TPPと国内産業・雇用・賃金
中立かつ客観原則
ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。
TPP総論
長期的視野では話は別だが、短期的視野で見ればTPPに参加するかしないかは大きな問題ではない。 それよりも、TPPとは全く無関係な混合診療完全解禁がもたらす患者の治療機会喪失の危険性やイレッサ訴訟の行く末によるドラッグラグ・未承認薬問題の悪化の方が、遥かに大きな問題であろう。 だから、TPPよりも重要な争点において国民に不利益をもたらす政策を党員に強要する日本維新の会は落選運動の対象とせざるを得ない。 混合診療の完全解禁を公約とする日本維新の会およびみんなの党には一切の主導権を握らせてはならない。 そのためには、これらの党に対する落選運動が必要なだけでなく、与党とこれらの党との連携も絶対に阻止しなければならない。 具体的運動の詳細は自民党への抗議方法を見てもらいたい。
概要
ここは サルでもわかるTPP@ルナ・オーガニック・インスティテュート と サルでもわかるTPP@Project99% のデマを暴くページであるサルでもわかるTPPと新サルでもわかるTPPの一部である。
農業
日本はコメに高い関税をかけてる(700%以上)。 TPPに入ると、関税がなくなって、外国から安いコメがたくさん入ってくるだろう。 安いものに飛びつく消費者は多いから、日本のコメが売れなくなって、日本のコメ農家には大打撃だ。 だから、TPPは日本の農林水産業に打撃を与える、というのは間違ってない。
「TPPは日本の農林水産業に打撃を与える」根拠は何も示されていない。 以下に説明するとおり、低関税品目においても、高関税品目においても、「TPPは日本の農林水産業に打撃を与える」ことはあり得ない。 誤った農業政策が「日本の農林水産業に打撃を与える」のであって、それはTPPのせいではない。
- 日本の農産物の殆どの関税はかなり低いので、打撃を受けることはない。
- 一部の高関税品目が高関税を必要としている最大の原因は、大規模農業規制や減反政策などの農業衰退政策にある。
- 過去に行われた輸入自由化等の影響評価 - 農林水産省によれば、牛肉、かんきつ、りんご、おうとう(さくらんぼ)の輸入自由化において日本の農林水産業に大打撃を与えていない。
- 「競合する国産品」は消費量・価格とも一定程度下がる場合があるが「日本の農林水産業に打撃を与える」までには至ってない。
- さくらんぼは「競合する国産品」だったが日本お得意の付加価値商法により「競合しない国産品」に転換できた。
- 「競合しない国産品」は消費量・価格ともに下がってはいない(さくらんぼでは消費量・価格ともに上がっている)。
- 高付加価値商品への転換が可能な物もある。
- 補助金は禁止されていない。
これら詳細はTPPと農業に記載している。 以上、農業衰退政策を辞めて、適切な農業振興策を実行すれば、貿易自由化が「日本の農林水産業に打撃を与える」ことはあり得ない。
雇用(失業)と賃金
TPPに加盟すると「労働力の移動」も自由化される。
するとTPP加盟国からの労働者が日本にどんどんやって来る。
純粋な単純労働者まで無制限に受け入れるかどうかはわからないが、少なくとも外国人労働者が以前よりも増えることは確実だろう。
弁護士免許や医師免許、看護師免許などが参加各国と共通化される可能性も取りざたされているからね。
しかし決して景気がいいとはいえない現在の日本の状況では、仕事は限られている。 限られた仕事の奪い合いで、日本人がはじき出され、失業者が増えることは想像に難くない。
TPPでは、
TPP協定発効後に専門職の相互承認を関心国の間で議論するための枠組み
TPP協定交渉の分野別状況10.越境サービス貿易 - 内閣官房
について検討されているが、
医師等の個別の資格・免許を相互承認することについての議論はない
TPP協定交渉の分野別状況10.越境サービス貿易 - 内閣官房
。
つまり、「専門職の相互承認」の議論はTPP発効後に行なわれるのであって、具体的な相互承認制度はTPP協定の中身には含まれていない。
これは、何故かと言えば、「専門職の相互承認」が口で言うほど簡単ではないからである。 「専門職の相互承認」を実現するためには、各国の資格のレベルのバラツキが許容範囲内に収まっていることが必須条件となる。 例えば、他の国より医療技術が遅れていて医師免許が簡単に取れる国があったとしよう。 医療技術の進んだ国からすれば、そのような技術の劣った国の薮医者が自国で医師を開業されては、自国民の安全が保てない。 つまり、「専門職の相互承認」は、双方が同レベルでなければ成立しないのである。 また、各国で認められる業務範囲や資格制度の細かい違いも「専門職の相互承認」にとって壁になる。
