衛生植物検疫措置/貿易の技術的障害

予備知識 

科学 

「科学的証拠がない」と「正しくない」はほぼ同義である。 「ほぼ」だから、たまに一致しない時があるが、その説明は後に回す。 まずは、どうして、ほぼ同義なのかを説明しよう。

「科学的証拠がない」と「正しくない」が全く違うと思っている人は、科学=理論だと勘違いしている。 そして、「科学的証拠がない」ことを指摘されると、「まだ理論的に解明されてないだけ」と言い訳する。 これは、疑似科学に良く見られる特徴である。 しかし、実は、理論は科学のための一つの手段に過ぎない。

科学において最も重要なことは実証である。 科学的証拠が必要となる理由は、理論的に説明できないからではなく、事実である証拠がないからである。 科学的には、真実である証拠が必要なのであって、理論など二の次なのだ。 理論を伴わない実証は大きな価値があるが、永久に実証されることのない理論には意味はない。 例えば、ある物質の危険性の科学的証明とは、その物質がどのようにして危険をもたらすかの理論を解明することではなく、その物質を摂取することで病気になったり死んだりすることを実証することである。 つまり、実際に摂取して、病気になったり死んだりすることを示せば良いのである。 ただし、因果関係の検証は必要であり、通常は、そのために統計的な手法を用いる。 実験によって統計的な因果関係を示すことができれば、理論を解明しなくても科学的証明としては成立する。

一般に、検証して確かめるべきレベルの疑いがあるのに、何も調べずに放置することはあり得ない。 言い掛かりであれば話は別だが、それなりに可能性のある疑いであれば、必ず、調査が行なわれる。 言い替えると、調査が必要な程度の根拠がない疑いは、当てずっぽうや思い込みでしかない。 もっと別の言い方をすると、本当に調査が必要な程度の疑いがあるのならば、当てずっぽうや思い込みでないのならば、その根拠が示せるはずである。 そして、調査が必要な程度の根拠が示せたなら、調べられずに放置されることはない。 世界中に研究者は五万と居るので、誰かが、調べようとするだろう。 誰も調べようとしないなら、自分で調べれば良い。 とくに、政府機関なら、そうすべきであろう。

調べても危険性の「科学的証拠がない」のであれば、実際に摂取したのにも関わらず、病気になったり死んだりしなかったということである。 つまり、それは、実験によって危険な可能性が限りなく低いことの科学的証明がなされたということである。 だから、「科学的証拠がない」と「正しくない」はほぼ同義なのである。

とはいえ、たまに、かつ、短期間だけ、「科学的証拠がない」と「正しくない」が一致しないことはある。 それは、疑いが発生してから、実験の結果が出るまでの期間である。 疑いが生じる以前は、当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報しかなく、それらの真偽を論じる意味はない。 そして、実験の結果が出れば、どちらが正しいか判明する。 よって、「科学的証拠がない」と「正しくない」の食い違いは、この期間に限られる。

医薬品のように人体実験が必要とされる場合は実証に5〜10年かかることもあるが、 食品のように動物実験で危険性を調べる場合はもっと短い期間で結論が出る。 つまり、食品の安全性に関して言えば、「科学的証拠がない」と「正しくない」の食い違いは、比較的短い時間で終わる。

疑似科学 

次に、非科学的な手法が何かの役に立つという勘違いも正しておこう。

当てずっぽう・思い込み・伝聞 

疑似科学の世界では、当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報を鵜呑みにする人が多い。 それに対して根拠のなさを指摘すると、「可能性は否定できない、否定する根拠もない」と言い出す。 しかし、そもそも、その手の戯言を一々真に受けていたらキリがない。 これは「明日、隕石が地球に衝突するかも知れない」「異星人が攻めて来るかも知れない」「異世界のゲートが開くかも知れない」といった話と同じである。 確かに、これらは、可能性は否定できないし、否定する根拠もない。 だからといって、これらを真面目に取り合えと言うのだろうか。

たとえば、隕石の衝突リスクとしてトリノスケールやパレルモ・スケールをNASAが公開している。 これは衝突のエネルギーの大きさと確率からリスクの程度を割り出したものである。 こうした客観的なリスク評価を行なった上で、リスクが高いものについて警戒しようと言うなら、それは耳を傾ける価値のある正論である。 しかし、客観的な評価を一切行わずに、当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報を元にして「可能性は否定できない、否定する根拠もない」と言うならば、それは素人の戯言に過ぎない。

素人の戯言の典型例が丸山ワクチンであろう。 丸山ワクチンを信じる者は「効くけど、科学的に証明されていないから認可されない」と言う。 しかし、実際は、効かないから証明できないに過ぎない。 当てずっぽうや思い込みや伝聞等を真に受けて「効く」と言っているだけで、実際に効くかどうかを確かめて「効く」と言っている者は誰もいない。 誤った素人判断に基づいた体験談がせいぜいであろう。 丸山ワクチンの治験の結果は、2件とも効果を示す証拠なしである。 その後も、有償治験の名目の元、数十年間に数十万人に投与されているが、未だに効果の証明には成功していない。 時間、被験者数とも、効果を証明する機会が十分に与えられているにもかかわず、証明できないなら、それは開発者側の落ち度であろう。 本当に噂どおりの効き目があるなら、これだけの時間と被験者数を費やしながら証明できないことはあり得ない。 つまり、当てずっぽうや思い込みや伝聞では良く効くことになっているのに、実際は、全く効かないのである。

