必要がある。

平成22年度投資協定仲裁研究会報告書V環境保護と投資協定の関係 - 経済産業省P.80


(2)Metalclad事件

a.事件の概要

Metalclad社は、メキシコの国内企業であるCOTERIN社に出資して、メキシコ国内で廃棄物処理事業を行うとしていた。 COTERIN社は、メキシコ内のグワダルカザール(Guadalcazar)市内で廃棄物処理施設を建設するための許可を、連邦政府および州から得ていた。 しかし、グワダルカザール市住民が水質汚濁への懸念から建設反対運動を始めると、市当局は、建設許可を市から得ていないとして建設中止命令を出した。 他方、Metalclad社は、連邦政府より、市当局の建設許可の拒否は国内法上根拠がないとの説明を受けて、市当局に建設許可申請を提出すると同時に、建設工事を再開し施設を完成した。 しかし、地元住民の妨害行為のために操業はできなかった。 1995年11月にMetalclad社は、連邦政府との間に施設の運営に関する協定を締結したが、同年12月にグワダルカザール市は、施設の建設不許可の決定を下した。 さらに1997年12月に州政府は、施設建設地を含む地域を自然保護地域に指定する環境条例を発布して施設の操業を禁止した。


本件では、メキシコ政府、具体的には政府、州、市の脈絡のない行為がMetalclad社を操業停止に追い込むという経済的不利益を与えたことについて、「合理的に期待される財産の経済的利益の使用を奪う効果」をもつと判断し、伝統的な意味での「収用」には該当しないが、間接収用と「同等」であると結論した


仲裁判断後、メキシコは、本仲裁の仲裁地であるカナダのブリティシュ・コロンビア州裁判所に仲裁判断の取消を求めた。 ブリティシュコロンビア州最高裁判所は、仲裁判断のうち、収用補償義務違反と、後述する公正待遇義務違反の部分については、仲裁廷の権限喩越を認定して当該部分を取り消した(他の根拠の部分は肯定したので賠償部分は維持した)。

投資協定仲裁の新たな展開とその意義 -投資協定「法制度化」のインパクト - 経済産業研究所P.8-9


連邦職員はMetalclad社に、埋立場建設・運営するのに必要な許可はすべて揃っているが、市当局との友好関係を維持するためには市当局へも建設許可申請をするべきだと勧め、同時に、市当局の建設許可が問題なく出されることを保証したことから、同社は市当局にも許可を申請した。


なお、仲裁手続の終了後、メキシコは仲裁地であったバンクーバーに所在するブリティッシュコロンビア州最高裁判所に対して本仲裁判断の取消を求める訴えを起こした。 裁判所は仲裁判断全体としての取消は認めなかったものの、公正衡平待遇を解釈する上でNAFTAの目的の一つである「透明性」を読み込んだ仲裁判断は、仲裁付託の範囲を超える事項を超える決定をしたとして、「透明性」の解釈とそれに関連する公正衡平待遇義務違反の認定を取り消した。 さらには、仲裁廷の公正衡平待遇義務の解釈は収用条項の解釈にも影響を与えたとして、市当局による建設不許可処分による間接収用認定のような透明性の欠如を理由とする判断を取り消した。

ISDS 条項批判の検討 - 京都大学大学院法学研究科P.17,18


第3に、M社は投資財産のFMVを特定するために将来利益のDCF分析を用い、次に埋立に関する「現実投資財産」(actual investment)を査定すべきであると主張した。 この点について仲裁廷は、「収益活動の期間を有する継続企業のFMVには、DCF分析による将来利益の算定を用いることができる」が、「企業が十分長期にわたって活動しておらず、収益を上げていなかった場合には、継続企業やFMVを定めるために将来利益を用いることはできない」と述べる。 さらに、「本件では、埋立作業は未だ行われていないため、DCF分析は不適切であり、将来利益に基づいた裁定は完全に推量的(speculative)となろう」という。 以上のように、FMV/DCFアプローチを回避しつつ、仲裁廷は本件において、「事業計画におけるM社の現実投資財産(actual investment)を参照することで、最も良くFMVを導き出せる」という。

以上のように、本件では、適用法規であるNAFTA1110条に収用補償要件としてのFMV/DCFが規定されているにも関わらず、仲裁廷はこれを採用せず、M社の「現実投資財産」の算定を行っている。 この点で、本件はFMV/DCFアプローチの限界を示すよい例である。 すなわち、本件のように企業が継続的に収益を上げている継続企業(going concern)でない場合、DCFに依拠した賠償算定は不確実な将来利益を対象とするため、不適切と考えられる。 特に本件では、メキシコによる間接収用行為が生じている時点で、M社は埋立施設の建設を終了していたものの、廃棄物の埋立処理作業は未だ開始されていなかったため、継続企業(going concern)とはみなされない。 この点で、DCFによる将来利益の算出が不適切と判断されているのである。

投資協定仲裁における補償賠償判断の類型 - 独立行政法人経済産業研究所P.17

本件は、メキシコ地方政府が国内法上の規制権限がなく、かつ、正当な理由がないにも関わらず、風評で事業を妨害して損害を与えた事件である。

Metalclad社は許可取得済みのメキシコ企業を買収し、メキシコ国内法の規制当局である連邦政府からも許可を得ていた。 地方政府にはメキシコ国内法上の規制権限がないにもかかわらず、Metalclad社は、連邦政府の勧めと確約に従って、地方政府にも仁義を切って許可申請を行なった。 「連邦政府及び地元の大学が行った環境評価」では「適切な技術もって施設が建設されれば、同地は有害廃棄物の埋立に適しているとの結論を得ていた」。 にも関わらず、有害産業廃棄物に関する許認可権を持たない州や市が、具体的な「水質汚濁への懸念」の根拠を示すことなく、地元住民の反対運動だけを口実に、Metalclad社の活動を妨害したのである。 そして、こうしたメキシコ国内法上の規制権限がない地方政府の妨害行為について、連邦政府も規制権限がないと説明していたにもかかわらず、最後には連邦政府が地方政府の違法行為を追認したのである。 その結果、Metalclad社の廃棄物処理事業は事業中止に追い込まれ、多額の損害が発生した。

これに対して、民意がないがしろにされるとする批判は的外れである。 その理由は次の点に集約される。

  • 国内法も条約も、どちらも、同等の民主的立法手続に則って採択されるものであるので、双方とも等しく遵守しなければならない。
    • 国内法や条約に従うことが不合理となったのであれば、平然とそれに違反するのではなく、適切な改正手続をとるべきである。
    • 政治への民意の反映は、民主的立法手続に則って行なわれるべきであって、国内法や条約に違反する恣意的な判断を正当化しない。
    • 国内法や条約は、その国の主権において採択されている以上、その内容の責任はその国の政府が負うべきであって、その責任を善意の第三者に転嫁するのは不当である。
  • 住民運動は声高な集団によるものであって、「住民運動=民意」ではない声高な少数派参照)。

民意を口実にしても、それは、国内法や条約に違反して良い理由にはならない。 国内法や条約に反する民意があるのであれば、適正な民主的立法手続に則って、国内法や条約を改正すべきである。 国内法や条約を改正しないうちに、民意を口実にして、行政が恣意的な判断で国内法や条約に違反することは許されないことである。

国内法も条約は、民主的立法手続に則って、その国の主権において採択されている以上、その内容の責任はその国の政府が負うべきものである。 政府や公共団体は民意を反映した政策を実施する義務や責任があるかも知れない。 しかし、政府や公共団体にどんな義務や責任や責任があろうとも、それは、第三者にとって謂れのない義務や責任を背負わされる理由にはならない。 国家の主権による選択として、他国と約束を交わした以上、民意は約束違反の口実にはならない。 その約束の内容が不都合になったなら、正規の手続を用いて脱退するなり改正するなりすることが正当な主権行使であって、当事国一国の都合によって相手国に無断で約束事を反故にすることは認められない。

本件の本質は、政府が民意を汲み取ることの是非ではなく、政府の行動目標がどのような手段によって達成されるかの問題である。 政府の目的の内容がどれだけ民意を正確に反映していたとしても、それは不正な手段の言い訳とはならない。 言い替えると、政府は、どんな目的を達成する場合であっても、正当な手段をとるべきである。

第三者である企業の権利を補償もなしに制限するのであれば、それは、その企業が義務や責任を背負うべきものでなければならない。 その企業自身の非違行為や政府の規制とは無関係な経営リスク(自然環境の変化、社会情勢の変化等を含む)等の正当な理由があるのであれば、権利制限も仕方がない。 あるいは、緊急避難的に止むを得ない場合も、政府の責任は免責される。 しかし、Metalclad社の許可取消にはそうした正当な理由は一切なく、ただ、風評だけに基づいて、何ら許認可権を持たない州や市が法的根拠もなく妨害を行なったのである。

そして、「住民運動=民意」ではないことも強調しておく。 住民運動は、声高な集団による活動であって、住民の総意でも過半数の意志でもない。 民意は、住民投票や、争点を絞った選挙によって確認されるものであって、声の大きさで確認するものではない。 民意ですらないのだから、当然、住民運動は規制の正当な口実にはならない。

以上のとおり、本件のメキシコ政府の行為には、国内法的にも、道義的にも、何ら正当性はない。 そして、企業側には何の落ち度もないばかりか、精一杯の誠意を示したにも関わらず、逆に、裏切られている。 本件は、どこからどう見ても、メキシコ政府が悪意ある加害者であり、企業側が善意の被害者である。 もしも、同じことを日本の地方自治体が行なったら、日本の最高裁判所も同じような判決を下すだろう。 つまり、この事例は、極めて中立かつ公正な仲裁判断が下された事例であり、ISD条項の建前通りの有用性を示す事例である。 少なくとも、この事例にはISD条項に伴う懸念は全く見られない。

これについて見当違いの批判があるが、いくつか紹介しよう。

*メキシコ政府がカナダ・ブリティッシュコロンビア州最高裁判所に訴訟→メキシコ政府が逆転勝訴

★世界銀行傘下の「治外法権的」ICSIDではグローバル企業を勝訴させたが,当たり前の民主国家の最高裁判所では敗訴させたことの意味

TPPの根本問題と日本経済・市民生活への影響を考える - 九州大学大学院農学研究院P.7

ブリティシュコロンビア州最高裁判所は一部判断について権限喩越(仲裁定の権限を越えていることであって、判断の誤りではない)を認定して取り消した(権限喩越が理由であるので、判断の誤りを認定したわけではない)が、最終判断は取り消さずに賠償部分は維持したのであって、「メキシコ政府が逆転勝訴」という事実は存在しない。 NAFTAでは国内裁判所による仲裁の取消判断を認めているが、上訴審ではないので判決自判ができず(取消後は、再度、仲裁定で争われる)、国内裁判所での「逆転勝訴」は原理的にあり得ない。 そもそも、国内裁判所で「逆転勝訴」できるならば、ISD条項が危険だとする主張が根本的に覆ってしまう。

「当たり前の民主国家の最高裁判所」も支持したことからも、「治外法権的」という表現が言い掛かりであろうことが良く分かる事例である。 また、ICSID仲裁は、当事者同士で仲裁人を選ぶのであり、ICSIDが「世界銀行傘下」であるかどうかは全く関係がないことである。

他方、Metalclad社は、連邦政府より、市当局の建設許可の拒否は国内法上根拠がないとの説明を受けて、市当局に建設許可申請を提出すると同時に、建設工事を再開し施設を完成した。


この仲裁判断は、外国投資家の利益の方が、地方自治体の権限より重要であるとしたものと言えるだろう。

法律家が斬る!「投資家対国家紛争解決手続」 - 街の弁護士日記P.8

「連邦政府」の説明を真に受けるならば、「市当局の建設許可の拒否は国内法上根拠がない」ということは、国内法において「建設許可」に関する「地方自治体の権限」がないことを意味する。 つまり、本件について「地方自治体の権限」は初めからないのであり、ないものの方を重要とすることは不可能である。 よって、仲裁判断が「外国投資家の利益の方が、地方自治体の権限より重要であるとした」わけではなく、それはメキシコの国内法から導かれる自明の理であったのである。 とすれば、自国の国内法まで捻曲げて外国企業に不利益な行為をしたのだから、メキシコ政府の行為には正当性は全くない。 以上、自ら引用した一文を完全に見落としてしまっているようでは、自称弁護士としては問題があろう。

ADMS事件(コーンシロップ事件) 

(6)ADMS事件

砂糖以外の甘味料についてメキシコが課税措置をとったことについて、高果糖コーンシロップ(HFCS)を製造する米系企業が、砂糖事業者への優遇措置として仲裁に申し立てた。 仲裁廷は、HFCS事業と砂糖事業が競争関係にあり、したがって「同様の状況の下」にあるとしてメキシコの内国民待遇違反を認定した。

仲裁廷が、競争関係を基準にして事業者が「同様の状況の下」にあると認定した前提は次のようなものであった。

Basic function of this provision is to protect foreign investors vis-a-vis internal regulation affordingmorefavorabletreatmenttodomesticinvestors(193項)Inordertodeterminethe meaning of the expression "in like circumstances" in Article 1102, paragraphs 1 and 2, we examine these words in their ordinary meaning, in their context and in light of the object and purpose of Article 1102 (Article 31.1 of the Vienna Convention on Law of Treaties).(197項)

仲裁廷は、この解釈が明示的に条約法に関するウィーン条約31条に照らして解釈した結果だというのである。

以上の判断の後、仲裁廷は、Methanex事件との違いについて、①HFCS生産に従事するメキシコ系企業が存在しないこと、②メタノールそれ自体がガソリン添加剤として使用されるものでないことを挙げて説明した。 また差別的な取り扱いを内国民待遇違反と解した点については、メキシコの砂糖産業を保護する意図があり、そのような効果があったことが根拠とされた。 「同様の状況の下」にあるかどうかが、内国民待遇違反認定の最重要ポイントであった事件である。

平成20年度投資協定仲裁研究会報告書III内国民待遇違反を決定する要因は何か - 経済産業省P.39


(b)ADM事件(2007年)

