言論の自由の危機、SLAPPから情報発信者を守れ!
はじめに
SLAPP的開示請求を受けたときの対処法については別にまとめたので、そちらを参照されたし。
概要
先日、言論の自由を根底から脅かしかねない極めて危険な判決が出たので、それについて解説したい。 プロバイダ責任制限法では、開示請求について次のとおり定められている。
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条
特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
2 開示関係役務提供者は、前項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、開示するかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない。
3 第一項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。
4 開示関係役務提供者は、第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。 ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。
法によれば、開示請求には、「権利が侵害されたことが明らか」であることと「開示を受けるべき正当な理由」の両方が必要とされている。 しかし、令和3年(ワ)第15819号発信者情報開示請求事件- 裁判所では、百歩譲って前者は成立するとしても、明らかに後者が成立しないにも関わらず、開示命令が出された。 その具体的な判断の誤りは後で詳しく説明する。
地裁判決では、この手のトンデモ判決は珍しくもない。 開示請求裁判でなければ、控訴審で誤りが正されれば済むことである。 しかし、開示請求裁判では、通常、一審しか行われない。 例えば、2020年4月30日の研究会でNTTコミュニケーションズ株式会社の法務監査部長は次のように発言している。
開示判決が出たものにつきまして、私どもが不服として争うといったような事案は現状ではございません。
「開示判決が出たもの」に対して「不服として争う」とは、上訴(控訴や上告)のことである。 つまり、NTTコミュニケーションズ株式会社では、開示請求はほぼ一審で決着をつけているのである。 これに対して、上沼構成員は次のように問いただしている。
先ほど、裁判のほうに行ったときに、開示の判断が出たときに控訴はされていないとおっしゃっていたと思うのですが、任意開示の段階では明白とは判断ができないということで裁判となったが、裁判所は権利侵害が明白として判断したことについて不服はないということかと思うんですが、そうすると明白性の判断がプロバイダレベルと裁判所のレベルでずれているというようなことになるのかなと思うんです。 判断がずれても、控訴されない理由というか、その辺のところをちょっと教えていただければなと思うんですけれども、いかがでしょうか。
これに対して、NTTコミュニケーションズ株式会社側は、控訴しないわけではないとは言っていないことから、先ほどの「不服として争う」は上訴のことで間違いないだろう。
同条第4項にはプロバイダが開示を拒否した場合には「故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない」と免責条項がある。 一方で、開示した場合の免責条項はない。 だから、プロバイダは、開示理由が明らかに成立する場合か、発信者が同意した場合以外は、裁判なしに開示することはない。 それに対して、開示を認める判決が出た後は、判決に責任を転嫁できるので開示することに対して責任を問われなくなり、「不服として争う」、すなわち、上訴する理由がなくなる。 プロバイダにとって上訴する理由がないのに、プロバイダがお金や時間をかけて上訴することは考えにくい。 だから、プロバイダが上訴しないことは何ら不思議なことではない。 もしも、判決に逆らって開示しないと「故意又は重大な過失がある場合」に該当すると考えられるので免責条項が適用されなくなる。
なお、開示請求を認容する確定判決があった以降、これに従わず開示に応じない行為については、一律故意又は重過失が認められるため、本条による免責の対象とはなり得ない。
結果、プロバイダは一審で開示が認められれば、上訴せずに開示に応じるのである。
以上の通り、開示請求裁判では、トンデモ判決が一審で確定し、それによりSLAPP的な不当な開示請求が通ってしまう危険性がある。 そして、それが現実化したのが、これから詳細に紹介する本件裁判事例である。