例えば、電波利用については、国際電気通信連合の無線通信部門によって国際規則や周波数の割当等を行なっている。 しかし、無線従事者の制度は各国で違っており、相互承認はされていない。 電波法施行規則第三十三条の二によれば、日本国内では、外国政府が発給した証明書がある場合で、かつ、限られた条件下でのみ、無線設備の操作を行なうことが認められている。 しかも、国内の一部の無線従事者資格のみに限られる(無線従事者の操作の範囲等を定める政令参照)。 国際規則があって、かつ、国際機関で運用調整されている電波利用についてさえ、この有様である。 各国独自のやり方が入り込む余地のある資格であれば、尚更、相互承認は難しい。
弁護士免許については、各国で法律が違いすぎるために、「参加各国と共通化」することは現実的に不可能である。
弁護士となる者には,当然、法律事務を扱う国の法律を熟知していなければならない。
たとえば、外国法事務弁護士の業務範囲として認められているのは
その資格の承認を受ける前提となった外国弁護士となる資格を取得した外国の法(「原資格国法」といいます。)に関する法律事務を取り扱うことのみ
外国法事務弁護士 - 法務省
である。
仮に、弁護士資格を「参加各国と共通化」するとすれば、弁護士には全ての「参加各国」の法律への精通が必要となる。
つまり、司法試験では、全ての「参加各国」の法律に精通した者のみを合格者としなければならない。
しかし、どうせ法律事務を扱う国の法律の知識が問われるなら、現行資格に基づいて法律事務を扱いたい国の資格を個別に取っても大した負担ではない。
むしろ、扱う予定のない国の法律まで勉強しなければならないなら、その方が、大きな負担となろう。
誰も得しない一方で、1国に腰を据えて法律事務をやりたい人にとっては、全く無駄かつ理不尽に難しい制度となる。
日本で弁護士をやりたいだけの人も、全ての「参加各国」の法律を勉強しなければならないのだ。
そんな馬鹿な制度を何処の国も採用したがるわけがない。
また、「弁護士」や「医師」がいくら日本に流れ込もうとしても、雇う者がいなければ流れ込みようがない。 教育水準の低い途上国では、日本で通用するレベルの「医師」や「看護師」が大量に生まれるとは考え難い。 先進国の人間であれば、わざわざ、異国の日本に出稼ぎに来る理由がない。
よって、「純粋な単純労働者まで無制限に受け入れるかどうかはわからない」のならば、「外国人労働者が以前よりも増えることは確実」と言えるはずがない。 「外国人労働者が以前よりも増えることは確実」と言えないなら、「賃金の相場はだんだんに下がっていく」とする根拠もない。
米国は、
国益に資する高度人材の受入れを優遇し、外国人労働者の能力や学歴・経歴によって、資質、職能ごとのカテゴリー分けをして優先順に受け入れていくとともに、外国人労働者が国内雇用等に与える影響を考慮して、受入れ数量に規制を設けたり、雇用主に対して、国内雇用に影響を与えないことを証明する手続きを課すなどしている
「外国人労働者問題に係る各国の政策・実態調査研究事業」報告書(財団法人国際経済交流財団) - 経済産業省P.72
など、単純労働者の受け入れには消極的である。
つまり、米国も、「国益に資する高度人材」は受け入れたがってるが、単純労働者は歓迎していない。
米国の単純労働者の賃金は低下しているようだが、いくつかの研究の計量分析によれば、
アメリカを事例とした研究では貿易が国内所得格差拡大に寄与する程度は非常に小さい
アメリカにおける国内所得格差の拡大の主因は技術であって、貿易ではない
そして、単純労働者の賃金の低下は、生産に単純労働を必要としなくなるような技術革新が進んだことによる
BRICs経済の成長と世界経済への含意に関する調査研究報告書第2部第8章 - 内閣府経済社会総合研究所P.309
R. Lawrence and M. Slaughter (1993), “Trade and U.S. Wages: Giant Sucking Sound or Small Hiccup?” Brookings Papers on Economic Activity 1; J. Sachs and H. Shats (1994), “Trade and Jobs in U.S. Manufacturing,” Brookings Papers on Economic Activity 1; A. Wood (1994), North-South Trade, Employment, and Income Inequality, Oxford: Clarendon.