メキシコ政府による砂糖以外の甘味料を含むソフトドリンク及びシロップの取引に対する課税措置に対して、課税対象となる高果糖コーンシロップ(HFCS)をメキシコで生産するアメリカ企業は内国民待遇違反の申立てを行なった。

この申立てに対して、仲裁廷は、まず、HFCS製造業者とメキシコの砂糖産業が「同様の状況下」にあるか否かを検討した。 NAFTAの先例を参照して、同じセクターの一部でありソフトドリンク及び加工食品のマーケットに甘味料を供給する上で両者が競争関係にあることを根拠に「同様の状況の下」にあるとした。

その上で、同様の状況にある企業間の取り扱いについては、①HFCS課税が国内産品よりも高かったこと、②メキシコの砂糖産業を保護する意図及び効果を有していたことを指摘し、メキシコの措置が差別的であると認定した。

平成22年度投資協定仲裁研究会報告書V環境保護と投資協定の関係 - 経済産業省P.88

本件は、国内産業保護を目的とした投資協定違反(内国民待遇違反)が行なわれた事件である。 これは実質的関税=協定逃れと認定された事例であり、この事例で訴えが認められないなら、簡単に協定を骨抜きにできてしまう。 日本独自の品種や日本の得意分野のみを課税対象にすれば、日本製品のみを狙い撃ちにして実質的な関税を掛けることもできる。 たとえば、ジャポニカ種だけを課税すればほぼ日本米だけを対象にした実質関税が可能だ。 2001年頃のスパコン産業の状況を前提にした喩え話をすると、ベクトル型だけに課税することでNEC製品にだけ実質関税をかける手口も考えられる。 こうした協定逃れへの対抗手段としてISD条項がなければ日本企業は大打撃を受けるだろう。

ADMS事件では、投資協定の文言とウィーン条約法条約に従えば、次の全てが満足されることを内国民待遇違反が推定される条件としている。

  • 国内企業と外国企業が競争関係にある(次の2つを両立する必要あり)
    • 同種の製品・サービス等を扱っている
    • 取引相手の候補先が重複している
  • 政府の規制によって外国企業が不利益を受ける
  • 政府の規制によって外国企業と同様に損害を受ける国内企業がない
  • 政府の規制が対象企業の扱う製品・サービスを直接的に対象としたものである(二次的製品の規制は問題なし)

尚、この事例を 自国の産業を保護する事が許されない事例 反対派の主張は杞憂か - おばちゃんの経済自習室 と読むのは誤りである。 許されないのは協定違反になる不公正な行為を用いての国内産業保護であり、協定違反にならない公正な行為による国内産業保護は許される。 NAFTAでは「同様の状況の下」において差別的取り扱いをすることを禁じているのであって、国内産業の保護を禁じている訳ではない。 例えば、自国で農業を営む農家と他国で農家を営む農家は「同様の状況の下」にないから、差別的取り扱いをしても内国民待遇違反にはならない。 つまり、他国で農業を営む農家に交付しない補助金を自国農家に交付しても、自国内で農業を営む外国人にも同様に補助金を交付すれば、内国民待遇違反にはならない。

この事件には、次のような見当違いの批判も見られる。

*一件もっともらしく見える主張と判決だが,

○NAFTAでアメリカ自身がカナダとの関係では砂糖・同含有品を自由化免除させている(完全なダブルスタンダード)

○WTOでは削減義務のアメリカの輸出補助金・生産補助金がNAFTAでは野放し→アメリカ・トウモロコシ農業は莫大な補助金受益部門→アメリカ産トウモロコシ価格はダンピング=不公正低価格

★ICSIDによる判決が「被告」政府の措置の妥当性・合理性・公正性にではなく,NAFTA条項にもとづいて下されてしまうことを体現

TPPの根本問題と日本経済・市民生活への影響を考える - 九州大学大学院農学研究院P.8

これは性質の違う話をゴッチャにして何もかもを混同させて誤摩化している。

  • 本件仲裁判断はメキシコ政府の行為に関するものであるので、「アメリカ自身」(米国政府)の行為は全く関係がない。
  • 「砂糖・同含有品」について
    • 当事国同士で話し合い同意した例外と、当事国の一方による違反行為は同列ではない。
    • 当事国同士で話し合い同意した例外(現在留保)には現状維持(スタンドスティル)義務があるが、このメキシコ政府の措置は現状維持義務に逆行している。
    • 本件はメキシコ政府と米国企業の係争であるので、米国対カナダを話を持ち出すことはおかしい。
  • WTOについて
    • 米国のやり方を批判している鈴木宣弘東大教授も認めるように、米国の補助金は形式的にはWTOルールに反していない。
    • 米国の行為に不服があるならばWTOの紛争解決手続に基づいて対応すれば良いのであって、本件とは全く関係がない。
    • NAFTAはWTOを履行させるための協定ではないのだから、そもそも、ここで米国のWTO履行状況を持ち出すのは筋違い。
  • 「ICSIDによる判決」はいずれも協定に基づいて「政府の措置の妥当性・合理性・公正性」を判断している。

仲裁の対象となったメキシコ政府の課税と「砂糖・同含有品」の「自由化免除」は、「砂糖・同含有品」を対象とした保護政策という点でしか共通点がない。 ここで問題とすべきことは、対象とする製品が何かではなく、その政策の正当性である。 メキシコ政府の課税は、メキシコ一国の判断で勝手に協定違反を行なったものであり、その正当性は全くない。 それに対して、「砂糖・同含有品」の「自由化免除」は、当事国同士の交渉によって双方が同意した正当な例外である。 両者は、その正当性の点で全く違う。 「砂糖・同含有品」を例外と認めさせたいなら、当事国同士で交渉して譲歩を引き出せば良いのである。 そうした正当な手続を経ずして、協定違反で実質関税を掛けるのでは、その行為に正当性は全くない。

そもそも、例外品目に差があるのは、それぞれの国の都合によるものである。 2002年版不公正貿易報告書第I部各国・地域別措置第11章その他の国・地域 - 経済産業省「地域貿易協定における自由化例外問題〜NAFTA FTAA AFTA〜」 - 日本貿易振興機構等を見れば分かるとおり、NAFTA加盟各国の例外事項は国と国の組み合わせによっても、その方向によっても、全く違う内容であることが分かる。 これは、それぞれの国にそれぞれの思惑に基づいて要求をぶつけ合った結果である。 カナダは、米国の「砂糖・同含有品」を認める代わりに、別の何かを要求を認めさせたのだろう。 メキシコは、米国の「砂糖・同含有品」を認めない代わりに、何かの要求を断念したのだろう。 その結果として、「アメリカ自身がカナダとの関係では砂糖・同含有品を自由化免除させている」のであり、その「自由化免除」がメキシコの「砂糖・同含有品」に認められてないことは、何ら不公平なことではない。

また、一般に、自由貿易協定の現在留保項目には現状維持(スタンドスティル)義務が課せられることが多く、2007年版不公正貿易報告第III部経済連携協定・投資協定第2章サービス - 経済産業省P.421のとおり、NAFTAでも現在留保には現状維持義務が課される。 よって、「自由化免除」と言っても、自由に関税を引き上がられるわけではない。 協定発効時を基準とした税率よりも引き上げることはできない。 つまり、現状維持義務がある限り、メキシコ政府がやったような実質的関税を新たに掛ける行為は許されない。 この点においても、両者は全く違うものである。

米国のやり方を批判するTPP反対派の鈴木宣弘東大教授も 輸出に限定した支払いとして制度上仕組まれているもののみが輸出補助金だというのがWTO規定上の定義 WTO交渉中断と今後に向けて~実質的輸出補助への対応~ - 農畜産業振興機構 として、 「輸出に限定した支払い」ではない WTO交渉中断と今後に向けて~実質的輸出補助への対応~ - 農畜産業振興機構 米国式の補助金はWTO違反ではないとしている。 もちろん、鈴木教授は、違反ではないが実質的に協定を骨抜きにするやり方だと批判している。 しかし、だからと言って、協定違反のない米国の行為と、協定に違反したメキシコの行為を同列に語るのは間違いであろう。 米国のやり方が気に入らないなら、それが出来ないように協定を改正すれば良い。 改正できないなら、米国のやり方を他国もやり返せば良いことであろう。 米国式の補助金問題は、お互いが協定ルールの中で戦えば良いことであり、協定のルールを踏み外したメキシコ流と同一視できるものではない。

この事件の仲裁判断は、不当な手段で、かつ、同情すべき事情もなしに協定違反を行なった「政府の措置」が「妥当性・合理性・公正性」に欠けると判断している。 つまり、これは、「妥当性・合理性・公正性」が判断された結果であり、「NAFTA条項にもとづいて下され」た結果でもある。 磯田准教授は「NAFTA条項にもとづいて下され」ることによって、あたかも、「妥当性・合理性・公正性」の判断が損なわれるかのように嘯いているが、これは明らかに仲裁判断の内容と食い違っている。

Azurix事件 

Azurix事件(米国・アルゼンチンBIT)100では、アルゼンチンのブエノスアイレス州が実施した水道事業の民営化に際し、事業を落札したAzurix社に対する州のコンセッション契約違反等が問題となった。 Azurixは、①小売物価指数その他の理由による料金改訂など、契約上許容されているはずの料金値上げの妨害、②州が水道事業の譲渡前に完了すべき工事の未履行、 ③コンセッションに関する問題が政治問題化したことにより、米国の投資保険会社(OPIC)からのファイナンスを受けられなかったこと、 ④契約上、水道料金の課金を通じて落札金額を回収するはずであったのが、料金算定上考慮されなかったこと、を根拠として州の行為が収用にあたると主張した。 さらに、Azurixは、州の行為によって投資財産の「合理的に期待される経済的利益」が奪われたことも収用を構成すると主張した。


その上で、仲裁廷は、州の行為による投資財産への影響は、総合的にみて収用に相当する程度に至っていないと結論し、Azurixが投資財産への支配を失わず、株式保有には影響が無く、経営への影響は収用に至るほどでないことも指摘した。

規制と間接収用 - 経済産業研究所P.25


Azurix対アルゼンチン、ICSID事件番号ARB/01/12、米国・アルゼンチンBIT、仲裁判断、2006年7月14日。

アルゼンチンのブエノスアイレス州は水道サービスの民営化のための入札を行い、米国企業Azurix社のアルゼンチン子会社ABA社が落札した。 サービス開始後、飲料用水の質の維持のために必要な水源の工事など、州が利権契約上の義務を履行しなかったことや、料金の引き上げを阻んだこと等から、ABA社と州の間に紛争が生じた。 当事者間での話し合いは失敗に終わり、ABA社は破産を申立て、州は契約不履行を理由に契約を解除した。 Azurix社は、州の契約不履行及び解除が、①収用に相当し、②公正衡平待遇義務に違反するとして仲裁を申立てた。

仲裁廷は、州が契約上認められていた料金体系を適切に適用せず政治的に利用したことや、州の義務不履行に起因する水道品質の低下にもかかわらず、それをABA社の責めに帰して住民に料金の不払いを呼びかけたこと等を指摘し、②について申立人の主張を認めた。 賠償として、ABA社への追加的な投資額を考慮した利権解約の公正市場価値として約1億6,500万ドルをAzurix社に支払うよう命じた。

*ICSID条約52条に基づきアルゼンチン政府による取消請求がなされていたが、2009年9月1日に棄却された。

2012年版不公正貿易報告書 第III部経済連携協定・投資協定 第5章投資 - 経済産業省P.691


本件は、米国企業Azurixがアルゼンチン内で上下水道事業を行っていたのに対して、アルゼンチンが行った兌換制と緊急事態法により、コンセッション契約の履行の阻害が問題となった事例である。 仲裁廷はアルゼンチンによるFET義務違反を認定している。 補償判断に関しては、まず、CMS事件において「十分長期にわたる損失」を理由にFMVが用いられた点を確認した上で、次のように述べる。 「本件では、コンセッションのFMVに基づいた補償が適切であると考える。 その理由は、とりわけ、州がコンセッションを剥奪した(has taken it over)からである」。 このように、本件ではコンセッションの「剥奪」があったことを理由にFMVアプローチが採用されており、収用補償の場合の算定方法が類推適用されている。 なお、続く補償額の具体的な算定方法に関しては若干の修正が見られる。 原告企業は、「現在投資財産」(the actual investment)と「帳簿価格」(the book value)を用いることを主張したが、仲裁廷はこの点について次のように述べる。 「現在投資財産方法が本件では有効であると認めるが、原告の支払ったキャノンの真正な価値(the real value) に到達するためには、重要な修正が求められる」。

投資協定仲裁における補償賠償判断の類型 - 独立行政法人経済産業研究所P.22-23

これが事実であれば、アルゼンチン政府の行為は悪質極まる。 「契約上許容されているはずの料金値上げの妨害」したほか、「州が利権契約上の義務」である「料用水の質の維持のために必要な水源の工事」などの「水道事業の譲渡前に完了すべき工事の未履行」による「水道品質の低下」を「ABA社の責めに帰して住民に料金の不払いを呼びかけた」などが事実であれば、あまりにも酷過ぎる。 この事件では、「州の行為による投資財産への影響は、総合的にみて収用に相当する程度に至っていない」として間接収用違反は認定されなかったが、公正衡平待遇義務違反が認定されたのは当然と言えよう。

Vivendi事件 

フランスのVivendi社の子会社CAA社は、アルゼンチン・トゥクマン州の上下水道の民営化の際に、州と上下水道事業の30年間のコンセッション契約を締結した。 コンセッション契約には、年毎の料金の値上げ率、CAA社のネットワークの拡大や新設備の建設等への投資義務、料金支払いを行わない顧客に対するサービス提供の権利等が定められていた。 一方で、水道事業の民営化は、野党や市政府の反対にあっていたものの、州政府は敢えて民営化の目的やプロセスに関する住民の理解を求める行動を取っていなかった。 コンセッション契約の締結後行われた選挙では、野党として民営化に反対していたFuerza Republicana党が勝利し、政権を握ることになった。