まとめると、真面目に取り合えと言うなら、当てずっぽうや思い込みや伝聞等に基づいた戯言ではなく、客観的評価に基づいた検討する価値のある可能性を示すべきだろう。 当てずっぽうや思い込みや伝聞等に基づいて「俺が思う」という主観的な可能性ではなく、データに基づいた客観的な可能性を示すべきである。 同じ「可能性」という言葉で表現されるが、両者は全く違う物である。 世の中の役に立つ余地があるのは、データに基づいた客観的な可能性だけである。

結果論論法 

結果論で物事を見て、当てずっぽうや思い込みや伝聞等が良く的中すると勘違いする人もいる。 良く当たった結果だけを拾い上げ、外れた結果を見なかったことにすれば、根拠のない話でも的中率は高いように錯覚する。 終わった物事の結果だけを見て「アレをしていれば良かった」「コレをして良かった」と言うのは簡単である。 しかし、そのやり方では未来の物事を予測することはできない。 たとえば、Aさんがある競馬の予想を的中させたとしよう。 その結果から「Aさんの言うことを聞けば良かった」「Aさんの言うことを聞いて良かった」と言うのは簡単である。 しかし、Aさんの予想が次回も当たるとは限らない。 偶然では説明のつかない高い的中率を示したならともかく、たった一度の的中をもって、Aさんが高い予想能力を持っているという推論は成り立たない。 しかし、あるときAさんの予想が当たり、あるときBさんの予想が当たり、あるときCさんの予想が当たったという事実をもって、「次はDさんの予想が当たるかも知れない」と大真面目に言う人がいる。 それは、ただのヤマ感に過ぎない。 「いつも誰かの予想が当たってるじゃないか」と思うかも知れないが、選択肢に比べて十分沢山の人がいれば、常に誰かの予想が当たるのは当たり前である。 その場合、確かに、次に誰かの予想が当たる可能性は高い。 しかし、だからといって、誰の予想が当たるかは、その時が来るまで分からない。 毎回毎回、宝くじの1等当選者が居ることと同じで、誰かが当選するであろうことは事前に予想できても、誰が当選するかまでは事前に予想できない。 そのような根拠のないあやふやな話では結果は読めないのである。

それと同じで、非科学的な話をいくら集めても、安全性は向上しない。 「あの時は、科学的根拠はなかったが、ああすれば、安全性を高めることができた」と結果論で言うことはできよう。 しかし、そうした結果論で言えるのは、その時点で、既に、科学的証拠が出ているからである。 つまり、それは、事後の科学的証拠に基づいて後付けの理屈で論じているに過ぎない。 言い替えると、事後の科学的証拠があるからこそ結果論で物を言えるのである。 薬害エイズだって、イレッサ薬害だって、後から分かった科学的知見で過去を非難しているに過ぎない。 科学的証拠に基づいて結果論を論じておきながら、科学的証拠は不要というのでは、全くのダブルスタンダードだろう。

例えば、何らかの物質による健康被害が発生したとする。 しかし、何が健康被害の原因物質か分からないとしよう。 その時、当てずっぽうで、原因物質を予想して当たる確率はどれくらいあるか。 二者択一であれば50%の確率で当たるが、それならば、当てずっぽうは必要ない。 その両方の安全性を科学的に確かめれば良いだけである。 実際に科学的手法が行き詰まるようなときは、候補物質が全く絞れないような状況である。 そのような時には、考えられる候補が多過ぎて、当てずっぽうが当たる確率は極めて低い。

完全な当てずっぽうよりは、少しは、手掛かりがある方がマシである。 当てずっぽうを採用しても、確率的期待値は良くてもゼロ、悪ければマイナスにしかならない。 当たる確率が低い当てずっぽうによる確率的期待値の向上効果は殆どない。 その一方で、真面目な研究の足が引っ張られる時間的経済的損失は大きい。 結果として、大抵の場合はマイナスになる。

以上のとおり、安全管理において、非科学的手法は、何の役にも立たない。

毒物を摂取して良いか? 

「毒性のあるものは禁止すべきだ、基準値以内の使用を認めるなどけしからん!」と言う人もいるだろう。 しかし、そんなことを言えば、ビタミンでさえ禁止しなければならない。

たとえば、ビタミンAはたったの0.3g(100万IU)で急性中毒を起こす。 天然安全神話を信じる人は「それは合成ビタミンだからだ、天然ビタミンは中毒を起こさない」と言うが、急性中毒を起こすビタミンAはイシナギという魚の肝臓に含まれるれっきとした天然ビタミンである。 その他、ビタミンの発がん性等も示唆されている。 塩も、摂り過ぎれば命に関わるし、発がん性物質であることが既に分かっている。 脂肪も摂り過ぎは身体に良くない。 しかし、ビタミンを摂らなければ人は生きられない。 塩が不足するとナトリウム欠乏症で死んでしまう。 人が生きるためにはカロリー源も必要である。

このように、我々が普段に口にしている物質の殆どが一定の毒性を持っている。 一定の毒性の持つ物に対して、科学的な調査で許容摂取量を決め、その摂取量を超えないように管理するのが、妥当な安全管理手法である。 「少しでも毒性があれば、摂取量を完全にゼロにしなければならない」との主張は、現実を無視した夢物語であろう。

害虫駆除成分は人体に危険か? 

