ISD条項

前書き 

中立かつ客観原則 

ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。

TPP総論 

長期的視野では話は別だが、短期的視野で見ればTPPに参加するかしないかは大きな問題ではない。 それよりも、TPPとは全く無関係な混合診療完全解禁がもたらす患者の治療機会喪失の危険性やイレッサ訴訟の行く末によるドラッグラグ・未承認薬問題の悪化の方が、遥かに大きな問題であろう。 だから、TPPよりも重要な争点において国民に不利益をもたらす政策を党員に強要する日本維新の会は落選運動の対象とせざるを得ない。 混合診療の完全解禁を公約とする日本維新の会およびみんなの党には一切の主導権を握らせてはならない。 そのためには、これらの党に対する落選運動が必要なだけでなく、与党とこれらの党との連携も絶対に阻止しなければならない。 具体的運動の詳細は自民党への抗議方法を見てもらいたい。

京都大学法学部ゼミ生共同論文 

京都大学法学部2012年度前期演習(国際機構法)の論文ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか―(濵本正太郎教授監修)は非常に良くまとまっているので一読をお勧めする。

ネットを賑わすデマ 

ここではネットを賑わしているデマの一つ一つについての種明かしせず、ISD条項の真の姿がどういうものであるかの解説に努めたい。 デマの真相についてはISD条項憲法違反論への反論中野剛志准教授らによるISD条項デマISD仲裁事例ISD仲裁想定事例を見てもらいたい。

中野剛志准教授らによるISD条項デマを見てもらいたい。

ISD条項以外のTPP一般のデマについてはTPPの手続TPPの一般原則TPPの金融・投資TPPと輸出TPPと他国TPPと安全TPPと医療TPPと国内産業・雇用・賃金TPPと政府調達TPPと経済界・政治家TPPと経済・貿易TPPと米韓FTA毒素条項?人命・環境保護内国民待遇公正衡平待遇義務間接収用非違反提訴(NVC条項)スナップバック条項ラチェット規定未来最恵国待遇ネガティブリストTPPと米国国内法を見てもらいたい。

世界的に、自由貿易協定についての一定の論争があるのは事実である。 しかし、一部のトンデモ論者を除いて、ISD条項が危険だという話にはなっていない。 世界が成長の過渡期にあるため、商業のあらゆる分野での正確な将来予測をすることは難しい。 それ故に、条約・協定の締結後に想定外の問題が発覚することがある。 だからこそ、そうした問題に関する論争が発生して、それが最終的に条約・協定の欠点の解消につながっているのである。

それに対して、一部のトンデモ論者は、原典中の重要事実を隠蔽したり、物事を混同させて原典にはない“事実”を捏造したりする。 それは、あらゆる分野におけるトンデモ論者の常套手段である。 とくに、言語の壁のために、原典にあたって事実関係を検証することが難しい東洋では、こうした捏造に騙されやすい。 医療分野では、偽療法擁護論などで良く悪用されており、マクガバン・レポートや「統合医療」など、欧米の実態について嘘を紹介している事例は非常に多い。 TPP関連でも、自由貿易と失業率に関する嘘遺伝子組換の研究に関する嘘米韓FTAの内容に関する嘘等、様々な嘘に利用されている。 言語の壁は、こうした嘘を見抜き難くしている。

最後に少し補足しておくが、ネット上では「安全だという根拠がないから危険だ」と騒いでいる者がいるが、そんなことを言い出したら新しいことは何もできなくなる。 中野剛志准教授らが流布するデマには、一応の根拠らしきものは提示されているから、主張に必要な形式だけは整っている。 ただし、その根拠らしきものが明らかな間違いであることは、先に示したリンク先で詳しく説明したとおりである。 とくに、中野剛志准教授はその間違いを自覚しながら主張しているフシがあるので極めて悪質であるが、それはここでは一先ず置いておく。 それに比べて、根拠を示して主張するという形式さえ満足しない「安全だという根拠がないから危険だ」という主張は箸にも棒にも掛からない妄言である。 事実、内国民待遇公正衡平待遇義務間接収用のいずれの仲裁判断事例においてもおかしな判断は見られないし、人命・環境保護も認められている。 一部分の文言だけ切り出せば一見するとおかしな判断基準を採用しているかのように見える仲裁判断事例もあるが、全体を見れば、いずれも、妥当な判断内容である。 たとえば、「規制の目的を考慮する必要はなく、規制の効果の程度だけで判断する」としているように読める文言があっても、実は、規制の目的の不当性についてちゃんと言及しているから、不当な規制の賠償を命じた事実が読み取れる。 既に400件以上の仲裁判断事例が積み重ねられているが、その中で、明らかに不当な判断をくだした事例は1例も指摘されていない。 仮に、今後、不当判決が生まれる可能性があるとしても、そのたった1件の不当判決を避けるために、400件以上の妥当な判決を無視して、弱者救済の手段を潰して強者を守るべきという主張は明らかにおかしい。

国際投資仲裁とは? 

ISD条項に基づく国際投資仲裁は、条約・協定の当事国政府が条約・協定に違反することによって生じた損害に対する賠償を第三者機関が判断する制度である。 当然のことであるが、自ら条約・協定に拘束されることに同意した以上は、当然、約束を遵守しなければならない。 これを国家主権の侵害・治外法権だとして文句を言う者がいるが、交わした約束を守るのは当然のことであろう。 無断かつ一方的に約束を破る権利がないことを国家主権の侵害・治外法権と表現することは、「窃盗権や殺人権がないことは基本的人権の侵害だ」と言うに等しい。 国家間会合で交渉し、国会承認で締結(条約・協定に拘束されることへの同意)するかどうか選択することが国家主権の行使なのである。 止むを得ない理由がある場合に約束違反が免責されることはあっても、無断かつ一方的に約束を破る権利などがあろうはずもない。 そして、止むを得ない例外理由に該当する類型も条約・協定で具体的に規定できるし、どのような例外理由を設けるかを決めることが国家主権の行使である。

  • 交わした約束は守らなければならない
  • 守れない約束は交わさなければよい
  • 交わす約束の内容についてはじっくりと話し合えば良い

これは、常識論だけでなく、ウィーン条約法条約にも明記されている。

第二十七条 国内法と条約の遵守

当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。 この規則は、第四十六条の規定の適用を妨げるものではない。


第四十六条 条約を締結する権能に関する国内法の規定

1 いずれの国も、条約に拘束されることについての同意が条約を締結する権能に関する国内法の規定に違反して表明されたという事実を、当該同意を無効にする根拠として援用することができない。 ただし、違反が明白でありかつ基本的な重要性を有する国内法の規則に係るものである場合は、この限りでない。

2 違反は、条約の締結に関し通常の慣行に従いかつ誠実に行動するいずれの国にとつても客観的に明らかであるような場合には、明白であるとされる。

条約法に関するウィーン条約 - 東京大学東洋文化研究所田中明彦研究室

例外として、「条約に拘束されることについての同意」が「条約を締結する権能に関する国内法の規定に違反」した場合だけ、「当該同意を無効にする根拠として援用」可能となる。 例えば、日本では、条約・協定の締結に国会承認が得られない場合は、ウィーン条約法条約のこの規定が適用可能である。 というのも、日本国憲法第七十三条第一項第三号により「事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要」となっているからだ。 つまり、日本では、日本国憲法第七十三条第一項第三号が「条約を締結する権能に関する国内法の規定」であり、これは憲法において条約締結の最低限の必要条件を示したものなので、「基本的な重要性を有する国内法の規則」である。 そして、豪州のような例外はあるものの、米国や英国でも批准に議会の承認等の手続等を必要としており、そうした手続を要することは「条約の締結に関し通常の慣行」であろう。 また、議会の記録等に捏造の疑いでもない限り「客観的に明らかである」ことは明らかであろう。 よって、条約・協定の締結に国会承認が得られない場合、ウィーン条約法条約第46条第1項ただし書きにより、日本国憲法を「当該同意を無効にする根拠として援用」することができるのである。 言い替えると、国会承認を得ているなら、唯一の例外規定を適用できないので、「条約の不履行を正当化する根拠」として「自国の国内法を援用することができない」。

現実問題として、条約・協定に実効性を持たせているのは各国の国内法であるから、国内法を援用して条約・協定を履行しないよう一定の時間稼ぎは可能であろう。 だが、このようなやり方が通用してしまえば、条約・協定は全て骨抜きにされて協調的国際関係が根本から崩れてしまうから、他の全ての国が黙ってはいない。 その場合は、WTO紛争解決手続等に紛争解決が付託されることになることが予想され、国際紛争仲裁機関はウィーン条約法条約および国際慣習法を採用すると考えられる。 ウィーン条約法条約には批准していない国もあるが(たとえば、ウィーン条約法条約参加国リストでは米国は署名のみで批准していない)、ウィーン条約法条約は国際慣習法を法典化したものであり、前文では 自由意思による同意の原則及び信義誠実の原則並びに「合意は守られなければならない」との規則が普遍的に認められていることに留意 条約法に関するウィーン条約 - 東京大学東洋文化研究所田中明彦研究室 と、次の3つの原則が既に国際慣習法として確立していることを指摘している。

第094回国会参議院本会議においても、外務委員長が 主として国際慣習法として形成されてきた条約法、すなわち、国家間の条約の締結、効力発生、適用、解釈、無効、終了、運用停止等に関する規則を統一し、法典化したもの 第094回国会参議院本会議第21号会議録情報秦野章外務委員長発言 としているとおり、ウィーン条約法条約は従来の国際慣習法を法典化したものに過ぎない。 平成15年版外交青書第3章分野別外交第5節国際法規範の形成に向けた取組 - 外務省にも同様のことが記載されている。 以上により、ウィーン条約法条約未批准を理由として国内法を援用して条約・協定を反故にする権利があると主張しても、その主張を国際紛争仲裁機関が認める余地はほぼない。 結局の所、国内法援用という伝家の宝刀を抜いても、国際紛争仲裁機関の結論が出るまでの時間稼ぎが関の山であり、その代償として国際社会の信用を大きく損なう。 これは、事実上、北朝鮮のように初めから国際社会の信用が全くない国にしかできない裏技であろう。

ISD条項とは? 

その条例・協定における国際投資仲裁の手続に関する特記事項を記載したものがISD条項である。

  • どのような内容の紛争に適用できるか(最近のISD条項では時間管轄=紛争の発生時期についても規定している場合がある)
  • どの仲裁規則を適用するか
    • ICSID条約
    • ICSID追加規則
    • UNCITRAL仲裁規則
    • ICC仲裁規則
    • SCC仲裁規則
  • 対象条約・協定以外の適用法の指定(国際慣習法が適用法に指定されることが多い)
  • その他、仲裁規則の例外事項等

ISD条項は手続に関する条項であるので、適用法の内容については記載されていない。 良くある誤解として、次のような内容がISD条項に含まれるとするものがあるが、これらはISD条項とは別個の条項である。

これらが別個の条項であることは投資協定の現状と今後の進め方 - 経済産業省に解説されているし、具体的条文を見てもそうなっている。 例えば、NAFTA第11章では内国民待遇条項は第1102条、公正衡平待遇条項は第1105条第1項、収用制限補償は第1110条でそれぞれ規定されており、アンブレラ条項の明確な規定はない。 それに対して、ISD条項はSection B "Settlement of Disputes between a Party and an Investor of Another Party(国と他国投資家の間の紛争解決)"(第1115条〜第1138条)で規定されている。 米韓FTA第11章においても、内国民待遇条項、収用制限補償等はSection A"Investment"によって規定されていて、Section B"Investor-State Dispute Settlement(投資家−国家紛争解決=ISD条項)"とは別になっている。

よって、内国民待遇条項、アンブレラ条項、公正衡平待遇条項、収用制限補償等に対する不服をISD条項の問題として語るのは間違いである。

問題発生と解決法 

政府以外の者による協定違反であれば、政府が制裁を実行することが可能である。 しかし、当の政府自身が協定違反を行なった場合はどうすれば良いのか。 ISD条項がなければ、政府による協定違反の被害者は泣き寝入りするしかない。 協定違反は許されない行為であるが、ISD条項がなければ、政府による協定違反は事実上やり放題になってしまう。 ISD条項は、そうした政府による協定違反に対する賠償と抑止力として機能する。

よく、ISD条項のせいで政府が協定に違反する主権を行使できなくなると主張する者がいるが、それは大きな誤りである。 協定にISD条項が置かれていなくても、協定違反は許されない行為であり、各国政府には協定に違反する主権などない。 つまり、協定違反が問題なのであって、それは、ISD条項の問題ではない。 ISD条項に基づく国際投資仲裁によって問題が表面化したケースは、他の条項によって発生した協定違反問題をISD条項が解決した事例である。 これをISD条項の問題として捉えるのは明らかな誤りである。

条約・協定に拘束されること 

既に述べた通り、交わした約束は守らなければならないし、守れない約束は交わさなければよい。 しかし、陰謀論に惑わされて、あたかも、嫌々、不平等条約を結ばされるかのようなことを言って、条約・協定に拘束されることが理不尽だと主張する者もいる。 もちろん、そのような不平等条約は非現実的な寝言以外の何物でもない。 前書きにも記した通り、このページはISD条項の真の姿の解説を目的としており、原則、そうしたデマの類いの検証は別ページに分割している。 とは言え、条約・協定の妥当性は、ISD条項の妥当性とも関わってくるので、少しだけ説明することとする。

サンフランシスコ講和条約以降、現代において、日本が武力で脅されて条約・協定を締結させられたり、させられそうになった歴史的事実はない。 そして、平和的外交交渉の末に締結した条約・協定であれば、その国の意に反して所謂「不平等条約」を締結させられることは起こり得ない。 何故なら、TPPの手続に書いてあるとおり、国際交渉からはいつでも離脱できるからだ。 詳細はウィーン条約法条約を見てもらいたい。