新政府は、CAA社のサービス提供開始後に発生した水道水の濁りについて、健康上の被害のおそれを表明したり、契約上既定の料金値上げを厳しく非難するなどした。 実際には、健康上の問題は無く、そのことを監督当局自身が認識していた。 なお、CAAは、濁りの除去に努め、住民に説明を行うなど適切に対応した。 また、旧政権下ではCAA社に対して問題があるとの立場を表明していなかった監督当局も政権交代後態度を変え、CAA社に対して一度は認めた課金の問題点を指摘し、罰金等の賦課を行い、さらには料金の徴収を差し止めた。 州知事は料金値下げを意図して契約の再交渉を開始したが、その間にもオンブズマン等様々な機関から批判が相次いだ。 交渉で両者は合意には至らず、政府はCAA社の契約違反を理由に契約を解除した。

仲裁廷は、収用を認める際の侵害の要素について、多くの仲裁判断等が「部分的な価値の剥奪(収用ではない)と、完全又はほぼ完全な価値の剥奪(収用)」を区別していると述べた。 また、意図については、措置が収用的であることを補強することはあっても収用の要件ではないとし、公的目的の存在が収用を否定することはないと述べた。 結論として、まず、州政府の行為は、CAA社の問題に対する正統な規制的行為ではなく、契約の終了又は再交渉を強制するための違法な国家権力による行為であると述べた。 次に、政府の一連の行為によって、CAA社は、拡大する損失と料金回収についての見込みがない状況のもとで事業を終了するほか無い状況に追い込まれたのであり、資金的存続性に破壊的な影響を与えたとし、先例の言葉を借りれば「投資財産の経済的使用や享有を根本的に奪われた」として、収用を認めた。

本判断は、政府による契約の解除という行為のみならず、CAA社に対して行った一連の措置が事業に対してどのような影響を与えたかを総合的に検討した上で収用を認めた。 また、規制の正統性の議論を、規制の公的目的の議論(収用の合法性の要件)とは区別して行い、規制の正統性については明確に否定している。 このことは、仮に政府の行為が正統な規制行為であれば、別の議論がなされうることを示唆する。

規制と間接収用 ―投資協定仲裁判断例が示す主要な着眼点― - 経済産業研究所P18,19

これも水道事業を巡るアルゼンチン政府の不当な行為である。 Azurix事件とは違い、こちらは事業に与えた影響が大きいとして、間接収用違反を認定している。

Aguas del Tunari事件(コチャバンバ水戦争) 

1999年、コチャバンバにおいて米国資本のベクテル社に有利な水道公社民営化と同社による水道料金の引き上げが行われ、同市での水道料金負担は労働者最低賃金(60ドル/月)の約1/4に達することとなった。 新会社が新たな井戸掘削を計画したことも周辺農民の不安を駆り立てることとなり、水道料金値上げに反発する大衆運動がコチャバンバから全国的なゼネストや暴動に拡大した結果、政府は2000年4月に非常事態を宣言し、新会社も事業から撤退することとなった。 その後2001年11月に同社は投資紛争国際センターに提訴し、ボリビア政府を相手取り2,500万ドルの賠償金を要求している。

PRSPプロセス事例研究 PRSP策定過程での「国民参加(対話)」の挑戦とその課題 - JICAP.113


本件仲裁を請求したAguas del Tunari, S.A.(AdT)はボリビア法を根拠法として設立された会社であり、ボリビア政府水道局との間で上下水道事業に関するコンセッション契約を1999年9月に締結した。


他方、このコンセッション契約が締結された直後から、市民グループが、水道料金の値上げに結び付くとして過激な反対運動を展開し、早くも2000年4月にコンセッションは終了したため、AdTは、オランダ=ボリビアBITに基づき仲裁を提起した。

投資仲裁の対象となる投資家/ 投資財産の範囲とその決定要因 - 独立行政法人経済産業研究所P.17


ボリビア政府は、1997年ラパス市の水事業の民営化(スエズ・リヨネーズの子会社へ委託)にあたり、委託契約の中に貧困世帯への水道網拡大目標を設定していたが、企業側は財政支援がなければ行えないとして取り組まなかった。 企業側は貧困層への水サービスも支払い能力方式で行われるべきだと主張している。 民間の水事業者にとって、全コストの負担能力がない世帯へ新たに水道を敷設することは、企業収益に対するリスク要因を常に抱え込むことになるからである。

また、ボリビア政府はコチャバンバ市でも1999年9月に世銀の指導に従い、構造調整プログラムにもとづいて水の民営化を行った(イタリアのインターナショナル・ウォーター社と米ベクテル社のコンソーシアム)。 新水道会社は政府との契約にもとづき直ちに水価格の値上げを行った(40%から300%の料金引き上げ)。 月65ドルの最低賃金に対し、月20ドルもの水道料金となり、貧しい人たちの水へのアクセスが脅かされることになった。

これに対し、12月にはラパス市の問題と呼応し、民営化に反対して水道施設を地域の手に戻すことを求める抵抗運動が起こり、社会的騒乱状態に陥った。 2000年1月には最初の道路封鎖が行われ、2月には大きな対立騒ぎが起こり、4月と9月には内戦状態となり、死者9名、重度の負傷者は100名にのぼり、多くの人が拘禁された。 政府はついに民営化の契約を破棄し、地域(市)の管理下に置くことを決定した。

世界の水問題とNGO - 季刊 国際貿易と投資No.52 2003年夏号P.17

ボリビアのコチャバンバ市のコンセッション契約(一部民営化方式の一種)においては、事前説明が不十分だった点については、事業者側の一定の落ち度があったと言えよう。 しかし、民営化方針は政府の決定によるものであり、料金値上げも民営化によって発生することなのだから、事前説明の責任は政府とともに果たすべきものであり、事業者に全責任を課すことは妥当ではない。 また、住民負担を減らすために値上げを段階的に行なうことも、本来、補助金等の政府の責任において果たされるべきことである。

一方で、事前説明が不足したことを口実として料金値上げへの対抗手段として暴力に訴えることは住民の権利を逸脱している。 そして、料金値上げによる暴動が国全体規模に拡大することを事業者に予見しろというのも無理がある。 また、事業コストに対する国民の無理解と政府の説明不足もある。 ただし、途上国の教育レベルを考慮すれば、国民の無理解にも同情の余地はある。 とはいえ、無関係な善意の第三者に暴行を加えている以上、そうした同情の余地は住民の暴力を正当化しない。

Azurix事件やVivendi事件と違い、政府には事業者に対する悪意があったわけではない。 しかし、住民が対話ではなく暴力に訴えたことと、政府の対応が不適切であったために、結果として、善意の第三者である事業者に多大な損害を与えたことは、その国が責任を負うべき重大な過失であろう。

尚、この争いに勝者はいない。 住民は水道サービスの正常化の機会を失い、政府は自転車操業を精算する機会を失い、事業者は経営権を失った。 これは暴力が全ての人を不幸にした事件である。

尚、途上国の水道事業の民営化が進んでいるのは、途上国の劣悪な水道環境を改善することが目的である。 国連がミレニアム開発目標(貧困と飢餓の撲滅等)を達成する手段として、水道事業の民営化と不当廉売の解消を求めたからである。

第2章本文中でも述べたとおり、MDGsが国際社会の共通目標としてコンセンサスを得た2000年以降、民活インフラの焦点は、水道事業に集まっているとの感が強い。 しかも、MDGsは「安全な飲料水を継続的に利用できない人々の割合の半減」(ターゲット10)と明記している。 このため、水道事業に対する国際社会の要請は、①飲料水の水質維持、②水道事業のサステナビリティ確保に加え、③水道アクセスの拡大にある。 コラム1-1ではPPPの主な事業スキームを紹介したが、水道事業に限って言えば、現在の焦点は資本投資を含めた水道供給網の拡大、すなわちコンセッション契約ないしはBOOT契約にあると考えられる。 従って、PSD戦略が発表されて以降、世銀グループの検討作業の一つは、成果ベースの水道コンセッション契約をいかに実現できるかを整理することにある。

飲料水は生活必需品であることから、水道料金は供給コストをカバーできる水準をはるかに下回って設定されている。 ある調査によればコストの30%しか料金で回収できていないという。 こうした料金設定は、公的セクターによる水道事業が政治的な圧力にさらされた結果である。 有権者からの反発を恐れたポピュリスト的政治家と政府が、意図的に水道料金を低めに定める政策をとらせ、それによって公的セクターによる水道事業は赤字垂れ流しが黙認されてきた。 しかし、財政資金の有効活用が叫ばれる今日の途上国において、このような構造は改めるべきと指摘されている。


途上国では、公共サービスは劣悪なものであり、そのようなサービスに使用料を支払うのはおかしいと多くの住民が考えている。 漏水率を削減し、供給能力を高め、設備更新も進めることによってサービスを改善し、持続可能な事業運営が行われるようになるためには、現実的なコストリカバリーが行われることが必要不可欠であり、その第一歩が料金引き上げである。

途上国の開発事業における官民パートナーシップ(Public-Private Partnership)導入支援に関する基礎研究第2章開発における官民の役割の変遷 - JICAP46,47

原因分析や対策立案が妥当かどうかには議論の余地があるだろうが、陰謀論を持ち出すのは完全なファンタジーである。 先進国の事業ならともかく、貧困な途上国の事業を独占しても搾取すべき利益などあろうはずもない。 貧しい途上国から労働力を搾取することは可能だが、金銭を搾取できるはずがないのである。 尚、貧しい途上国から労働力を搾取すれば、搾取された労働者は豊かになる。 そのことは搾取は貧困を産むか?に書いた。

OEPC(Occidental Exploration and Production Company)事件 

同名の事件で、付加価値税の還付の内外差別が争われたものがあるが、これは、その事件とは別の事件である。

<オクシデンタル社との契約解除>

オクシデンタル(Occidental Exploration and Production Company、以下「OXY」)は2000年11月1日、鉱区15の事業参加権益の40%をカナダのエンカナ(EnCana)に譲渡したが、国家訴訟代理人は2004年8月24日、同権益譲渡がエネルギー鉱山省の許可無く行われ、また、OXYとエンカナの同鉱区の操業協約も同省の許可を得ていないなど炭化水素法違反ならびにペトロエクアドルとの事業参加契約の債務不履行に当るとしてエネルギー鉱山省に対し契約解除を勧告した。

政府はペトロエクアドルからも法律違反の事実がある旨確認したうえで、契約解除の手続きに入り、同省は2005年11月15日、炭化水素法76条に基づく解除手続きの開始をOXYに通知、60日以内の債務履行または弁明を迫った。 OXYは同期限内の2006年2月7日に同省に対し、法律違反があった事実を否認し、また、国に損害を与えていないとして、同処分の取消しを求める不服申立てを行った。

エネルギー鉱山省は2006年5月15日、違法な権益譲渡の根拠としてOXYが同権益譲渡の意思をエネルギー鉱山省に通知した2000年10月25日より遡る同年10月1日にOXYとエンカナが締結したファームアウト協約および合弁事業協約が発効していることを指摘。 さらに、OXYは炭化水素法施行細則に定める報告提出義務の不履行、ならびに同不履行に係る罰金の未納などの炭化水素法74条11項、12項、13項に違反していると断じ、契約の解除と、これに伴う同社が保有する鉱区15にかかる全資産をペトロエクアドルに移管することを決定した。

この決定を受けOXYは、エクアドル政府に対して1999年6月以降の投資額にほぼ相当する10億ドルの補償金請求訴訟を世銀仲裁機関の投資紛争解決国際センター(ICSID)に提訴した。 裁定は2007年以降になると見られている。 なお、鉱区15の40%権益を2億8,400万ドルでエンカナから譲り受ける予定だったアンデス・ペトロレウム(後述)はエンカナに対して補償を求める動きもある。

アンデス諸国の炭化水素調査~(その2)エクアドル~JETRO


②Occidentalの資産接収

エクアドル政府は、2006年5月15日、1999年にOccidentalと締結したBlock15に関するPS契約を無効とし、同鉱区ならびにOccidentalが所有するすべての設備を直ちにPetroecuadorの管理下に置くようOccidentalに命じた。

エクアドル政府は、2000年にOccidentalがEnCanaにBlock15の権益の40%を売却した際、事前に政府の許可を得なかったことを問題とした。 そして、Petroecuadorと検察庁がOccidentalに対して訴訟を起こした。 一方で、政府とOccidentalの間では解決を図るべく話し合いも行われ、Occidentalがエクアドル国内で引き続き探鉱・開発を続けられるように、契約内容について再交渉を行うことで両者が合意し、改定された炭化水素法に従うことを含むOccidentalの提案を政府が検討していた。 しかし、当時のパラシオ大統領は、左派グループ、Petroecuadorとその労働組合などからOccidentalとの契約を無効とするよう圧力を受けていたと言われる。 最終的には、この無許可でのEnCanaへの権益譲渡に加え、いくつかの坑井で定められた生産量を超過して生産したこと、投資計画に従わなかったことを理由とし、Occidentalとの契約は破棄されることになった。 Occidentalは、同社はエクアドルと米国間の投資保護協定により保護されるべきであるとして、2006年5月18日に、ICSIDに、1999年以降エクアドルに行った投資額とほぼ同額の約10億ドルの補償をエクアドル政府に求める提訴を行った。

中南米ビッグ3に次ぐ中堅産油国の雄エクアドルとコロンビアの石油開発動向 - 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構


(iii)OEPC対エクアドル事件では、エクアドルで油田開発事業の許可を得ていた米国企業が、当局の許可を得ずに開発権の一部を他企業に移転したこと(これは国内法令に違反する)に対し、受入国政府が制裁として課した契約破棄という措置が、均衡を失して厳しすぎないかが争われた。 仲裁廷は、比例性原則がすでに投資仲裁で広く用いられていることを指摘したうえで、(a)本件措置よりも緩やかな代替措置が存在しなかったかどうか、また、それが存在しないとして、(b)本件制裁措置は投資家による法令違反への対応として均衡性を持つものと言えるか、を検討するとした。 そして、代替措置については、投資家への損害賠償の請求や、本件契約を受入国に有利に結び直すことなどが可能であったとする。 また、均衡性については、受入国政府は、同様の違法行為の発生を抑止し、法令遵守の重要性をあらためて強調することが措置の目的であると主張しており、その正当性は理解できるが、かかる行政上の目的と投資家の利益とのバランスをとることが比例性原則の要請であるという。 そして、本件で投資家が被る損失(数億ドル相当の投資財産全体の喪失)は、法令違反の程度に照らしても、また追求される目的の重要度及び実効性に照らしても、均衡を失していると結論付けた。