「虫が食べて危険な物が人間が食べて安全なわけがない」「虫が食べるということは安全な証拠だ」と言う人がいるが、これは正しくない。

例えば、Btタンパク質を含むとうもろこしを特定の害虫が食べると死にますが、その仕組みは、害虫の消化管がアルカリ性のため、Btタンパク質が活性化して、害虫の消化管の受容体と結合して作用を発揮するものです。 人の胃は酸性で、消化管にBtタンパク質の受容体もないので、人が食べても影響はありません。

遺伝子組換え食品の安全性について - 厚生労働省P.7

虫と人間では身体の構造が根本的に違うのだから、両者の毒性を同列に論じることはできない。 逆に言えば、虫にとって安全であっても、人間にとっては有害な成分もあるから、虫が食べても安全であっても、それは、人間にとって安全なことを意味しない。

SPS/TBT 

科学原則と例外 

WTOの衛生植物検疫措置(SPS)/貿易の技術的障害(TBT)では科学的に正当な理由が求められる。

(1)SPS(Sanitary and Phytosanitary Measures:衛生植物検疫措置)

WTO協定の附属書の一つに「衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)」があり、 ①食品添加物や残留農薬の基準の設定などの措置(食品衛生分野)、 ②植物に有害な病害虫を防ぐための措置(植物検疫分野)、 ③家畜等の動物に有害な疾病を防ぐための措置(動物検疫分野)、などの措置について取り扱っています。 最近話題となっている問題としては、BSE、新型インフルエンザ、遺伝子組換え作物、残留農薬などの食の安全や動植物の検疫を巡る問題などがSPSとの関係で取り扱われることになります。

SPS協定では、これらの措置をとる場合、貿易に対する影響が最小限になるように、WTO加盟国に義務づけています。 すなわち、①ヒト、動物または植物の生命または健康を保護するために必要な限度において、科学的な原則に基づいた措置をとること、 ②同様の条件下にある加盟国間および国内外で不当な差別をしないこと、 ③国際貿易に対する偽装した制限となるような態様で措置を適用してはならないこと、を加盟国に求めています。

そのため、加盟国は、①国際的な調和を図るため、関連の国際機関によって作成された国際基準や指針、勧告がある場合には、原則としてそれに基づいた措置をとること、 ②科学的に正当な理由がある場合などは、国際基準や指針、勧告よりも厳しい措置を導入することができること、 ③対象となる措置を制定しまたは変更する際は、原則として事前にWTO事務局を通じて他の加盟国に通報し、コメントの機会を設けること、を遵守しなくてはなりません。

(2)TBT(Technical Barriers to Trade:貿易の技術的障害)

SPS協定の対象外である製品の場合にも同様に、貿易に対する影響が最小限になるように基準が設定されることが重要です。 例えば、自動車の安全基準や排出ガスに関する基準、医薬品や化粧品の販売基準などです。 これらについても、WTO協定の附属書の一つである「貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」によって、加盟国は貿易に対する不当な障壁とならないようにすることが求められています。

SPS協定とTBT協定は、その対象とする製品の範囲が異なっているものの、加盟国に課されている義務には共通点が多くあります。 TBT協定においても、①必要な限度において、科学的な原則に基づいた措置をとること、 ②加盟国間および国内外で不当な差別をしないこと、 ③偽装した制限となるような態様で措置を適用してはならないこと、が加盟国に求められます。 そのために、①国際基準や指針、勧告がある場合には、原則としてそれに基づくこと、 ②科学的に正当な理由がある場合などは、厳しい措置を導入することができること、 ③対象となる措置を制定しまたは変更する際は、コメントの機会を設けること、を遵守しなくてはならないことも同様です。

WTOドーハ・ラウンド交渉メールマガジン

では、先に説明したような、疑いだけがあって、かつ、科学的な証明が終わっていない時はどうすれば良いか。 調査が必要な程度の根拠のある疑いを示せた状態において、かつ、実験結果が出るまでの期間の暫定的な措置は「科学的に正当な理由がある」。 その場合には「国際基準や指針、勧告よりも厳しい措置を導入することができる」。

第五条 危険性の評価及び衛生植物検疫上の適切な保護の水準の決定


7.加盟国は、関連する科学的証拠が不十分な場合には、関連国際機関から得られる情報及び他の加盟国が適用している衛生植物検疫措置から得られる情報を含む入手可能な適切な情報に基づき、暫定的に衛生植物検疫措置を採用することができる。 そのような状況において、加盟国は、一層客観的な危険性の評価のために必要な追加の情報を得るよう努めるものとし、また、適当な期間内に当該衛生植物検疫措置を再検討する。