環太平洋戦略的経済連携協定に書いてあるとおり、一方の国が他方を搾取するような関係を結ぼうとしても、当然、搾取される側が逃げ出すに決まっている。 各国の自発的意志で交渉に参加している以上、win-winの関係が期待できない外交交渉はまとまる余地がない。 そして、win-winとなるためには、 社会全体の「パイの大きさ」 Wikipedia:厚生経済学 を増やすプラス・サム(和)が必須条件となる。 自由貿易協定は、参加国の利益の総和を増やす目的で締結するのである。

プラス・サムを前提とするならば、参加国は多い方が、一国当りの利益も大きくなる。 だから、他の参加国に逃げ出されるよりは、少しの利益を与えて引き止めた方が得になる。 当然、各国の代表は、自国の都合で交渉を有利に進めようとする。 しかし、一切譲歩しない姿勢では、他国が逃げ出して、結果、イソップ寓話「欲張りな犬」になりかねない。 繰り返すが、他の参加国に逃げ出されるよりは、少しの利益を与えて引き止めた方が得になるのだ。 交渉が決裂するくらいなら、適度な所で譲歩した方が、お互いにとって得になる。 それが分かっていて、尚、妥協できないときは、最終的に交渉が決裂する。 しかし、どのような結果になろうとも、平和的外交交渉である限り、搾取関係は生まれ得ない。 お互いにとって得になる(見込み)か、交渉が決裂するかの、いずれかしかないのである。

以上が理解できない人は、非現実的な搾取関係を思い描いてしまう。 そして、そうした搾取関係が現実にあり得ないことに気付いていない人は、平気で頓珍漢なことを言う。 TPP等においては米国陰謀論などの馬鹿げた話も良く聞く。 確かに、米国は自国の都合を前面に押し出してくるが、それは何処の国にも多かれ少なかれ見られる傾向である。 というより、自国の都合を全く主張しないとしたら、それは国の代表失格であろう。 そして、他の国に望んで虐められたがる国が存在するわけがない。 米国はTPPに後から参入した国であるから、少なくとも、TPPが米国に虐められたがる国の集合でないことは明らかだろう。 だから、米国一国の思惑によって国際交渉が完全に支配されることはあり得ない。

以上のとおり、嫌々、不平等条約を結ばされることは、少なくとも現代においてはあり得ない。 自国にとって締結したくない条約・協定であれば、拒否すれば良いのであり、かつ、制度上、容易に拒否することができるのである。 よって、不平等条約を口実として、条約・協定に拘束されることに不服を言うのは見当違いも甚だしい。 寝言は寝て言えと言う他ない。

尚、先にも述べた通り、ISD条項のデマの真相については、中野剛志准教授らによるISD条項デマを見てもらいたい。 ISD条項以外のTPP一般のデマについてはTPPの手続TPPの一般原則TPPの金融・投資TPPと輸出TPPと他国TPPと安全TPPと医療TPPと国内産業・雇用・賃金TPPと政府調達TPPと経済界・政治家TPPと経済・貿易TPPと米韓FTAを見てもらいたい。

条約・協定違反の基準 

条約・協定違反を考えるには、条約・協定の解釈について考える必要がある。 しかし、条約・協定は何から何まで事細かく決めているわけではなく、大枠についての原則を決めている場合が殆どである。

そもそも、第三者機関である仲裁廷に条約の解釈を任せたのは国家自身に他ならない。 国家は仲裁廷に、簡潔な文言の解釈により義務内容を明確にし、柔軟な判断により個々の事案に対して妥当な判断を下すという重要な役割を与えたのである。 ゆえに、仲裁廷がこの役割を忠実に履行している限り、仲裁廷が国家主権を脅かすという批判は妥当しないことになる。


仲裁廷の判断が食い違った原因は例外条項の曖昧な規定ぶりにあり、仲裁廷に解釈が殆ど丸投げされてしまったことにある。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P24,47

このような曖昧な規定となるのは、全ての物事を事前に正確に予測することが難しいからである。 とくに、投資ビジネスモデルについては、政府関係者の予想もつかない新しい物が産業発展を支える可能性があるため、それらを包括した規定とするためには、事細かな規定を置くことは難しい。 その場合、条約・協定に規定されない細部の解釈をどうするかが問題となる。

当事国間の事前協議によって解釈を決めるならばともかく、当事国のうちの一国のみの独断での解釈を認めて良いのか。 ある当事国がセーフだと解釈したことが、他の全ての当事国はアウトだと思っているかも知れない。 そうした他の当事国の解釈に反するものであっても、その国における協定の解釈はその国の政府に委ねられるべきなのか。 一国の独断による解釈を認めるなら、グレーゾーンは、全て、その国の政府に有利に解釈できることになる。 それでは、協定に明記してあること以外、規制抑制および投資家の権利は保証されないことになり、投資のリスクが非常に高くなる。 投資を呼び込むために協定を結ぶのであり、そのために投資リスクを下げようとして、様々な投資ビジネスモデルを想定した規定を設けるのである。 その手段としてグレーゾーンを広く取ったはずなのに、そのグレーゾーンを全て投資リスクとして考えなければならないなら、本来の目的に逆行してしまう。 もっと極端なことを言えば、一国の独断が認められるなら、グレーゾーンだけでなく、クロであってもセーフだと言い張ることが可能になる。 そうなれば、当事国は協定違反をし放題となり、国家間の約束事がないがしろにされかねない。

かと言って、投資家に都合の良い解釈を認めることも適切とは言えない。 グレーゾーンを全て投資家に有利に解釈して良いなら、政府の規制をないがしろにして、その国の経済を食い物にすることが可能になろう。

まとめると、当事国の一国が協定の解釈を決めることは適切とは言えない。 かと言って、投資家が協定の解釈を決めることも適切ではない。 であるならば、中立的な第三者の判断を仰ぐのが妥当という結論になろう。 そのためのISD条項に基づく国際投資仲裁である。

投資家が参加できる仕組み 

協定違反については国家間で話し合って解決すれば良いことであって、投資家に国を訴える機会を与える必要はないと主張する者もいる。 しかし、紛争解決手段において、当事者の片方だけを蚊帳の外に置くのはおかしい。 国内裁判であれば行政裁判においても両当事者が参加できるのに、どうして、ISD条項に基づく国際投資仲裁では当事者の片方だけを蚊帳の外に置かなければならないのか。 一方の当事者(国家)の都合だけで、他方の当事者(投資家)を蚊帳の外に置けと言うのでは、あまりにも不公平かつ独善的過ぎて全く筋が通っていない。

協定違反について国家間で話し合う制度はあるが、その制度で議論されることは今後の規制をどうするかである。 それに対して、ISD条項に基づく国際投資仲裁が解決しようとすることは、過去に投資家に与えた損害に対する救済策である。 善意の第三者の被害を救済しない制度では、ISD条項に基づく国際投資仲裁の代用にはならない。

仮に、投資家への救済策を国家間で話し合う制度を作ったとしよう。 その際も、投資家が当事者として参加して弁証する機会が与えられなければ、正当な賠償が期待できない。 実際には100億円の損害が出ていても、投資家抜きでの協議では、1億円のみが損害として認定されることも起こりうる。 欠席裁判ではそうした投資家に不利な判断が下される可能性があるので、それを防ぐためには、次のような事項を投資家自身が弁証する機会が与えられるべきである。

  • 具体的な損害額
  • その損害が政府の規制によって発生したこと
  • その規制が協定に違反する不当な行為であること

よって、適切な賠償を行なうならば、当事者主義により、損害を受けた投資家の参加は不可欠である。 そして、投資家自身が参加するなら、投資家の所属国の代表者の参加は必要ない。 投資家の所属国の代表者が参加しては、手続が無駄に複雑化するだけである。 以上の結論として、投資家と投資受入国の間で仲裁を行なうべきとなる。 その最も簡便な手段がISD条項に基づく国際投資仲裁である。

先進国には必要ない? 

ISD条項に基づく国際投資仲裁は、途上国や共産国でのトラブルを想定したものだから、先進国には必要ないと言う者もいる。 しかし、これは正確な認識とは言い難い。

違反 

確かに、故意やそれに近い違反は、途上国や共産国で起こりやすい。 しかし、過失による違反は、先進国でも等しく起こりうる。 また、先進国だからと言って、故意やそれに近い違反が起こらないとは限らない。 例えば、米国のWTO違反例として次のようなものがある。

日本は、「米国の1916年アンチダンピング法は、米国内産業に被害を与える意図をもってダンピング輸入又は販売した者に対して、罰金や懲役を科し、あるいはダンピング被害者に損害賠償を認める法律で、この法律はWTO協定上認められたダンピング防止措置に当たらず、協定に違反している」と申し立てました。 ECも日本とは別にパネルに申立てを行いました。

パネル段階では、日本やECの主張が認められましたが、米国が上級委員会に上訴しました。 上級委員会は、日本及びECがそれぞれ申し立てた事案を併せて審理し、パネルの判断を支持し、米国の1916年アンチダンピング法はWTO協定違反であるとの報告書を出しました。 同報告書は2000年9月に採択され、米国の違反が確定しました。

米国が1916年のアンチダンピング法をWTOに整合的なものとする期限は、当初2001年7月とされましたが、日本、ECと米国との間の合意により同期限は半年間延長されました。 しかしながら、米国は、この実施期限までに是正しなかったため、2002年1月に日本とECは、それぞれ対抗措置の承認を紛争解決機関(DSB)に求めました。 米国は、この対抗措置の内容・規模に異議を唱え、問題は仲裁に付託されましたが、日・米、日・EC間の合意により、それぞれ仲裁手続きが中断されました。 その後も米国は是正を実現できず、ECは2003年9月に仲裁手続を再開させ、2004年2月にECの対抗措置について仲裁決定が出されました。 その間も、日本とECは、米国政府に対し、1916年のアンチダンピング法を廃止するよう繰り返し申し入れ、2004年12月、同法は最終的に廃止されるに至りました。


米国は、日本の熱延鋼板(自動車のボディ等に使用されるもの)が不当に安い値段で米国に輸出されている(つまり「ダンピング」が行われている)疑いがあるとして、これらの熱延鋼板に対し、日本から輸入する熱延鋼板の価格を本来あるべき価格まで引き上げるために課す特別の関税(ダンピング防止税)を賦課する必要があるかどうか調査を行いました。 その際、米国は、熱延鋼板を輸出している日本の企業が提出したデータを、WTO協定に定められた規則に合致した方法によらずダンピングを認定する等し、ダンピング防止税を課したので、日本は、米国の措置は、WTO協定に違反していると申し立てました。

パネル及び上級委員会は、日本の主張を概ね認め、米国の措置がWTO協定に違反していると認定しました。


バード修正条項は、ダンピング防止税及び相殺関税により米国政府が得た税収を、ダンピング又は補助金訴訟を支持した国内業者等対して分配することを義務づける法律で、日本をはじめとする11カ国・地域は、このバード修正条項がダンピング防止協定や補助金協定の許容していない措置でありWTO協定に違反すると申し立てました。

'''パネル及び上級委員会は、申立側の主張を概ね支持する報告書を発出しました。 2003年1月紛争解決機関(DSB)が報告書を採択し、同条項のWTO協定違反が確定しました。 しかしながら、米国が同条項を廃止するに至らなかったため、2004年11月のDSBの承認を経て、2005年9月、日本は対抗措置を講じました。


日本は、米国の鉄鋼セーフガード措置は、輸入の増加の認定、輸入の増加と国内産業の損害との間の因果関係、輸入により損害を受けているとされる国内産業の定義等、セーフガード発動ための基本的な要件を満たしておらずWTO協定に違反していると申し立てました。 日本の申立ては、同時期に申立を行ったブラジル、中国、EC、韓国、ニュージーランド、ノルウェー、スイスの申立てと同一のパネルで審理されました。

パネルと上級委員会は、米国の措置は「輸入の絶対的な増加」がなく、「輸入」と「損害」の因果関係が適切に立証されていないためSG協定に違反すると判断しました。 2003年12月、米国は、この措置を撤廃しました。


米国のアンチ・ダンピング措置に関連し、商務省のダンピング・マージン計算における「ゼロイング」手続(最終的なマージンとなる平均値をとる際、マイナスのマージンをゼロと見なす手法)等がWTO協定に反するとして、日本は2004年11月、WTO紛争解決手続に基づき米国に協議を要請。 2005年2月にパネルが設置され、最終報告は同年9月20日に加盟国に配布されました。

同パネル報告は、初期調査での加重平均-加重平均比較以外でのゼロイングは禁じられていないとの判断であったので、日本は2006年10月11日上級委員会に上訴。 2007年1月の上級委員会報告では、パネルの判断を覆して日本の主張を全面的に受け入れ、アンチ・ダンピング手続全体を通じてゼロイングのWTO協定違反を認定しました。

日本の当事国案件 - 外務省

違反例として認定された以外にも、日米スパコン貿易摩擦においては、米国企業の競争力がなくなっただけであるにも関わらず、日本企業がダンピングを行なったとして、1996年、米国側の一方的な判断によってスーパー301条に基づく454%の制裁関税が適用された事例もある。 その後、その保護を受けた米国企業は技術を維持できずに、ダンピング認定された日本企業からOEM供給を受けていることからも、このダンピング認定が言い掛かりであることは明らかであろう。

国内裁判の問題 

国内裁判ではどうして駄目なのか。 その理由は、国家自身が紛争の当事者であることに尽きよう。

そして、先進国企業は、投資受入国政府は何らかの恣意的な措置(国有化や恣意的な規制、コンセッション契約の不当な解除など)により投資家の投資財産に対する権利を不当に侵害してしまうという不満や、投資受入国の裁判所が政府から必ずしも独立していないために、このような行為をしばしば追認してしまい、また裁判官の質も必ずしも高くないといった不満を持っており、このような状況に対して先進国企業の権利を保護するために投資協定仲裁が導入されてきた。 ゆえに先進国としては、基本的に仲裁条項は自国企業の保護のために入れておくべきものであり、開発途上国側は先進国との交渉力の格差や投資の増大に対する期待から仕方なく同意するという位置づけであったと思われる。