具体的な判決の誤り
成立しない「開示を受けるべき正当な理由」
弁論の全趣旨によれば,原告は,本件各投稿者に対し,損害賠償等を請求することを予定していることが認められる。 そうすると,上記2において説示したところを踏まえると,原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものといえる。 したがって,原告は,被告に対し,プロバイダ責任制限法4条1項に基づき,本件発信者情報の開示を求めることができる。
判決は「原告は,本件各投稿者に対し,損害賠償等を請求することを予定していることが認められる」とするが、その請求権を裏付ける根拠が何も示されていない。
損害賠償請求権の根拠は民法第709条であるが、賠償対象は不法行為によって生じた損害である。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
つまり、不法行為によって生じた損害がなければ、損害賠償請求権も存在しない。
本件開示請求では、著作権のうち複製権と公衆送信権の侵害を請求理由にしている。
第1請求
主文同旨
第2
事案の概要
1 本件は,原告が,ツイッターのウェブサイトに別紙投稿記事目録記載の各投稿をされた行為により,本件各投稿にスクリーンショット画像として添付された別紙原告投稿目録記載の各投稿に係る原告の著作権(複製権及び公衆送信権)を侵害されたと主張して, 被告に対し,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項に基づき,別紙発信者情報目録記載の各情報の開示を求める事案である。
著作権は大きく分けて著作財産権と著作者人格権に分かれるが、複製権と公衆送信権は著作財産権に分類される。 著作財産権が侵害されると、財産的な損害が発生する。 著作権法第104条では損害額の推定方法を複数提示している。
- 侵害行為がなければ販売できた量×単位数量当たりの利益
- 侵害行為により侵害者が受けた利益
- 侵害相当の行為に対して受けるべき金銭の額
- 著作権等管理事業者が定める使用料規程に基づいて算出した使用料の額
- その他
本件では、対象となる著作物は単なるツイートであるので、著作者が当該著作物で財産的利益を得ているとは考え難い。 また、侵害者も当該著作物から財産的利益を得ているとは考え難い。 よって、どのような方法で推定しても財産的な損害はゼロとなる。
著作者人格権が侵害されると、人格権的な損害が発生する。 著作権法第二章第三節第二款(第18条〜第20条)では、大きく3つの著作者人格権が定義されている。
- 公表権
- 未公表の著作物の公衆への提供をコントロールする権利
- 氏名表示権
- 実名若しくは変名を著作者名として表示、又は表示しないことを決める権利
- 同一性保持権
- 著作者の意に反して著作物の改変を受けない権利
本件では、著作者人格権の侵害は一切認定されていない。 というか、請求理由には入っていない。 以上、まとめると次のようになる。
- 著作財産権の侵害で損害は発生していない
- 著作者人格権の侵害はない
つまり、財産的にも人格権的にも損害はゼロである。 これで、如何にして「損害賠償等を請求する」のであろうか。 損害がないなら、損害賠償請求権が存在しないのであり、「損害賠償等を請求する」法的な正当性などあるわけがない。 プロバイダ責任制限法の逐条解説でも次の通り解説されている。
例えば、不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用のおそれがある場合や、賠償金が支払い済みであり、損害賠償請求権が消滅している場合、行為の違法性を除く不法行為の要件を明らかに欠いており、損害賠償請求を行うことが不可能と認められるような場合には、開示請求者に発信者情報の開示を受ける利益が認められず、発信者情報を入手する合理的な必要性を欠くことから、本条の開示請求権を行使することができない。
なお、本要件が単に「開示を受ける必要があるとき」ではなく、「発信者情報が開示請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受ける正当な理由があるとき」とされているのは、単に「開示を受ける必要があるとき」という規定であると、開示関係役務提供者がこの要件について、上記のような趣旨であることを理解しないまま安易に開示に応じてしまうことが考えられるので、それを防止する方策として、損害賠償請求権の行使目的等の開示を受けるべき正当な理由が存在していることが要件となっていることを法文上明確にするものである。