文化政策と投資保護 - 独立行政法人経済産業研究所 第3章 知的財産権保護の実効性についての諸問題 - 特許庁

本件では、実質的には何ら問題はないのに、重箱を突いて、軽微な問題を穿り出して、それを口実に過大な制裁を課したことが強く疑われる。

  • 協約はその国の法律を優先することを前提とした取り決めなので、譲渡通知前に締結したとされる2種類の協約では「炭化水素法」で必要な手続が終了していない譲渡は成立していない。
  • 「炭化水素法」が無許可譲渡を禁じる目的(政府にとって不都合な企業への売却を阻止すること)が阻害されていないことは明らか。

「炭化水素法」の中身を見ないと詳細はハッキリしないが、法律の形式的な文言を厳密に解釈すれば、法律を優先することを前提とした協約をも事前に締結することは許されないと読めるのかもしれない。 しかし、いくら形式的にそう読めるとしても、禁止した行為が事実上成立していない状態を違法とするのは、実質論で見て極めて強引な解釈であろう。

売却先との事前交渉を一切せずに、その前に譲渡の許可を貰わなければならないのであれば、事実上、事業の譲渡は極めて困難となる。 政府の許可を貰うためには、当然、譲渡先の企業を明示しなければならないはずであるから、譲渡の許可を貰ってから交渉に入るのでは、許可済企業としか交渉できず、その交渉がまとまらなければ譲渡が成立しない。 他に買いたいと名乗りを上げる企業があっても、政府から新たに許可を貰い直さなければ、その企業とは交渉すら認められない。 そうした弱味があれば、譲渡価格等で足下を見られる恐れもある。 そもそも、相手先と交渉もしないうちに、申請で名指しするのでは、相手先企業にも失礼にあたろう。 民間企業の通常の商慣習を考慮すれば、先に譲渡引受の確約を貰ってから許可を申請して、許可が得られたら正式に契約するというやり方が普通ではないか。 そのための協約を事前に締結することが無許可譲渡に該当するのならば、一体、どのようにして譲渡交渉を行なえと言うのか。

また、2000年10月に譲渡の通知をし、それが許可され、かつ、2004年8月までの約4年間全く問題にならなかったのであれば、売却相手が政府にとって不都合な企業ではなかったことを示している。

以上のとおり、本件は、国内法を杓子定規に解釈し、全く罪に問う必要のない形式的な法律の文言違反を、契約解除の理由としたようである。 しかも、その目的は、外国企業から国内事業を取り戻せと要求する政治的圧力に応じるためであり、法律違反はその口実であった疑いがある。 これは、日本であれば日本国憲法第12条および民法第1条第3項に基づいて権利濫用が認定されてもおかしくない事例だろう。

Pope & Talbot事件 

一方、Pope&Talbot事件は、同様に間接収用の基準を効果に求めながら、収用の認定を行わなかったケースである。 この事件は、米国の木材加工業者のPope and Talbot社とカナダ政府の間で生じた事件である。 同社は、カナダのブリティシュ・コロンビア州に子会社を設立して、そこから木材を輸入していた。 1996年に米加間で軟材協定が結ばれ、カナダの軟材の主要産地4つ(ブリティシュ・コロンビア州を含む)から無関税で米国に輸出できる軟材の総量を147億ボードに限定したために、カナダ政府は無関税輸出枠を軟材輸出業者に配分した。 その配分について、ブリティシュ・コロンビア州の割当は従来の無関税輸出量の59パーセントから56パーセントに削減され、とくにPope and Talbot社の輸出削減量は他の業者よりも25パーセントも高かった。 そこで同社はカナダ政府の輸出量削減が、NAFTA違反に当たると主張してUNCITRAL仲裁に申し立てた。 この事件において仲裁廷は(収用を認定するための)「テストは財産が所有者から剥奪されたという結論を支持するのに十分なほどに、事業への干渉が制限的であるかどうかである」とした上で、「国際法上、収用には実質的な剥奪(substantial deprivation)が必要である」と述べた。 その上で、本件においては、数量割当によってPope and Talbot社に被害は発生したものの、同社はそれでもなお軟材を輸出し続けていて実体上は収益を上げているという点を指摘し、「数量割当による財産権侵害は収用に要求されているレベルには達していない」と結論付けた。

2006年度提出リサーチペーパー「国際法上の間接収用の概念-仲裁判例の分析を中心に-」 - 東京大学公共政策大学院P.8


Pope and Talbot事件(付託根拠は NAFTA。以下同様。)では、カナダ・米国間の軟材協定に基づいて、カナダ政府が実施した輸出管理レジームが問題となった。 米国企業の Pope&Talbot社(P&T社)は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州に子会社を設立して軟材業を営み、そのうち9割が米国への輸出に当てられていた。 仲裁廷は、米国市場へのアクセスはNAFTAで保護される財産上の利益であると認めた。 収用かどうかの判断にあたっては、まず、P&T社が投資財産(本件では、同社の子会社と認識されている。)の支配を継続しており、カナダは、P&T社から投資財産の完全な所有と支配を奪うようないかなる行為も行っていないこと、投資財産による利益は減少したものの、依然として相当量の軟材を米国に輸出して利益を上げていることを指摘した。 次に、事業活動に対する侵害が収用に相当するかどうかの判断にあたっては、「奪われた」(”taken”)との判断を可能とする程度に十分に制限的でなければならず、国際法上の収用は「相当程度の剥奪」(”substantial deprivation”)を必要とするとの考えを示した。 これに基づき、カナダの措置は、収用のレベルに達していないと判断した。

規制と間接収用 - 経済産業研究所P.22


Pope and Talbot事件では、NAFTA1105条の待遇の最低基準が、伝統的な慣習国際法上の基準と同様であるか、それとも、より手厚い投資保護を求めるものであるかが問題となった。 仲裁廷は後者の立場を支持して義務違反を認定したが、この判断を受け、NAFTA当事国(特にアメリカ合衆国)では、投資保護に偏りすぎた解釈により、国家が過大な負担を負わされているとの批判が高まった。


例として、先に見たPope and Talbot対カナダ事件を取り上げよう。 この事件では投資家の主張が殆ど認められず、賠償額は約40万米ドルと比較的少額であったにも関わらず、カナダ政府はそれを遥かに上回る約75万米ドルの仲裁費用及び約390万加ドルの負担を強いられた。 ごく僅かの賠償をめぐって多大な時間と労力を割かざるを得なかったことは、確かに不合理な結果のようにも思われよう。

しかし、結果だけを見て裁判の「正しさ」につき判断を下すことは厳に慎むべきことである。 この事件の仲裁規則は1976年版UNCITRAL仲裁規則であったが、費用に関する42条1項は、仲裁手続を進める上で要した費用につき敗訴者(unsuccessful party)負担の原則を採用している。 従って問題は仲裁廷が本件の「敗訴者」を誰と考え、何故そう考えたかである。


そのため仲裁廷は「各当事者の勝ち負けは拮抗している」と結論づけ、仲裁費用については概ね半額ずつ、弁護費用については各々自己の費用を負担するとしたのである。

ISDS 条項批判の検討 - 京都大学大学院法学研究科P.26,27,50,51

本件は、申立人の訴えのほんの一部だけが認められた結果、訴訟費用を遥かに下回る賠償金しか得られなかった事例である。 この事件では、内国民待遇違反や直接収用違反は認められず、公正衡平待遇義務違反だけが認められた。 投資家も仲裁費用の半額と自己の弁護費用を負担しており、賠償金を得られても、必ずしも、投資家が損害を取り戻せるとは限らないことを示している。

UPS事件 

(5)UPS事件

米国系の宅配業者(UPS)が、カナダ関税法改正によってカナダ・ポストのみが優遇されるとして仲裁に訴えた事件である。 仲裁廷は、両者のシステムの差、また諸国における郵便事業と宅配業の認識の差を根拠に両者が「同様の状況の下」にないと判断した。

仲裁廷は宅配事業と郵便事業が比較対象にならないとしたが、その根拠は両者に対する諸国の認識の相違であった。 なお、本事件におけるCass仲裁人個別意見は、1102条の解釈はNAFTA全体の中で行わなければならず、そのように解釈すれば「同様の状況の下」にあるかどうかの判断は、競争関係にあるかどうかがポイントだとした。 したがって、Cassによれば、競争関係にある者について異なる扱いをすれば1102条違反の推定が成り立ち、カナダはその推定を覆す主張を述べることはできなかったと結論した。 NAFTAを条約の目的等を踏まえて解釈するか、文言のみによって解釈するかによって結論が変わることが理解できる。

平成20年度投資協定仲裁研究会報告書III内国民待遇違反を決定する要因は何か - 経済産業省P.39

仲裁廷は、宅配事業と郵便事業は「同様の状況の下」にないとして訴えを却下している。

Methanex事件 

同様の認定手法は近年のNAFTAに基づく最近の仲裁判例であるMethanex事件においてもとられている。 この事件においては、カリフォルニア州政府の行った環境規制が問題となった。メチル・ターシャリー・ブチル・エーテル(MTSB)はエタノールを主原料とし、ガソリンに添加する形で用いられる化学物質であるが、カリフォルニア州においてガソリンタンクからもれたMTSBによる飲料水の汚染が問題になった。 そこで、1999年に同州知事は、州内のガソリンについて2002年末までにMTSBの使用を中止するように指示をした。 それに対して、MTSBの原料であるメタノールのカリフォルニア州における主要生産者であるカナダ企業Methanex社は、当該措置がNAFTA上の賠償・補償を必要とする措置であるとして、仲裁を提起した。 仲裁廷に対する請求の中で、Methanex社は、上述Metalclad事件の判示を引き、当該措置が収用を構成すると主張した。 これに対して、仲裁廷は「一般国際法において、公的目的のための非差別的な規制で、適切な手続きに従って制定され、とりわけ外国人の投資家や投資に影響するものは、規制を行う政府が投資を考えている外国人投資家に対して『政府がそのような規制を慎むであろう』という特別な確約(special commitment)を与えていた場合を除き、収用とはみなされず、補償の対象とはならない」と判示した上で、カリフォルニア州の行った規制についてはそのような特別の確約がなかったため、収用には当たらないとした。

2006年度提出リサーチペーパー「国際法上の間接収用の概念-仲裁判例の分析を中心に-」 - 東京大学公共政策大学院P.10


Methanex事件(NAFTA)119においては、米国・カリフォルニア州が導入したガソリン添加剤であるMTBE(メチルターシャリーブチルエーテル)の禁止令が、その原材料であるメタノールの製造者であるMethanex社によって収用にあたると主張された。 仲裁廷は、本件においてはMethanex社の財産が差し押さえられたり、剥奪されたりしたものではないことから、同社は、カリフォルニア州政府の行為が収用に「相当する」かどうかの立証が必要であると述べた。 「一般国際法上の問題として、無差別的の公的目的に実施される規制であって、デュープロセスに則って行われ、特に外国投資家や投資財産に影響を与えるものは、そのような規制を行わないとの特別の約束が、規制を行う政府から、当時投資を検討していた投資家に対してなされたという場合でない限り、収用的で補償を要するとは見なされない。」との考えを示した。 そして、まず、そのような特別の約束がなされていないことを指摘した。 さらに、本判断の別の箇所で議論したように、同禁止令は、公的目的で、無差別であり、デュープロセスに則って行われたと結論した。 仲裁廷は、その箇所について明示していないが、同禁止令が立案されるにあたって実施された科学的調査やそれに対するピアレビュー等、一連の立案プロセスを指していると考えられる。 これらを根拠に仲裁廷は、「国際法の観点から、カリフォルニアの禁止令は、合法な規制であって収用ではない」と述べた。

規制と間接収用 - 経済産業研究所P.30


(a)Methanex Corporation v.United States(2005)

2005年に下されたMethanex事件の最終判断では、カリフォルニア州政府が行なった水質汚染の原因とされたガソリン添加物であるメタノールへの使用規制に対して、メタノール製造業者であるMethanex社によって、収用や公正衡平待遇違反等が申し立てられた。

仲裁廷は、一般国際法上、公共目的のための無差別の規制は、適切な手続に従って制定され、投資家に対して、そうした規制を慎むであろうという特別の約束を与えていない場合には、収用にはあたらず、また補償の対象にもならないとの判断を示した。

V環境保護と投資協定の関係 - 経済産業省P.83

本件は、公共目的のための無差別の規制であり、無差別に行なわれ、手続も適正で、かつ、規制を行なわない約束がなければ、補償の対象とならないとした仲裁判断である。

Tecmed事件 

(4)Tecmed事件判断―廃棄物処理事業の許可更新拒否

Tecmed社は、メキシコに設立した子会社Cytrarを通じて、産業廃棄物処理事業を行うため、エルモシージョ市における土地および施設等を落札した。 事業免許は、環境省の傘下にある規制当局であるINEから付与され、当該免許は一年単位の更新制をとっていた。 Cytrarは、事業開始後、1度免許更新を許可された。 しかし、Cytrarの免許取得後に、産業廃棄物処理施設の居住地からの最低距離要件を定める規制が成立し、当該規制が遡及効を持たないにもかかわらず、その要件を満たしていないことが反対住民グループによって指摘された。 これらの住民反対運動は、Cytrarの施設運営の態様のためではなく、同社が近隣の州から汚染された土を輸送してきていたことが原因であった。 Cytrarは政府の求めに応じて施設移転に合意し、移転費用の相当部分を自己負担することにも同意していたが、あくまでも代替地で必要な許可を得て事業が継続できることを条件としていた。 1998年、Tecmed社がINEに免許更新申請をした時点では、代替地は見つかっていなかった。 にもかかわらず、許可の更新は拒否され、後に埋立地は閉鎖された。 仲裁廷は、許可更新拒否決定が収用かどうかを判断するに際し、それが

「投資財産の経済的使用と享有を根本的に(radically)奪ったかどうか、例えば埋立地やその利用に関係した収入や利益といった権利が存在しなくなったかのような状態となったかどうか」