衛生植物検疫措置の適用に関する協定 - 経済産業省


しかし、科学的に正当な理由があれば、より高い基準をもたらす措置をとることもできます。 また、アプローチに一貫性があり恣意的でない限りは、適切なリスク評価に基づいてより高い基準を設けることもできます。 さらに科学的不確実性に対処するために、一種の「安全第一」のアプローチである「予防原則」をある程度は適用することができます。 SPS協定の第5.7条では暫定的な「予防」措置を認めています。

基準と安全(Standards and Safety) - 農林水産省


加盟国は、国際的な基準や指針、勧告がある場合には、それらを用いることを奨励されますが、科学的に正当な理由があれば、より高い基準をもたらす措置をとることもできます。 また、リスク評価方法に矛盾がなく恣意的でない限りは、適切なリスク評価に基づいてより高い基準を設けることも可能です。


また、SPS協定は、衛生と植物防疫のための措置が、食品の安全と動植物の健康を確保する目的にのみ適用される事を求めており、特に、リスク評価を行う上で考慮すべき要因を明確にしています。 食品の安全を確保し動植物の健康を保護するための措置は、可能な限り客観的かつ正確な科学的データの分析と評価に基づくものでなくてはなりません。

衛生と植物防疫の措置に関する WTO 協定の理解のために - 農林水産省

ある物質の危険性の疑いがあるなら、「可能な限り」正確な科学的データの分析と評価に基づいて、その疑いを明確にすれば良い。 そのリスク評価方法に矛盾がなく恣意的でない限りは、科学的に不確実であっても、予防原則を適用することが認められる。 ただし、そうした措置は、暫定的に認められるのであって、適当な期間内に見直さなければならない。 何故ならば、そうした措置が必要となるのは、動物実験等の結果が出るまでの間だけだからである。 常識上も、規則上も、暫定的措置を取りながら、何ら科学的検証を行なわない事は認められない。 尚、見直しとは、新たに得られた知見を元にリスク評価をやり直すことであって、規制を撤廃することではない。 やり直したリスク評価に基づいた規制の延長は、当然、認められる。 その場合も、また、適当な期間内に見直しが必要である。

コーデックス(国際標準) 

コーデックスと呼ばれる国際標準に従っていれば、衛生植物検疫措置(SPS)に合致していると見なされる。

Codex規格との関係(1)

  1. Codex規格(規格、基準、行動規範)がある場合は、
    1. 加盟国は、食品の安全性に係る措置はCodex規格に基づいてとらなければならない
    2. ただし、科学的に正当な理由がある場合は、Codex規格によるよりも高いレベルの保護をもたらす措置を用いることができる
  2. Codex規格に適合している場合は、
    1. 人の健康の保護に必要なものと見なし、
    2. SPS協定の要求を満たしていると推定

SPS協定と食品の安全性に関するリスク管理の関係について - 農林水産省P.8

例えば、食品添加物や残留農薬の基準にもコーデックスがある。

本文書に記載した食品添加物のみが、本規格の規定に準拠した食品への使用が妥当であるものと認められる。 国際連合食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)合同食品添加物専門家会議(JECFA)が一日摂取許容量(ADI)を定め又はその他の規準に基づき安全と判断し、かつコーデックスが国際番号システム(INS)による番号を付与した食品添加物のみが、本規格へ包含されることとなる。 本規格に適合した添加物の使用は、技術的に妥当であるとみなされる。

食品添加物に関するコーデックス一般規格 - 農林水産省P.1


コーデックス委員会では、汚染物質を次のように定義している。


2)コーデックスの定義に基づく残留農薬であり、コーデックス残留農薬部会(CCPR)の付託事項に該当するもの

-食品及び飼料中の汚染物質及び毒素に関するコーデックス一般規格 - 厚生労働省

具体的には、その安全性評価手法が記載されている。

ADI(一日許容摂取量) 

様々な食品群における食品添加物の最大使用基準値を定める主な目的は、ある食品添加物のあらゆる用途からの摂取量がそのADIを超えないことを確保することである。


a)入手可能なJECFAの評価結果に基づいて判断する限り、提案された使用基準値において消費者に対する認知できる健康上のリスクを示さない食品添加物のみが、承認され、本規格に掲載されなければならない。

b)本規格への食品添加物の掲載に当たっては、JECFAが当該添加物に関して設定したあらゆるADI又はJECFAが実施した同等の安全性評価、及び全ての食品源から見込まれる一日摂取量を考慮しなければならない。

食品添加物に関するコーデックス一般規格 - 農林水産省P.2,3


可能な場合には、GMP又はGAPの検討に基づき、合理的に達成可能であり、消費者を保護するために必要な最低限の最大基準値を設定できる。 主要なリスク評価モデル(理論最大1日摂取量)によって摂取量が毒性基準値を超える可能性が示された場合には、例えば洗浄など、汚染問題を管理するための技術的可能性の検討も考慮すべきである。


リスク評価の結果に基づき、危害/リスクのレベルが公衆衛生問題を招かないことから、公衆衛生を保護するための最大基準値の設定は不要であると決定された場合には、その旨を透明かつ利用しやすい方法(一覧Iとして示されている完全な形式を用いて、最大基準値の欄に「不要」と記載するなど)で伝達すべきである。