本件では、具体的な損害が発生しておらず、「損害賠償請求を行うことが不可能と認められるような場合」に該当するので「本条の開示請求権を行使することができない」のである。 よって、「損害賠償等を請求することを予定していることが認められる」とする判断は明らかに誤りである。
不正利用の危険性の明白さ
なお,被告は,メールアドレスや電話番号を開示した場合,原告がそれらの情報をインターネットに公開するおそれがある旨主張するが, 原告は,口頭弁論期日において,当裁判所に対し,開示された情報を目的外利用することはない旨誓約している事実(第4回口頭弁論調書参照)を踏まえると, 原告が上記誓約に違反してまでプライバシー侵害その他の違法行為に及ぶおそれは低いとみるべきであるから,被告の主張は,上記判断を左右するものとはいえない。
判決はこのように判断しているが、「原告が上記誓約に違反してまでプライバシー侵害その他の違法行為に及ぶおそれは低い」とする根拠が何もない。
民事訴訟法や民事訴訟規則には、誓約に違反したことに対する罰則規定はない。 また、プロバイダ責任制限法にも「当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない」と規定されるだけで、その罰則規定はない。
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条
3 第一項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。
先に説明した通り、本件事件では「損害賠償等を請求する」べき損害はない。 しかるに、原告は「損害賠償等を請求する」嘘の口実に基づいて開示請求を行った。 このような不正な開示請求を行う人間が、何故、罰則のない誓約ごときで「上記誓約に違反してまでプライバシー侵害その他の違法行為に及ぶおそれは低い」と言えるのか。 どう考えても、平然と「上記誓約に違反」することは容易に予測されることであろう。
判決文の当事者の主張を読むと、原告が恐喝を目論んでいることが窺われる記載もある。
4 争点3(正当な理由の有無)
(原告の主張)
原告は,本件各発信者に対する損害賠償請求権を行使するに当たり,民事訴訟の提起の前に,任意での示談交渉を予定している。 そのためには,本件各発信者と直接連絡を取りやすい電子メールアドレス及び電話番号の各情報が必要である。
損害が何もないのに「損害賠償請求権」などは存在し得ないが、「任意での示談交渉」は、一体、何を交渉するつもりなのか。 発信者の個人情報をちらつかせて、金銭等を恐喝するつもりなのか。 それとも、法的知識が乏しい可能性がある発信者に対して、開示判断を根拠にして請求者の主張が法的に正当だと誤認させて、金銭等を恐喝するつもりなのか。 いずれにしても、「任意での示談交渉」は「損害賠償請求権」が存在しないのだから「開示を受けるべき正当な理由」とはなり得ない。
その他
著作財産権の侵害については「百歩譲れば、地裁の判断もないとは言えない」という程度であるが、一応指摘しておく。
著作物性
上記認定事実によれば,原告投稿1は,140文字以内という文字数制限の中,発信者情報の仮の開示を求める仮処分手続を経て,著作権侵害と思われる通信に係る経由プロバイダが明らかになった事実に基づき,当該事実についての感想を口語的な言葉で端的に表現するものであって,その構成には作者である原告の工夫が見られ,また,表現内容においても作者である原告の個性が現れているということができる。
上記認定事実によれば,原告投稿2は,140文字以内という文字数制限の中,意見が合わない他のユーザーに対して,短い文の連続によりその意見を明確に修正した上,高圧的な表現で同人を罵倒するものであり,その構成には作者である原告の工夫が見られ,また,表現内容においても作者である原告の個性が現れているということができる。
上記認定事実によれば,原告投稿3は,140文字以内という文字数制限の中,かつてツイッター上で特定のユーザーとトラブルとなった経緯のほか,その後,当該ユーザーの政治的主張が採用されなかったこと,当該ユーザーが大学入試に失敗したことを端的に紹介した上で,当該ユーザーが不幸に見舞われたことを「ざまあ」の三文字で嘲笑するものであり,その構成には作者である原告の工夫が見られ,また,表現内容においても作者である原告の個性が現れているということができる。