を判断すると述べた。 さらに、投資財産の所有権に何ら影響がない場合であっても、一時的でなく使用や享有が奪われれば、国際法上財産を奪われたと考えられるとした。 そして、許可更新を拒否し、埋立地を永久的かつ決定的に閉鎖したことは、財産を奪われたことに該当するとした。 これが収用かどうかを判断するにあたっては、政府の措置が「その目的、経済的権利の剥奪およびそのような剥奪を受けた者の正統な期待に照らして合理的であるかどうか」、「措置によって守られる公共の利益と投資財産の法的な保護に均衡したものかどうか」を検討するとし、「その均衡性の判断にあたっては投資財産に与える影響は重要な役割を果たす」と述べた。 均衡性について、仲裁廷は、メキシコが正当化理由として挙げた①Cytrar社の法令違反および②周辺住民による施設の立地に対する反対について検討した。 ①については、許可を取り消すほど重大なものでなかったことを政府自身が認識していたことを指摘し、②については、住民による反対運動の理由は、Cytrarの施設運営の態様ではなく、Cytrarに責任はないこと、Cytrarは移転および費用負担に同意していたこと、施設の運営が現実のまたは潜在的な環境又は公衆衛生上の危険を伴うものであることが証明されてないこと、住民の反対運動が比較的小規模であったことを指摘して、許可更新の取消に至るほどのものではないと結論づけた。

本判断で仲裁廷は、許可更新の拒否について、投資財産が「奪われた」効果を有するということを認定した。 仲裁廷は、申立人の期待について、「投資額及び、埋立地をその耐用年数期間運営することによる予測利益を回収することである」と述べており、申立人の投資財産を、「期待」も含めて認識していたことが、許可に基づく財産価値が更新判断時点で一旦無くなるのではなく、継続的に存続するという前提につながったと考えられる。

収用の判断基準は、Metalclad事件判断よりも厳格である。 つまり、使用と享有を「根本的に」奪うことまたは収入や利益といった権利が「存在しなくなった」という点に着目しており、Metalclad事件判断よりもより深刻な侵害があることを要件としている。 その上で、その侵害は重要な判断要素であるとしつつも、収用を認めるにあたり新しい要件を課した。 すなわち、政府の行為がそれによって果たそうとした目的と投資財産の保護に均衡したものかどうかを考慮した上で、均衡していない場合に収用であるとするのである。 この判断は、政府の規制目的と投資財産の保護をバランスさせるとの考えにたつものと思われる。

規制と間接収用 - 経済産業研究所P.15-16


Tecnicas Medioambientales Tecmed S.A,v.Mexico (2003)

スペイン企業であるTecmed社は、メキシコで廃棄物処理事業を操業していたが、種々の規制の違反などを理由に許可更新を拒否された。 仲裁廷は、提出された各種の証拠から、表向きの理由であった規制の違反は軽微なものに過ぎず、拒否の本当の理由は、地域住民の反対運動にあったと認定した。

その上で、当該許可の更新拒否が収用に該当するかについては、問題となった措置が投資財産に与える影響の重要性を認識しつつ、政府の行為や措置が、その目的及び経済的な権利や正当な期待への影響との関係で合理性を有するかを検討することが必要であると述べた。 このような軽微な違反及び地域住民の反対に対応するために、許可を更新し、操業自体を不可能にしてしまうことは、規制の目的との均衡性を欠き、収用にあたると判断した。


(a) Tecnicas Medioambientales Tecmed S.A, v. Mexico (2003)

先にも言及したTecmed事件では、仲裁廷は、メキシコの地方政府による事業免許の更新拒否に対する公正衡平待遇義務違反について次のように判示した。 すなわち、投資時における投資環境の透明性・安定性、関連法令の明示・一貫した運用などの投資家が投資を行なった際に抱いた基本的な期待は、「正当な期待」を構成するとした上で、投資受入国が投資家の正当な期待を害した場合には公正衡平待遇義務に違反する、とした。

V環境保護と投資協定の関係 - 経済産業省P.81-82,92


(i)Tecmed対メキシコ事件では、スペイン企業がメキシコで廃棄物処理場の事業許可を得て運営を進めたところ、地域住民の反対運動が強まり、当局が、同社の規制違反等を理由に事業許可の更新を拒否した。 投資仲裁でメキシコは、本件の措置が環境及び衛生の保護を目的とした公益的なものであることを主張した。 これに対して仲裁廷は、このような措置が間接収用を構成するか否かは、「当該措置が保護しようとする公共的利益、及び投資財産に法的に付与された保護に照らして、均衡的(proportional)かどうかによる」とした。 つまり、追求される公益と用いられる手段(投資家の権利の侵害)との間に、合理的な比例性の関係(reasonable relationship of proportionality)があれば、間接収用を構成しないという考え方を示したのである。 そのうえで、本件措置に関しては、仲裁廷はメキシコの主張する規制目的を否定し、真の目的は地域住民の圧力に対処するためであったと述べた。 これにより、本件措置は目的の正当性が認められず、投資家が被った甚大な損害が強調され、間接収用の成立が認められる結果となった。

文化政策と投資保護 - 独立行政法人経済産業研究所P.19-20

本件は、規制の目的と投資家の損害のバランスで判断すべきとする比例性(均衡性)基準を採用した仲裁判断である。

Waste Management事件 

(1)で検討したWaste Management事件では、市の契約違反が収用となるかが問題となった。 市が契約を履行できなかった背景には、ゴミ収集サービスが有料となることに対する住民の反発とWM社よりも安価でゴミを収集する違法事業者の存在があった。 仲裁廷は、「企業の実質的な収用(taking)又は収益の上がらない状態にすること(sterilising)に相当する政府による恣意的な介入が無い場合にまで事業の失敗に対して補償することは(NAFTA)1110条(収用についての規定)の機能ではない」と述べ、アカプルコ市による契約違反の背景には、市だけでなく、WM社の現地法人の事業見通しが楽観的すぎたことがあることを挙げ、収用の主張を認めなかった。

規制と間接収用 - 経済産業研究所P.26

この事件では、政府のせいではない事業の失敗は収用補償の対象ではないとしている。 投資仲裁の事例 - 外務省によれば請求棄却となっていることから、賠償そのものも認められなかったようだ。 尚、一件目は国内救済手続を放棄しなかったことによる管轄権否定らしい。

Thunderbird事件 

Thunderbird事件(NAFTA)では、申立人が政府の許可を受けてメキシコに設立したゲーム施設が、規制当局によって、ゲームおよびくじに関する連邦法(以下、ゲーム法という。la Ley de Juegos y Sortes)に違反するとして閉鎖を命じられたことが収用にあたると主張された。 申立人は、メキシコでゲーム施設事業を開始するにあたり、規制当局に対して、事業内容について、技術と能力によって行うゲーム機器の利用に課金するものであり、運によってゲームの勝敗は決まらず、賭の要素は無いと文書で説明し、ゲーム法の規制対象ではないとの回答(oficio)を得ていた。 申立人は、規制当局のこの回答が、「正統な期待(legitimate expectations)を形成したと主張し、このことと収用等のNAFTA違反の主張は関係するとした。 仲裁廷は、問題となったゲーム機器の機能を検討した上で、申立人がメキシコに機器について説明した文書は不正確で不完全であると述べた。 具体的には、当該ゲーム機器は、運によって勝敗が決まるものであり、利用者はゲームに勝利した際に受け取るチケットを換金することができたため、賭の要素を有するものであったと認定した。 このため、規制当局の回答は、「正統な期待」を構成しないと判断した。 これに基づき、収用の主張に関しては、ゲーム施設事業において「投資家や投資財産は「既得権」(“vested right”)を享受していない」として主張を認めなかった。


以上に述べた判断のうち、Feldman事件、MTD事件およびThunderbird事件は、そもそも投資時点において国内法と整合的でないまたは非合法な事業活動に関するものであり、事実上の「期待」が醸成されてはいても、そもそも法的財産権が存在したとは言い難い事例である。

規制と間接収用 - 経済産業研究所P.34-35


(iii)International Thunderbird事件では、米国企業がメキシコでアーケード・ゲーム施設を建設・運営する事業計画を推進していたが、メキシコ当局が一度与えた事業許可を後に取り消したため、投資に損失が生じたとして、NAFTA第1105条の公正衡平待遇違反などを主張して仲裁を提起した。 そこでまず仲裁廷は、申立人がメキシコ当局による当初の許可を信頼しうる「正当な期待」を有していたかを検討した。 そして、証拠によれば、メキシコ当局に許可を申請する際の書類において、申立人は、当該ゲーム機はプレイヤーが一定のスキルを身に付けるとポイントが貯まり、それを賞と交換できるシステムになっているが、そこに運の要素はなく、ギャンブルや射幸には相当しないと説明していた。 しかし、これは事実ではなく、実際には当該ゲームは運の要素があり、しかもプレイヤーは現金を投入し、賞を現金に交換できるなど、ギャンブルの性格が強いものだった。 メキシコ法上、ギャンブルは違法であり、メキシコ当局も、ゲーム機の説明を受ける際、ギャンブルの要素が含まれないことを申立人に確認したうえで事業許可を出したことが記録上明らかであるから、申立人はかかる誤った認識の下になされた許可に信頼が置けることを「正当に期待」できないとした。 したがって、本件のメキシコの措置は、公正衡平待遇条項に違反しないと結論付けられた。

文化政策と投資保護 - 独立行政法人経済産業研究所P.25

これは、「投資時点において国内法と整合的でないまたは非合法な事業活動に関するもの」の法的財産権を認めないとして訴えを却下した事例である。

和解事例 

Etyl事件 

IIA仲裁をめぐる状況が劇的に変わるのが1998年前後である。 一つは、NAFTA投資章を根拠にしたエチル(Etyl)事件が起こったことである。 これは、カナダで事業活動を行っていた米国企業(エチル社)がカナダの環境規制の強化によって操業の停止に追い込まれたために、NAFTAに基づいてカナダ政府に損害賠償を求めた事件である。 仲裁の途中でカナダ政府が和解金を支払って仲裁が取り下げられたために実体問題に関する仲裁判断は出されなかった。

国際投資協定:現代的意味と問題点 - 経済産業研究所P.12


(4)カナダ―国内貿易協定における政府調達関連規定

カナダ各州は、米国のそれと同様に、様々なカナダ産品・自州産品優遇政策を維持していた。 例えば、ある一定の水準(例えば3〜15%等)までの価格差であればカナダ産品を優先的に調達する等がそれである。 これに対し、1995年6月1日に連邦政府は、全10州(2003年には3準州も参加)との間で国内貿易協定(AIT:Agreement on Internal Trade)を締結した。 同協定は政府調達分野における他州産品及び他州の供給者との差別の禁止を規定。 これにより他州産品、他州の供給者との関係では州政府が価格優遇政策や差別的な技術仕様を設けることはできなくなったが、外国系企業、外国産品には同協定は適用されず、依然として差別的な取扱が維持され得る。 また、同協定は、各州が特定のサービスや調達機関を協定の適用から除外することも例外的に認めている。

WTO協定の概要第13章政府調達 - 経済産業省P.386


まず本件は、仲裁廷による本案審理とその判断がなされたのではなく、当事者間で和解が成立したケースである点に注意する必要がある。規制の撤廃も和解金の支払いもカナダ政府の判断でなされたものであり、仲裁廷の命令に従ったわけではない。

また、本件では当該規制に反対していたアルバータ州の要求によって国内通商協定に基づくパネルが設置され、そこにおいてカナダ連邦政府によるMMTの規制にあたって必要な協議が十分に尽くされなかったとして同協定の第15章違反が指摘され、さらに規制の目的と規制の手段・程度の関係に関する同協定第404条の基準を満たすことも証明できていないと示されたことにも留意する必要がある。

ISDS 条項批判の検討 - 京都大学大学院法学研究科P.21


  • 「ガソリンの有害添加物に対するカナダの規制が、アメリカ企業(エチル社)の訴えで撤廃させられた」として紹介されることがありますが、真相は以下のとおりです。
    1. カナダの規制は、添加物の国内での使用や生産を禁止せず、海外からの輸入と州を越えた取引だけを禁止するという差別的なものでした。
    2. この規制に対し、州政府は、自分たちの意見を十分聞かずに、カナダ連邦政府が規制をしたとして、連邦政府に対する国内の紛争処理手続きを開始しました。一方、エチル社は、北米自由貿易協定(NAFTA)に基づいて国際仲裁に訴えました。
    3. 国内の紛争処理手続きでは、連邦政府の法律違反を指摘し、規制について再度議論するように求めました。 一方、国際仲裁は、エチル社の訴えについて仲裁法廷で審議することを認める判断(管轄権判断)を出しました。
    4. その1カ月後、カナダ政府は、新規立法を取り下げることを発表しました。 同時に、エチル社に対しても和解したことを発表しました。
  • つまり、エチル事件では、実際に規制の適切性が判断されたのは、国内紛争処理手続きであり、国際仲裁ではありません。したがって、エチル社に訴えられたから規制を取り下げたというのは間違いです。
  • また、カナダ政府が規制しようとした理由は、自動車の故障診断システムに対する悪影響であり、人体への悪影響ではありませんでした。

ISDS条項で国内規制や制度が変えられるのでは? - TPP交渉への早期参加を求める国民会議


TPP反対派が、ISD条項が治外法権に他ならないものであることを示すためによく例に挙げているのが、カナダ連邦政府を米国化学企業の現地子会社が訴えた事案です。 この子会社はメチルマンガン化合物(MMT)を製造していました。 1997年加連邦政府がMMTの流通を禁ずる新法を作ったところ、米企業がそれにより甚大な被害をこうむったとして2億5100万ドルの支払いを求めて加連邦政府を訴えました。

この件は、同時並行でカナダ・アルバータ州が、新法が国内通商協定(AIT)に違反するとして専門委員会に提訴し、委員会での検討の結果、新法は国内通商協定に違反すると認定されました。 また、MMT自体については流通を完全に禁止する必要のあるような危険な化学物質ではないことも明らかになりました。 この専門委員会の判断をカナダ連邦政府は受け入れ、翌年法律を廃止することになりました。 それに伴い連邦政府は米社に仲裁費用と遺失利益として和解金1300万ドルを支払いました。

