SLAPP的開示請求を受けたときの対処法

初めに 

SLAPP的開示請求が通ってしまう可能性は法的に予測できたが、言論の自由の危機、SLAPPから情報発信者を守れ!に解説した通り、現実に、それが起きてしまった。 そして、プロバイダは上訴(控訴や上告)しないため、一審でトンデモ判決がでれば、その判決が確定してしまいかねない。 これに対する抜本的な対策としては法改正が必要だが、それまでの間もSLAPP的開示請求による被害が生じることが予測される。 そこで、当面の対策として、SLAPP的開示請求への対処法をまとめたい。

尚、これはSLAPP的開示請求への対処法であり、正当な開示請求を妨げる目的に悪用してはならない。 というか、悪用することは困難であろう。

総論 

トンデモ判決が出る最大の原因は裁判官にあるが、被告側が裁判で適切な反論を行なっていないことにも問題がある。 さすがに、トンデモ裁判官でも、法的に適切な反論があったら、それを無視することはできない。 そして、それが法的にグゥの音も出ないほどしっかりしたものなら、それをトンデモ論理で覆すことは難しい。 言論の自由の危機、SLAPPから情報発信者を守れ!に解説した事例では、法的に適切な反論がないからこそ、トンデモ裁判官が自由に判断することができたと言えよう。

それを阻止するには、発信者が法的反論を事前に用意する必要がある。 プロバイダ側は、代理裁判を行なっているに過ぎず、勝っても負けてもどちらでも責任を回避できる立場なので、発信者に代わってしっかり反論してくれることを期待できない。 開示請求裁判の被告はプロバイダであり、発信者は裁判に参加できないのだから、事前にプロバイダに必要な反論を説明しておく必要がある。 だからこそ、発信者が事前にしっかりと反論を用意しなければならない。 そのためには、著作権侵害を口実にした開示請求を受けた場合、プロバイダに必要事項を説明して、開示請求の要件を満たしていないことを説明しよう。

尚、不開示理由は、発信者が開示を拒否するからではなく、「権利が侵害されたことが明らか」ではなく、かつ、「開示を受けるべき正当な理由」がないからである。

以下、プロバイダに説明すべき事項を列挙する。 黙っていてもプロバイダが勝手にこれらを裁判で証拠として取り上げてくれると考えてはならない。 また、裁判官が当然知っていることと考えてもならない。 過去にトンデモ判決が出たことは、それらを期待することの甘さを示唆している。 ちゃんと、自分でプロバイダに説明し、裁判で反論として取り上げてもらうことが必要である。

削除要求を口実にした開示請求を受けた場合 

プロバイダ責任制限法第3条第2項第2号により、プロバイダに対して送信防止措置を求めることが可能であり、そちらの方が開示請求よりも対処が圧倒的に早いことが期待される。 よって、削除要求を理由とした開示請求は、その申出を行ったうえでプロバイダが送信防止措置を講じなかった場合にのみ、その代替措置として意味を持つ。 にも関わらず、その申出を行わないなら、その申出が通る余地がないことを自覚しているか、あるいは、本気で削除要求を求めていないかのどちらかであると考えられる。 つまり、削除要求は口実に過ぎないのであるから「開示を受けるべき正当な理由」とは言えない。

尚、この場合は、「不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用」であることが予想される。

例えば、不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用のおそれがある場合や、賠償金が支払い済みであり、損害賠償請求権が消滅している場合、行為の違法性を除く不法行為の要件を明らかに欠いており、損害賠償請求を行うことが不可能と認められるような場合には、開示請求者に発信者情報の開示を受ける利益が認められず、発信者情報を入手する合理的な必要性を欠くことから、本条の開示請求権を行使することができない。

なお、本要件が単に「開示を受ける必要があるとき」ではなく、「発信者情報が開示請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受ける正当な理由があるとき」とされているのは、単に「開示を受ける必要があるとき」という規定であると、開示関係役務提供者がこの要件について、上記のような趣旨であることを理解しないまま安易に開示に応じてしまうことが考えられるので、それを防止する方策として、損害賠償請求権の行使目的等の開示を受けるべき正当な理由が存在していることが要件となっていることを法文上明確にするものである。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省p.30