上記認定事実によれば,原告投稿4は,140文字という文字数制限の中,原告に訴訟を提起されたにもかかわらず危機感がないと思われる特定のユーザーの状況等につき,「アナタ」,「アウト」,「バカ」,「自業自得」という簡潔な表現をリズム良く使用して嘲笑するものであり,その構成には作者である原告の工夫が見られ,また,表現内容においても作者である原告の個性が現れているということができる。
以上によれば,原告各投稿には,いずれも著作物性が認められる。
判決はこのように判断しているが、「いずれも著作物性が認められる」には程度の評価が全く見られない。 もちろん、「原告の工夫」や「原告の個性」がある以上、著作物性が完全にゼロであることはあり得ない。 しかし、ここで問うべきことは著作物性が僅かながらでもあるかどうかではない。 問うべきことは、本件の事情と対比して認めるべき程度の著作物性があるかどうかなのである。 その判断がどこにもない。
著作権に限らず、知的財産権は誰でも思いつく内容に対して早い者勝ちで専有権を認める制度ではない。 そのような権利は公共の福祉と相入れない。 日本国憲法では国民の権利について次のように規定されている。
すべて国民は、個人として尊重される。 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
国民の権利は、あくまで、公共の福祉に反しない限り尊重されるものである。 それは、著作権も例外ではない。 よって、著作権も無限に認められるわけではない。 もしも、仮に、著作権を無限に認めた場合、一度でも他人が書いた文章は無断で利用できなくなってしまう。 それでは、日常生活すらまともにできなくなる。 よって、著作権も公共の福祉とのバランスを考慮しなければならないことは言うまでもない。
著作物性を必要とする利用形態において、当該著作物性を有する作品を利用する場合は、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要がある。 例えば、絵画の鑑賞を目的とした利用において、絵画を利用する場合は、当然、その絵画には著作権が認められなければならない。 また、著作物性を必要としない利用形態においても、利用する作品の著作物性が高い場合は、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要がある。 でなければ、著作物性を必要としない利用形態を表向きの口実にすれば、著作物性が高い作品が自由に利用できてしまう。
では、著作物性を全く必要としない利用形態において、利用物にごくわずかな著作物性が認められ、かつ、その著作物性を除外することが困難な場合に、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要があるか。 例えば、何らかの不当行為の証拠として必要不可欠な範囲で提示した利用物に、ごくわずかな著作物性が認められることをもって、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要があるか。 そのようなケースに著作権を認めれば、あらゆる証拠品に著作権が認められることになあり、その著作者に無断で証拠提示できないことになってしまう。 よって、そのようなケースに著作権を認めては公共の福祉に反する。 普通の人では容易に思いつかないような高度な表現を用いた文書等ならいざ知らず、一般人の考える140文字程度の日常会話の著作物性などごく僅かにすぎない。 そのごく僅かな著作物性を有する文章を無断使用することは日常茶飯事、かつ、お互い様で当然の受忍限度の範囲内であろう。 それを殊更に権利侵害だと主張するのは、蚊に刺された程度の痛みに対して権利侵害を主張するのと等しい。
だから、「140文字という文字数制限の中」で「原告の工夫」や「原告の個性が現れている」といったことだけで判断するのは妥当ではない。 本件の場合、発言事実を証拠として提示することを目的として「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」したことは明らかであり、「作者である原告の工夫」や「原告の個性」は二次利用者の意図とは無関係に付随しているものである。 発言の証拠とする以上、元の発言にむやみに改変を加えることはできないので、「原告の工夫」や「原告の個性」を取り除くことは困難である。 「140文字という文字数制限」があることも、余計に取り除く困難さに拍車をかける。 よって、本件の「スクリーンショット」上の原発言の「原告の工夫」や「原告の個性」は、「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」した者の意図に反して付随しているにすぎず、しかも、不可抗力としてやむを得ない範囲を逸脱していない。 このようなケースで著作物性を認定して著作権侵害を成立させてしまえば、あらゆる証拠提示行為に著作権侵害が成立していまう。 よって、本判決の判断は、公共の福祉とのバランスを無視して著作権を無制限に認めるものであり、法的に妥当な判断とは言い難い。