これまで見てきたことからまず挙げられるのは、広い意味での中立性の問題である。 冒頭で述べたように、そもそも投資協定仲裁が導入されるようになった理由は、投資受入国政府が投資家にとって不利な措置を取り、また裁判所もそれを追認してしまう、という意味で、適用法のレベルおよび裁判所の実際の判断のレベルにおいて投資家に不利な状況が形成されているという認識があったためである。 国際商事仲裁においてもこのような意味での中立性の問題が指摘されるが、そこで指摘される問題は、ある国の裁判所がその国の国民が有利になるような判断を下すのではないか、あるいはそうでなくてもある国の国民はその国の法制度・慣習などに詳しいのに対して、他国の国民はそのような情報を有していないために結果として不利になるというような裁判所の判断レベルの問題であった。 投資協定仲裁の場合、裁判所が政府が独立していないためにこのような裁判所の判断レベルの問題がより大きなものになると予想されることに加え、例えば国有化のような措置について投資家に不利な立法がなされ、それが裁判所の判断の基準になるという意味で、適用法のレベルで投資家が不利に扱われるという可能性が生じる。 これに対し、仲裁廷は国家の主権の下にはなく、また先に見たように判断に関しても仲裁人の選任などのプロセスを通じて中立性を確保しようとしているために仲裁廷の判断のレベルでの中立性はある程度確保されており、また適用法に関しても特に近年は国際法を適用する場面が多くなっているために、投資受入国法を適用する場合に比べ、相対的には中立的な判断を下す可能性が高い。 もちろん、仲裁廷が適用する国際法が常に中立的といえるかどうかは自明ではないが、投資受入国政府「寄り」になっている投資受入国法と比較すれば中立的であると見なしうるだろう。

投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.2,3,10


既に述べたように、投資受入国は当然に外国資本の導入を望んでいると前提される(望まないのであればIIAを結んで投資を誘致する必要はない)。 これに応えようとするのが外国からの投資家であるが、受入国が開発途上国である場合等、その国内法・国内政策の不安定さのため、財産の安全を危惧して躊躇を感じることが少なくなかった。

外国における投資は、少なくとも第一次的には受入国の国内法・政策を枠組として行われる。 投資家にとっての一番の問題は、投資受入国がこの枠組をいかようにも変えられるということである。 財産権は国有化法により容易に剥奪できる。契約上の債権債務も、その準拠する法律の改廃や新たな強行法規の制定により自由に操作できる。 こうした危険は、途上国の不安定な政治体制において革命や政権交代が起こる場合に特に高まる。 イランでのアングロイラニアン石油会社の国有化(1951年)やエジプトでのスエズ運河国有化(1956年)はその典型例であった。 加えて、受入国裁判所では外国人投資家に不利な判決しか得られない場合も少なくない。 また、投資家本国が受入国を相手取って国際請求を行う手続である外交的保護権の行使も本国の政治的・外交的判断に委ねられ、不確実である。 このままでは投資受入国の投資誘致も、投資家の積極的な対外投資もともに叶わないこととなってしまう。

こうした中で1966年に設立されたのが投資紛争解決国際センター(ICSID)であり、上記の問題を手続の側面から解決することが図られた。 すなわち、法廷を投資受入国裁判所から切り離して仲裁廷を設置し、そこでは投資家が本国の助けを得ずとも直接に投資受入国を相手取って仲裁を提起できる。 そして適用法規につき紛争当事者の合意が得られない場合、紛争当事国の国内法に加えて国際法も適用されることとなった(ICSID条約42条)。 国際法は、被申立国一国の意思によって事後的に変更することはできず、投資家にとって裁判結果の予測可能性が著しく向上することになる。 1990年代以降のIIAの飛躍的発展による適用される実体法の具体化が投資家の保護をますます拡大しているが、そもそもそれが可能となったのは、国際法による紛争の解決が投資家と投資受入国の利害をバランスするために必要不可欠だと考えられたためなのである。


もっとも、日本等先進国の司法制度は十分に整備されているので、外国人投資家も日本の裁判所で訴訟を提起すれば問題ないという指摘もあり得る。 しかし、外国人投資家にとってみればどれだけ法制度が整備された国であっても、その国の裁判所でその国の政府を訴えることは、困難が伴うことであるし、中立性の観点から不安を感じるのは無理もないことである。 投資仲裁を認めることにより、投資家にとってみればこのような不安を解消し、投資受入国にとってみれば外国からの投資を国内に呼び込むことが期待できるのである。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P7,8,13,14


今日、投資保護に関する国際条約においては、投資受入国が事前に、かつ一般的に投資紛争を仲裁裁判手続により解決することに同意する紛争処理条項が設けられるのが一般的であり、それを通じて投資家はいわば「一方的に」仲裁手続を開始することが可能となっている。 こうした方式は投資財産・投資活動に対する実効的な保護を提供するものであり、それにより投資家にとってはその投資リスクを低減し、また投資受入国にとっては自国への投資を促すという利点を有する。

国際投資仲裁における管轄権に対する抗弁とその処理 - 独立行政法人経済産業研究所


海外に投資した企業等(投資家)やその投資財産の保護、規制の透明性向上等により、投資を促進するための内容を規定している。

投資協定の概要と日本の取組み - 経済産業省

国家自身が紛争の当事者である以上、国内裁判では、投資家にとって不公平な裁判が行われる危険性がある。 それに対して、先進国では「司法制度は十分に整備されているので、外国人投資家も日本の裁判所で訴訟を提起すれば問題ない」という主張がある。 しかし、実際に、中立的な司法制度は十分に整備されていようとも、投資家から見て「中立性の観点から不安を感じる」状況であれば、それは、投資家視点でのリスクとなり、投資を躊躇する理由になる。 協定の本来の趣旨を達成する上では、特定の国家の都合に左右される余地のない明らかに中立的な仲裁制度を用意する必要がある。

そうした理由があるため、殆どのISD条項には外交保護制度のような国内救済完了原則はなく、投資家は、国内裁判の手続を一切行なうことなく、国際投資仲裁に仲裁付託することが可能である。 その数少ない例外のアルゼンチン・カナダBITにおいても、国内裁判所に提訴して8ヶ月が経過すれば、ISD条項に基づく国際投資仲裁に仲裁付託することが可能である。

日本 

日本では、司法は立法や行政から独立しているので、裁判への政府介入はない。 また、日本では、 日本国憲法第九十七条第二項 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする となっているので、法令上は、条約違反の法律に対して憲法第九十七条第二項違反を理由とした違憲立法審査が可能である。

ただし、法律と条約との整合性を何処まで裁判所が踏み込んで判断して良いか、という点については議論の余地があろう。 例えば、日本の裁判官が精通しているのは、日本の国内法だけである。 国際法や国際商事問題に精通していない日本の裁判官が、協定違反の判断や、違反と損害の因果関係を正確に判断することは難しい。 ISD条項に基づく国際投資仲裁の判例を引用した判断は可能かも知れないが、判例にない事例についての判断までは困難だろう。

先にも述べた通り、問題となるのはグレーゾーンの扱いである。 国内法のグレーゾーンは、行政の裁量権が認められるから、次のような例外を除き、行政判断を援用するのが基本である。

  • 行政判断が明らかに法律に反している(つまり、グレーゾーンではない)。
  • 事前に行政判断を示していない。
  • 行政判断が自己矛盾している。

しかし、条約・協定は複数の国の間で締結するものであり、条約・協定に拘束される当事国が複数存在するのだから、当然、当事国のうちの一国が勝手な裁量権を行使することはできない。 つまり、条約・協定のグレーゾーンについては、当事国のうちの一国の行政判断は援用できない。 よって、国内法のグレーゾーンと条約・協定のグレーゾーンの判断基準は全く違うのである。 国内法のグレーゾーンの判断に長けた国内裁判所も、条約・協定のグレーゾーンに関しては素人同前と言えよう。 それでは、国内裁判所では、条約・協定のグレーゾーンの判断を下すことは困難である。

憲法判断においても、日本の国内裁判所は、立法や行政の裁量権を広く認める傾向にある。 その状況では、憲法判断よりも難しい国際法判断において、憲法判断よりも政府にとって厳しい判断を期待するのは無理があろう。 結果として、国際法の解釈を立法機関や行政機関の裁量権の範囲と結論付けて、条約・協定違反の有無の判断を避けることが懸念される。 それでは、国内裁判所では、条約・協定違反の有無を争うことができない。

米国 

米国憲法第6条では 憲法と憲法に基づいて作られるアメリカ合衆国の法律と条約を国内の最高法と定義 Wikipedia:アメリカ合衆国憲法 している。 つまり、米国の憲法上は、連邦法と条約は対等であり、条約に違反することを根拠として連邦法を無効とすることはできない。 そのため、米国憲法下の裁判では「投資家に不利な立法がなされ、それが裁判所の判断の基準になる」が現実になりかねない。

また、米国には陪審制があるから、政府介入よりも他国人・他国企業に不利な結果を招くことが予想される。 陪審制では、法的な正当性よりも陪審員の印象が判決を大きく左右する。 他国人・他国企業は陪審制でのノウハウに乏しいだけでなく、自国贔屓のために陪審員の印象が悪い状態で裁判を戦わなければならない。 よって、米国の裁判制度で戦うと、政府介入以上に他国に不利な判決が出る可能性が高い。 米国の裁判制度に比べれば、中立的な第三者機関に判断を委ねた方が遥かにマシだろう。

まとめ 

現行の国内裁判所では次のようになる。

国際法にのみ違反し国内法に適合する場合 国際法にも国内法にも違反する場合
国内裁判所に問題がある場合ISD条項が必要ISD条項が必要
国内裁判所が中立かつ公正な場合ISD条項が必要国内裁判でも対応可能

ISD条項に基づく国際投資仲裁を国内裁判で代替するなら、その国の裁判制度が投資家から信用される前提において、次のような制度整備が必要であろう。

  • 規制当局から完全に独立した裁判機関を設ける。
  • 適用法として国内法よりも国際法を優先することを規則に明記する。
  • 国際法や国際商事の専門家が判断を行なう。

そして、その裁判制度を信用あるものにするためには、特定の国家に属さない第三者機関による異議申立制度が必要になる。 「それでは国内裁判をやる意味がないじゃないか」と言うなら、我が国の上告制度と同様に異議申立に一定の制限を設ければ良い。 例えば、我が国では、上告は民事訴訟法第三百十二条により、次の場合だけ上告が認められている。

  • 判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があること
  • 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと
  • 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと
  • 日本の裁判所の管轄権の専属に関する規定に違反したこと
  • 専属管轄に関する規定に違反したこと
  • 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと
  • 口頭弁論の公開の規定に違反したこと
  • 判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること(最高裁判例により判断遺脱は含まない)

これと類似した規定を設ければ国内裁判が完全に無意味になることはない。 例えば、次のような規定を設ければ良いだろう。

  • 明らかに証拠を欠いた事実認定が行なわれた
  • 適用法として国際法よりも国内法を優先した
  • 必要な知識等において裁判官が適正を欠いていた
  • ISD条項に基づく国際投資仲裁において生じうる判断のブレの範囲を逸脱している
  • (その他、ISD条項に基づく国際投資仲裁において再審・取消が認められるケース)

この場合、ISD条項に基づく国際投資仲裁において生じうる判断のブレの範囲内であれば、裁判所が規制当局の肩を持っても許されることになる。 しかし、それでも極端に不当な判決は抑えられるから、投資リスクは最小限に抑えられる。

仲裁手続 

適用法 

ISD条項に基づく国際投資仲裁の適用法は、その手続を規定した条約・協定であって、仲裁定は、この条約・協定にない勝手な解釈を適用することはできない。

第三節 条約の解釈

第三十一条 解釈に関する一般的な規則

1 条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。

2 条約の解釈上、文脈というときは、条約文(前文及び附属書を含む。)のほかに、次のものを含める。

(a) 条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意

(b) 条約の締結に関連して当事国の一又は二以上が作成した文書であつてこれらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたもの

3 文脈とともに、次のものを考慮する。

(a) 条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意

(b) 条約の適用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの

(c) 当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則

4 用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認められる場合には、当該特別の意味を有する。

第三十二条 解釈の補足的な手段

前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。

(a) 前条の規定による解釈によつては意味があいまい又は不明確である場合

(b) 前条の規定による解釈により明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合

第三十三条 二以上の言語により確定がされた条約の解釈

1 条約について二以上の言語により確定がされた場合には、それぞれの言語による条約文がひとしく権威を有する。 ただし、相違があるときは特定の言語による条約文によることを条約が定めている場合又はこのことについて当事国が合意する場合は、この限りでない。

2 条約文の確定に係る言語以外の言語による条約文は、条約に定めがある場合又は当事国が合意する場合にのみ、正文とみなされる。

3 条約の用語は、各正文において同一の意味を有すると推定される。

4 1の規定に従い特定の言語による条約文による場合を除くほか、各正文の比較により、第三十一条及び前条の規定を適用しても解消されない意味の相違があることが明らかとなつた場合には、条約の趣旨及び目的を考慮した上、すべての正文について最大の調和が図られる意味を採用する。

条約法に関するウィーン条約 - 東京大学東洋文化研究所田中明彦研究室

ウィーン条約法条約では、条約・協定は「文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈する」とされている。 用語は「通常の意味」に解釈しなければならず、「当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認められる場合」に限ってのみ「当該特別の意味」に解釈することが許される。 だから、仲裁定な勝手な判断で特殊な意味を付加することはできない。 以上のとおり、その条約・協定に明記されていない解釈を勝手に採用することができない。 ただし、解釈に曖昧な部分が認められる場合は「条約の準備作業及び条約の締結の際の事情」に依拠することができる。 以上のことは、経済産業省の文章にも記載されている。