プロバイダ責任制限法には罰則規定がないし、裁判での誓約も同様である。 悪意に満ちた言論封殺を目論んでいる輩が、そのような罰則のない信義則を守ることは期待できない。 また、不当に開示された場合の発信者の不利益は大きく、後から取り返しがつかない。 そのことは逐条解説においても説明されている。

また、発信者情報の開示は、発信者のプライバシーや表現の自由という重大な権利利益に関する問題である上、その性質上、一旦開示されてしまうとその原状回復は不可能であることから、特定電気通信役務提供者が裁判外の請求を受けて開示を求められた場合にも、みだりに開示がなされることを回避する必要がある。


他方、このような権利を創設した場合、これまで繰り返し述べているとおり、発信者情報は発信者のプライバシー及び表現の自由、場合によっては通信の秘密と深く結びついた情報であるにもかかわらず、要件いかんによっては、本来開示すべきでない場合にまで、訴訟外において開示関係役務提供者が開示してしまうことが懸念される。 また、開示関係役務提供者が要件判断を誤って開示に応じてしまった場合には、原状回復を図ることは性質上不可能である。 そこで、発信者の有するプライバシー及び表現の自由の利益と被害者の権利回復を図る必要性との調和を図るべく、その権利が侵害されたことが明らかであることを要件として定めることとした。


しかしながら、本請求権を被保全債権とする仮処分は、本案の請求が満足させられたのと同様の事実上の状態を仮に実現させる、いわゆる満足的仮処分であると解されるが、この権利の性質上、いったん発信者情報の開示がなされてしまうと事後的に「元に戻す」ことはできない権利であり、発信者に与える不利益が大きいことから、仮処分の審理であっても、保全の必要性等の要件について慎重かつ厳格な判断を要するものであり、仮処分命令を得て保全の目的を達することが容易でない場合も少なくないと考えられる。


発信者情報は、一旦開示されてしまうとその原状回復は不可能であることから、開示関係役務提供者が裁判外の請求を受けて即時の対応を求められた場合においては、短絡的な判断をすることのないよう、厳に本条第2項に規定する義務等を遵守し、発信者の利益擁護や手続保障に十分意を尽くすことが求められる。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省p.24,29,30,34

本件では発信者情報が不正利用される危険性があるため、開示を認めるべきではない。

名誉毀損を口実にした開示請求を受けた場合 

事実を摘示しているかどうか 

法的に「事実」とは、事実関係のことを指し、それが真実であるかどうかは問わない。 例えば、「Aは『〇〇を飲めばがんが治る』と言ったが、それは嘘だ」と言った場合、摘示事実となるのは、Aが「〇〇を飲めばがんが治る」と言ったかどうかである。 具体的な言動内容を摘示すれば、その言動内容の真偽に関わらず、事実を摘示したこととなる。 そうした摘示事実がなければ名誉毀損は成立しない。

違法性阻却事由 

刑法第230の2条により、「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったとき」は名誉毀損が成立しない。 これは、判例により民事にも適用され、かつ、真実であると信ずるに足る正当な理由がある場合にも「真実であることの証明」と同等に扱われる。 真実であることは真実性と呼ばれ、真実であると信ずるに足る正当な理由があることは相当性と呼ばれる。

真実性・相当性および公共性・公益性の双方が成立する場合にのみ、違法性阻却事由が成立する。 どちらか一方のみが成立し、他方が成立しない場合は、違法性阻却事由は成立しない。 相手の言動を捏造したり、または、完全な個人の問題である場合は、名誉毀損が成立する。