「公正な慣行」
これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件各投稿は,いずれも原告各投稿のスクリーンショットを画像として添付しているところ,証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば,ツイッターの規約は,ツイッター上のコンテンツの複製,修正,これに基づく二次的著作物の作成,配信等をする場合には,ツイッターが提供するインターフェース及び手順を使用しなければならない旨規定し,ツイッターは,他人のコンテンツを引用する手順として,引用ツイートという方法を設けていることが認められる。 そうすると,本件各投稿は,上記規約の規定にかかわらず,上記手順を使用することなく,スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載していることが認められる。 そのため,本件各投稿は,上記規約に違反するものと認めるのが相当であり,本件各投稿において原告各投稿を引用して利用することが,公正な慣行に合致するものと認めることはできない。
判決はこのように判断しているが、「公正な慣行に合致するものと認めることはできない」とする論理が成立していない。
まず、「公正な慣行」と「ツイッターの規約」は同一であるか。 「ツイッターの規約」が「公正な慣行」より厳しい可能性も緩い可能性もあろう。 だから、「ツイッターの規約」をもって「公正な慣行」と見做すのは無理がある。
そもそも、「ツイッターの規約」では「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することを禁止しているのか。 確かに、「他人のコンテンツを引用する手順として,引用ツイートという方法を設けている」ことは事実である。 しかし、「ツイッターが提供するインターフェース及び手順」を一つに限定する規定もない。 よって、「引用ツイートという方法」以外で「他人のコンテンツを引用する」ことは「上記規約に違反する」とは言えない。 一方で、Twitterは画像を貼り付ける機能も提供しており、それにより、「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することを禁止していない。 ようするに、「本件各投稿は,上記規約に違反するものと認めるのが相当」とは、「ツイッターの規約」にない仮定、すなわち、「ツイッターが提供するインターフェース及び手順」を一つのみに限定する仮定を裁判官が勝手に置いた裁判官の脳内にのみ存在する独自基準に過ぎない。
主従関係
また,前記認定事実によれば,本件各投稿と,これに占める原告各投稿のスクリーンショット画像を比較すると,スクリーンショット画像が量的にも質的にも,明らかに主たる部分を構成するといえるから,これを引用することが,引用の目的上正当な範囲内であると認めることもできない。
判決はこのように判断しているが、「スクリーンショット画像が量的にも質的にも,明らかに主たる部分を構成する」とする論理が成立していない。 引用における量的判断は、引用部分の絶対量ではなく、必要最小限の範囲にとどまっているかどうかで判断するものであるが、本判決ではその判断をしていない。 また、質的判断は、引用目的とその方法の妥当性で判断するものであるが、本判決ではその判断をしていない。 つまり、本判決では「明らかに」と言える論拠を何も提示しないまま結論だけが断定的に述べられている。
本判決文によると、これらの文言とともに「スクリーンショット画像」が貼り付けられている。
- 「この方です・・・」
- 「私に対してのリプ 何にもしてないのにぃ(ó_ò。)」
- 「絡んだ時間順に並べてみました。暴言はいてます?」
- 「はい!あなたは私に暴言をはきましたが,(以下略)」
いずれも、発言が指摘する事実関係の証拠として「スクリーンショット画像」が貼り付けられていることは明らかである。 もちろん、証拠提示として必要のない文言はあるかもしれないが、「140文字という文字数制限」を考えれば、不要部分を削除することは極めて困難だろう。 つまり、これら「スクリーンショット画像」は、原告の発言内容の「原告の工夫」や「原告の個性」を利用することが目的ではなく、誹謗中傷を受けたと被告たちが認識していることについて、その事実関係を示す証拠として必要最小限の範囲で貼り付けたに過ぎない。 「量的にも」必要最小限で、かつ、「質的にも」証拠提示としての妥当性を否定できないので、明らかに、発言が主で「スクリーンショット画像」が従である。