ということである。
内閣官房も、
現在、TPP交渉で、単純労働者の移動や医師や看護師など個別の資格の相互承認(国家の資格・免許などをお互いに認め合うこと)についての議論はなく、いわゆる「単純労働者」や「質の悪い医師や看護師」などが入国しやすくなることはありません
米国の政府関係者は、TPP交渉で単純労働者の受入れや、他国の専門資格を承認することを求めることはないと明言しています
TPP協定交渉について - 内閣官房P.67
としている。
人の移動については
ビジネスマンの出張や海外赴任などに関する手続等を容易にする
TPP協定交渉について - 内閣官房P.67
こと等を主眼として議論しているのであって、「労働力の移動」の自由化を議論しているわけではない。
そして、
労働条件や環境基準については、貿易や投資を促進することを目的に、環境基準や労働者の権利保護の水準を引き下げないようにすることなどが議論されている
TPP協定交渉について - 内閣官房P.67
ので、むしろ、外国人労働者を安く扱き使うことを防止する規定になると考えられる。
日本人にとっては安いと思う給料でも、日本よりも物価水準の低い多くの国々の人々にとっては、大いに魅力的な額だ。 安い給料でも働いてくれる人が増えれば、企業はわざわざ高い給料なんか払わない。 こうして賃金の相場はだんだんに下がっていく。
あれっ、「純粋な単純労働者まで無制限に受け入れるかどうかはわからない」って言ってなかったっけ? そして、 サルでもわかるTPP@Project99% 自身が「大量の失業者が生まれて社会問題になっている」と指摘した次のNAFTAの事例ではそのような事態は発生していない。
ちなみにカナダ、アメリカ、メキシコの間で自由貿易協定NAFTAが結ばれたことでも大量の失業者が生まれて社会問題になっているんだよ(詳細は第5章参照)。
これについては米国公的機関の失業率データを参照する。
Labor Force Statistics from the Current Population Survey - 米国労働統計局 アメリカのGDPの推移 - 世界経済のネタ帳
米国の月間失業率は、1982年末をピークにして、2007年初め頃までは、多少の波はあるものの、全体としては下がっている。 2008年から2009年頃にかけて急激に失業率が悪化しているが、これはリーマン・ショックの影響である。 NAFTAとの関連について見てみよう。 NAFTAは1992年12月署名、1994年1月発効である。 1992年をピークに2000年までは米国の失業率は下がり続けている。 米国の失業率が1994年よりも悪化するのは2009年になってからである。 そして、2009年の失業率悪化の主原因は既に述べたようにリーマン・ショックである。 以上のとおり、統計データ上は、NAFTAによって米国の失業率が悪化した事実はない。
カナダの人口・雇用・失業率の推移 - 世界経済のネタ帳では、NAFTA後のカナダの失業率は下がり続けている。
メキシコの人口・雇用・失業率の推移 - 世界経済のネタ帳では、メキシコの失業率はNAFTA署名時と比べて3.4%、NAFTA発効時と比べて2.53%、それぞれ悪化している。
NAFTA後にメキシコの失業率のピークを迎えるのは1996年であるが、1997年にはNAFTA発効時の水準、1999年にはNAFTA署名時の水準に戻っている。
また、1980年から2011年のメキシコの失業率推移は全体としてほぼ横ばい状態であり、全体傾向へのNAFTAの影響は見られない。
以上のことから、メキシコの失業率の悪化がNAFTAの影響によるとは言い難い。
実は、このメキシコの失業率の悪化の直接的な原因は
1994年2月、南部で先住民による武装反乱が発生
Wikipedia:メキシコ
である。
事前にNAFTA調印の影響で
アメリカからメキシコへの投資ブーム
Wikipedia:メキシコ
が起きていたが、この反乱によるメキシコへの信頼低下でブームが一気に収縮し、メキシコ・ペソが反転して大暴落している。
メキシコ政府は為替介入を試みたが焼け石に水で、逆に、国家財政破綻にまで至った。
この一連の出来事は、確かに、NAFTAが遠因としてあるが、直接的な原因は武装反乱である。
武装反乱がなければメキシコの景気が一気に悪化することはなく、むしろ、NAFTA発効を受けて経済発展が持続していた可能性もある。
百歩譲って、NAFTAのせいだとしても、その影響は極一時的に留まり、数年後には失業率が改善している。
GDPで見ても失業率で見ても、NAFTA加盟の三国は何処も損をしていない。 少なくとも、失業率が改善している米国とカナダの二国では、NAFTA後に庶民の生活が改善していると言える。 以上のとおり、「カナダ、アメリカ、メキシコの間で自由貿易協定NAFTAが結ばれたことでも大量の失業者が生まれて社会問題になっている」は完全な捏造である。
安い給料で働く外国人が日本にたくさん入ってくれば、給料の相場が下がる。
給料が下がると、経済的余裕がなくなって、みんなモノを買わなくなる。
高いモノは売れないから、売ろうと思ったら、値段を安くしなくちゃならない。
こうして値下げ競争でデフレがさらに進んでいく。
既に述べたとおり、「安い給料で働く外国人が日本にたくさん入ってくれば」とする前提には根拠がない。 よって、「デフレがさらに進んでいく」も根拠がない。 デフレについては、TPPと経済・貿易で詳細に解説する。
海外進出は失業を増やす?