真実性・相当性 

摘示事実が真実であるか、あるいは、真実と信じた相当な理由があれば、真実性・相当性が成立する。 摘示事実が次のような場合には、真実性・相当性が成立しよう。

  • 本人であると信じるに足る人物の発言
  • 著名な報道機関による報道
  • 著名な学術団体等のよる発表
  • 民主的な政府機関の発表

例えば、ネット上で特定のハンドル名を使った言論に対して直接的に批判する場合は、その元の発言内容をそのまま摘示した場合は、真実性が成立する。 その場合、証拠隠滅を図られないよう、以下のサイト等で証拠保全を行なっておこう。 スクリーンショットでは証拠にならないので注意されたい。

問題は、著名な人物の名を語る人物が偽物であった場合である。 その場合は、それが本人であると信じるに足る相当な理由があるかどうかが問われる。 例えば、Twitterでブルーの認証済みバッジが付いているような場合は、本人であると信じたとしてもやむを得ないので、相当性が成立する。 例えば、その人物が所属する組織の公式サイト上に設けられたページであれば、その組織が成り済ましを容認しないと思われるので、相当性が成立する。 逆に、誰でも開設可能な個人サイトの場合は、本人と信じる相当性のあるwebページからのリンク等がない限り、相当性が成立しにくい。 公的機関や学術機関が相手の場合は、go.jpやac.jp等のドメインのものであれば、相当性が成立する。 民間組織であっても、一定の条件が成立すれば、相当性が成立しよう。

尚、ここで問われる真実性・相当性は、摘示事実の有無の真実性・相当性であって、摘示事実内の言論内容の真実性・相当性ではない。 例えば、「Aは『〇〇を飲めばがんが治る』と言ったが、それは嘘だ」と言った場合、問われる真実性・相当性はAが「〇〇を飲めばがんが治る」と言ったかどうかである。 「〇〇を飲めばがんが治る」の真実性・相当性は問われない。 これを勘違いした輩が、摘示された発言内容の真実性について長文で記載することは考えられる。 それに対する反論は、本件で問われることは摘示事実の有無の真実性・相当性であって、摘示事実内の言論内容の真実性・相当性ではないことを一言で説明すれば事足りる。

公共性・公益性 

公共性・公益性と認められるのは次のような事項であろう。

  • 健康被害を防ぐ等、公衆衛生等に関して必要な事項
  • 悪質商法等による被害を防止するために必要な事項
  • その他、公共の利益を守るために必要な事項

しかし、これらで懸念される危害が生じる恐れが全くないにも関わらず、これらを口実にした場合は、言いがかりの批判となるから、公共性・公益性が認められない。 だから、これら目的に照らして自己の主張に一定の妥当性があることを示す必要がある。 自己の主張が完全に正しいことまでは立証する必要がないが、その発言の必要性や有用性が一定程度存在することは示さなければならない。 もちろん、大衆の興味を満足する目的などは、公共性・公益性と認められない。

発信者情報の不正使用の恐れ(1) 

違法性阻却事由が成立するにも関わらず、名誉毀損を口実に開示請求する場合は、「不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用」であることが予想される。

例えば、不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用のおそれがある場合や、賠償金が支払い済みであり、損害賠償請求権が消滅している場合、行為の違法性を除く不法行為の要件を明らかに欠いており、損害賠償請求を行うことが不可能と認められるような場合には、開示請求者に発信者情報の開示を受ける利益が認められず、発信者情報を入手する合理的な必要性を欠くことから、本条の開示請求権を行使することができない。

なお、本要件が単に「開示を受ける必要があるとき」ではなく、「発信者情報が開示請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受ける正当な理由があるとき」とされているのは、単に「開示を受ける必要があるとき」という規定であると、開示関係役務提供者がこの要件について、上記のような趣旨であることを理解しないまま安易に開示に応じてしまうことが考えられるので、それを防止する方策として、損害賠償請求権の行使目的等の開示を受けるべき正当な理由が存在していることが要件となっていることを法文上明確にするものである。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省p.30