条約解釈規則を定めるウィーン条約法条約31条1項は、条約解釈の一般規則について、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」と規定する。 この規定は客観的解釈を採用したものと言われており、条約交渉のプロセス等を条約解釈の根拠にするのではなく、もっぱら条約文(テキスト)によって条約文(テキスト)に即して解釈すべきことを命じる。 ただし、同条3項は、「文脈とともに、次のものを考慮する。」として、「(a)条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意、(b)条約の適用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの」を挙げ、条約文(テキスト)以外のものも考慮する余地を認めている。

内国民待遇違反を決定する要因は何か - 経済産業省P.41,42

以上に基づいて、実際の仲裁定は妥当な解釈の落とし所を慎重に検討している。

上で見た事例においては、一見仲裁廷が「創造的解釈」を独断で行い、国家の意思をないがしろにしたように見えるものもあったかもしれない。 しかし、実際には、仲裁廷は事案に応じて妥当な解釈を採用し、国家の意思をくみ取る十分な努力を行っている。 その結果出された判断はどれも、投資保護と国家主権の適切なバランスを尊重したものである。


Saluka事件の仲裁廷は、2つの前提に依拠している。 第一に、BITの当事国はそれにより保護される投資家の範囲をいかようにも決定できるということ。 第二に、仲裁廷は条約の文言を無視して別の条文に書き換えることが出来ないということである。 各国に条約締結の自由があることは条約法の大原則であり、後者は「条約は(中略)用語の通常の意味に従い誠実に解釈される」旨を定める条約法条約31条において承認されている。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P28,38,39

中立性 

4 仲裁は、投資紛争解決国際センター(ICSID)など、中立的な仲裁機関を通じて行われます。 ICSIDが世界銀行の傘下であることから、米国に有利な判断が下されるのではないかとの懸念も聞かれますが、そもそも、ICSIDは、仲裁のための行程管理など事務的なものを行い、仲裁の判断は行わないため、そのような指摘は当たりません。 また、通常、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)やストックホルム商業会議所仲裁協会(SCC)、国際商業会議所(ICC)など、ICSID以外の仲裁規則・機関を選ぶこともできます。

TPP協定交渉について - 内閣官房P.68

ICSID条約では仲裁定の構成を次のように規定している。

Article 37

(1) The Arbitral Tribunal (hereinafter called the Tribunal) shall be constituted as soon as possible after registration of a request pursuant to Article 36. (仲裁廷(以下、「Tribunal」)は第36条による請求の登録の後、できるだけ早く構成されなければならない。)

(2)(a) The Tribunal shall consist of a sole arbitrator or any uneven number of arbitrators appointed as the parties shall agree. (仲裁廷は当事者の合意により1人または奇数の仲裁人で構成される。

(b) Where the parties do not agree upon the number of arbitrators and the method of their appointment, the Tribunal shall consist of three arbitrators, one arbitrator appointed by each party and the third, who shall be the president of the Tribunal, appointed by agreement of the parties. (当事者が仲裁人の数や任命方法に合意しない場合、仲裁定は各当事者によって任命された1人の仲裁人と当事者の合意によって任命したpresident の3名で構成される。

Article 38

If the Tribunal shall not have been constituted within 90 days after notice of registration of the request has been dispatched by the Secretary-General in accordance with paragraph (3) of Article 36, or such other period as the parties may agree, the Chairman shall, at the request of either party and after consulting both parties as far as possible, appoint the arbitrator or arbitrators not yet appointed. (第36条(3)に基づき事務総長により請求の登録の通知が発送された後90日又は当事者が合意する他の期間以内に仲裁定が構成されない場合、Chairmanは、いずれかの当事者の要請により出来る限り双方に相談した後に、仲裁人または残りの仲裁人を任命しなければならない。) Arbitrators appointed by the Chairman pursuant to this Article shall not be nationals of the Contracting State party to the dispute or of the Contracting State whose national is a party to the dispute. (この条の規定に基づくChairmanによって任命された仲裁人が紛争当事国の締約国国籍、又は、紛争の当事者の締約国国籍であってはならない。

Article 39

The majority of the arbitrators shall be nationals of States other than the Contracting State party to the dispute and the Contracting State whose national is a party to the dispute; (仲裁人の過半数は、紛争当事国又は紛争の当事者以外の国籍でなければならない。) provided, however, that the foregoing provisions of this Article shall not apply if the sole arbitrator or each individual member of the Tribunal has been appointed by agreement of the parties. (ただし、仲裁人が当事者の合意により任命されている場合はこの条の上記規定は適用しないこと。)

Article 40

(1) Arbitrators may be appointed from outside the Panel of Arbitrators, except in the case of appointments by the Chairman pursuant to Article 38. (仲裁人は第38条に基づくChairmanによる任命の場合を除き、仲裁人のパネル外から選任することができる。)

(2) Arbitrators appointed from outside the Panel of Arbitrators shall possess the qualities stated in paragraph (1) of Article 14. (仲裁人のパネル外から任命された仲裁人は、第14条(1)の資質を有しなければならない。)

ICSID条約第4章


Article 14

(1) Persons designated to serve on the Panels shall be persons of high moral character and recognized competence in the fields of law, commerce, industry or finance, who may be relied upon to exercise independent judgment. (パネルに指定される者は、独立した判断に頼って、法律、商業、工業や金融の分野の高い道徳と能力を持たなければならない。) Competence in the field of law shall be of particular importance in the case of persons on the Panel of Arbitrators. (仲裁人のパネルに指定される者は、法律の分野での能力は特に重要である。)

ICSID条約第1章

  • 仲裁人の構成(必ず、奇数人)や任命方法は当事者(当事国含む、以下同じ)で合意して決める。
    • 当事者が合意しない場合、各当事者によって任命された各1人の仲裁人と当事者の合意によって任命したpresidentの3名で構成される。
  • 当事者は仲裁人名簿以外の者から仲裁人を選んでも良いが、専門知識や道徳を兼ね備えた者でなければならない。
  • 当事者が仲裁人を選ばない場合は、仲裁人名簿の中からChairmanが当事者の国籍以外の国籍の仲裁人を任命する。
  • 当事者の合意で任命した場合を除き、仲裁人の過半数は当事者の国籍以外の国籍でなければならない。

選定方法や人数構成は当事者の合意によって決めることとなっており、合意が得られない場合の選定方法も双方の当事者に対して完全に対等である。 また、国籍条項等、中立性を損なう要因を排除するよう考慮されている。 さらに、後述するように、ICSID条約第52条では、仲裁メンバーの不正は裁定の取消理由として認められている。 以上のとおり、ICSID条約に基づく仲裁定は中立性について十分に配慮されている。 他の仲裁定については次の表にまとめた。

仲裁人の選定
ICSID追加規則(一方がICSID条約当事国でない場合に適用)
  • 原則3名だが、1名ないし奇数でも可(付則C第6条1項及び3項)
  • 当事者が合意に至らない場合には、理事会議長が選定等(付則C第9条、第10条)
  • 仲裁人の過半数は原則当事国以外の国籍(付則C第7条)
UNCITRAL仲裁規則
  • 原則3名(第5条)
  • 3人の場合、当事者が1名ずつ指名。第三の仲裁人は2名の仲裁人が選定(第7条1項)
  • 当事者が合意に至らない場合は当事者間で合意された選定機関又はハーグ常設仲裁裁判所事務局長が指定した選定機関が選定(第6条2項)
  • 単独仲裁人と第三仲裁人の選定には第三国籍を考慮(第6条4項及び第7条3項)
ICC仲裁規則
  • 原則1名(第8条2項)
  • 仲裁人が1名の場合には当事者が合意により指名。但し、ICCの確認を受ける
  • 仲裁人が3名の場合には、当事者がそれぞれ1名指名しICCが確認、第三仲裁人は原則ICCが選定
  • 当事者が仲裁人を指名し得ない場合にはICCが選定(第8条3項及び4項)
  • 単独仲裁人と仲裁廷の長は原則第三国籍(第9条5項)
  • 仲裁人の独立性を確保(第7条1項)
  • 仲裁人の独立性について正当な疑念を引き起こす可能性のある事実の開示義務あり(第7条2項及び3項)
SCC仲裁規則
  • 当事者の合意があれば仲裁人の人数は自由。合意が成立しない場合は3名(評議会(Board)が必要と判断する場合は1名)(第12条)
  • 仲裁人が1名の場合は、当事者の合意により指名。合意が成立しない場合は、評議会が指名(第13条2項)
  • 仲裁人が2名以上の場合は、当事者がそれぞれ等しい人数を指名し、評議会は仲裁廷の長を指名。当事者が互いの仲裁人に合意できない場合は評議会が全員を指名(第13条3項)
  • 単独仲裁人と仲裁廷の長は原則第三国籍。(第13条5項)
  • 仲裁人の独立性を確保(第14条1項)
  • 仲裁人に中立性と独立性について正当な疑念を引き起こす可能性のある事実の開示を義務づけ(第14条2項及び3項)

経済連携に向けた規律の策定 第5章投資 - 経済産業省

このようにして選定された仲裁人には、直接的な責任は問われない。 しかし、その社会的責任までが免責されるわけではない。

仲裁人の責任の問題を考えるにあたっては、仲裁人は判断に責任を負う必要があるのか、ということから考えなければならない。 前述したように投資仲裁制度は紛争を国内手続から分離し、外国人投資家を保護することを目的としたものである。 つまり国内法の影響を排除し、中立性を確保することが求められたのである。 そしてこの中立性の維持のためには仲裁人が国家や他の機関から独立し、特定の判断について直接的な責任を追及されないことが望ましいのである。

もっとも仲裁人は全く責任を追及されないとは言えないだろう。 例えば仲裁判断が公開された場合に、この判断に対して、当事国や学界、後の仲裁廷から批判を受ける可能性はあり、実際に仲裁判断文において前の特定の仲裁判断を名指しで批判したものもある。 学者や弁護士を業とする多くの仲裁人にとって、あまりに不合理な判断を下すことは、自らの名に傷をつけることにもなりかねず、今後仲裁人に選任されなくなるという実際的なリスクをも負うのである。 これは直接的な責任ではなくとも、仲裁人が不合理な判断を下すことを抑制するのには十分機能するだろう。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P15

ICSID条約第14条では、仲裁人の資質として「法律、商業、工業や金融の分野の高い道徳と能力を持たなければならない」としており、学者や弁護士等が選任されることが多い。 それゆえ、仲裁人が不合理な判断を下せば、本業の方の信用を失いかねない。 仲裁人は、仲裁だけを生業にしているわけではないので、本業に支障が出るような真似はできない。 例えば、学者であれば大学や学会から追放される可能性もあるだろうし、弁護士であれば弁護士会からの追放等の処分もあり得る。 仮に、仲裁だけを生業にしていたとしても、仲裁人としての信用を失ってはおしまいである。 無茶をするためには、学者生命、弁護士生命、仲裁人生命を絶つ覚悟が必要である。 以上のような理由により、中立性を損なった判断を下すことは、極めて難しい。

先例拘束性 

近代法一般にとって、法の内容(解釈)及びその適用の結果をクリアに予見できることは、法の名宛人の行動の自由を保障するために重要である。 したがって、投資仲裁の結果にも予見可能性(predictability)を期待することは正しい。

また、投資仲裁が「判例の拘束を受けない」ということも基本的に誤りではない。 ICSID条約53条1項は「仲裁判断は当事者のみを拘束する」と定めているためである。 しかし、判例の形式的拘束力という厳密な意味では、国際司法裁判所(ICJ)や、通説的見解によれば日本の裁判所も同様であり、投資仲裁に限った話ではない。 そもそも先例が絶対に「正しい」という保証はどこにもなく、先例に機械的に従うと不合理な結果を招く恐れがあるということは意識される必要がある。 現に、判例法の国と名高いイギリスにおいても厳格な先例拘束性は1966年に放棄され、判例の変更が認められるようになっている。

逆に、ICJや日本の裁判所にも「判例法(case-law)」と呼ばれる現象は存在し、判例に「事実上の拘束力」があるなどとも言われる。 これは、類似の事案に対して同じ法規範を適用するのであればその結果は同様のものであることが求められるという要請(「等しきは等しく扱え」、法の安定性)が働くためである。 また、その法廷の判断が客観的にも正しいということを権威づけ、説得力を増すという意味もある。 同じことは投資仲裁にも当てはまり、実際の仲裁判断は、過去の仲裁廷が下した判断を数多く引用し、それに依拠しない場合はその理由を示すことが多い。

このように投資仲裁において確認される「判例法」は、「それから離れる特別の理由のない限り、確立した先例には従うべし」という意味で、英米法系諸国や他の法域・国際裁判所のそれと実質的に同じである。 従って、投資仲裁廷が「判例の拘束を受けない」か否かは問題の本質ではない。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P.41

一般論として先例を完全に無視してしまうことは良くないが、先例に拘束されると法源性の問題が発生する。 先に述べたように、ウィーン条約法条約により、条約・協定の解釈には条約・協定の「文脈」にない解釈を当事国の合意なしに勝手に付加することは認められていない。 しかし、先例拘束性を規定すれば、それは、条約・協定の「文脈」にない先例を条約・協定の解釈として認めることになり、ウィーン条約法条約に違反する。 このように、先例を法源として認めていない場合は、先例拘束性を規定することで法体系上の問題が発生する。 判例を第一法源としない日本においても、裁判所法第四条により同一事件における判決拘束性は規定されているが、類似事件の先例拘束性は規定されていない。 判例を第一法源とする英米法を採用する英国でも厳格な先例拘束性は廃止されている。

しかし、一般常識的に考えて、先例を完全に無視すれば、判決の統一性が失われてしまう。 だから、仲裁判断の多くは先例を引用しており、先例に依拠しない場合はその理由を明確に述べている。 そうすることによって実務上のバランスを取っているのである。

情報公開 

例えばICSID仲裁であれば仲裁付託の申立自体は必ず公開され、また仲裁判断についてもその公開自体は当事者の合意によるものの、仲裁判断の法的判断の要約については必ず公開されることになっており、仲裁判断そのものもかなりの数が実際に公開されている。

投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.11


現在、ICSIDによる仲裁判断の公開には全当事者の同意が必要である。 ICSID条約の48条4項は「センターは当事者の同意なく判断を公表してはならない。」と規定し(ただし、判断の抜粋は迅速に公開されるものとされている)、行政・財政規則の22条2項も「両当事者が公表に同意した場合は」「事務総長がその〔仲裁判断の:筆者注〕公表のために調整...を行う」としている。 従って、「決定が“完全に”公開される必要はない(need not be fully disclosed) 」(“”筆者)という指摘は、仲裁規則の説明としては確かに誤りではない。

しかし、既に述べたように、全当事者が公開に合意する場合、仲裁判断はICSIDウェブサイトに公開され、また合意が得られない場合であっても、紛争一方当事者による公開は禁止されていない。 そのため、現実にはICSID仲裁廷の判断の殆どは、各国政府ウェブサイトや判例集などで公表されている結果となっている。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P31,32


(1) The Secretary-General shall appropriately publish information about the operation of the Centre, including the registration of all requests for conciliation or arbitration and in due course an indication of the date and method of the termination of each proceeding(事務総長は、適切に、申立内容、仲裁日時、手続の終了方法を含むセンターの運営に関する情報を公開しなければならない).