TPPに加盟すると、日本企業の海外進出がますます有利になるから、工場の海外移転が進むだろう。 でも、工場が海外に移転する、ということは、そのぶん国内の工場がなくなってしまうということだ。 働き口がなくなることに対して、労働者の権利を守る労働組合は当然激しく反発するだろう。
だから「TPPに加盟すると工場移転が進む」のは、内緒にしておきたい、と経団連は考えたはずだ。
そこで「TPPに入ると農業は打撃を受けるかもしれないけど、日本にとっては農業より工業のほうが大事だろ」っていうふうに論理をすり替えてしまった。
「工場が海外に移転する、ということは、そのぶん国内の工場がなくなってしまう」は明らかな誤りである。 また、「国内の工場」の減少と「働き口がなくなる」ことには相関性がない。
自由貿易協定による関税削減は国内生産にとってプラスになる一方で、投資規制の緩和は海外進出にとってプラスになる。 結果として、国内生産分と海外進出分を合わせた国内製造業の全生産量は、自由貿易協定によって増加することが期待される。 よって、「工場が海外に移転」しても「そのぶん国内の工場がなくなってしまう」わけではない。
これを言い替えると、諸外国との自由貿易に乗り遅れることは、国内生産にとっても海外進出にとってマイナスになる。
例えば、江田憲司衆議院議員は
トヨタは、米韓FTAの発効で関税がゼロになることを見越して、米インディアナ州で生産する車を韓国へ輸出することを検討中
東レも韓国亀尾に工場を建設中
「国際大競争の荒波」への危機意識がない!・・・TPP反対論 - 今週の直言
として、FTA競争で韓国に遅れを取ることで日本の雇用がゴッソリ他国に持って行かれる(トヨタ車の場合、日本からの韓国への輸出が米国からの輸出に切り替わる)懸念を示している。
海外事業活動基本調査調査結果 - 経済産業省 労働力調査長期時系列データ - 総務省統計局
1985年以降、製造業の海外生産比率はほぼ一貫して増え続け、総就業者数に対する製造業の就業者数の比率はほぼ一貫して減り続けている。 これは明らかな産業の空洞化を示している。 では、産業の空洞化によって失業率は悪化しているか。 一見すると、産業の空洞化につれて失業率も上がっているかのようにも見える。 しかし、これは、バブル崩壊の負の遺産の影響により失業率が上昇傾向にある時期のみを切り出したから、そう見えるだけである。 バブル崩壊の負の遺産とその影響はTPPと経済・貿易で説明する。 たとえば、バブル景気やいざなみ景気でも海外生産比率は上がっているが、失業率は改善している。 また、いざなみ景気直後の景気後退期には、海外生産比率が下がっているにも関わらず、失業率が悪化している。 以上のことから、海外生産比率と失業率には相関性がない(海外生産比率は景気との相関が少なく時代とともに右肩上がりに上昇しているのに対して、失業率は景気に左右されて変動している)ことが明白だろう。 では、何故、海外生産比率と失業率が相関しないのか。 それは、日本経済2012-2013第3章生産の海外シフトと雇用P.132〜134、日本経済2012-2013の概要 - 内閣府P.13あたりを読めば理解できるだろう。 企業の海外進出が、国内生産代替だけでなく現地市場獲得の役割も担っており、大企業ほど現地市場獲得目的での海外進出が多い。 現地市場獲得によって日本企業が利益を得れば、国内経済が活性化して国内の雇用も改善する。
これに対して
賃金下落の要因はパート労働者比率の上昇
非製造業の平均賃金が低下したのはパート労働者比率の上昇によるもの
日本経済2012-2013の概要 - 内閣府P.12,17
を根拠に、産業の空洞化に伴って賃金が低下すると主張する者もいる。
確かに、グラフを見ると、海外生産比率と非正規雇用比率には強い相関性が見て取れる。
しかし、海外生産比率と正規従業者数の間には相関性は見られない。
少し見辛いが、正規従業者数は1994年までは増え続け、1995年に若干減った後は1997年まで増え続けている。
つまり、製造業の海外生産比率は1992年から1996年に大きく上昇しているが、この間、正規従業者数は減少していない。
この間、非正規雇用比率は若干上がっているので、全体の非正規従業者数は増加しているはずである。
以上から、海外生産比率と非正規雇用比率が相関するのは、次のような性質の結果ではないかと推測できる。
- 製造業の海外生産比率の増加が国内の雇用を増加させる効果がある
- 正規雇用で雇用需要を充足できない場合は、不足分を埋めるために非正規雇用が増える