これで明らかなように、カナダが連邦制という特殊な政体を採っていることから生じた政府の失策により、禁止すべきでない化学物質の流通を十分な検討もなしに誤って禁止したことが原因であり、ここから化学物質に対して十分な検討をせず規制を課すべきではないという教訓を引き出すなら分かりますが、TPP反対派の主張しているような「カナダ国内で禁止されている有害な化学物質を強制的に輸入させられ、かつ法外な和解金をむしり取られた」という表現はミスリーディングであることはいうまでもありません。 この例は、むしろ逆に投資先国の失政からわが国の企業を守る上でISD条項が大変有効であるということを示しているわけです。

TPP:ISD条項は治外法権か? - 金子洋一「エコノミスト・ブログ」

国際化学物質簡潔評価文書 - 国立医薬品衛生研究所は、国立医薬品衛生研究所がまとめたWHOの評価文書である。 その詳細はMMT安全性評価で解説するが、まとめると次のとおり。

  • 環境中マンガンに対するMMTの影響は小さい
    • 大気中のマンガンの主要発生源は岩盤
      • 大気中のマンガンの主な自然発生源は波しぶき、森林火災、植生、および火山活動
    • 水中マンガンの主要発生源は、粒子状マンガン酸化物の還元、鉱物の自然風化、および酸性環境
    • 土壌中マンガンの大半は地殻が起源で、その他は大気からの沈降、植物組織からの浸出、動植物の死骸、排泄物など
    • 主要な人為的発生源は、都市下水の排出、下水汚泥、採鉱・選鉱、工場排出、化石燃料の燃焼で、燃料添加剤の燃焼による排出量ははるかに少ない
    • MMTと大気中マンガン濃度の関係は研究によって結果が違う
      • 環境中マンガン総量に占めるMMT由来マンガンの割合は、他の要因でマンガン濃度が大幅に変化するため検証は困難
      • 可能性レベルの話として、大気中のマンガン量におけるMMTからの放出量は軽視することはできない
    • MMTの影響により土壌上層部でマンガンが高濃度となったが、土壌中のマンガンの顕著な増加はない
  • 環境中マンガン濃度は次のとおり
    • 水中マンガン濃度は次のとおり
      • 天然水中の溶存マンガン濃度は10μg/Lから以下10mg/Lの範囲で、通常は0.2mg/L未満
      • 酸性鉱山排水の流入水域では、最大4mg/Lの報告がある
    • 土中マンガン濃度は次のとおり
      • 土壌中総マンガンの自然濃度は4000mg/kg以下で、平均値はほぼ300~600mg/kg
      • 陸生植物中のマンガン濃度は、20~500mg/kgの範囲にある傾向がみられる
      • 2000~4000mg/kgを上回る葉中マンガン濃度が数多く報告されている
    • 生物の影響への指針値は次のとおり
    • 海洋種を保護するための指針値は0.3mg/L
    • 軟水中の淡水種に関する指針値は0.2mg/L
    • 陸生環境に対して単一の指針値を算定することは適切でない
      • 陸生植物にとってマンガンは必須栄養素であり、必要量は大体10~50mg/kg組織
      • 陸生植物へのマンガン毒性の症状は種によって大きく異なる
      • マンガンへの暴露状態によって反応も異なる
  • 環境へのマンガンおよびマンガン化合物の影響に関し、これまで国際機関による評価はなかった
  • MMT原液に人体が触れたり吸い込んだりすることは危険であるが、ガソリン添加の危険性や環境への影響とは別問題

以上のとおり、WHOの評価文書によると、2003年段階においてもMMTを規制すべき科学的根拠は極めて乏しい。 鉱山排水等の環境濃度に極端な影響を与えることが明らかな事例を除けば、MMT以外のマンガン化合物の規制でさえも勇み足であり、より影響の小さいMMTを規制することは科学的に正しいとは言えない。 よって、1997年当時のカナダのMMT規制についての科学的根拠の不足は言うまでもない。

また、「MMTの流通を禁ずる新法」は、添加物の国内での使用や生産を禁止せず、海外からの輸入と州を越えた取引だけを禁止していた。 カナダ国内通商協定(カナダの国内法)に違反する法律で、かつ、カナダ国内の州からも提訴されるような代物だったのである。 しかも、WHOの評価文書のとおり、国内通商協定違反を正当化するほど危険性を示す証拠は何もなかった。 というか、規制理由は、人体や環境の保護ではなく、自動車のシステム保護であった。 つまり、「MMTの流通を禁ずる新法」は言い訳のしようがないくらいの大失策だったのである。 そうした政府の大失策によって不利益を被った企業は、政府の不当行為による一方的な被害者である。 そうした被害が賠償されないのでは、政府判断でいくらでも協定を骨抜きにできることになり、協定違反し放題になってしまう。 だから、カナダ政府は仲裁の途中で自らの非を認めて仲裁を取り下げ、和解に応じたのである。

この事例では仲裁判断が為されていないので、カナダ政府が非を認めなかった場合にどのような結果になったかは不明である。

係争中事例 

水資源 

概要
1998ブリティッシュコロンビア(カナダ)カリフォルニアの企業サンベルトウォーター(Sun Belt Water)がNAFTA(北米自由貿易協定)11条に基づいてカナダ政府を訴えた。これは、同社がブリティッシュコロンビア州政府と1991年に契約した数億万ガロンの水輸出契約を停止させたためである。サンベルトウォーターは、105億ドルの損害賠償を請求中である。

水ビジネスの地平線 - 野村総合研究所P.27

2010年09月段階では未だ係争中であったようだ。 残念ながら決着がついたかどうかの資料を見つけることができなかった。

Phillip Morris事件 

オーストラリア政府は国民の健康保護を目的として、タバコ製品とその包装の外観を規定し知的財産権の使用を禁止する規制を導入した。 さらに、タバコの箱における視覚的な健康上の警告表示の占める割合を増やす規制を行った。 オーストラリアでタバコを製造するPhillip Morris Asia Limited社はこれを香港-オーストラリアBITの違反であると主張し、仲裁の申立てを行った。

本件についても、このような投資仲裁の制度がTPPに盛り込まれてしまえば、日本国内で築かれてきたルールが多国籍企業の訴訟による攻撃にさらされてしまうと危惧する見解かある。 果たして本件は、オーストラリア政府の築く正当なルールが、外国企業による不当な訴訟攻撃を受けているケースなのだろうか。

本件はまだ仲裁廷の判断は下されていないが、申立人は真っ当な健康・環境措置にまで補償が必要だと主張してはいない。 当該措置は政府が主張するような公共衛生の促進を目的とする正当な規制ではなく、そのような規制を隠れ蓑としたオーストラリア国内のタバコ企業に対する申立人の競争力を奪おうとする措置である(そしてそのような措置による損害であれば補償を要する)と、申立人は主張している。 さらに申立人は、当該措置はオーストラリア政府が期待するような効果は挙げず、むしろ違法タバコの横行などの悪影響を生み出すとの主張も行っている。

このように見ると、本件で最大の争点となっているのは当該措置の投資に与えた影響というよりもむしろ、当該措置が本当に公共衛生の促進を目的としたものであるのか、あるいはそれを隠れ蓑とした外国企業差別措置であるのか、という点であるように思われる。 そうであるならば本件は、海外へ進出した日本企業が現地政府の環境規制等を隠れ蓑とした不当な政策により不利益を受けることがあった場合に、投資協定により救済を求めることができるのを示す好例であり、先述したような国家の正当なルールが外国企業により不当に攻撃されるといった想定になじむケースであるとは言えない。

ISDS 条項批判の検討 - 京都大学大学院法学研究科P.22


この仲裁申立書は、オーストラリア議会がたばこ製品の「たばこ包装規制法」(たばこ包装の無地化やロゴの禁止など、簡易包装)を通過させた後直ちにオーストラリア政府に対して通告された。


PMA広報担当者であるアン・エドワーズ氏は「われわれに他の選択はなかった。 オーストラリア政府は、この法律が喫煙者減少に効果あることを証明せずにこの法律を通過させ、たばこ包装規制法に関連する重大な法的問題に対するオーストラリア国内や国際的な懸念を無視した」と指摘した。


オーストラリアのたばこ包装規制法に対し、オーストラリアの貿易・知的財産に関する条約上の義務との矛盾当該法律による喫煙者減少の証拠の欠如から、60近い国際企業組織、知的財産グループ、外国政府がオーストラリア政府に対して重大な懸念を表明している。 同じ問題は、これまで単純包装を検討し否決した他の国々からも指摘されている。


PMAは1954年以降オーストラリアでたばこを生産・販売しているPMLを所有している。 この間にPMLはマールボロ、アルパイン、ロングビーチ、ピータージャクソン、チョイス、GTなどよく知られ、アイコン的なブランドを築き上げてきた。 たばこ簡易包装法は、PMLから他の競争ブランドと差異化する能力を奪い、その結果としてオーストラリアにおけるPMAの投資価値を下げることになる。


2010年現在でPMLはオーストラリアたばこ市場の37・5%のシェアを持っているとみられる。

豪政府に仲裁申し立てを通告 フィリップ・モリスがたばこ包装規制法で - 共同通信PRワイヤー


BATとRothmansの合併により、British American Tobacco Australasia(BATA)の2003年のオーストラリア市場でのシェアは約44.5%(2002年は43.4%)。

Philip Morrisのシェアは2003年が37.7%(2002年は38.6%)。

たばこ関連情報 オーストラリア - (有)テクニカルデザイン2/3

本件は、ブランドやロゴの規制が健康規制に偽装した外資系企業差別として訴えられた事件である。

オーストラリアでは二大外資系企業がタバコ市場の8割以上のシェアを占めている。 つまり、この二大外資系企業のブランド力が大きく、国内企業のブランド力は小さい。 そして、ロゴの禁止等の簡易包装規制が実施されれば、ブランド力のある企業ほどダメージを受ける。 最初からブランド力を持たない企業の受けるダメージは少ない。

  • 不利益を被るのは外資系企業に限られる。
  • 簡易包装規制には、喫煙者減少の効果はなく、違法タバコの横行などの悪影響を生み出す。

Phillip Morrisは、こうした規制が、健康・環境措置に偽装した不当な国内産業保護であると訴えている。

尚、「この規制はたばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の履行義務であり、Phillip Morrisの訴えは条約の履行義務をも否定する不当なものである」とする主張があるが、それは全く当たらない。

第四条 基本原則

締約国は、この条約及び議定書の目的を達成し及びその規定を実施するため、特に次に掲げる原則を指針とする。

1 すべての者は、たばこの消費及びたばこの煙にさらされることがもたらす健康への影響、習慣性及び死亡の脅威について知らされるべきであり、また、たばこの煙にさらされることからすべての者を保護するため、適当な段階の政府において効果的な立法上、執行上、行政上又は他の措置が考慮されるべきである。


第十一条 たばこ製品の包装及びラベル

1 締約国は、この条約が自国について効力を生じた後三年以内に、その国内法に従い、次のことを確保するため、効果的な措置を採択し及び実施する。

(a) たばこ製品の包装及びラベルについて、虚偽の、誤認させる若しくは詐欺的な手段又はたばこ製品の特性、健康への影響、危険若しくは排出物について誤った印象を生ずるおそれのある手段(特定のたばこ製品が他のたばこ製品より有害性が低いとの誤った印象を直接的又は間接的に生ずる用語、形容的表示、商標、表象による表示その他の表示を含む。)を用いることによってたばこ製品の販売を促進しないこと。これらの手段には、例えば、「ロー・タール」、「ライト」、「ウルトラ・ライト」又は「マイルド」の用語を含めることができる。

(b) たばこ製品の個装その他の包装並びにあらゆる外側の包装及びラベルには、たばこの使用による有害な影響を記述する健康に関する警告を付するものとし、また、他の適当な情報を含めることができること。 これらの警告及び情報は、

(i) 権限のある国内当局が承認する。

(ii) 複数のものを組合せを替えて表示する。

(iii) 大きなもの、明瞭なもの並びに視認及び判読の可能なものとする。

(iv) 主たる表示面の五十パーセント以上を占めるべきであり、主たる表示面の三十パーセントを下回るものであってはならない。

(v) 写真若しくは絵によることができ、又は写真若しくは絵を含めることができる。

2 たばこ製品の個装その他の包装並びにあらゆる外側の包装及びラベルには、1(b)に規定する警告に加え、たばこ製品の関連のある含有物及び排出物であって国内当局が定めるものについての情報を含める。

3 締約国は、1(b)及び2に規定する警告その他文字による情報をたばこ製品の個装その他の包装並びにあらゆる外側の包装及びラベルに自国の主要な一又は複数の言語で記載することを要求する。

4 この条の規定の適用上、たばこ製品に関する「外側の包装及びラベル」とは、当該たばこ製品の小売販売に使用されるあらゆる包装及びラベルをいう。


第十三条 たばこの広告、販売促進及び後援

1 締約国は、広告、販売促進及び後援の包括的な禁止がたばこ製品の消費を減少させるであろうことを認識する。

2 締約国は、自国の憲法又は憲法上の原則に従い、あらゆるたばこの広告、販売促進及び後援の包括的な禁止を行う。 この包括的な禁止には、自国が利用し得る法的環境及び技術的手段に従うことを条件として、自国の領域から行われる国境を越える広告、販売促進及び後援の包括的な禁止を含める。 この点に関し、締約国は、この条約が自国について効力を生じた後五年以内に、適当な立法上、執行上、行政上又は他の措置をとり、及び第二十一条の規定に従って報告する。

3 自国の憲法又は憲法上の原則のために包括的な禁止を行う状況にない締約国は、あらゆるたばこの広告、販売促進及び後援に制限を課する。 この制限には、自国が利用し得る法的環境及び技術的手段に従うことを条件として、自国の領域から行われる国境を越える効果を有する広告、販売促進及び後援の制限又は包括的な禁止を含める。 この点に関し、締約国は、適当な立法上、執行上、行政上又は他の適当な措置をとり、及び第二十一条の規定に従って報告する。