言論の自由の危機
本事件から、情報発信者の権利が不当に侵害され、その結果、言論の自由が脅かされる危険性が明らかになった。
- 地裁判決ではトンデモ判決は珍しくもないが、通常なら控訴審で誤りが正されれば済む
- 開示請求裁判では一審しか行われないので、一審のトンデモ判決で不当な開示請求が通る危険性がある
- その危険性は実際に発生した
テラスハウス(木村花さん自殺)事件の後、開示請求のハードルを下げるべきだとする意見が相次いだ。 しかし、正当な情報発信に対する情報発信者の保護が完全に置き去りにされている。 現状でも不当な開示請求がまかり通る恐れがあるのだから、このまま開示請求のハードルを下げれば、さらに情報発信者の権利が不当に侵害されよう。 例えば、偽医療、詐欺業者等を告発する善意の情報発信者が、それら偽医療、詐欺業者等を推進する悪人たちから不当な攻撃を受ける恐れがある。 悪人たちが手に入れた個人情報を、悪用して目的外に使用しても、現行法では罰則がない。 ネット上に晒そうが、殺し屋への依頼に利用しようが、何でもしたい放題である。
解決策
解決策の一つとして、プロバイダ責任制限法に、入手した個人情報の不正利用について懲役刑等の重い罰則を設けることが考えられる。 不正利用される場合は、故意であり、かつ、発信者に対して不当に重大な危害を加えることとなるため、その刑罰は重いものとすべきだろう。 また、ネット上で個人情報が拡散されるケースも想定されるので、開示請求した者以外の二次的な不正利用も刑罰の対象とすべきである。 そうしなければ、刑罰が抑止力として機能しなくなる。
また、本件のトンデモ判決では、裁判官のSLAPPに関する理解が不足していることが原因として考えられる。 正当な請求である可能性と、不当な請求である可能性の両方を念頭に置いていれば、請求者の目的についても深く考察するはずである。 請求者の目的について深く考察すれば、具体的損害が発生していないことから損害賠償請求が不可能であることはすぐに気づける。 つまり、著作権侵害は口実であって、別の目的で開示請求したことに容易に気づけるのである。 というか、本件は、俳句、川柳、短歌等の作品が盗用された事案ではない。 それなのに、名誉毀損等ではなく著作権侵害を理由としていることは明らかにおかしい。 発信者は不正発信をする前提なのに、何故か、請求者は不正請求をしないという片側性善説に基づいた雑な判断である。 これを防ぐには、こうした不正請求の危険性を法令に明記する必要がある。 本件では、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省で解説しているにも関わらず誤った判断が行われたので、逐条解説への記載では不十分であることは明らかだろう。
また、判決が明らかに妥当性を欠いているにも関わらず上訴せずに開示に応じた場合にプロバイダの免責をしないことも法令に明記すべきだろう。 もちろん、発信者側が明らかに加害者であって、かつ、ごねて開示を引き伸ばそうとしている場合にまで上訴が乱発されるようになっては、被害者の救済が難しくなる。 しかし、判決内容の如何に関わらず、判決にさえ従えばプロバイダが免責されることになれば、本件のようなトンデモ判決によって正当な発信者に危害が加えられることになる。 だから、正当な開示請求を阻害することなく、かつ、SLAPPも阻止できるバランスの良い法規制が必要である。 そのためには、プロバイダの免責範囲について、細かいケース別に分けた詳細な判断基準を示すことが必要であろう。
補足:本件はスクショ問題ではない
本事件を「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することの問題と矮小化して捉えている人がいるがそれは大きな間違いである。 「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することは本事件限りの問題であって、それ自体は、今後への影響を考える必要はない。
問題は、トンデモ判決全般に関わることである。 既に述べた通り、地裁では、トンデモ判決は珍しくない。 そして、開示請求裁判では、プロバイダは上訴しない。 それゆえに、トンデモ裁判によって正当な発信者に危害を加えられる危険性がある。 それが現実化したのが本事件である。
本事件は判例となるか?