- グラフの期間中、正規雇用はあまり増えないか、減少している
また、海外生産比率と賃金低下の間にも相関性は見られない。
日本のGDPの推移 - 世界経済のネタ帳 民間給与実態統計調査 年度別リンク - 国税庁 労働力調査長期時系列データ - 総務省統計局
少し見辛いが、名目平均給与は1982年以降1997年まで増え続けている。 先程のグラフで製造業の海外生産比率は1992年から1996年に大きく上昇しているが、この間にも、全体の平均給与は増加しているのである。 よって、1997年以降の賃金低下は海外生産比率とは別の要因によるものと推測され、産業の空洞化が賃金低下を招くとは言えない。
でも日本にいる限りは最低賃金の足かせは外せない。 それよりもっとずっと人件費を安く抑える方法がある。 それは海外へ工場を移転してしまうことだ。
ベトナムあたりに行けば、人件費はずーっと安い。 しかもたいていの発展途上国では排水や排ガスなどの環境基準が、日本よりもかなり緩い。 労働者を安く使えて、環境を汚しても、文句を言われない。 これは企業にとってはオイシイ話だ。
そんなオイシイ海外進出を、よりスムーズにしてくれるのが、TPPなんだ。
「発展途上国では排水や排ガスなどの環境基準が、日本よりもかなり緩い」は、その国の国内問題であり、自由貿易の是非とは関係がない。 百歩譲って、倫理を問題にするとしても、国際的な最低環境基準を設ければ済むことであり、自由貿易を否定する理由とはならない。 よって、環境問題についてはここでは論点としない。
多くの企業において、工場を人件費の安い途上国に移転した際には、品質管理が問題とされることが多い。 途上国は人件費は安いが、日本で生産するより品質が悪化しやすい。 そのため、高い品質が求められる製品においては、途上国基準の粗悪品レベルの製品は通用しない。 結果として、品質より安さが求められる製品は投資規制の緩和と人件費削減のメリットと活かして途上国に生産を移す一方で、高品質が求められる製品は関税削減と日本製品の品質の高さを活かした国内生産が中心になると考えられる。
海外で生産して逆輸入する場合や、関税削減や投資規制の緩和はプラスの効果をもたらす。 また、海外企業にとっても、関税削減の緩和はプラスの効果をもたらす。 しかし、これらの効果のうち、工業製品の関税削減の影響は比較的小さい。 単純平均MFN関税率では、日本の非農産品における関税率は2.5%で他のTPP参加国と比べてかなり低い。
日本 | シンガポール | ブルネイ | ニュージーランド | チリ | 米国 | 豪州 | ペルー | ベトナム | マレーシア | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
全体 | 4.4 | 0.0 | 2.5 | 2.1 | 6.0 | 3.5 | 2.8 | 5.4 | 9.8 | 8.0 |
農産品 | 17.3 | 0.2 | 0.1 | 1.5 | 6.0 | 4.9 | 1.3 | 6.3 | 17.0 | 10.9 |
鉱工業品(非農産品) | 2.5 | 0.0 | 2.9 | 2.2 | 6.0 | 3.3 | 3.0 | 5.2 | 8.7 | 7.6 |
電気機器 | 0.2 | 0.0 | 14.2 | 2.6 | 6.0 | 1.7 | 2.9 | 3.2 | 8.9 | 4.3 |
テレビ | 0.0 | 0.0 | 5.0 | 0.0 | 6.0 | 0〜5 | 0〜5 | 6.0 | 0〜36 | 0〜30 |
輸送機器 | 0.0 | 0.0 | 3.9 | 3.1 | 5.5 | 3.0 | 5.4 | 1.5 | 18.0 | 11.6 |
乗用車 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0〜10 | 6.0 | 2.5 | 5.0 | 6.0 | 10〜83 | 0〜35 |
トラック | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0〜5 | 6.0 | 0〜25 | 5.0 | 0.0 | 0〜80 | 0〜30 |
非電気機器 | 0.0 | 0.0 | 7.4 | 3.0 | 6.0 | 1.2 | 2.8 | 0.8 | 3.4 | 3.6 |
化学品 | 2.2 | 0.0 | 0.5 | 0.8 | 6.0 | 2.8 | 1.8 | 3.0 | 3.5 | 2.9 |