4 締約国は、憲法又は憲法上の原則に従い、少なくとも次のことを行う。

(a) 虚偽の、誤認させる若しくは詐欺的な手段又はたばこ製品の特性、健康への影響、危険若しくは排出物について誤った印象を生ずるおそれのある手段を用いることによってたばこ製品の販売を促進するあらゆる形態のたばこの広告、販売促進及び後援を禁止すること。

(b) あらゆるたばこの広告並びに適当な場合にはたばこの販売促進及び後援に当たり健康に関する警告若しくは情報又は他の適当な警告若しくは情報を付すことを要求すること。

(c) 公衆によるたばこ製品の購入を奨励する直接又は間接の奨励措置の利用を制限すること。

(d) 包括的な禁止を行っていない場合には、まだ禁止されていない広告、販売促進及び後援へのたばこ産業による支出について関連する政府当局に対し開示することを要求すること。 当該政府当局は、国内法に従い、当該支出の額を公衆に開示すること及び第二十一条の規定に従い締約国会議に開示することを決定することができる。

(e) ラジオ、テレビジョン、印刷媒体及び適当な場合には他の媒体(例えば、インターネット)におけるたばこの広告、販売促進及び後援について、五年以内に、包括的な禁止を行い、又は自国の憲法若しくは憲法上の原則のために包括的な禁止を行う状況にない締約国の場合には、制限すること。

(f) 国際的な催し、活動又はそれらの参加者に対するたばこの後援を禁止し、又は自国の憲法若しくは憲法上の原則のために禁止する状況にない締約国の場合には、制限すること。

5 締約国は、4に規定する義務を超える措置を実施することが奨励される。

6 締約国は、 国境を越えて行われる広告の廃止を促進するために必要な技術及び他の手段の開発について協力する。

7 特定の形態のたばこの広告、販売促進及び後援を禁止している締約国は、自国の国内法に従い、自国の領域に入る当該形態の国境を越えるたばこの広告、販売促進及び後援を禁止する主権的権利並びに自国の領域における国内の広告、販売促進及び後援について適用する制裁と同等の制裁を科する主権的権利を有する。 この7の規定は、いかなる制裁をも科することができることを認め又は承認するものではない。

8 締約国は、国境を越えて行われるたばこの広告、販売促進及び後援の包括的な禁止のために国際的な協力を必要とする適当な措置を定める議定書の作成について検討する。

たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約 - 外務省

以上のとおり、たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約では、締約国に次のことが求められる。

  • 包装及びラベルにおける「虚偽の、誤認させる若しくは詐欺的な手段又はたばこ製品の特性、健康への影響、危険若しくは排出物について誤った印象を生ずるおそれのある手段」の禁止
  • 包装及びラベルにおける「健康に関する警告」の義務化
  • 広告、販売促進及び後援における「虚偽の、誤認させる若しくは詐欺的な手段又はたばこ製品の特性、健康への影響、危険若しくは排出物について誤った印象を生ずるおそれのある手段」の禁止
  • 広告、販売促進及び後援における「健康に関する警告若しくは情報又は他の適当な警告若しくは情報」の義務化
  • 「公衆によるたばこ製品の購入を奨励する直接又は間接の奨励措置」の制限
  • 政府当局に対する情報開示の義務化
  • 「たばこの広告、販売促進及び後援」の包括的な禁止
  • 「国際的な催し、活動又はそれらの参加者に対するたばこの後援」の禁止

また、これらは締約国の裁量により一定程度の強化が認められている。 しかし、ブランドやロゴの規制を認める条文はない。 もちろん、ここに記載されていないことについても「たばこの煙にさらされることからすべての者を保護するため、適当な段階の政府において効果的な立法上、執行上、行政上又は他の措置」であれば認められよう。 しかし、それには、喫煙減少に効果があることを示す科学的証拠に基づいた規制か、あるいは、適正なリスク評価に基づいた暫定的措置であることが求められ、その条件を満たさなければ衛生植物検疫措置/貿易の技術的障害に違反する。 よって、そうした正当な理由がなければ、ブランドやロゴの規制を認められないし、それは規制を行なう政府側に立証責任がある。 言い替えれば、政府が、規制の正当な理由を立証すれば、Phillip Morrisの訴えは通らない。 負けが確実ならば多大な費用をかけても損になるだけなので、正当な規制ではないことを確信していなければ訴えを起こすことはあり得ない。 すなわち、本件は、喫煙減少のための正当な規制か、あるいは、その規制に偽装した外国企業差別か、が大真面目に争われている事例である。 決して、喫煙減少のための正当な規制にイチャモンをつけている事例ではない。

Eli lilly(Zyprexa)事件 

本件は医薬品承認を巡る係争ではなく、特許認定を巡る係争であることに注意する必要がある。

本件特許はEli lillyの統合失調症及び双極性障害治療薬であるZyprexa(一般名:Olanzapine)に係る選択発明の物質特許(カナダ特許第2041113号)である。 一審では、特許は無効と判断されたが、控訴審では有用性の判断方法に誤りがあるとして一審に差し戻した。 控訴審は、Promiseの認定とPromiseを満たしているかどうかの判断をするように指示し、差し戻し審で特許は無効と判断された。

差し戻し審でPromiseと認定されたのは、統合失調症の治療において、他の既知の抗精神病薬より、より良い副作用プロフィールと低用量で高活性を伴う実質的により良い効果である。

Eli lillyは、患者10人を対象に4週間オープンラベルの臨床試験は実施していた。 裁判所は、前臨床・臨床データは他の薬剤と比較して同等の活性を持ちながら比較的低い副作用を示したと認定したが、他剤と比較して同等の活性では不十分であり、動物試験・4週間の臨床試験では有用性を示すのに不十分であるとした。


最近カナダの裁判所は有用性要件について、特異な解釈を行っている。 多くの医薬品特許が有用性を理由として無効となっている。 さらに最近の有用性要件の適用はほぼ医薬品特許に限定されている。

他国と比較して要件が厳しく、特に有用性についてPromise of Patentを満たしてなければならないとする点において、 出願時点でPromise of Patentが示されるか、又は、Promise of Patentが確実に予想できること必要であり Promiseの認定によっては、その立証に長期間の臨床データが必要とされている。


カナダ裁判所の一連の判断において、有用性について何らかの Promise を記載したことで、多数の医薬品特許が有用性なしと判断されている。

Promiseは、特許明細書中に、出願時における技術水準に関係づけて適切に定義づけるべきとされており、有用性の証明については、出願時点で有用性が示されるか、又は、確実に予想できていなければならず、単なる予想であれば、それが仮に事後的に正しいものと判明したとしても不十分であるとされている。

しかしながらPromiseの判断基準が不明確である。 現状では、どのように判断されるのかは裁判をやってみなければわからない状況である。 また、カナダ知財庁が一端は特許を認めていることからも明らかなように、出願人からすれば特許出願時・登録時点では、この様な裁判所判断は想定できない。

一連の判断では、日米欧等では要求されない様なレベルで臨床データが要求されるため、出願時にそれだけの臨床データを準備する必要があるため、出願のタイミングを遅らせなければならないが、臨床試験開示義務のため新規性を失う恐れがある。 カナダだけのためにデータ取得後に出願することは非現実的である。

これに付随して、医薬品に関する後発品訴訟について、カナダには米国と似たパテントリンケージ制度があり、後発医薬品の承認禁止を求めるNOC訴訟(Notice of Compliance訴訟)がある。 特許権者がNOC訴訟で敗訴すると後発品が速やかに承認され、控訴したとしても、既に後発品が承認されたことを理由に控訴が棄却されてしまう。 特許権者がNOC訴訟に敗訴した場合、新たに侵害訴訟を提起する必要があった。

この問題は、カナダと欧州との間の包括的経済通商合意(Comprehensive Economic and Trade Agreement(CETA))において、改善されることが合意された。 今後はNOC訴訟で特許権者が一審で敗訴した場合でも控訴審で実質的に審理されるようになる見込みである。


一連の特許無効の裁判所判断に基づき、Eli lillyは、2012年11月7日に、カナダ政府に対しNAFTA11章(投資章)による仲裁の申し立てを行った。 詳細は不明であるが、その申し立て理由は以下のようである。

  • 公正待遇義務違反(第1105条)
    カナダの裁判所が、有用性について新たに要件を追加し、特許性判断基準を定めた。その結果、知財庁で認められた特許が無効になり、同社の期待を損なった。
  • 内国民待遇違反(第1102条)
    国内企業に提供しているのと同等の取り扱いを外国人投資家に提供しなければならないが、カナダ裁判所はカナダのジェネリック企業に便宜を図るため、特許を無効とした。
  • 投資非収用義務違反(第1110条)
    特許を無効にすることは、NAFTAの投資非収用義務違反に該当する。

これらの内、Eli lillyの主張が最も認められる可能性のありそうな理由は公正待遇義務違反(第1105条)であろうと考えられる。

特許は知財庁により登録されかつ登録時点では日米欧等では要求されない様なレベルの臨床データが裁判所で要求され特許が無効にされることは、出願人からすれば想定できず、出願人の期待を損なったと言えそうである。

また、後発医薬品の価格が先発医薬品の数分の1から半額程度ではあってもカナダのような国民皆保険制度のある先進国であれば、裁判所判断に医薬品アクセスに関する公益上の合理的な理由も見出しがたい。 さらに特許が無効とされているのは、ここ最近では医薬品が他分野に比べて圧倒的に多い状況にある。 2005年から2012年の中途までの数字では、有用性で無効となった特許件数は64件程度であるが、そのうち医薬品特許は58件で、圧倒的に多数を占めている。

製薬産業としては、本仲裁がどのように判断されるか注目していく必要がある。


カナダにおいても近年、特許性要件をめぐる制度上の変動があり、これに対して米国のEli Lilly社(以下EL社)が、カナダを投資仲裁に提訴するという事態に発展した。 本件の仲裁判断はいまだ発出されていないが、EL社側の弁論書面は入手可能であるため、以下ではこれに沿って、問題の概要を把握することにしたい。

EL社の主張によれば、カナダの裁判所が特許無効訴訟における審査の基準を2005年から突然変更して厳格にし、同社の医薬品特許を無効とした。 この新たな特許審査基準は、特許出願時に、当該発明の「有用性の裏付け(promise of utility)」の立証を高い水準で求めるものである。 しかし、他の諸国では、例えば医薬品の発明における有用性の証拠として、出願時に詳細な臨床試験のデータまで要求することはなく、カナダの基準は国際的に見て極めて厳格なものである。

そこでEL社は、このカナダの新たな有用性要件がNAFTA投資章に違反するとして、2012年11月にUNCITRAL仲裁規則に基づく仲裁を提起した。 具体的な主張としては、この有用性要件が、(i)恣意的で予見可能性の低い運用がなされ、(ii)有用性の立証に不必要に高いレベルを要求し、(iii)出願時に高度な開示を求める、という点で公正衡平待遇に違反するという。

また、EL社によれば、NAFTAの知的財産章は、TRIPS協定27条と同様に、「産業上の利用可能性」のある発明に特許を付与すべきことを定めており、それに反する厳格な特許要件を導入したカナダは、投資家の「正当な期待」を損なったという。 さらに、有用性要件に基づく特許無効がここ数年だけで18件も発生し、それらは全て医薬品である。 これは、他分野と比べ差別性・恣意性があるため、公正衡平待遇に違反するという。


それでは、上記のEL社の主張が、公正衡平待遇の判断枠組みに照らして、どの程度認められる可能性があるかを考察してみたい。


次に、本件において公正衡平待遇違反が認められる可能性のある論点について分析する。 第1に、有用性基準の厳格化は、その目指す政策目的との関係において、合理的な規制手段の範囲に収まっているか。 すなわち、政策目的と規制手段の間の関連性・均衡性を問う議論である。 これも前述のように、カナダの有用性基準が政策として明らかな不合理性・理不尽さを含んでいるかがポイントとなる。 一つの見方としては、臨床試験の結果も含めた医薬品の実用可能性の判断は、特許出願段階よりも、新薬認可の段階で行われるべきであり、それで十分に安全性や公衆衛生向上といった目的も達成されうるのではないか。 特許性要件としての有用性の審査においてこうした要素の厳密な証明を求めることは、発明者の権利保護を目的とする特許制度の趣旨とはそぐわない可能性がある。 ただ、この点をもってカナダの有用性要件が明らかに不合理だと主張するためには、やはりこの分野の専門的知見に基づく高度な論証が必要となろう。

『国際知財制度研究会』報告書(平成25年度) - 一般財団法人知的財産研究所


この事案では、Lillyがステラテラとジプレキサに関する判決だけでなく、カナダの特許法や判例法自体について、国際法上の義務違反を訴えている点が注目される。 その主張は以下の通りである。 カナダの特許法は、他の多くの国と同じく、特許付与の要件の一つとして有用性(産業上の利用可能性)を明記しているが、近年、カナダの裁判所は医薬品の有用性について厳しい判断を示すようになっている。 すなわち、通例は「僅かな有用性(scintilla of utility)」で足りるが、特許明細書に何らかの「見込み(promise)」が記載されている場合、あるいは、「見込み』が含まれていると解される場合には、当該発明の有用性の有無は、その「見込み」に関して判断される("promise doctrine"と呼ばれる)。 そして、出願人は特許出願時に、その「見込み」を「明示するあるいは十分に裏付ける(demonstrate or soundly predict)」データを提出しなければならない。 前述のステラテラの有用性について、カナダ連邦裁判所は、LillyがストラテラのADHDに対する長期的な効果を見込んでいるにもかかわらず、出願時に提出したデータに示されている臨床試験はケース数が少なく期間が短いので、有用性の要件を充たさないと判断した。 また、ジプレキサについても同じくpromise doctrineの法理に基づき、他の医薬品に比べてより少ない副作用によって統合失調症を治療できるという見込みを裏づけるデータが開示されていないとして、その特許性を無効とする判断が示された。