プロバイダ責任制限法には罰則規定がないし、裁判での誓約も同様である。 悪意に満ちた言論封殺を目論んでいる輩が、そのような罰則のない信義則を守ることは期待できない。 また、不当に開示された場合の発信者の不利益は大きく、後から取り返しがつかない。 そのことは逐条解説においても説明されている。

また、発信者情報の開示は、発信者のプライバシーや表現の自由という重大な権利利益に関する問題である上、その性質上、一旦開示されてしまうとその原状回復は不可能であることから、特定電気通信役務提供者が裁判外の請求を受けて開示を求められた場合にも、みだりに開示がなされることを回避する必要がある。


他方、このような権利を創設した場合、これまで繰り返し述べているとおり、発信者情報は発信者のプライバシー及び表現の自由、場合によっては通信の秘密と深く結びついた情報であるにもかかわらず、要件いかんによっては、本来開示すべきでない場合にまで、訴訟外において開示関係役務提供者が開示してしまうことが懸念される。 また、開示関係役務提供者が要件判断を誤って開示に応じてしまった場合には、原状回復を図ることは性質上不可能である。 そこで、発信者の有するプライバシー及び表現の自由の利益と被害者の権利回復を図る必要性との調和を図るべく、その権利が侵害されたことが明らかであることを要件として定めることとした。


しかしながら、本請求権を被保全債権とする仮処分は、本案の請求が満足させられたのと同様の事実上の状態を仮に実現させる、いわゆる満足的仮処分であると解されるが、この権利の性質上、いったん発信者情報の開示がなされてしまうと事後的に「元に戻す」ことはできない権利であり、発信者に与える不利益が大きいことから、仮処分の審理であっても、保全の必要性等の要件について慎重かつ厳格な判断を要するものであり、仮処分命令を得て保全の目的を達することが容易でない場合も少なくないと考えられる。


発信者情報は、一旦開示されてしまうとその原状回復は不可能であることから、開示関係役務提供者が裁判外の請求を受けて即時の対応を求められた場合においては、短絡的な判断をすることのないよう、厳に本条第2項に規定する義務等を遵守し、発信者の利益擁護や手続保障に十分意を尽くすことが求められる。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省p.24,29,30,34

本件では発信者情報が不正利用される危険性があるため、開示を認めるべきではない。

著作権侵害を口実にした開示請求を受けた場合 

著作権侵害は真の請求理由か? 

著作権に限らず、知的財産権は誰でも思いつく内容に対して早い者勝ちで専有権を認める制度ではない。 そのような権利は公共の福祉と相入れない。 日本国憲法では国民の権利について次のように規定されている。

日本国憲法第13条

すべて国民は、個人として尊重される。 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする

国民の権利は、あくまで、公共の福祉に反しない限り尊重されるものである。 それは、著作権も例外ではない。 よって、著作権も無限に認められるわけではない。 もしも、仮に、著作権を無限に認めた場合、一度でも他人が書いた文章は無断で利用できなくなってしまう。 それでは、日常生活すらまともにできなくなる。 よって、著作権も公共の福祉とのバランスを考慮しなければならないことは言うまでもない。

著作物性を必要とする利用形態において、当該著作物性を有する作品を利用する場合は、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要がある。 例えば、絵画の鑑賞を目的とした利用において、絵画を利用する場合は、当然、その絵画には著作権が認められなければならない。 また、著作物性を必要としない利用形態においても、利用する作品の著作物性が高い場合は、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要がある。 でなければ、著作物性を必要としない利用形態を表向きの口実にすれば、著作物性が高い作品が自由に利用できてしまう。