繊維製品 | 5.5 | 0.0 | 0.8 | 1.9 | 6.0 | 7.9 | 4.3 | 12.9 | 9.7 | 10.3 |
環太平洋戦略経済連携協定(TPP)の概要・データ集 - 日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部
他のTPP参加国中で日本以下の税率となっているのは、シンガポール(0%)とニュージーランド(2.2%)だけである。 大きな消費が見込める先進国の米国や豪州は日本よりも税率が高い。 以上のとおり、工業製品の関税削減については、日本にとって有利な結果をもたらす。
まとめると、海外生産比率の向上とともに、国内生産分と海外進出分を合わせた国内製造業の全生産量が増える。 そのため、国内の工場はむしろ増えるか、あるいは、減っても減少量はそれほど大きくない。 そして、仮に、国内の工場が減ったとしても、GDP増により他の産業が活性化されて製造業以外の産業が成長することにより雇用全体は増える。
NAFTA等の実例
実例として、NAFTAで、米国から人件費の安いメキシコに工場の海外移転が進んで、米国の失業率は増えたか? これは次の例を見ればよく分かる。
自由貿易は失業の輸出でもある(→第9章参照)。
実際に貿易、投資等を自由化したNAFTA(北米自由貿易協定)では、大量の失業者が生まれた。
NAFTAが成立するとアメリカ企業は人件費の安いメキシコにどんどん移転した。 そのおかげでメキシコ国内では工場での雇用が増えた。 けれども工場が減ってしまったアメリカでは、当然ながら失業者が増えた。
それにアメリカが補助金つきの安い農産物を大量にメキシコに輸出するもんだから、メキシコの農民は価格競争に負けて、大勢の農民が農業をあきらめざるを得なくなった。 農家をやめて新しい職を探しても見つからない。 そんな人の一部は移民となってアメリカへ渡った。 そして、さらにアメリカ国内での失業は増えた……。
こうして、メキシコでは約200万人が失業した。 アメリカでは、NAFTA(1994~)やWTO(1995~)などの自由貿易協定の影響で、製造業で働いていた500万人もが失業したといわれる。 これは製造業に携わる人の、実に4人に1人に当たる数字だ。
米国の失業率推移を再掲する。
Labor Force Statistics from the Current Population Survey - 米国労働統計局 アメリカのGDPの推移 - 世界経済のネタ帳
大きな変動を見れば、米国の失業率は1983年から2007年にかけて改善傾向である。 小さな変動で見ても、NAFTA署名の1992年から2000年までは改善傾向である。 よって、「アメリカでは、NAFTA(1994~)やWTO(1995~)などの自由貿易協定の影響で、製造業で働いていた500万人もが失業した」は大嘘である。 NAFTA署名・発効後、米国の失業率は改善しており、NAFTA署名・発効時点よりも悪化したのはリーマン・ショック以降だけである。
雇用労働事情 - 財団法人海外職業訓練協会のデータを元に計算すると、米国における失業500万人は失業率換算で3%強である。 NAFTA以降、失業率は改善傾向にあり、リーマンショックまで3%もの悪化は発生していない。 それなのに、「アメリカでは、NAFTA(1994~)やWTO(1995~)などの自由貿易協定の影響で、製造業で働いていた500万人もが失業した」とは一体どこから出てきたのか。
メキシコの失業率データによれば、メキシコの失業率はNAFTA署名時と比べて3.4%、NAFTA発効時と比べて2.53%、それぞれ悪化している。
メキシコの雇用者数の推移のデータが見つからないのでメキシコの人口から推論するが、「メキシコでは約200万人」が失業したとすると、メキシコの全人口に占める労働力人口比率はそれぞれ68%、88%とかなり高率になる。
米国の例があるので「約200万人」がデタラメである疑いは残るが、最も大きな問題はそこではない。
NAFTA後にメキシコの失業率のピークを迎えるのは1996年であるが、1997年にはNAFTA発効時の水準、1999年にはNAFTA署名時の水準に戻っている。
また、1980年から2011年のメキシコの失業率推移は全体としてほぼ横ばい状態であり、全体傾向へのNAFTAの影響は見られない。
以上のことから、メキシコの失業率の悪化がNAFTAの影響によるとは言い難い。
実は、このメキシコの失業率の悪化の直接的な原因は
1994年2月、南部で先住民による武装反乱が発生