Lillyは、以上のような有用性の厳しい解釈("promise doctrine")がカナダの裁判所で確立しつつあり、さらにはそのような判例法の確立をカナダ政府が黙認するのみならず特許行政に取り入れる動きを示していると主張している。 そして、このようなカナダ政府の措置は、NAFTA上の投資に該当するLiliyの投資財産を損なうものであり、NAFTA第11条違反であると訴えている。 すなわち、promise doctrineは、カナダの特許法からは導き出せない論理であり、少なくとも投資設定の時点には予測できないものだった。 それにもかかわらず、Lillyの特許が期間満了前に無効になったことは、直接的かつ間接的な収用(NAFTA第1110条)に該当し、公平・衡平待遇や十分な保護と保証、内国民待遇を与える義務(NAFTA第1105条)に反すると主張している。 なお、Lillyはカナダ政府によるNAFTA第11章違反を訴えるのみならず、NAFTAの特許に関する条項(NAFTA第1709条など)、TRIPs協定(第27条(1)など)、特許協力条約(Patent Cooperation Treaty:PCT)(第27条(1)など)といった他の国際条約上の義務に反しており、 さらには、米国や欧州において一般的な特許法の解釈からも逸脱していると主張している。

特許研究PATENTS STUDIES No.57 2014/3 - 独立行政法人工業所有権情報・研修館

重大な論点をまとめる。

  • 特許制度と医薬承認制度は全く別物
    • 特許認定上は偽物の特許を認めても何ら不都合はない(登録料で政府が儲るだけ)
    • 医薬承認には効果や副作用の厳格な証明が必要
  • 出願時点で「確実に予想できること必要」として「事後的に正しいものと判明したとしても不十分」は極端に厳しい
    • データ取得による出願時期の遅れで新規性要件(特許認定の要件の1つ)喪失の恐れ
    • カナダだけのためにデータ取得後に出願することは非現実的
  • カナダの有用性要件は他の国にはない特殊なやり方
  • カナダの有用性要件はカナダ国内の特許法上の根拠がない
    • 裁判所の独自判断
    • 判断基準が不明確
    • カナダ行政府も追認
  • 何故か、医薬品の特許だけ狙い撃ち
    • 特許無効を申し立てているのは後発薬メーカー?
    • 有用性を認めていなければ特許無効の申立ての動機が成立しない
  • 複数の国際法違反として提訴
    • NAFTA第11章、第1709条違反
    • TRIPs協定第27条(1)等違反
    • PCT(特許協力)条約第27条(1)等違反
    • 米国や欧州での一般的な特許法解釈からの逸脱

このカナダの裁判所が下した有用性要件は、合理的必要性が乏しく、特許制度を事実上無効にするに等しい。 特許は発明を公開することと引き換えに一定期間の発明者の独占権を保護する制度であって、発明の真贋を保証する制度ではない(特許療法参照)。 医薬品に関しては、承認制度によりその効果や副作用が担保がされる。 ゆえに、特許認定においてカナダのような厳しい有用性要件を設ける必要性は何処にもない。 また、特許制度が時限的措置であるという性質上、長期的なデータの提出を求めることは制度の趣旨に合わない。 過剰な証明を求めれば、特許制度そのものを潰すようなものである。 もしも、日本の特許制度にカナダと同様の有用性要件が設けられたら、ドラッグラグ・未承認薬問題は今よりも遥かに深刻なものとなり、患者にとっての不利益は莫大なものとなろう(ドラッグラグ・未承認薬の本質と改革案参照)。

また、特許制度が各国で違うことは各国の経済発展にとって不利になる。 だから、各国は、様々な条約等で制度の共通化を図ろうとしている。 米国も自国特有の先発明主義(先出願主義が一般的)を他国に合わせようと歩み寄りの姿勢を見せている。 その流れに反して、合理的必要性もないのに、独自の有用性要件を設けるのは、時代錯誤も甚だしい。 確かに、特許制度をどのように設計するかは各国の裁量である。 しかし、自由貿易協定や投資協定で、不合理で予測不可能な規制は導入しないと約束した以上、その約束を守る義務がある。 独自の制度を導入したいのであれば、その制度を導入しなければならない理由を明確に説明すべきだろう。 そうした手続を踏まずに、国内法にない裁判所の独自解釈が慣例化し、それを黙って追認するのであれば、行政府に重大かつ明確な落ち度が認められる。

そもそも、特許無効の申立てで有用性の有無を判断していることが不自然である。 裁判で争っているからには、原告が存在するはずだが、それでは原告は誰なのか。 特許が無効になって利益を得るのは後発薬メーカーであるから、後発薬メーカーが訴えていると推測できる。 では、後発薬メーカーは、何故、特許無効の申立てをするのか。 それは、医薬品に有用性を認めているからである。 有用性がなければ、特許無効を申し立てても自社の利益には繋がらず、申立ての動機が成立しない。 しかし、特許無効を申し立てる根拠が有用性の否定では、動機と根拠が真正面から矛盾している。 有用性を否定すれば訴えの利益もなくなるから、訴えの利益のない提訴を認めない日本の裁判であれば、有用性の有無を判断するまでもないとして申立てを却下するだろう。 有用性に厳しい基準を設けてまで申立てを認めたカナダの裁判所は、協定上の履行の義務を反故にして国内の後発薬メーカーを保護する意図があったのではないか。 であれば、これは、明白かつ意図的な協定履行義務違反となる。

濫訴事例 

Europe Cement事件およびCementownia事件 

そうした例として、ICSID追加制度に基づくEurope Cement対トルコがある。 この事例では、トルコによるコンセッション契約の終了がエネルギー憲章条約に違反すると主張された。 申立人はポーランドの株式会社であるEurope Cement社であり、この契約に関係していたトルコ2会社の株式を所有していたことを管轄権の基礎として援用した。 これに対して被申立国側が、申立人が当該株式を所有していることを証明できていないと反論したところ、申立人は転じて本件仲裁手続の中止を求めたが、被申立国が反対したため手続は継続した。 その後の審理において申立人は、管轄権の根拠であるトルコ2会社の株式を証拠として提出できないことを認め、仲裁廷の管轄権が欠如していると自ら主張した。

仲裁廷は、訴訟費用の全額(仲裁機関への費用として約26万ドル、被申立国側の弁護費用として約390万ドル)を申立人が負担するように命じ、その趣旨として次のように述べた。

「全費用を申立人の負担とすることは被申立国が管轄権の主張のない請求を防御しなければならなかったことをいくらか補うことになり、他の者がこのような賞賛されない請求を行うことを防止するであろう。」

このことから、仲裁廷としても明らかに主張の根拠を欠く投資家による濫訴の危険を理解しており、これを防ぐ方策として被申立国の弁護費用の全額負担を申立人に命じているのである。

ISDS条項批判の検討 - 京都大学法学部P.51


Europe Cement事件およびCementownia事件では、投資財産の立証に係わり、申立人による詐欺行為および訴訟手続の濫用が問題になった。

仲裁廷はいずれの判断においても、申立人の立証不十分ではなく、投資財産または投資家の不存在と申立人の手続濫用を宣言し、証拠が揃えられた後に国際裁判所に再び申立が付託される余地を排除した。

申立が詐欺的行為で手続濫用を構成する場合、被申立人に対して如何なる救済が認められるであろうか。 両判断はいずれも精神的損害賠償を否定し、理由づけ、結論および費用に関する判断等それ自体が救済に相当するとした。 Europe Cement事件判断は、精神的損害賠償が認められるのは、投資家に対して物理的強制があるような例外的状況においてであると指摘し、被申立人が被った評価の毀損は、サティスファクションに相当する、理由づけ、結論および費用に関する判断によって救済されるとした。 Cementownia事件判断は、前述の例外的状況に加え、当該請求がBITの条文等に依拠する必要があるとし、手続濫用といった一般的な原則が精神的損害賠償を付与する十分な法的基礎を構成しうるかどうかは疑わしいと述べた。 さらに、精神的損害賠償は権限濫用に対する非難の表明を目的とするものと考えられるが、本件においては、費用の分配を通じて申立人に制裁を付与する方が適切であるし、詐欺的申立の宣言を認容することで、その目的は既に達成されているとした。

申立が「明白に正当な理由のない」ものであることを宣言せよとの被申立人の請求については、判断が分かれた。 Europe Cement事件判断は、仲裁廷が管轄権を欠くとの判断で十分であるとして否定した。 それに対し、Cementownia事件判断は、申立人に加え、申立人が株式を取得したとする相手方(Uzan氏)の行為も手続濫用を構成すると指摘した上で、ICSID仲裁その他の国際裁判所に再び申立が提起されることを防止するために当該宣言は正当化されるとして認めた。

費用に関し、両判断はいずれも詐欺的申立を付託した申立人に手続の全費用を支払うよう命じた。 費用の全額負担は、両判断において、前述したように精神的損害賠償の役割を果たすものと評価されている。

平成21年度投資協定仲裁研究会報告書 VIII2009年投資協定仲裁判断動向 - 経済産業省P.135

株式所有を証明しろと言われて、証拠を提出せずに仲裁手続の中止を求めるのは不自然である。 これは、他人の会社を自分の会社と偽って提訴し、それがバレそうになると、途端に仲裁手続の中止をしようとしたが、被申立国はそれを許さず、仲裁判断により、申立人に対して訴訟費用の全額負担を命じた事例に見える。 事実関係は定かではないが、賠償金をだまし取る目的の濫訴に対して、一定の歯止めをかける仲裁判断であったとは言えるだろう。

勝率 

ところで、このページの下のほうの、「3.個別交渉分野に関する資料」の最下段にある「投資仲裁の事例(平成23年10月25日)」を見たら、実に興味深い内容だった。


たった6ページの資料なので、実物を見てもらったほうが早いとは思うが、簡単にまとめておこう。 NAFTA(北米自由貿易協定)は、米国・カナダ・メキシコの3カ国が締結国である。 よってISD条項を行使するのは、この3カ国の企業である。また、提訴されるのはこの3カ国の政府である。 その組み合わせは、以下の6パターンとなる。

  • (1)米国企業vsカナダ政府
  • (2)米国企業vsメキシコ政府
  • (3)カナダ企業vs米国政府
  • (4)カナダ企業vsメキシコ政府
  • (5)メキシコ企業vs米国政府
  • (6)メキシコ企業vsカナダ政府

このうち、米国が関わっているのは、(1)(2)(3)(5)の4パターンだが、それぞれの勝敗状況はといえば‥‥

  • (1)米国企業vsカナダ政府
    米国企業5勝、カナダ政府1勝、不明1件、係属中(未結審)9件、計16件
  • (2)米国企業vsメキシコ政府
    米国企業3勝、メキシコ政府6勝、不明2件、係属中(未結審)3件、計14件
  • (3)カナダ企業vs米国政府
    カナダ企業0勝、米国政府6勝、係属中(未結審)8件、計14件
  • (5)メキシコ企業vs米国政府
    係属中(未結審)1件、計1件

TPP反対派の誇張を駁す。 - イザ!

既にデマを見抜いている人には「ああ、やっぱりね」という内容だろう。 デマに騙されている人は「米国政府が負けなしなら、やっぱり陰謀じゃないか」と言い出すのだろう。

決着がついたものだけを見ると、米国企業は8勝7敗で勝率は5割強しかない。 米国企業の勝ちには和解による賠償2件が含まれているので、これを除くと、米国企業は6勝7敗と負け越している。 米国政府の勝率が高いが、これは、米国政府が規制を慎重に検討していることで十分に説明がつく。 それでも0敗は出来過ぎと思うかも知れないが、決着がついたものがたった6件しかないのでは、それも誤差の範囲内でしかない。 以上のとおり、勝率を見る限りはおかしな所は何も見当たらない。

仲裁判断で企業が勝って政府が負けるのは、政府側に協定違反があったと認定されたからである。 また、仲裁判断で企業が負けて政府が勝つのは、政府側に協定違反がなかった、あるいは、協定違反の影響がなかったと認定されたからである。 つまり、政府の勝率の妥当性を論じるには、それぞれの政府が協定違反を行なったのかどうかを調べなければならない。

仲裁判断でカナダ政府やメキシコ政府が負けているということは、それらの事例では協定違反が認定されたことを意味している。 仲裁判断が信用ならんと言うなら、各国が自分で違反を認めた事例を見ればいい。 (1)の「米国企業5勝」に和解事例3件が含まれている(「TPP反対三馬鹿トリオ」に有利にカウントしている)。 和解事例のうち2件は賠償金を支払っている。 残り1件は和解内容が不明だが、賠償金を全く払わずに和解が成立するとは思えない。 賠償金を支払うということは、政府側が自らの非を認めたわけである。 つまり、カナダ政府が自ら協定違反を認めた事例が存在する。 経済産業省の資料には、メキシコ政府が自ら協定違反を認めた事例が記載されている。

(3)Feldmann事件

メキシコでタバコの輸出業を営む米系企業(CEMSA)が、従来は消費税還付を受けていたが、制度変更によって生産業者から直接タバコを仕入れた輸出業者のみが消費税の還付が受けられることになったために、小売り業者から仕入れていたCEMSAへの消費税還付は認められなくなり、この点が問題化した。

仲裁廷は、「同様の状況の下」にある会社の母集団は、タバコの再販売/輸出事業を営むメキシコおよび外国系企業であるとし、そのうえでメキシコ系企業を優遇したと判断し内国民待遇待遇違反を結論した。

この事件でタバコの再販売/輸出事業を営むメキシコおよび外国系企業を「同一の状況の下」にあると解釈したのは、メキシコ政府がこの主張に同意したためである。本件は、「同一の状況の下」にあることが肯定されれば、内国民待遇違反は当然に認定されるケースであった。

平成20年度投資協定仲裁研究会報告書III内国民待遇違反を決定する要因は何か - 経済産業省P.38

以上のとおり、カナダ政府やメキシコ政府が協定違反をした事例があることは明らかだろう。 だから、カナダ政府やメキシコ政府は負けることがある。 では、米国政府はどうか。 これについては資料が見当たらなかったので何とも言えない。 ただ、米国政府がこれまで一度も協定違反を犯していないなら、無敗のままであっても、何ら不自然なことではない。 つまり、米国政府の6勝0敗という勝敗数だけから、米国政府に有利な仕組みがあると結論づけることはできない。

ニコニコ大百科への反論 

MMT安全性評価へ移動。

総合案内

法律

政治

経済

外交

中立的TPP論

外部リンク