ICSID管理財務規則第22条第1項


(4) The Centre shall not publish the award without the consent of the parties. The Centre shall, however, promptly include in its publications excerpts of the legal reasoning of the Tribunal(センターは、当事者の同意なしに裁定を公表してはならない。ただし、センターは、速やかに法的推論の抜粋を公表しなければならない。).

ICSID仲裁規則第48条第4項

ICSID仲裁においては、仲裁判断の詳細な公表は当事者の同意が必要だが、抜粋は無条件に公表される。 また、実際に多くのICSID仲裁判断が何らかの形で公表されている。 当事者には守秘義務が課せられないため、これら要約を捏造することは事実上不可能である。 仮に、要約や仲裁判断を捏造したとすれば、当然、当事者は異議を唱えるから、即座に捏造が発覚してしまう。 捏造であれば、言い訳の余地もない。 そうなれば、仲裁人は学者生命、弁護士生命、仲裁人生命を絶たれる。 よって、要約や仲裁判断の捏造は極めて困難である。 事実、要約や仲裁判断の捏造が問題となった事例は、反対論者からも1件たりとも指摘されていない。

上訴 

一般に、仲裁(arbitration)の特徴は手続の柔軟性と簡便性にあるとされる。 紛争当事者は、特定の紛争事案・紛争類型に精通した専門家を仲裁人として選定することができ、これにより仲裁判断の実体的な妥当性と、両当事者が選んだ仲裁人として一定の手続的な正統性が期待される。 そのため仲裁は一審制をとり、これは国家間仲裁制度から発展したICJや、私人間の仲裁でも同様である。

他方で上訴(appeal)は、国家の提供する裁判手続における制度であり、不当判決からの当事者の救済と法解釈の統一を目的とする。 多くの場合二国間で結ばれるBITに基づいて個別的(adhoc)に設置される投資仲裁は後者の要請を受けにくく、また仲裁人を紛争当事者自身が選任することから前者の要請も小さい。 また手続の簡便性という観点からも諸々のコスト増加を伴う上訴制度は仲裁制度に親和的ではない。 さらに、上訴を認めれば「上訴合戦」を招き紛争の終局的な解決が遅れる恐れもある。 こうした事情から、1966年のICSID条約では上訴制度が否定されたのである。

その一方で最近では、先に見た相互に矛盾する仲裁判断の登場や、仲裁判断が被申立国国民に与える実質的影響の認識から、上訴制度の導入の必要性が説かれるに至っている。 それにも拘わらずそれが実現していないことには、いくつかの実際的な事情がある。

最大の問題はコストの増大である。 仲裁判断の統一を目指すのであれば、上訴判断の矛盾を防ぐために常設の上訴機関の設置が必要だが、そのためには裁判官と事務局の運用コストが必要である。 さらに上訴のためには手続をやり直す必要があり、時間を要し、当事者の側の金銭的負担も増大する。 ひいては金銭的余裕のない国にとっては利用しにくい制度となる恐れがあり、仲裁という「簡便な手続」をとった意味がなくなってしまう。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P.53


ICSID事務局の動きと並行して、OECDの投資委員会(OECD Investment Committee)がICSIDと合同研究を行った上で、2006年に報告書(Working Paper)を発表した。 この報告書では、上訴設置案に関するメリットとデメリットをそれぞれ4点ずつ列挙した上で、結論的には、上訴機関の創設に関して投資委員会の議論でも意見の一致がなく、ICSID事務局の意見(上訴創設は時期尚早という結論)を確認するに止まる。 以下、報告書において提示された上訴案のメリットとデメリットを紹介しよう。

①メリット

上訴設置のメリットは以下の4点にまとめられている。 第1に、仲裁裁定の統一性を確保し得る点である。 仲裁判例の統一性と一貫性により、予見可能性が生まれるため、投資仲裁制度の正統性が向上する。 同一の事実または類似の事実に依拠した不統一な仲裁判断(CME判断とLauder判断)が広く注目を集めた。 上訴があれば、こうした不統一性が回避されるはずだという保証はないが、共通の上訴機関(a common appeals body)があれば、一貫性を確保する機会は強化される。 なお、上訴に関しては、同一の事実に対して、異なるIIAに基づいて設置された仲裁が異なる結論に達するという状況が問題になるだけではない。 すなわち、異なる文言をもつIIA条項に通底する基本原則の解釈に一貫性をもたらし、そうすることによって、より統一的な国際投資法の発展を促進させる。 他方、類似のIIA条項の解釈は、関係国の意図に応じて異なり得る。 第2に、上訴によって法の誤りを訂正し、場合によっては重大な事実の誤りも訂正し得る。 第3に、国家の裁判機関ではなく、中立の仲裁による審査が可能である。 現在、ICSID仲裁判断以外の判断については、国内裁判所の審査が認められており、当該裁判所が審査権限を逸脱したり、政府側の圧力の可能性が懸念されている。 他方、上訴制度により、国際的な基準と手続に基づいて作用する中立的な裁定が可能である。 第4に、実効的な執行である。 現行の制度では、ICSID仲裁判断については、承認・執行義務がICSID条約上で課されている。 他方、非ICSID仲裁の場合、執行は規定されておらず、国内法又は適用条約上の問題として処理される。 従って、非ICSID仲裁の判断は、国内法、ニューヨーク条約その他の関連条約で規定された仲裁判断の承認・執行のための通常の規則のもとで執行可能となるが、いずれも国内裁判所に主要な役割を認めている。 この点で、上訴制度の場合に、保証金支払いを上訴要件とする、あるいは上訴判断を国内裁判所の審査対象から除外することによって、仲裁判断の実効的な執行を確保し得る。

②デメリット

他方、OECDの報告書では、上訴設置に伴うデメリットも4点指摘されている。 第1に、終結性(finality)の原則に反する点である。 仲裁判断が拘束力を有し、上訴に服さない点こそが(司法的解決と比べた)仲裁のメリットである。 従って、現行の取消事由よりも広範な上訴事由を認めた場合、仲裁判断の終結性を損なう危険がある。 第2に、手続の遅延とコストの付加である。 ただし、この点に関しては、国内裁判システムにおける取消手続においても手続遅延が発生している。 また、上訴に時間的要件を設けることで、手続遅延の問題は解消されるという意見もある。 また、上訴事由は法的問題に限定され、重大な事実の誤りは含まないようにすれば、時間とコストは抑えられるという点について、ほぼ全ての専門家のコンセンサスがある。 第3に、濫訴の危険である。 上訴制度があれば、全ての事件で上訴申立がなされるようになり、「第一審」の仲裁人の権威が損なわれる。 なお、この点に関しては、保証金支払いを上訴要件とすることによって上訴請求を抑制させるという意見もある。 第4に、システムの政治化(politicisation)である。 すなわち、有権者の理解を得るために、政府側(投資受入国)は敗訴事件では全て上訴に訴えることになる。 他方、この点に関しては、投資家側も投資受入国と同じ程度に敗訴しているため、投資家側も同程度の上訴請求を行うと考えられる。

以上のように、OECD報告書は、上訴制度の可否について、広く肯定説・否定説の議論状況を紹介する形をとっており、断定的な評価を避けつつ、上訴設置の議論を推進するのは時期尚早と結論付けるに止まっている。

以上の議論をまとめると、上訴案に対する評価について次の点を指摘し得る。 第1に、現時点において、関連機関や各国政府の立場及び学説上の見解に鑑みるに、具体的な制度論としては上訴制度・機関の設置に対する反対論(慎重論)の方が優勢である(特に、議論の内容は、上訴機関の設置自体は望ましいものの、そのための制度改革や合意形成が極めて困難であるというものが多い)。 同時に、ヴェルデが指摘するように、WTO型の単一の上訴機関を想定することは「ユートピアンの見解」と言わざるを得ない。 第2に、上訴問題については、NAFTAの当事国を除くと、OECDの多数の国は大幅な制度改革を必要とするほど緊急な課題であるとはみなしていない。

投資仲裁における上訴メカニズム - 経済産業省P.82

時間やコストの問題以外については別途詳細に説明する。

一貫した解釈 

一貫した解釈を求めるなら統一した常設機関が必要となる。 例えば、次のような上訴制度の場合、一貫した解釈が得られないことは明らかだろう。

  • 東京地裁→東京高裁→東京最高裁
  • 埼玉地裁→埼玉高裁→埼玉最高裁
  • 千葉地裁→千葉高裁→千葉最高裁

一貫した解釈を求めるためには、単一の上訴裁判所が条約の解釈を一元的に管理する必要がある。 それは、条約・協定の「文脈」にない上訴裁判所の考え方を条約・協定の解釈として認めることを意味する。 しかし、先に述べたように、ウィーン条約法条約により、条約・協定の解釈には条約・協定の「文脈」にない解釈を当事国の合意なしに勝手に付加することは認められていない。

一方、現行のやり方では、ひとつひとつの判断には仲裁人個人の考え方が反映されよう。 しかし、その判断を平均すれば、仲裁人個人の考え方は相殺されることが期待できる。 つまり、一貫した解釈を放棄することによって、平均としてはウィーン条約法条約から逸脱しなくなるのである。

また、単一の上訴裁判所を設けることは、中立性の喪失にもつながる。 既に説明したとおり、仲裁人の選定方法や人数構成は当事者の合意によって決めることとなっており、各当事者に仲裁人の選定権を与えることによって、中立性を確保している。 しかし、常設の単一の上訴裁判所では、そのような方法で中立性を確保することができない。 初審がどれだけ中立的であろうとも、最終審が中立でないならば、全体としての中立性は損なわれる。

許容できない誤りの是正 

上訴人にとって不利な誤りは上訴制度によって是正される可能性がある。 しかし、それにより裁定を修正した結果として、被上訴人にとって不利な誤りが新たに付加される可能性がある。 そうした上訴審の誤りはどこで正せば良いのか。

結局、一審性だろうと、二審性だろうと、三審制だろうと、最終審での誤りは防げないし、それを是正する機会は設けられない。 誤りを是正したいなら、最終審が決まっている上訴制度ではなく、誤りをいつでも是正できる再審や取消制度が必要であろう。

解釈・再審・取消 

ICSID仲裁・UNCITRAL仲裁においては、次のような解釈・再審・取消が認められている。

Article 50

(1) If any dispute shall arise between the parties as to the meaning or scope of an award, either party may request interpretation of the award by an application in writing addressed to the Secretary-General(裁定の意味や範囲について疑問が生じた場合は、いずれかの当事者は事務総長に宛てた書面で裁定の解釈を要求することができる。).

(2) The request shall, if possible, be submitted to the Tribunal which rendered the award(要求は、可能であれば、裁定を下した仲裁定に提出しなければならない。). If this shall not be possible, a new Tribunal shall be constituted in accordance with Section 2 of this Chapter(可能でない場合は、 新しい仲裁定は、この章の第2節に従って構成されなければならない。). The Tribunal may, if it considers that the circumstances so require, stay enforcement of the award pending its decision(必要と認められる状況であれば、仲裁定は、その保留中の仲裁判断の執行を停止することができる。).

Article 51

(1) Either party may request revision of the award by an application in writing addressed to the Secretary-General on the ground of discovery of some fact of such a nature as decisively to affect the award, provided that when the award was rendered that fact was unknown to the Tribunal and to the applicant and that the applicant's ignorance of that fact was not due to negligence (いずれかの当事者は、裁定に決定的影響を与えるいくつかの事実を発見を理由として、事務総長に宛てた書面により再審を要求することができる。ただし、無知や過失以外の理由で申請者がその事実を知らなかった場合に限る。).


Article 52

(1) Either party may request annulment of the award by an application in writing addressed to the Secretary-General on one or more of the following grounds(いずれかの当事者は、以下の1つ以上を理由として事務総長に宛てた書面により裁定の取消を要求することができる。):

(a) that the Tribunal was not properly constituted(仲裁廷の構成の不備);

(b) that the Tribunal has manifestly exceeded its powers(権限踰越);

(c) that there was corruption on the part of a member of the Tribunal(メンバーの不正);

(d) that there has been a serious departure from a fundamental rule of procedure(手続きの根本規則の重大な逸脱); or

(e) that the award has failed to state the reasons on which it is based(理由の欠如).