では、著作物性を全く必要としない利用形態において、利用物にごくわずかな著作物性が認められ、かつ、その著作物性を除外することが困難な場合に、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要があるか。 例えば、何らかの不当行為の証拠として必要不可欠な範囲で提示した利用物に、ごくわずかな著作物性が認められることをもって、当該利用物の著作物性に著作権を認める必要があるか。 そのようなケースに著作権を認めれば、あらゆる証拠品に著作権が認められることになあり、その著作者に無断で証拠提示できないことになってしまう。 よって、そのようなケースに著作権を認めては公共の福祉に反する。 普通の人では容易に思いつかないような高度な表現を用いた文書等ならいざ知らず、一般人の考えた▽▽▽▽(案件に応じて各自で適切な語句を入れてください)程度の著作物性などごく僅かにすぎない。 そのごく僅かな著作物性を有する何かを無断使用することは日常茶飯事、かつ、お互い様で当然の受忍限度の範囲内であろう。 それを殊更に権利侵害だと主張するのは、蚊に刺された程度の痛みに対して権利侵害を主張するのと等しい。

本件は利用物を〇〇〇〇(案件に応じて各自で適切な語句を入れてください)の目的で利用するものであり、著作物性を全く必要としない利用形態である。 そして、その目的に照らして、本件利用物から著作物性を除外することは極めて困難である。 さらに、本件利用物は、誰でも考えつくような内容であるため、その販売等で利益を得られるなどの高い著作物性を有しない。 よって、本件利用形態と比して、ごくわずかな著作物性が認められることをもって、本件利用物の著作権を認めてその無断利用を著作権侵害と認定することは公共の福祉に著しく反する。

そもそも、本件開示請求の目的は批判への対抗措置である。 そして、明らかに、本件における対抗措置を行う動機は利用物の著作権の有無とは無関係である。 ゆえに、著作権侵害は対抗措置を取るための口実であって、真の開示請求理由ではない。 対抗措置に法的正当性があるならば、名誉毀損等の真の理由を示して開示請求すべきである。 以上の通り、本件請求は、著作権侵害を口実にした権利濫用であって断じて認められない。

「開示を受けるべき正当な理由」 

プロバイダ責任制限法の逐条解説によれば、損害賠償請求権がなければ「開示を受けるべき正当な理由」が成立しない。

例えば、不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用のおそれがある場合や、賠償金が支払い済みであり、損害賠償請求権が消滅している場合、行為の違法性を除く不法行為の要件を明らかに欠いており、損害賠償請求を行うことが不可能と認められるような場合には、開示請求者に発信者情報の開示を受ける利益が認められず、発信者情報を入手する合理的な必要性を欠くことから、本条の開示請求権を行使することができない。

なお、本要件が単に「開示を受ける必要があるとき」ではなく、「発信者情報が開示請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受ける正当な理由があるとき」とされているのは、単に「開示を受ける必要があるとき」という規定であると、開示関係役務提供者がこの要件について、上記のような趣旨であることを理解しないまま安易に開示に応じてしまうことが考えられるので、それを防止する方策として、損害賠償請求権の行使目的等の開示を受けるべき正当な理由が存在していることが要件となっていることを法文上明確にするものである。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省p.30

損害賠償請求権の根拠は民法第709条であるが、賠償対象は不法行為によって生じた損害である。

民法第709条

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

つまり、不法行為によって生じた損害がなければ、損害賠償請求権も存在しない。 本件においては、著作財産権においても著作者人格権においても損害が発生していない。 よって、損害賠償請求権も存在しないため、「開示を受けるべき正当な理由」が成立しない。

著作財産権 

著作権法第104条では損害額の推定方法を複数提示している。 これらの推定法は以下のいずれかを前提としている。

  • 著作者が当該著作物の販売等により利益を得ている
  • 無断利用者が当該著作物の販売等の対価を得ている

本件のように両者が無償で情報を提供しているケースでは損害推定額がゼロとなる。 よって、著作財産権上の損害は生じていない。

著作者人格権 

著作権法第二章第三節第二款(第18条〜第20条)では、大きく3つの著作者人格権が定義されている。

公表権
未公表の著作物の公衆への提供をコントロールする権利
氏名表示権
実名若しくは変名を著作者名として表示、又は表示しないことを決める権利
同一性保持権
著作者の意に反して著作物の改変を受けない権利

公表権については、二次利用以前に既に公表されているため該当しない。 氏名表示権についても、表示された氏名を除外しておらず、侵害の事実はない。 同一性保持権についても、内容を一切改変しておらず、侵害の事実はない。