食事摂取量の最良推定値には、国民の食習慣と、輸送・保存・調理過程での濃度変化、消費時の食品における既知量、その他に関する補正が関係する。 特定可能な亜集団に関しては、関連の平均食品摂取量データを使用することが適切と考えられるが、平均食品摂取量以外を使用する場合には注意が必要である。 重要な食品の摂取量を高めた食品摂取傾向は、それが国内又は国際的に受け入れられている健康保護及びリスク管理方針の一環である場合には、摂取量の算出に使用できる。 可能な限り現実的で適切な摂取量推定モデルを用いた統一的な手法が推奨される。

-食品及び飼料中の汚染物質及び毒素に関するコーデックス一般規格 - 厚生労働省


残留基準値(0.01ppm)の6倍ものメタミドホスが検出されたお米を、食べても大丈夫と言えるのはなぜ?


※185g:日本人の一日平均米消費量 (コンビニおにぎり3.7個分・米の加工品の消費量も含む)


無毒性量(NOAEL) NOAEL: No Observed Adverse Effect Level

定義:動物を使った毒性試験において何ら有害作用が認められなかった用量レベル

各種動物(マウス、ラット、ウサギ、イヌ等)のさまざまな毒性試験において、それぞれNOAELが求められる。 (妊娠中の胎児への影響などについても試験を実施)

さまざまな動物試験を行い、それぞれのNOAELを求める

全ての毒性試験の中で最も小さい値をADI設定のためのNOAELとする


一日摂取許容量(ADI) ADI : Acceptable Daily Intake

定義:ヒトがある物質を毎日一生涯にわたって摂取しても健康に悪影響がないと判断される量

「一日当たりの体重1kgに対する量(mg/kg体重/日)」で表示される。

動物と人間との差や、子供などの影響を受けやすい人と、そうでない人との個人差を考慮して「安全係数」を設定し、NOAELをその安全係数で割って、ADIを求めている。

ADI=NOAEL※÷安全係数(SF)

一日摂取許容量(ADI)とは? - 食品安全委員会


(2) 安全な範囲での農薬の残留基準とは

まず、農薬の登録申請時に提出される毒性試験の結果から、その農薬を一生涯に渡って仮に毎日摂取し続けたとしても、危害を及ぼさないと見なせる体重1kg当たりの許容1日摂取量(ADI:acceptabledailyintake)を求めます。

一方、作物に散布された農薬は、作物に付着するもの、付着しきれずそのまま土壌、大気中にいくもの、水田水から河川に入るもの、また分解してしまうものがあり、農作物や水などを通じて人間が農薬を摂取することになります。 したがって、各経路から摂取される農薬がADIを超えないように管理、使用する必要があり、環境大臣が定める登録保留基準は、この点を考慮して設定されています。

こののち、農薬の有効成分(成分)ごとに食用作物に残留が許される量を決めたのが、農薬の残留基準です。 大気や水からの農薬の摂取を考慮して、各作物の農薬の残留基準の総計が、この農薬のADIの8割以内となるように決められています。

現在登録されている農薬については、ラベルに表示された使用方法を守って使用すれば、農薬が基準を超えて残留し、これによって国民の健康が脅かされる恐れはないのです。


ア 作物への残留基準の決め方 農薬の作物への残留量は、登録申請時に提出される作物残留試験から得た残留量を基に基準値が設定されます。 その場合気象条件など種々の外的要因により変動する可能性があることから、基準値は、試験での残留量に比べて、ある程度の安全率を見込んで設定され、また外国基準及び国際基準等も考慮して設定されます。

例として大豆、小豆類及びかんしょ等に使用される農薬について説明します(表4)。 一定の使用方法を前提に行った試験による農作物への残留量が、大豆で0.97ppm、小豆類で0.87ppm、かんしょで0.47ppmの場合、これらの結果を基にかなり安全をみて各残留値を大豆で2ppm、小豆類で2ppm、かんしょで1ppmと以下いちごまでとりあえず仮置きします。 次にこの値と各農作物を国民が平均的に食べる量(厚生労働省の国民栄養調査によるフードファクター)から農薬の推定摂取量を計算します。 各作物の推定摂取量の合計は0.2378mgとなり、この許容摂取量4.4184mgの8割以内であるため、この場合、各作物の基準値は、大豆で2ppm、小豆類で2ppm、かんしょで1ppmに設定されます。

推定摂取量(mg:各適用作物[基準値(ppm)×フードファクター(kg)]の合計)≦ADI(mg/kg)×53.3(kg)

農薬の残留基準はどのようにして決められるのか - 農林水産消費安全技術センター


日本人が平均的に食べる1日あたりの農作物中に含まれる残留農薬を推定し、その合計がADI(許容一日摂取量)の80%を超えない範囲で基準を設定(水や大気など農作物以外から農薬が体内に取り込まれる可能性があるため)