日本の裁判制度では、判決は過去の判例に拘束されない。
上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。
上級審の判断が下級審を拘束するのは「その事件について」のみである。 類似の事件であっても、違う事件であれば、上級審の判断は下級審を拘束しない。 とはいえ、民事訴訟法は判例を重視する規定になっている。
上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。
以下の判例に違反する場合は上告受理理由となる。
- 最高裁判所の判例
- これがない場合は、高等裁判所の判例
ただし、判例違反は「上告審として事件を受理することができる」のであって、受理する義務はない。 つまり、同法第312条の上告理由と違い、第318条の上告受理理由には最高裁の匙加減次第となる。 また、地裁判決は対象とならない。
一方で、裁判所法第10条第1項第3号により、最高裁判断の変更は大法廷でしかできないこととなっている。 このことからも最高裁判例を重視していることが読み取れる。
しかし、判例と違う判断を禁止する法規定はない。 だからこそ、判例違反があっても、「上告審として事件を受理する」義務はないのである。
判例と違う判断を禁止する法規定はない一方、日本の裁判では過去の判例を踏襲した判断が多い。 それは、判例に従う義務があるからではなく、踏襲した判例が妥当な判断だったからである。 日本の裁判所が、妥当ではない判例に対してまで盲目的に踏襲するわけではない。
ある種類の事件の最初の判決として、地裁でトンデモ判決が出たとしよう。 当然、それによって不利益を被る側は上訴するだろうから、誤りがあれば上級審で正される可能性が高い。 仮に、上訴しない等の理由でトンデモ判決が確定したとしても、次の事件を担当した裁判官が真っ当であれば真っ当な判決が為されよう。 判例が積み重なるにつれて、真っ当な判例によってトンデモ判例は淘汰されていく。 結果、踏襲されるべき判例は真っ当な物だけが残るので、その後の裁判の多くは真っ当な判例を踏襲するのである。
よって、今回のようなトンデモ判決が判例として今後の裁判で永続的に踏襲されることは考えられない。
あらゆる発信の危険性
過去の地裁判決をいろいろと調べてみれば、どうしようもないトンデモ判決もあれば、凄いと唸らせる名判決もある。 つまり、地裁の裁判官には真っ当な裁判官もいれば、トンデモな裁判官もいるのだ。 なかには、自らの政治的イデオロギーのために法令を平然とねじ曲げているとしか思えない裁判官もいる。 そして、少数の裁判官で判断が下されるので、偶々、トンデモな裁判官に当たるとトンデモな判決が出てしまう。 例えば、本件は、令和3年(ワ)第15819号発信者情報開示請求事件- 裁判所p.14,15を見れば明らかな通り、たった3人の裁判官で判断している。 意見が割れた場合は多数決で決定するので、偶々、2名のトンデモ裁判官に当たるとトンデモ判決が出ることになる。
通常の係争なら、地裁でトンデモ判決が出ても上級審で是正される余地がある。 しかし、既に説明した通り、開示請求裁判ではプロバイダ側は上訴しない。 だから、開示請求裁判では、不幸にもトンデモな裁判官に当たってしまうと、SLAPP的な不当な開示請求が通ってしまう危険性がある。 そして、それが現実化したのが本件裁判事例である。
そして、その危険は「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」した場合だけにとどまらない。 今後、どんなトンデモ判決が出るかは予測が困難である。 何故なら、トンデモ判決なのだから。 通りの通らないトンデモの内容を予測しろ、と言うのは無理がある。 ただ、確実に言えることは、これからも一定確率でトンデモ判決が出ることと、それによって発信者に危害が加えられることである。
誰かにとって不都合な情報を発信したら、それは全てSLAPPの標的になり得る。 それが善であるか悪であるかは関係がない。 その内容を気に入らない人間がいる限り、SLAPPの標的になり得る。 誰かの悪事を指摘すれば、当然、SLAPPの標的になり得る。 極端なことを言えば、誰かを褒める投稿であっても、それを気に入らない人がいれば、SLAPPの標的になり得る。 当然、SLAPP的開示請求は不当な請求である。 しかし、地裁判決では不当なSLAPP的開示請求が通ってしまう恐れがあり、実際にそれが現実化したのである。 そして、どの案件でトンデモ判決が出るかはロシアンルーレットで予測ができない。 本件のような問題を野放しにしては、迂闊に何も言えなくなってしまうのである。
濫用テクニック