以上の通り、著作者人格権は一切侵害していない。

「権利が侵害されたことが明らか」か 

以下は、「開示を受けるべき正当な理由」が成立していないので補足事項である。

保護すべき著作物性 

既に説明した内容と重複するが、本件は利用物を〇〇〇〇(案件に応じて各自で適切な語句を入れてください)の目的で利用するものであり、著作物性を全く必要としない利用形態である。 そして、その目的に照らして、本件利用物から著作物性を除外することは極めて困難である。 さらに、本件利用物は、誰でも考えつくような内容であるため、その販売等で利益を得られるなどの高い著作物性を有しない。 よって、本件利用形態と比して、ごくわずかな著作物性が認められることをもって、本件利用物の著作権を認めてその無断利用を著作権侵害と認定することは日本国憲法第13条の公共の福祉に著しく反する。

正当な引用か 

著作権法第32条および著作物が自由に使える場合 - 文化庁によれば正当な引用は次の条件が必要とされる。

  • 既に公表されている著作物であること
  • 公正な慣行に合致すること
  • 引用の目的上正当な範囲内で行なわれること
  • 他人の著作物を引用する必然性があること。
  • かぎ括弧をつけるなど,自分の著作物と引用部分とが区別されていること。
  • 自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること
  • 出所の明示がなされていること

本件引用物は既に公表された著作物である。 本件引用が公正な慣行に違反したと考える事情はない。 本件引用は〇〇〇〇(案件に応じて各自で適切な語句を入れてください)の目的であり、その目的を達するうえで必要な範囲で行っている。 そして、その目的を達するにあたって、当該引用範囲を引用することには必然性がある。 本件引用物は□□□□(案件に応じて各自で適切な語句を入れてください)の方法で引用部分を明示している。 本件引用は〇〇〇〇(案件に応じて各自で適切な語句を入れてください)の目的であり、必要最小限の範囲の引用にとどめており、かつ、その利用目的に照らして、量的および質的に主従関係が成立する。 本件引用物は△△△△(案件に応じて各自で適切な語句を入れてください)の方法で出所を明示している。

(以下、証拠物として引用する場合の補足)

引用には、量的にも質的にも主従関係を満足することを必要とされる。 二次的著作物を作成する場合の「量的」とは著作物性としての量であることは疑う余地がない。 しかし、本件のように証拠物として引用する場合は、そのように解釈すると、あらゆる証拠提示が引用として認められなくなり、極めて不合理となる。 よって、本件のように証拠物として引用する場合の「量的」とは、証明しようとしている事実に比して証拠物として必要最小限の量であるかを問うと考えるのが妥当である。 また、質的な主従関係とは、証拠物から証明しようとしている事実を導けることであると解釈できる。

(以下、「公正な慣行」の補足)

令和3年(ワ)第15819号発信者情報開示請求事件- 裁判所では奇妙な判決が出たので補足しておく。

これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件各投稿は,いずれも原告各投稿のスクリーンショットを画像として添付しているところ,証拠(甲10)及び弁論の全趣旨によれば,ツイッターの規約は,ツイッター上のコンテンツの複製,修正,これに基づく二次的著作物の作成,配信等をする場合には,ツイッターが提供するインターフェース及び手順を使用しなければならない旨規定し,ツイッターは,他人のコンテンツを引用する手順として,引用ツイートという方法を設けていることが認められる。 そうすると,本件各投稿は,上記規約の規定にかかわらず,上記手順を使用することなく,スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載していることが認められる。 そのため,本件各投稿は,上記規約に違反するものと認めるのが相当であり,本件各投稿において原告各投稿を引用して利用することが,公正な慣行に合致するものと認めることはできない。