農薬等の残留基準の設定とポジティブリスト制度による食品安全管理 - 国立医薬品食品衛生研究所P.6

以上について、山下一仁氏が分かりやすく説明してくれている。

残留農薬の基準の設定は、まず動物実験を通じて、どれだけの量を超えると動物に影響が生じるかを決定します。 それを人間に適用するために、安全係数をかけて、ADIと呼ばれる一日摂取許容量を定めます。 安全係数には通常100分の1が使われます。つまり、100で割ってより厳しいものにするということです。 ADIとは、「生涯にわたって毎日食べ続けても健康への悪影響はないと判断される量」と定義されます。 このADI、一日摂取許容量が定められると、国民の食品摂取データを勘案しながら、ADIを各食品に割り当てて、食品ごとの基準値を定めます。

食品の安全基準についての誤解 - キヤノングローバル戦略研究所

自由貿易協定・投資協定との関係 

2 輸入食品の安全を確保するための措置を実施する権限は、WTOの「衛生植物検疫措置に関する協定」(SPS協定)において、我が国を含む各国に認められています。 また、同協定では、科学的に正当な理由がある場合には、国際基準を上回る基準を設定することも認められています。

3 政府が現時点で得ている情報では、現在のTPP交渉においては、このWTOのSPS協定の権利義務を強化発展させる観点から、具体的には、食品の安全性に関するリスク評価の透明性の向上や、国際基準との調和や情報共有、政府間の紛争の解決など、衛生植物検疫のルールに関することが議論されており、食品添加物、残留農薬基準、BSEに関する牛肉輸入基準、遺伝子組み換え(GMO)食品の表示義務といったような、個別の食品安全基準の緩和は議論されていません。

4 こうした状況の下では、TPPにおいて、参加国が、WTO・SPS協定で認められている必要な措置を実施する権限を放棄させられるようなことは考えにくいですが、いずれにせよ、TPP交渉において、国⺠の食の安全が損なわれることのないよう、国際基準や科学的な根拠を踏まえて対応し、国⺠の安心の確保に努めます。

5 なお、いわゆる「ラチェット条項(※)」は、一般的に、投資、サービス分野において規定されているものであり、衛生植物検疫が規定される分野とは直接には関係ありません。 したがって、食品安全の基準を一度緩和すると、ラチェット条項により、再び厳しくすることはできなくなるということはありません。

TPP協定交渉について - 内閣官房P.66

政府説明によれば、WTOの衛生植物検疫措置(SPS)/貿易の技術的障害(TBT)が環太平洋戦略的経済連携協定等によって緩和される可能性はほぼない。

誤解とデマ 

安全基準が米国並に緩和される? 

たとえば、米の残留農薬の基準について、クロルピリホスという殺虫剤の基準は日本が0.1ppmであるのに対してアメリカは80倍の8ppmであり、日本の基準がアメリカ並みに緩和されるという主張があります。

食品の安全基準についての誤解 - キヤノングローバル戦略研究所

これが誤解であることを山下一仁氏は丁寧に説明している。

このADI、一日摂取許容量が定められると、国民の食品摂取データを勘案しながら、ADIを各食品に割り当てて、食品ごとの基準値を定めます。 つまり、ADIが日米で同じであっても、米の消費量が少ないアメリカでは多くの残留農薬量が米に割り当てられることになります。 アメリカで米の残留農薬基準値が高いのはこのためです。 ほかの食品では低くなります。

食品の安全基準についての誤解 - キヤノングローバル戦略研究所

米国の基準の方が厳しいことは、この後で説明されるが、にもかかわらず、米国の基準の方が緩く見えるカラクリが説明されている。 尚、先程説明したコーデックスによれば、日本の残留農薬の基準には日本人の一日平均消費量が認められる。

リスク評価は、その国の状況に最も適した科学的なデータに基づくべきである。

日本語版コーデックス規格(政府が適用する食品安全に関するリスクアナリシスの作業原則) - 農林水産省P.3

その国の状況に最も適した科学的なデータに基づくべきであるなら、当然、日本人の一日平均消費量を使用すべきだろう。

つまり、個別の食品についての残留農薬の基準値を比較して、どちらの国の基準が厳しいかを議論することは適当ではありません。 比較するとすれば、ADIです。 しかし、日本の基準が厳しいと主張する人は、クロルピリホスについての日米のADIまで調べてはいないようです。 日本のADIは国際基準よりは厳しいのですが、アメリカのADIは日本よりもっと厳しいのです。 アメリカの基準に合わせると基準はむしろ引き上げられます。 また国際基準との調和を求めるSPS協定との関係では、日本よりもアメリカの消費者団体の方が、アメリカの基準が緩やかな国際基準まで引き下げられることを恐れるということになります。

食品の安全基準についての誤解 - キヤノングローバル戦略研究所

確かに、クロルピリホスのADIについては、アメリカの基準の方が厳しいことが食品安全委員会にて示されている。

4.リスク評価状況

(1)国内

(評価結果、提言等、耐容摂取量等(急性参照用量含む)等)

[評価結果、提言等]

・水道水、河川や地下水からはクロルピリホスは検出されておらず、食物や飲み水から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられる。

[耐容摂取量等]

ADI(一日許容摂取量)を体重1kg当たり0.001mg(食品安全委員会による評価)