ICSID条約第4章


例えば、UNCITRALモデル法34条2項は、仲裁地の国内裁判所による取消し(set aside)の手続を規定しており、取消事由として以下の6つが挙げている(後掲の条文参照)。 ①仲裁合意の無効、②当事者への通知の欠如、③申立てを越える事項が仲裁判断に含まれていること、④仲裁の構成又は仲裁手続の不規則性、⑤紛争主題が仲裁可能でないこと、⑥国内公序の違反。 なお、取消における審査事由には「法の誤り」(errors of law)は含まれていないため、当該手続は仲裁判断の「上訴」とは区別される(同様に、事実の適用も審査対象とはなっていない)。

投資仲裁における上訴メカニズム - 経済産業省P.71

取消制度を活用したことにより、最長で13年もの長い期間を要した事例もある。

最長事例 CAA&Vivendiv.Argentina

申立(1997.12) →仲裁判断(2000.11) →取消決定(2002.7) →取消決定補正決定(2003.5) → 再申立(2003.10) →仲裁判断(2007.8) →取消決定(否定)(2010.8)

国際投資仲裁の事例 - 経済産業省P.21

尚、法解釈の誤りは再審・取消の理由として認められていない。 これは、仲裁の対象となる条約・協定でグレーゾーンを広く設けているからであろう。 グレーゾーンが広ければ、法解釈の誤りを主張すれば、際限なく再審・取消を要求できてしまう。 現状でも最長13年かかるのであれば、法解釈の誤りを再審・取消の理由として認めてしまえば、仲裁がいつまでも終わらなくなってしまう。

投資家の保護 

ISD条項に限らず、投資協定では、外国投資家を保護する規定を置いている。 これは、政府の理不尽な行為から、外国投資家を保護するためのものである。 経営判断や自然災害その他の、政府の理不尽な行為以外については、外国投資家と言えども、投資協定の保護を受けることができない。 ISD条項に基づく国際投資仲裁の仲裁人は、投資協定の制定趣旨等を考慮に入れて判断するので、当然、そのことは分かっている。 その具体的な説明は公正衡平待遇間接収用で行なう。

それでも、外国投資家は国内投資家が受けられない特別な保護を受けられるのではないか、外国投資家だけが国内投資家よりも著しく有利な保護を受けているのではないかという意見もあるだろう。 しかし、それは、投資協定の問題ではない。 投資協定による外国投資家の保護は、いずれも、理に叶った当然の範囲を超えていない。 もしも、加盟各国において、国内投資家の保護がそのレベルに達していないなら、それは、その国の内政問題の他ならない。 それは、その国の国内法で、本来、保護されるべき投資家の利益がないがしろにされているということである。 その国の国内法での投資家の保護を本来あるべき姿にすれば、外国投資家と国内投資家の不公平は生じない。 そうした国内法の不備をもって、投資協定による外国投資家の保護を批判するのは筋が違う。

言い替えると、投資協定は、国内法の不備がある国においても外国投資家が本来あるべき保護よりも不利益な扱いを受けないようにしている。 そして、国内投資家の保護は、投資協定の役割ではないから、投資協定では規定しない。 その結果、外国投資家と国内投資家の不公平が生じたなら、それは、投資協定の問題ではなく、その国の内政問題である。 投資協定が外国投資家を不当に有利に保護しているのではなく、その国の国内法が投資家を理不尽に虐げているだけなのである。

国家主権との整合性 

国家の裁量権として必要な範囲の規制 

多くの協定で環境や人命等の国家の裁量権として必要な範囲の規制は認めている。 これらの協定の基本原則は次のようになっている。

  • 環境や人命等、国家の裁量権として必要な範囲の規制は認めるべき
  • ただし、必要な範囲を逸脱した規制は認めるべきではない

その詳細は人命・環境保護に記載する。 ただし、際限なく規制を認めれば、環境や人命等を口実にして、口実上の目的には必要のない規制まで実施できてしまう。 そうなれば、環境や人命目的に偽装した規制もやり放題となる。 それでは不味いので、一定の制限が設けられている。

他にも必要と思われる留保事項があるなら、当事国間で協議して決めれば良い。 事実、北米自由貿易協定(NAFTA)では、結果的に米国企業に有利となった仲裁判断に対して主に米国内で批判の声が強まって、当事国間で協議して追加の規定が設けられている。

以上の仲裁判断に対して、曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような訴えが仲裁によって許容されたとして、米国内を中心に強い批判の声が挙がった。 この動きを受けて、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、「NAFTA11章についての覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)」(貿易委員会覚書)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。

  1. 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
  2. 「公正かつ衡平な待遇」および「十分な保護及び保障」は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
  3. NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。

投資協定における「公正かつ衡平な待遇」 - 経済産業研究所P.8


(5)その後の展開

上記のような公正待遇義務に関する仲裁判断に対しては、米国内を中心に批判の声が挙がった。 その趣旨は、NAFTA11章の曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような当事国に対する訴えが仲裁によって許容されたという点等にあった(III.2.参照)。 このような批判を受ける形で、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、NAFTA11章について覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)(「貿易委員会覚書」)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。

  1. 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
  2. 『公正かつ衡平待遇』並びに『十分な保護及び保障』は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
  3. NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。

これは、S.D.Myers事件、Pope and Talbot事件において、NAFTA上の公正待遇義務が国際慣習法を越える内容をもつと判示したことに対して、NAFTA加盟国が危機感をもって対処した結果である。

投資協定仲裁の新たな展開とその意義 - 経済産業研究所P.14


この判断を受け、NAFTA当事国(特にアメリカ合衆国)では、投資保護に偏りすぎた解釈により、国家が過大な負担を負わされているとの批判が高まった。 そして、NAFTAの全当事国から構成される北米貿易委員会は同判決から3か月後の2001年7月、第1105条は慣習国際法より高い保護を与えるものではない、という解釈ノート(NAFTA第1131条に基づき、仲裁廷を法的に拘束する)を発表するに至る。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P26,27

当然、仲裁判断では、それらをキチンと考慮している。

多くの投資判断において仲裁廷は、国家の裁量を広く認める姿勢を示している。

投資協定仲裁の批判においてさまざまな事例が持ち出されているが、その多くは仲裁廷が国家の裁量を認めた部分や、当該措置が実は外国企業の差別を目的としていた事情などを無視しており、賠償命令が下されたという結果ばかりを強調している。 ゆえに、彼(女)らの批判を補強づける材料として機能していない。

さらに最近の投資協定では、環境問題への配慮について明記したり、あるいは環境保護措置を一括して投資保護の対象外とする条項を差し込んだものも増えている。 これまで見てきたように仲裁廷はそのような条項がなくても政府の環境保護政策等について十分裁量を認めてきたが、このような条項の存在によって、仲裁廷が暴走して投資家に著しく有利で国家の正当な政策の障害となる可能性を未然に断っている。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P.24

規制の抑止・萎縮効果 

ISD条項によって国の正当な規制権限が萎縮すると主張する者もいるが、それは完全に間違いである。

ブラックゾーン(協定違反)
協定違反を実行し難いような抑止効果が生じることは望ましいことであり、それこそが、ISD条項の真の目的であろう。ISD条項に基づく国際投資仲裁は、協定違反に対する賠償を命じるものであるが、賠償を前提とすれば協定違反が許されるわけではない。本来は、賠償対象の協定違反を未然に防止した方が望ましいことである。
ホワイトゾーン(正当な規制)
既に説明した通り、正当な規制は協定違反とならないので、萎縮効果は発生し得ない。

好ましくない萎縮効果が発生する可能性があるとすれば、グレーゾーンのみであるが、これは次の理由で取るに足らない問題である。

  • ISD条項に基づく国際投資仲裁に基づくグレーゾーンはかなり狭い。
    • 適用法に規定されていないことについては、いずれの仲裁事例においても、中立かつ客観的な立場において道理に適った判断基準が提示されているので、結果を論理的に予想しやすい。
    • 過去に類似の仲裁事例があるものについては、さらに予想がしやすい。
  • 協定内容は、当事国の主権によって制定・変更されるものであり、その内容に対するリスクは決定権のある政府が負うべきである。
    • 協定内容を決めているのは当事国政府であって投資家ではないのだから、協定内容によって生じるリスクは投資家ではなく政府が負うべきである。
    • 仲裁結果が気に入らなければ、政府には各国と協議して協定内容を変更する主権があるのだから、その主権を行使すれば最初の数例以外に問題は生じない。
  • 問題の本質は適用法が事件を後追いしていることにある。
    • 後追いは国内法にも見られることであって、国際法のみ後追いを許容しないのはおかしい。
    • 当事国は、後追いとなることを承知で協定内容を決めているのだから、後追いのリスクは各国が了承済の事項である。

確かに、ISD条項に基づく国際投資仲裁の適用法には、大まかな原則論しか決められていないものも多い。 しかし、ISD仲裁事例において、道理に適わない判断基準が示されたことはない。 だから、国際法や国際商事の専門家が、事前に、規制の適法性を検討すれば、大抵の場合は、結果を容易に予想できる。 政府にその判断ができる者がいないなら、仲裁人名簿に登録された仲裁人候補の意見を聞けば良い。 専門知識の豊富な仲裁人候補でも、判断に迷ったり、判断が分かれたりする例外的な事例は、拙速な判断を避けて時間を掛けて検討すれば良い。 WTOの衛生植物検疫措置/貿易の技術的障害規定においても、国際基準があるか、科学的証拠があるか、あるいは、適正な手順のリスク評価を行った場合の規制は認められている。 その条件に合致しない場合は、即座に規制する必要性が乏しいケースである。 即座に規制の必要性が乏しいなら、拙速な判断を避けて時間を掛けて検討すれば良い。 そして、仲裁事例が1〜2例出てくれば、結果も予想しやすくなるだろう。

百歩譲って、協定違反を犯してでも、世界に先駆けた規制をする必要があったとしよう。 それは、極めて例外的な事態であり、また、極めて切迫した事態において賠償の可能性を理由に規制を躊躇することは考え難い。 よって、そのような超例外事例をもって問題点とするのは見当違いであろう。 仮に、その規制が、後日、正しい判断だったと認められるなら、それが協定違反とならないよう協定を改正すれば、最初の数例以外に問題は生じない。 滅多に起きないことの最初の数例程度で済むことであるなら、リスク期待値は蚊に刺された程度の僅かなものでしかない。 それは、違反対象の条項の投資促進効果によって政府が受ける恩家に比べば遥かに小さい。

この問題の本質は、適用法が事件を後追いしていることにある。 最初の事件が発生した段階では、法はその事件を想定した具体的規定を持たないことが多い。 何故なら、未知の事件を事前に予想して、それに適合した法を整備することは、非常に難しいことだからである。 それは、国内法においても、国際法に同じである。 例えば、消費者契約法特定商取引に関する法律は、実際に事件が起きた後に整備された後追い法である。 協定が想定していない未知の事件が発生してはならないと言うなら、初めから、それを想定した規定を設ければ良い。 たとえば、当事国の政府は「協定に具体的文言を規定していない事項は、全て、可能な限り政府側に都合良く解釈する」旨の規定を置くことも選択可能である。 しかし、敢えてそれをせず、原則論のみを決めて細部の判断を中立機関に委ねているのは、予想外の仲裁判断によるリスクよりも、未知の事情によって投資を阻害するリスクの方が大きいと各国政府が判断したからである。 どちらを選ぶかは、各国政府が判断することであって、投資家が判断しているわけではない。 各国の主権に基づいて選択されたことであるなら、当然、その選択によるリスクは各国政府が負うべきである。 そのリスクを負いたくないならば、未知の事情によって投資を阻害する覚悟をもって、予想外の仲裁判断を防止する規定を置くべきだろう。 その場合、その判断をしたのは各国政府なのだから、当然、投資の萎縮効果による経済的損失も各国政府が責任を負わなければならない。 予想外の仲裁判断による極僅かなリスクのために大きな経済的損失を受け入れられるのか、各国政府は冷静に判断すべきである。

尚、カナダの煙草規制において好ましくない萎縮効果が実際に発生したと主張する者がいるが、それがデマであることは中野剛志准教授らによるISD条項デマのPhillip Morris事件に詳細に記載した。

承認・執行の義務 

ここまで述べて来たISD条項に基づく国際投資仲裁の趣旨からは、当然、仲裁判断の承認・執行を義務づける必要があることは明らかだろう。 何故なら、仲裁判断の承認・執行を義務づけられる政府も仲裁対象の紛争の当事者だからである。 第三者機関の決定を当事者の一方の判断で覆せるなら、第三者機関が判断した意味がない。 しかし、現在の国際法上は、仲裁判断の承認・執行が義務づけられているのは、ICSID条約当事国同士の仲裁に限られる。

このような規定においては、仲裁手続を複数挙げて、その中から投資家がどの仲裁手続に基づいて申し立てるかを選択することができるようになっているのが一般的であり、その選択肢には、 (i)「国家と他の国家の国民との間の投資紛争の解決に関する条約」(1965年3月18日署名・1967年9月16日、日本について発効)に基づく仲裁(以下、「ICSID条約」・「ICSID仲裁」という。)、 (ii)投資紛争解決国際センターに係る追加的な制度についての規則に基づく仲裁(以下、「ICSID追加規則」・「ICSID追加規則仲裁」という。)、 (iii)「1976年4月28日に国際連合国際商取引法委員会によって採択された国際連合国際商取引法委員会の仲裁規則(その改正を含む。)に基づく仲裁」(以下、「UNCITRAL規則」・「UNCITRAL規則仲裁」という。)、など複数の選択肢が挙げられていることが多い。

投資家の立場から見ると、上記のような投資紛争仲裁のうち、(i)のICSID仲裁については、ICSID条約54条が同条約に基づく仲裁判断の承認・執行を締約国に義務付けている。 しかし、実際には、ICSID条約に基づく仲裁判断において敗れた締約国(投資受入国)はその仲裁判断の取消しをICSID事務局長に求めることができ、その手続には相当の時間を要するのが実情であって、必ずしも実効的な解決が円滑に得られるとは限らない。 そこで、(ii)・(iii)などのICSID仲裁以外の仲裁を用いることが考えられるところ、これらに関係する規則には国家に仲裁判断の承認・執行を義務付けるメカニズムは盛り込まれていない(条約でないので、そのような義務を課すことはできない)。