令和3年(ワ)第15819号発信者情報開示請求事件- 裁判所p.12

まず、「公正な慣行」と「ツイッターの規約」は同一とは限らない。 そもそも、「ツイッターの規約」では「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することを禁止していない。 「他人のコンテンツを引用する手順として,引用ツイートという方法を設けている」ことは事実であるが、「ツイッターが提供するインターフェース及び手順」を一つに限定する規定はない。 一方で、Twitterは画像を貼り付ける機能も提供しており、それにより、「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することも禁止していない。 よって、「スクリーンショットの方法で原告各投稿を複製した上ツイッターに掲載」することを「公正な慣行」に反すると判断するのは明らかな間違いである。

発信者情報の不正使用の恐れ(2) 

著作権侵害により損害が発生しないにも関わらず、著作権侵害を口実に開示請求する場合は、「不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用」であることが予想される。

例えば、不当な自力救済等を目的とする開示請求権の濫用のおそれがある場合や、賠償金が支払い済みであり、損害賠償請求権が消滅している場合、行為の違法性を除く不法行為の要件を明らかに欠いており、損害賠償請求を行うことが不可能と認められるような場合には、開示請求者に発信者情報の開示を受ける利益が認められず、発信者情報を入手する合理的な必要性を欠くことから、本条の開示請求権を行使することができない。

なお、本要件が単に「開示を受ける必要があるとき」ではなく、「発信者情報が開示請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受ける正当な理由があるとき」とされているのは、単に「開示を受ける必要があるとき」という規定であると、開示関係役務提供者がこの要件について、上記のような趣旨であることを理解しないまま安易に開示に応じてしまうことが考えられるので、それを防止する方策として、損害賠償請求権の行使目的等の開示を受けるべき正当な理由が存在していることが要件となっていることを法文上明確にするものである。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省p.30

プロバイダ責任制限法には罰則規定がないし、裁判での誓約も同様である。 悪意に満ちた言論封殺を目論んでいる輩が、そのような罰則のない信義則を守ることは期待できない。 また、不当に開示された場合の発信者の不利益は大きく、後から取り返しがつかない。 そのことは逐条解説においても説明されている。

また、発信者情報の開示は、発信者のプライバシーや表現の自由という重大な権利利益に関する問題である上、その性質上、一旦開示されてしまうとその原状回復は不可能であることから、特定電気通信役務提供者が裁判外の請求を受けて開示を求められた場合にも、みだりに開示がなされることを回避する必要がある。


他方、このような権利を創設した場合、これまで繰り返し述べているとおり、発信者情報は発信者のプライバシー及び表現の自由、場合によっては通信の秘密と深く結びついた情報であるにもかかわらず、要件いかんによっては、本来開示すべきでない場合にまで、訴訟外において開示関係役務提供者が開示してしまうことが懸念される。 また、開示関係役務提供者が要件判断を誤って開示に応じてしまった場合には、原状回復を図ることは性質上不可能である。 そこで、発信者の有するプライバシー及び表現の自由の利益と被害者の権利回復を図る必要性との調和を図るべく、その権利が侵害されたことが明らかであることを要件として定めることとした。


しかしながら、本請求権を被保全債権とする仮処分は、本案の請求が満足させられたのと同様の事実上の状態を仮に実現させる、いわゆる満足的仮処分であると解されるが、この権利の性質上、いったん発信者情報の開示がなされてしまうと事後的に「元に戻す」ことはできない権利であり、発信者に与える不利益が大きいことから、仮処分の審理であっても、保全の必要性等の要件について慎重かつ厳格な判断を要するものであり、仮処分命令を得て保全の目的を達することが容易でない場合も少なくないと考えられる。


発信者情報は、一旦開示されてしまうとその原状回復は不可能であることから、開示関係役務提供者が裁判外の請求を受けて即時の対応を求められた場合においては、短絡的な判断をすることのないよう、厳に本条第2項に規定する義務等を遵守し、発信者の利益擁護や手続保障に十分意を尽くすことが求められる。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律解説 - 総務省p.24,29,30,34

本件では発信者情報が不正利用される危険性があるため、開示を認めるべきではない。

参考 


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