Wikipedia:メキシコ
である。
事前にNAFTA調印の影響で
アメリカからメキシコへの投資ブーム
Wikipedia:メキシコ
が起きていたが、この反乱によるメキシコへの信頼低下でブームが一気に収縮し、メキシコ・ペソが反転して大暴落している。
メキシコ政府は為替介入を試みたが焼け石に水で、逆に、国家財政破綻にまで至った。
この一連の出来事は、確かに、NAFTAが遠因としてあるが、直接的な原因は武装反乱である。
武装反乱がなければメキシコの景気が一気に悪化することはなく、むしろ、NAFTA発効を受けて経済発展が持続していた可能性もある。
百歩譲って、NAFTAのせいだとしても、その影響は極一時的に留まり、数年後には失業率が改善している。
以上のとおり、あたかもNAFTAの影響で「メキシコでは約200万人」が路頭に迷ったかのような話は正しくない。
GDPで見ても失業率で見ても、NAFTA加盟の三国は何処も損をしていない。 少なくとも、失業率が改善している米国とカナダの二国では、NAFTA後に庶民の生活が改善していると言える。 以上のとおり、「NAFTA(北米自由貿易協定)では、大量の失業者が生まれた」は完全な捏造である。 失業率が横ばいのメキシコも、GDPは上昇しており、NAFTA後に庶民の生活が悪化したとする根拠はない。
あと、軽く突っ込んでおくと、「メキシコ国内では工場での雇用が増えた」のに「メキシコの農民は」「農家をやめて新しい職を探しても見つからない」のはおかしい。 また、「アメリカが補助金つきの安い農産物を大量にメキシコに輸出」できるようになったなら、米国の「失業者」の多くは新たに農家になることができたはずである。 それならば、メキシコにおいても、米国においても、失業の激増はあり得ない。 そもそも、雇用状況の良い国に職を求めて移民するなら分かるが、「失業者が増えた」米国に「移民となってアメリカへ渡っ」てどうするつもりだろうか。 無理をして真実に反する結論を強引に導こうとするから、このような致命的矛盾が発生するのである。
(アメリカのNGO「パブリック・シチズン」のロリ・ワラック氏による)
NGOの人間が言ったことなら、データと矛盾することでも正しいのか?
つまりNAFTAやTPPなどの自由貿易協定、経済協定を結んでも、利益を得るのは大企業のトップだけ。 一般庶民は豊かになるどころか、逆に失業や賃金の低下で苦しめられることになる。社会全体にとってはちっともプラスにならないんだ。
既に示したデータとこの主張は明らかに矛盾している。
今アメリカの失業率は白人で8%、黒人では16%にものぼる。 貧しさゆえに政府から食費の補助を受けている人(フードスタンプ受給者)は、2000年以降どんどん増えて、今では4700万人もいる。 これはアメリカの人口の15%だ。
「今アメリカの失業率」が急増したのはリーマン・ショックの影響であり、NAFTA(自由貿易協定)とは関係がない。 フードスタンプ受給者が4,000万人を超えたのは2010年である。 これも時期的に明らかにリーマン・ショックの影響であり、NAFTA(自由貿易協定)とは関係がない。
経済の指標となるGDP(国内総生産)は上がっていくけれど、国民は豊かになっていかない。 逆に貧しい人が増えていく。
既に指摘したとおり、米国において「国民は豊かになっていかない」のは、リーマン・ショックの影響である。 サルでもわかるTPP@Project99%が引用したグラフにもリーマン・ショックの影響によるGDPの低下が明確に描かれている(ただし、低下幅は小さい)。 その後、米国のGDPは回復しており、実質GDPと失業率には明らかな逆相関がみられる。
Labor Force Statistics from the Current Population Survey - 米国労働統計局 アメリカのGDPの推移 - 世界経済のネタ帳
これは、リーマン・ショック後の雇用対策の問題であって、NAFTA(自由貿易協定)とは関係がない。 GDPが増えたなら、社会が失業者を支える余力も増えているはずである。 それならば、適切な失業対策・雇用対策を行なえば、失業率は改善可能である。 事実、少しずつではあるが米国の失業率は回復傾向にある。 リーマン・ショック前の水準まで回復するにはあと2〜3年を要するかもしれない。 しかし、この事実からは「経済の指標となるGDP(国内総生産)は上がっていくけれど、国民は豊かになっていかない」とは言えない。
GDPと平均給与
これはアメリカも日本も同じだ。