嘘か本当か知らないが、第一審には任意の裁判官を選ぶテクニックがあるらしい。 その裁判所に所属する裁判官の過去の判決を調べ、その傾向から自分に都合の良い判断をしてくれそうな裁判官に当たるまで、何度も取下げを繰り返すのである。 民事訴訟法によれば、取下げには相手の合意が必要となる。
第二百六十一条 訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。
2 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。
取下げの効力は次の通り。
第二百六十二条 訴訟は、訴えの取下げがあった部分については、初めから係属していなかったものとみなす。
2 本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。
「係属」は法令用語で訴えについて審判中である状態を指す。 つまり、訴訟全体を取下げると、最初から訴えがなかったことになる。 訴えがなかったことになるのだから、再度、訴えることが可能になる。 ただし、「終局判決があった後」の取下げを除く。
一方で、請求の放棄には相手の合意が必要ない。
第二百六十七条 和解又は請求の放棄若しくは認諾を調書に記載したときは、その記載は、確定判決と同一の効力を有する。
請求の放棄は「確定判決と同一の効力を有する」ので、再度訴えることはできない。
通常の裁判であれば、このようなテクニックには意味がない。 何故なら、一審で勝てても上級審で勝てなければ意味がないからである。 そして、このような手段で贔屓目の裁判官に勝たせてもらっても、一審の訴訟からは何も反省点が得られない。 だから、上級審を考えると、このようなテクニックは、むしろ、原告側を不利にしかねない。 勝ち目のない裁判でアジテーション戦術として自分に有利な和解を引き出す手段としては使えるかもしれないが、裁判で勝つ手段としてはむしろ逆効果だろう。
しかし、こと、開示請求裁判に限れば、そうとも言えない。 さて、では、開示請求した側が訴訟を取下げた場合、プロバイダはどうするか。 取下げがあれば、プロバイダにはお金や時間を掛けて訴訟を継続する必要はない。 だから、当然、即、合意するだろう。 しかし、プロバイダ側も馬鹿ではない。 何度も取下げを繰り返した場合、プロバイダは本気で訴訟を止める気がないことを見抜いて取下げに安易に合意することはないと思われる。 よって、最初の1〜2回の取下げのみ効果があるものと思われる。 とはいえ、それでも、最初の担当裁判官が過去の傾向から自分に不利な判断をする可能性が高い場合は、それを回避することが可能となる。 効果は限定的だが、全く意味のないテクニックとも言えない。
著作権侵害を口実にした開示請求を受けた場合
トンデモ判決が出る最大の原因は裁判官にあるが、被告側が裁判で適切な反論を行なっていないことにも問題がある。 プロバイダ側は、代理裁判を行なっているに過ぎず、勝っても負けてもどちらでも責任を回避できる立場なので、発信者に代わってしっかり反論してくれることを期待できない。 開示請求裁判の被告はプロバイダであり、発信者は裁判に参加できないのだから、事前にプロバイダに必要な反論を説明しておく必要がある。 だからこそ、発信者が事前にしっかりと反論を用意しなければならない。 そのためには、著作権侵害を口実にした開示請求を受けた場合、プロバイダに必要事項を説明して、開示請求の要件を満たしていないことを説明しよう。 詳細はSLAPP的開示請求を受けたときの対処法で解説する。
余談
本件と直接的には関係がないが、「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することについてまとめておきたい。 こうした方法を取る理由はいくつかあるようだ。
- ブロックされているのでリツイートできない
- 消される前の証拠保全のため
- 相手に通知したくない
しかし、こうした利用方法は次のような理由により好ましくない。
- 誰でも改変可能な画像では証拠にならない
- 真偽が検証できないのでは何も言っていないに等しい
スクリーンショットを貼り付けるくらいなら、以下のサービスを利用した方が良いだろう。
これらを利用すれば発言があった証拠も残せるし、元のツイートを辿って発言の内容や経緯等も確認できる。
尚、ブロックされていてもURLを直接入れればリツイートできる。 「このアカウントの所有者はツイートを表示できるアカウントを制限しているため、このツイートを表示できません」と表示されるが、リンク先をクリックすることは可能である。 それで不十分なら、URLに加えてスクリーンショットを付ければ良い。
参考
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