・ARfD(急性参照用量):該当データ無し。

(2)国際機関及び諸外国

(評価結果、提言等、耐容摂取量等(急性参照用量含む)等)

[評価結果、提言等]

・該当データ無し。

[耐容摂取量等]

cRfD(慢性参照用量):0.0003mg/kg 体重/日(US.EPAによる評価)

ADI:0.01mg/kg 体重/日(JMPR による評価)

・ARfD(急性参照用量):0.1mg/kg 体重/日(JMPRによる評価)

ハザード概要シート(案)(クロルピリホス) - 食品安全委員会


※3 cRfD:米国でADIと同意で用いられる用語。

ホレートの概要について - 食品安全委員会P.I-213

以上により、米国基準の方が3倍厳しいクロルピリホスの事例をもって「米国並に緩和される」とは言えない。

有害な証拠がなければ輸入しなければならない?(悪質なデマ) 

さて、食品添加物や残留農薬、ポストハーベスト(採取後に保存・防カビ等のために添加される農薬)、BSE牛、遺伝子組み換え食品等の輸入について、国民にとって望ましいルールはどちらだろう。

A 安全性が証明された食品を輸入する。

B 有害性について科学的証拠がなければ輸入する。

大方の人は、Aが望ましいルールだと考えるのではないだろうか。 ところが、WTOではBが採用された。 WTOのSPSルールは難解な条文だが、ベースとなる原則は紛れもなくBだ。

つまり、現に有害であるとする十分な科学的証拠がない限り、有害な食品であっても、基本的に輸入しなければならないのだ。

【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖1 毒だという科学的証拠がないものは食べよ - 街の弁護士日記

これは全くのデタラメであり、SPS協定は食品の安全性評価を禁止していない。 たとえば、 食品添加物に関するコーデックス一般規格 - 農林水産省P.1によれば、 食品添加物は安全だと証明されたもののみを認める原則となっている。 組換えDNA動物由来食品の安全性評価の実施に関するガイドライン - 厚生労働省日本語版コーデックス規格)は、遺伝子組み換え食品の安全性評価をするためのガイドラインである。 ただし、以下の3つは、これよりも先に検討・採択されているが和訳文は案文しか見つからなかった。

とはいえ、コーデックス・バイオテクノロジー応用食品特別部会の報告書植物由来の遺伝子組換え食品の安全性について - 厚生労働省P.9や遺伝子組換え微生物応用食品の安全性評価 - 厚生労働省P.7には遺伝子組み換え食品の安全性評価の必要性が書かれている。 食品の安全性評価を禁止するような文言は一切ない。

例えば、米国も、遺伝子組換食品(植物)には 個々の遺伝子組換え食品について安全性の審査を行 遺伝子組換え食品Q&A - 厚生労働省P.19 っており、遺伝子組換え動物には 用途に関わらず市場に流通する前の承認 遺伝子組換え食品Q&A - 厚生労働省P.19 を義務づけている。

以上の通り、「有害な食品であっても、基本的に輸入しなければならない」はSPS協定のコーデックスに明らかに反するデマである。

これは、最初に説明したとおり、科学に対する無理解から来る誤りであろう。 弁護士だから科学は苦手という言い訳は通じない。 こうした安全性の問題は、薬害エイズイレッサ訴訟でも扱う、典型的な訴訟問題である。 ISD条項憲法違反論への反論にも記載したが、よくもまあ、こんな知識で弁護士を恥ずかし気もなく名乗れるものだと感心する。 というか、常識で考えて、自国にもブーメランになって跳ね返って来るのに「有害な食品であっても、基本的に輸入しなければならない」規定を作るわけがない。 まさか、米国人は、金儲けのためなら毒でも平気で食うとでも言いたいのだろうか。 それとも、米国人は、毒に対する耐性が他の人種よりも桁違いに強いとでも言うのだろうか。 それならば、日本に比べて米国のクロルピリホスのADIが3倍厳しいのは何故か。

EUホルモン牛事件では、EUは、成長ホルモンを投与した牛には発ガンのリスクがある、消費者の生命健康を守るために、「一応のリスクがあれば輸入を制限する」ことは国民を守るべき国家(国家連合)の権利だとして徹底して争った。 国際法の言葉ではEUの主張は「予防原則」という。

しかし、WTOは、パネル(小委員会)も上級委員会も「予防原則」は、WTOのSPSの基本ルールではないとして、有害であることの十分な科学的証拠がないのに、発ガンリスクを主張して輸入を禁止したEUの措置は違法だとしたのだ。

【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖3 EUホルモン牛事件(前編) - 街の弁護士日記

よくもここまで嘘八百並べれるものだと感心する。 この事件は、 合成ホルモンDES(ジエチルスチルベステロール)により障害を持って赤ちゃんが生まれたとされるケースが欧州で当時広く報道 環境政策における予防的方策・予防原則のあり方に関する研究会報告書 資料14:予防原則Q&A((社)日本化学工業協会) - 環境省P.617 されたこと等を元にEUがDESとは別の天然または合成の6種のホルモンの使用を禁止したことについて、 うちの五つ(MGA以外のすべて)については,国際基準であるコーデックス基準が存在 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.17 し安全が証明されているにもかかわらず、リスク評価について 科学的な研究または結論が権限あるECの機関によって実際に考慮されたといういかなる証拠も提供しなかった 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.15 ことがSPS協定に違反していると認定したものである。 ようするに、安全性が確認されたものについて、風評で使用禁止したことの違反が問われた事件である。