国全体の経済と一般庶民の給料とが比例して伸びて行った時代は終わった。
日本でもGDPはじわじわと上がり続けているけれど、日本人の平均年収は1997年(平成9年)からほぼ下がる一方になっている。
これは株主や経営者だけが利益をむさぼって、労働者は搾取されているということだ。 だから日本でこんなにワーキングプアが増えてしまったんだ。
そんな格差社会をより一層進めるのがTPPだ。
これには次のようなトリックが使われている。
- 物価変動で補正した値(実質GDP)と補正しない値(平均給与)を比較している。
- グラフの横軸をずらしている(平均年収のグラフは1995年からなのに、GDPのグラフは1980年から。実質GDPは上昇の大きい時を示しておいて、同時期の平均年収グラフは示さない。)
- グラフの縦軸をずらしている(実質GDPのグラフの起点が0円になっているのに対して、平均年収グラフの起点はピーク値の80%強。実質GDPと平均年収の変動比を対等に比較せずに、平均年収の変動比の方を誇張している)。
- 人口変動について補正していない。
この際、「日本人の平均年収」と言いながらサラリーマンだけのグラフだったりなどの、細かい部分の突っ込み所には目を瞑ろう。 同じデータを元にして、物価変動で補正しない就業1人当りの名目GDPと平均年収のグラフの横軸と縦軸を合わせて表示してみる。
日本のGDPの推移 - 世界経済のネタ帳 民間給与実態統計調査 年度別リンク - 国税庁 労働力調査長期時系列データ - 総務省統計局
グラフを見れば一目瞭然であるように、就業1人当りの名目GDPと日本人サラリーマンの平均給与には明確な正の相関関係が見て取れる。 2007年(平成19年)の正のピークと2009年(平成21年)の負のピークが綺麗なくらい一致しているように、GDPと平均給与の間の正の相関を否定することはできない。 よって、『庶民の暮らしを改善するにはGDPを上げただけでは不十分』だとは言えるかも知れないが、『庶民の暮らしを改善するのにGDPを上げる意味はない』とまでは言えない。 つまり、「GDP(国内総生産)は上がっていくけれど、国民は豊かになっていかない」「大企業だけが利益をむさぼって」「株主や経営者だけが利益をむさぼって」は根拠のない妄想である。
平成27年版労働経済の分析 - 厚生労働省P.70
によれば、1985年以降の労働分配率は全体としてはやや上昇傾向である。
近年の日本の労働
分配率の動向は、雇用の非正規化による就業構造の変貌や海外収益比率の拡大、人口動態の変化に大きく影響される
労働分配率はなぜ上がらないのか? - 三井物産戦略研究所
と分析され、GDPの増減とは関係がない。
仮に、労働分配率が際限なく下がっていくと仮定しても、GDPを増やさないことには労働者の給与が増えることはない。
つまり、給与を増やす、もしくはこれ以上の低下を少しでも抑えるためには、GDPを上げなければならないのである。
「搾取が貧困を産む」論のマヤカシ
左翼系活動家の方々や反政府系活動家の方々は、他のパラメータが変化せずに「搾取」率だけが変化するという非現実的モデルを採用して、「大企業が搾取するから労働者は貧しい」と主張する。 では、何故、大多数の人が大企業に就職したがるのか。 労働者の多くは、「搾取」されて貧しくなることを望んでいるのか。 と、少し考えれば、「搾取」論の矛盾は容易に見抜ける。 現実には、「搾取」率が増えると、それ以上に生産効率が増えることが多いため、「搾取」率が高い方が裕福になる傾向がある。 以下、詳細は搾取は貧困を産むか?に記載する。
「格差が貧困を産む」論のマヤカシ
左翼系活動家の方々や反政府系活動家の方々は、他のパラメータが変化せずに「格差」だけが変化するという非現実的モデルを採用し、格差が拡大すると「金持ちはより豊かに、貧乏はより貧しく」なると主張する。 しかし、それが正しくないことは共産主義の実践事例等で既に実証されている。 現実には、「格差」が減ると、それ以上に経済が悪化するため、「格差」が小さい方が平均的に貧しくなる傾向がある。 以下、詳細は格差は貧困を産むか?に記載する。
参考
- 格差は貧困を産むか?
- 搾取は貧困を産むか?
- 環太平洋戦略的経済連携協定
- ISD条項詳細解説
- ISD仲裁事例
- ISD条項
- TPPは米国の陰謀?TPPお化け
- サルでもわかるTPP
- 新サルでもわかるTPP
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