そこで、(ii)・(iii)などのICSID仲裁以外の仲裁判断について、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(1958年6月10日署名・1961年9月18日日本について発効)(以下、「ニューヨーク条約」という。)が適用され、同条約によって仲裁判断において敗れた投資受入国にその仲裁判断の承認・執行を義務付けることができるのか否かが問題となる。


あらかじめ「6.」の結論を述べると、国家やその機関が投資に関する契約の当事者になっている場合であって、その契約違反に基づく損害賠償を投資家が求めるような契約紛争(公権力行使に関係しないもの)についての仲裁判断であればニューヨーク条約の適用はあるものの、投資協定等の違反に基づく損害の回復を対象とする投資紛争仲裁である場合には、ニューヨーク条約は適用がないと解される。

平成21年度投資協定仲裁研究会報告書VI投資紛争仲裁へのニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の適用可能性 - 経済産業省P93,94

  • ICSID条約当事国同士のICSID仲裁については、仲裁判断の承認・執行がICSID条約当事国に義務づけられている。
  • ニューヨーク条約により、公権力行使に関係しない契約違反に基づく損害賠償を投資家が求める契約紛争は、仲裁判断の承認・執行がニューヨーク条約当事国に義務づけられている。
  • ICSID追加仲裁、UNCITRAL仲裁による、協定違反に基づく損害賠償の仲裁については、仲裁判断の承認・執行が義務づけられていない(条約がないので義務を課す法的根拠がない)。

尚、条約・協定によっては、国内裁判所での再審・取消判断が可能と規定されている場合もある。 例えば、NAFTAでは次のように規定されている。

また、NAFTA11章に基づく投資仲裁の場合も、仲裁判断が国内裁判所による司法審査に服する。 実際に国内裁判所による審査が行われた事案として、Metalclad事件(対メキシコ)、Feldman事件(対メキシコ)、S.D.Myers事件(対カナダ)の3つがある。

投資仲裁における上訴メカニズム - 経済産業省P.72

ただし、上訴制度ではないので国内裁判所での自判はできず、ISD条項に基づく国際投資仲裁に差し戻すだけである。

憲法違反? 

ISD条項を憲法違反と主張する弁護士も居る。 しかし、その弁護士の論拠に基づくと日本国憲法第98条第2項により 確立された国際法規 法律家が斬る!「投資家対国家紛争解決手続」 - 街の弁護士日記 と同様に 憲法との矛盾は生じない 法律家が斬る!「投資家対国家紛争解決手続」 - 街の弁護士日記

第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

○2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

日本国憲法第98条

その他、詳細はISD条項憲法違反論への反論に記載する。

実際の運用 

具体的事例 

具体的な事件の事例はISD仲裁事例にまとめてある。 そちらを見れば分かる通り、中立的かつ客観的立場で極めて道理に適なった仲裁判断ばかりである。 個々の仲裁判断には多少のブレこそあれ、極端に逸脱した仲裁判断は見られない。 賠償が認められた事例は、全て、政府側の行為に悪質な故意や重大な過失が見られた事例である。

賠償額 

ISD条項による仲裁事例では損害賠償額が高額になることが多い。 しかし、単に損害の大きな事件が仲裁に付託されることが多いだけであって、手続の違いで損害賠償額が変わっているわけではない。

投資協定仲裁は、平均して解決までに2〜4年を要し、訴訟費用はだいたい数千万円〜数億円かかると言われる。 そのため、実際に投資家が紛争案件を投資協定仲裁に付託するか否かの決断は、こうした費用対効果も勘案して決められることになり、結果としてインフラ・資源開発など巨額投資が絡むケースの付託が多くなっている。

2011年不公正貿易報告書 第III部経済連携協定・投資協定 第5章投資 - 経済産業省P.595


認容額の大部分は、実際に収用された額の賠償にすぎない

国際投資仲裁 - 同志社大学大学院

訴訟費用が嵩むために、賠償額の大きな事件しか仲裁に付託されにくいのである。 尚、国内手続と比べて国際的に中立な手続に多額の費用がかかるが、ICSID仲裁の費用が特別に高いわけではない。 「UNCITRAL仲裁ルール等に基づくアドホック仲裁」はICSID仲裁に比べて 一般に、時間が長引きやすく、費用がかさむ傾向があると言われる 2011年不公正貿易報告書 第III部経済連携協定・投資協定 第5章投資 - 経済産業省P.595 とされるように、ICSID仲裁は比較的安い方なのだ。 仲裁人は当事者と異なる国籍にする 投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.6 ので旅費だけでもかなりの額になる。 両当事者が自らの主張を行うのに十分な機会を与えなくてはならない 投資協定仲裁手続のインセンティブ設計 - 経済産業研究所P.7 ので集まって話し合う回数も増える。 結果として、費用も期間も大きく増える。

蛇足だが、投資額の少ない投資家は泣き寝入りしなければならないのかと言えばそうでもない。 詳細は2011年不公正貿易報告書 第III部経済連携協定・投資協定 第5章投資 - 経済産業省P.596のコラムに書いてある。

負けても国は損をしない 

国際仲裁の利用の現状①

  • 世界の投資関連協定に基づく国際仲裁は、2010年末までの累計で約390件。
  • このうち、245件がICSIDに付託され、109件がUNCITRALの手続を利用。

仲裁付託件数の推移


国際仲裁の利用の現状②


国別の被提訴件数 (2010年末までの累積)

順位 被提訴国 件数
1アルゼンチン51
2メキシコ19
3チェコ18
4エクアドル16
5カナダ15
ベネズエラ
7ウクライナ14
米国
9ポーランド11
10エジプト10
カザフスタン
12インド9
ボリビア
ロシア
15トルコ8
ルーマニア
17グルジア7

国家と投資家の間の紛争解決(ISDS)手続の概要 - 外務省P.5,6

2010年末段階の累計仲裁件数は、全世界で390件であり、国別では最も件数の多いアルゼンチンでも51件である。 仲裁件数が急増した2000年以前のデータを無視すると、この値を2000年からの10年で割れば、1年毎の件数が計算できる。 計算すると、全世界で年間約39件、国別最大で約5件となる。

投資仲裁の事例 - 外務省に掲載された事例では、賠償額の最高額は3,351万ドル(和解も入れると1億3千万ドル)、平均額は1,022万ドル(和解も入れると2,554万ドル)である。

これらのデータから、最悪の想定(最も仲裁の多い国と同数の仲裁で全敗し、かつ、全て最高額の賠償が認められた場合)でも、一国の賠償額は年間約6億5千万ドル(1ドル=100円換算で約650億円)である。 内閣府が公表したEPAに関する各種試算 P.3によれば、TPPによる経済効果は「0.48〜0.65%≒2.4〜3.2兆円」となっている。 経済効果を試算最小の2.4兆円とすると、仲裁による賠償額は、その約2.7%に留まる。 想定に賠償平均額や実績勝率を採用すれば、国の損害はそれよりも少なくなる。 さらに、自国企業が他国政府の理不尽な行為による損害から守られる効果を相殺すれば、国の損害はもっと少なくなる。

以上のとおり、賠償額よりも 長期の安定的な投資を呼び込む効果 国際投資仲裁 - 同志社大学大学院 の方が大きく上回る。 数兆円の経済効果では少なすぎると批判する者もいるが、それならば、最悪の想定でも約650億円にしかならない賠償額を問題にするのは馬鹿げている。

一見すると、賠償金を支払うことは損することのように見える。 しかし、条約・協定違反を犯したにもかかわらず賠償金を免れたとすれば、その方が国に遥かに大きな損害をもたらす。 条約・協定違反による損害が適切に賠償されないとなれば、投資のリスクが極めて高くなる。 投資のリスクが高ければ、新規の投資は行なわれず、また、既存の投資も順次引き上げられるだろう。 投資の抑制・撤退による経済効果のマイナス分は、賠償金の額を遥かに上回る。 最悪でも数百億円で済む賠償金を惜しんで数兆円の経済効果を失うくらいなら、素直に賠償金を払った方が得である。 ISD条項に基づく国際投資仲裁では 敗けるが勝ち 国際投資仲裁 - 同志社大学大学院 なのである。

悪用の可能性 

濫訴 

既に実施済の政策に対して、政策実施時点で未だ投資していない投資家が賠償金を得ることは不可能である。 それは、ISD条項に基づく国際投資仲裁が 投資開始時点で予期し得なかった政策変更 国際投資仲裁の事例 - 経済産業省 に対する防衛策でしかないからである。 事実、ISD条項が危険だと言っている人達が挙げている事例(ISD仲裁事例参照)は、いずれも、投資後の政府規制による損害賠償事例であり、規制後に投資開始した事例は含まれていない。 だから、実施済の政策を標的にして、後から投資して賠償金を請求することはできない。

5 我が国の環境基準、食品安全基準などがISDS条項の対象になるのではないか、という懸念もよく聞かれますが、ISDS条項は投資に関係する分野の紛争解決の手段であり、環境、食品安全(衛生植物検疫等に関連する分野)などは、投資のルールに反しない限り、ISDS条項の対象とはなりません。 また、投資家に具体的な損害が生じていない場合は訴えることができません。 投資家に具体的な損害が生じた場合も、賠償などが命じられるのは、正当化されない外資規制など投資に関する義務違反が行われた場合などに制限されます。

TPP協定交渉について - 内閣官房P.68

そもそも、損害が発生しなければ、賠償金も発生しないのだから、ISD条項に基づく国際投資仲裁で利益を出すことは不可能である。 認容額の大部分は、実際に収用された額の賠償にすぎない 国際投資仲裁 - 同志社大学大学院 ため、勝率が極めて高くないと利益を出すことはできない。 ISD仲裁事例を見れば分かる通り、実際の企業の勝率は高くても5割程度であり、コストを考えれば割にあわない。

実際には発生していない損害を偽装した場合については、ISD仲裁事例をEurope Cement事件およびCementownia事件を参照すると良い。 両事件とも、申立人が敗訴し、仲裁定は、申立人に訴訟費用の全額(Europe Cement事件においては、仲裁機関への費用として約26万ドル、被申立国側の弁護費用として約390万ドル)負担を命じている。

「条約漁り」 

「条約漁り」とされる事例としてはSaluka事件が有名である。

チェコの金融市場で重要な地位を占めていた旧国営の4銀行は、いずれも多額の不良債権を抱え、野村證券のオランダ子会社(サルカ)は、このうち1銀行(IPB)の株式46%を保有。

チェコ政府は、IPBを除く3行には公的資金の投入など財政支援を行ったが、IPBには行わず、IPBの経営はさらに悪化し、最終的には公的管理下に置かれ、別の国営銀行に譲渡された。

国家と投資家の間の紛争解決(ISDS)手続の概要 - 外務省P.11


「条約漁り」によって受入国が被害を受けたとして引き合いに出される例としては、Saluka対チェコ事件(2006)が有名である。 この事件では、野村證券の欧州子会社がオランダに設立したSalukaが、チェコ=オランダBITを利用して仲裁申立を行った。 Salukaは民営化されたチェコの元国営銀行の株式の46%を保有するために設立された持株会社であったが、チェコ政府は他の3つの国営銀行に対して与えた財政支援を、Salukaの投資していた銀行には与えなかった。 その結果その銀行の経営が悪化し、公的管理の下に置かれた後にSalukaは株式を別の国営銀行に譲渡するよう命令を受けたという事件である。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P.38


チェコの銀行業界は、4大銀行が主要な地位を占め、すべてが不良債権問題を抱えていた。 民営化された銀行(IPB)に野村が資本参加(46%)。 後に、野村は、オランダ籍の会社(サルカ)にIPB株式を譲渡。 銀行監督強化の中、4銀行の経営状況は悪化。 チェコ政府は、IPB以外の3銀行(国営)に公的資金を注入。 野村は、資金投入および他銀行との業務提携認可を求めて政府と交渉したが、実を結ばず。 チェコの銀行監督機関は、IPBの支払い能力が危機的な状況にあるとして、公的管理を開始。 その2日後に、IPBはCSOB(3銀行のうちの一つ)に譲渡され、政府はIPBに公的資金を注入した。(チェコの政権交代も背景にある模様)

投資協定の進め方 - 経済産業省P.24

民営化されたチェコの元国営銀行(IPB)に野村證券が資本参加した後、チェコ=オランダBITを利用するためにオランダにペーパーカンパニーを設立して、そのペーパーカンパニーに株式を移転した。 そして、その後、チェコ政府がIPBと他の3つの国営銀行とは違う扱いをし、最終的にIPBを公的管理に置いた。 この件について、仲裁判断では、IPBと他の3つの国営銀行の扱いの違いを理由に、公正衡平待遇に違反するとして賠償を認めた。

この事件で問題とされたことは、ペーパーカンパニーを通した迂回投資を条約・協定の保護対象にすべきかどうかである。 これについて、Saluka事件の仲裁定は次のように判断した。

このBITは、保護すべき「投資家」のうち、法人投資家を「締約国の一の法に基づいて設立された法人」とだけ簡単に定義していた。

訴えられたチェコは、Salukaが「オランダとの真正で現実の継続的な連関」を有しておらず、「投資家」と認定されるのに必要な条件を満たしていないと主張した。 これに対して仲裁廷は次のように述べた。

「本仲裁廷は、BIT当事国と現実の繋がりを持たず、実際にはその国の法に基づいて設立されてはいない別の企業によってコントロールされたペーパーカンパニーに過ぎない企業には、その条約の条項を援用する権利が与えられるべきではないという議論に幾らかの同情を感じる。 そうしたことが可能であるということは、企業に仲裁手続を濫用させ、広く非難される実行である『法廷地漁り(forum shopping)』と問題点の多くを共有する『条約漁り』を行わせる。」

しかしながら仲裁廷は、自身を導くのは「問題の条約の当事国が本仲裁廷の管轄権を設定することに合意したところの文言」であり、当事国には「投資家」の定義を決める完全な自由があることを指摘する。 その上で、仲裁廷は当事国が合意していない定義を持ち出すことができず、「投資家」の定義が上に引用した通りである以上、「当事国自身が付け加えることが出来たにも関わらずそうしなかったその他の条件を、仲裁廷が追加することはできない」とし、SalukaがBIT上の「投資家」に当たることを肯定したのであった。

Saluka事件の仲裁廷は、2つの前提に依拠している。 第一に、BITの当事国はそれにより保護される投資家の範囲をいかようにも決定できるということ。 第二に、仲裁廷は条約の文言を無視して別の条文に書き換えることが出来ないということである。 各国に条約締結の自由があることは条約法の大原則であり、後者は「条約は(中略)用語の通常の意味に従い誠実に解釈される」旨を定める条約法条約31条において承認されている。

Saluka事件のBITのように、保護される「投資」「投資家」は一般に広く定義される傾向にあるが、それは投資の誘致に(たとえそれがペーパーカンパニーであっても)それだけのメリットがあると諸国が考えるからである。 そうであれば、明文で排除されていない投資家の保護を否定することが当事国の現実の意思に反するということも十分あり得るのであって、仲裁廷にそうした法の枠を外れた判断を期待することは出来ない。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P.38

簡単にまとめると、当事国が「投資の誘致に(たとえそれがペーパーカンパニーであっても)それだけのメリットがある」と考えて、ペーパーカンパニーによる迂回投資を除外する規定を敢えて設けなかったのだから、単にペーパーカンパニーであることは条約・協定の保護対象から外す理由にはならないということである。 そもそも、Saluka事件における野村証券は何ら悪さをしていない。

「条約漁り」の問題に入る前に、こうした行動は私企業にとって一般的であるということを確認しておこう。 例えば、自社に有利な会社法・税法を持つ国・地域を設立地とすることでその恩恵を受けたり、紛争の際に企業活動保護に厚い国を契約の準拠法国・法廷地国として選択したりすること(国際私法上の「法律回避」)は、企業にとって当然の行動である。 米国デラウェア州のように、企業を誘致するために企業に有利な会社法を整備・維持し続けている地域さえある。

「条約漁り」も、利用可能な資源を最大限に利用して利潤を最大化しようとする点で、投資家の賢明さとしてこれらと変わるところはない。 こうした合理性自体を「汚い」として批判する立場も勿論あり得るが、法的に禁止されていない行為を法的に非難することは出来ない。

従って、投資家が悪いから批判されているのではなく、単に投資受入国にとって都合が悪いから批判されているのである。 その理由として、一つには、上に挙げた例と異なり、投資仲裁の場合は、企業が期待した保護を受けられなかった場合に仲裁手続に訴えられるため、投資受入国がそうした企業を保護する意図を実際には持っていなかった場合にアンフェアな結果となるということが考えられる。 第二に、当該第三国(投資家の国籍国)がさらに別の第三国と結ぶBITにおいては条約漁りが規制されている場合に、自国企業には当該第三国の企業と同じことが認められず、相互性が確保できないということが問題視される可能性もある。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P.37

野村証券は、チェコ政府による不公正な行為から身を守るために、チェコ=オランダBITを利用しただけである。 不当行為から身を守るためにペーパーカンパニーを設立したのであって、不当な利益を得るためにペーパーカンパニーを設立したわけではない。 そして、賠償が認められた公正衡平待遇違反は、チェコ政府が選択した行動であり、野村証券の選択ではない。 ようするに、野村証券は将来を見据えた防衛策を取っただけであり、その防衛策が功を奏して、チェコ政府の不当行為から身を守っただけに過ぎないのだ。 こうしたことがどうしても気に入らないなら、初めから、条約・協定にそう規定すれば良い。

このように、「条約漁り」は仲裁廷にはどうしようもない問題であって、それを回避したいのであれば、各国が極小化に努めるべき問題である。 行き過ぎた「条約漁り」が問題だと考えるのであれば、「投資」「投資家」の範囲を狭めればよい。 あるいは、利益否認条項(denial of benefits clause)と呼ばれる立法技術の活用も考えられる。 これは、投資受入国で実質的な経済活動を行なっていないペーパーカンパニーが投資協定による保護を受けることを否定する条項である。

例えば、2004年に締結された中米自由貿易協定(CAFTA)の10.12.2条は、次のように規定している。 「一当事国は、他の当事国の企業たる他の当事国の投資家及びその投資家の投資財産に対して、否認国(the denying Party)以外のいずれの当事国の領域においても当該企業が実質的な事業活動を行なっておらず、かつ非当事国又は否認国の人(persons)が当該企業を所有し又は支配している場合、本章の利益を否定することが出来る。」 第三国国民の支配下にあり、他の当事国では実質的な活動をせず籍を置いているだけに過ぎないペーパーカンパニーは、投資受入国により投資協定の保護を否定されうるのである。


このように、投資協定上の保護を得るために第三国から国籍だけを移したペーパーカンパニーを仲裁廷の管轄権から排除することは技術的に可能である。 実際、最近の日本の投資協定は利益否認条項を含んでいることが多い(例えば、日本=マレーシアFTA91条2項(2005)はCAFTAのものとほぼ同じ規定である)。

ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか― - 京都大学法学部P.39,40

国による違い 

途上国とのISD条項は問題がないが米国とのISD条項は危険だと主張する者がいるが、それは次の理由により的外れである。

  • 勝率で見ても、米国に特別に有利なことを伺わせる状況はない。
  • 過度な投資家保護は当の米国自身が警戒し対応策を講じている。
    • 公正衡平待遇義務について、結果的に米国企業に有利となった仲裁判断に対して、主に米国内の批判により、協定が改正されている。
    • 間接収用について、結果的に米国企業に有利となった仲裁判断に対して、米国内で批判があり、米国モデル投資協定が改正され、その後、米国が締結する投資協定はその改正版が反映されている。
  • 現状でも他の投資協定のISD条項を利用して米国企業が日本政府を訴えることができるが、日本政府が訴えられたことは1件もない。

勝率を見れば米国に一方的に有利な仲裁判断が下されていることが一目瞭然だと言う者もいるが、外務省の平成23年10月25日付の資料ではそのようなことは決してないISD仲裁事例の勝率の項参照)。

対戦 勝敗
米国企業対カナダおよびメキシコ政府8勝7敗3不明12未結審
米国政府対カナダおよびメキシコ企業6勝0敗9未結審

決着がついたものだけを見ると、米国企業は8勝7敗で勝率は5割強しかない。 米国企業の勝ちには和解による賠償2件が含まれているので、これを除くと、米国企業は6勝7敗と負け越している。 米国政府の勝率が高いが、これは、米国政府が規制を慎重に検討していることで十分に説明がつく。 それでも0敗は出来過ぎと思うかも知れないが、決着がついたものがたった6件しかないのでは、それも誤差の範囲内でしかない。 以上のとおり、勝率を見る限りはおかしな所は何も見当たらない。

過度な投資家保護については、当の米国自身が問題視しており、投資協定上の文言の修正を図ろうとしている。 米国政府が定めた米国モデル投資協定においても、その旨が明記されている。

以上の仲裁判断に対して、曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような訴えが仲裁によって許容されたとして、米国内を中心に強い批判の声が挙がった。 この動きを受けて、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、「NAFTA11章についての覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)」(貿易委員会覚書)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。

  1. 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
  2. 「公正かつ衡平な待遇」および「十分な保護及び保障」は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
  3. NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。

投資協定における「公正かつ衡平な待遇」 - 経済産業研究所P.8


(5)その後の展開

上記のような公正待遇義務に関する仲裁判断に対しては、米国内を中心に批判の声が挙がった。 その趣旨は、NAFTA11章の曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような当事国に対する訴えが仲裁によって許容されたという点等にあった(III.2.参照)。 このような批判を受ける形で、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、NAFTA11章について覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)(「貿易委員会覚書」)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。

  1. 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
  2. 『公正かつ衡平待遇』並びに『十分な保護及び保障』は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
  3. NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。

これは、S.D.Myers事件、Pope and Talbot事件において、NAFTA上の公正待遇義務が国際慣習法を越える内容をもつと判示したことに対して、NAFTA加盟国が危機感をもって対処した結果である。

投資協定仲裁の新たな展開とその意義 - 経済産業研究所P.14


Pope and Talbot事件では、NAFTA1105条の待遇の最低基準が、伝統的な慣習国際法上の基準と同様であるか、それとも、より手厚い投資保護を求めるものであるかが問題となった。 仲裁廷は後者の立場を支持して義務違反を認定したが、この判断を受け、NAFTA当事国(特にアメリカ合衆国)では、投資保護に偏りすぎた解釈により、国家が過大な負担を負わされているとの批判が高まった。 そして、NAFTAの全当事国から構成される北米貿易委員会は同判決から3か月後の2001年7月、第1105条は慣習国際法より高い保護を与えるものではない、という解釈ノート(NAFTA第1131条に基づき、仲裁廷を法的に拘束する)を発表するに至る。

ISDS 条項批判の検討 - 京都大学大学院法学研究科P.26,27


米国においては、国際法上の「収用」は、国内の財産権保障との比較という観点からも論争を巻き起こした。 具体的には、初期のNAFTAの仲裁判断について、米国憲法上の財産権保障を上回る財産権の保障を投資家に与えるものだとの批判がされた。 憲法上の財産権保障の枠組みは、個人の財産権の保護と国家の規制による公的目的の追求をバランスさせようとするものである。 このバランスの取り方が国際法と国内法で異なれば、議論がおこるのは避けられない。 米国議会の示した反応は、米国における外国投資家が、米国投資家よりも投資財産保護に関してよい待遇をうけることのないようにするべきであり、米国内の法原則や実行と整合的であるべきというものだった。 これを反映して、最近の米国の投資協定には、収用の判断基準について、米国国内判例とも整合的なものとするような注釈をつける。

規制と間接収用 - 経済産業研究所P.4


米国モデル投資協定(2004年)


(1)収用の範囲

環境や公衆衛生等の公共福祉目的の措置を無差別にとることは、原則、間接収用を構成しない旨明記

(2)公正・衡平な待遇

外国人の待遇に関する国際慣習法上の最低基準が要求する待遇を超える待遇を与えるものではない旨明記

主要国モデル投資協定の比較 - 外務省

この点、フランスやドイツのモデル投資協定では、無頓着な規定となっている。

フランスモデル投資協定(2006年)


(1)収用の範囲

米国モデル投資協定のような公共福祉目的の措置に関する規定はない

(2)公正・衡平な待遇

国際法の原則に基づく公正・衡平待遇を与える旨規定(国際慣習法上の最低基準に限定していない)


ドイツ・モデル投資協定(2008年)


(1)収用の範囲

米国モデル投資協定のような公共福祉目的の措置に関する規定はない

(2)公正・衡平な待遇>

公正・衡平待遇を与える旨規定(国際慣習法上の最低基準に限定していない)

主要国モデル投資協定の比較 - 外務省

現状でも、日本が締結している投資協定のISD条項を利用すれば、米国企業は日本を相手に国際投資仲裁を付託することは可能であるが、未だに、日本は1度も訴えられていない。 例えば、先に例を挙げた事例の日本企業がチェコ=オランダ投資協定に基づいてISD条項を利用したSaluka事件のようなことを米国企業が日本政府に対して行なうことは可能である。

わが国では既に25を超える国と投資協定などを締結していますが、ISD条項は、先方がその採用を拒否したフィリピンを対象とする協定以外には実はすべて含まれています。 しかし、わが国が訴えられた例は過去にありません。

米国とは未締結ですが、過去にたばこのフィリップモリス社が香港と豪州の投資協定を使って、豪州を訴えたように米国企業が締結相手国で営業していればわが国を訴えることが可能です。 が、それでもまだ1件もわが国は訴えられていないのが現実です。

TPP:ISD条項は治外法権か? - 金子洋一「エコノミスト・ブログ」


法人投資家の定義において、設立のみを要件とせず追加の要件を定め、P型の利益否認条項を置かない場合がある。 伝統的な投資保護協定の全てと自由化規定を盛り込んだEPAのうち少数である。 それらは次のような2つの類型に分けられる。

①法人投資家の定義として、a)一方の締約国内で設立され、かつ、b)当該一方の締約国内に住所を有する(having their seat)ことと規定し、P型の利益否認条項を置かない類型がある。 この「住所を有する」とは、「主たる事務所を有する」ことと解されている。 この類型に属するのは、伝統的な投資保護協定(エジプト、スリランカ、中国、トルコ、香港、バングラディシュ、ロシア、モンゴル、パキスタンとのBIT)である。

平成20年度投資協定仲裁研究会報告書II投資協定における利益否認条項 - 経済産業省P.24-25

エジプト、スリランカ、中国、トルコ、香港、バングラディシュ、ロシア、モンゴル、パキスタンとの投資協定では、協定上の投資母国に事務所さえ置けば、事実上のペーパーカンパニーであっても、投資保護の対象となる。 それ以外の協定においても、協定上の投資母国で何らかの実質的な事業活動(SBA: Substantial Business Activities)を行なっていれば良い。 大規模なグローバル企業ならば、ISD条項のある24の投資協定の協定上の投資母国のいずれかの国で既に実質的な事業活動を行なっているだろうから、改めて、事業を開始する必要はない。 つまり、米国のグローバル企業は、日本が締結した24の協定上の投資母国のいずれかの国で既に実質的な事業活動を行なっている子会社に対して、日本での経営権を株式譲渡や経営委託などの手法で譲渡するだけで日本政府に対してISD条項を利用可能になる。 そんな簡単なことでISD条項を利用できるにも関わらず、未だ、日本政府は1件も訴えられていない。 それなのに、直接的にISD条項を結んだ途端に日本政府が訴訟戦争に巻き込まれると言うなら、それはあまりにも現実離れしている。

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