EU基準(欧州連合の食品法における一般原則と要件,EC規則178/2002)においても、 利用可能な情報の評価により、健康への有害な効果の可能性が特定されるも、科学的不確実性があるような状況下 食の安全に関するリスクコミュニケーションの在り方に関する研究会(第5回)資料3 食品の安全におけるPrecautionary principleについて - 厚生労働省 にて 暫定的なリスク管理措置を採択することもありうる 食の安全に関するリスクコミュニケーションの在り方に関する研究会(第5回)資料3 食品の安全におけるPrecautionary principleについて - 厚生労働省 として、その措置は 高い水準の健康保護を達成するための必要性に応じたものであるべきであり、貿易を障害するほど厳しくしてはならない 妥当な期間内に見直す 食の安全に関するリスクコミュニケーションの在り方に関する研究会(第5回)資料3 食品の安全におけるPrecautionary principleについて - 厚生労働省 としているように、EU基準の「予防原則」においてもリスク評価は義務づけられている。 そのリスク評価を行わずに禁止したのだから、EUの違反が問われるのは当然である。

EUの措置は 合成であれ天然であれ,成長ホルモンの残留を一切認めない 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.17 にも関わらず、 「食品中の内生天然ホルモン」については「残留限度なし」 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.16 というチグハグなものでもあった。 これでは、とても、EUの措置は合理的な措置はとは言い難い。

また、上級委員会は SPS協定に予防原則という言葉は使用されていないが、その考え方はSPS協定に取りこまれている 環境政策における予防的方策・予防原則のあり方に関する研究会報告書 資料14:予防原則Q&A((社)日本化学工業協会) - 環境省P.617 としながらも しかし、予防原則は同協定が要求する科学的なリスク評価を免責するものではない 環境政策における予防的方策・予防原則のあり方に関する研究会報告書 資料14:予防原則Q&A((社)日本化学工業協会) - 環境省P.617 として、予防原則が「WTOのSPSの基本ルール」と明言している。 事実、SPS協定第5条第7項には 加盟国は、関連する科学的証拠が不十分な場合には、関連国際機関から得られる情報及び他の加盟国が適用している衛生植物検疫措置から得られる情報を含む入手可能な適切な情報に基づき、暫定的に衛生植物検疫措置を採用することができる。 衛生植物検疫措置の適用に関する協定第五条 と明記されている。 以上のとおり、パネルも上級委員会も予防原則が「WTOのSPSの基本ルールではない」としたとする主張は事実と全く逆である。

さらに、上級委員会は、争点 ①SPS措置を国際基準に基づいてとること(3.1条),②SPS措置をリスク評価に基づいてとること(5.1条),③適切な保護の水準について他の場合との整合性(5.5条) 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.21 について、 ①と③については違反を問わず,②については違反を認定したものの相当柔軟な解釈基準を示した 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.21,23 のであるから、上級委員会は「十分な科学的証拠」も求めていない。 上級委員会は、ただ、リスク評価という手続を経ていないことが違反だと認定したにすぎない。

尚、「予防原則」という言葉は次の3種類の意味で使われる。

  • 米国基準の若干緩めの「予防原則」
  • EU基準の若干厳しめの「予防原則」
  • 一握りの急進的一派の主張する、危険性は0%しか認めないとする「予防原則」

3番目の「予防原則」はトンデモ論者だけが支持するものであり、米国もEUも認めていない。 この事件でEUが取った措置は3番目の「予防原則」であり、EUの基準さえも満たしていなかった。 だから、違反が認定されたのである。

尚、この話には後日談がある。 2003年10月に、EUは リスク評価を実施し直した上で 新たなホルモン牛肉禁止措置 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.21 (2003/74/EC)を施行し、 これによりDSBの勧告・裁定を「履行した」として米加の対抗措置を逆にWTOへ提訴 農林水産政策研究所レビューNo.17 【連載】食品安全・動植物検疫措置に関するWTO紛争事例の分析 - 農林水産省P.21 した。 その上級委員会報告(WT/DS320/AB/R:2008年10月16日)には 米国・カナダが採用している対抗措置について,EUの新規制が導入された後も継続することがWTOルールに有効かどうかについて結論が出せなかったことが記されている EU の食品安全ガバナンスと国際貿易ルール - ]農林水産省P.49 。 この報告は結論を出さずに米国・カナダとEUが紛争解決のための手続を開始するよう求め EU の食品安全ガバナンスと国際貿易ルール - ]農林水産省P.49 たので、普通に考えれば引き分けであろう。 しかし、EUは 自らの規制の正統性を示すもの EU の食品安全ガバナンスと国際貿易ルール - ]農林水産省P.49 と一方的に勝利宣言している。 まあ、勝ち負けは読む人の判断に任せるとして、WTOの上級委員会が、EUの実施したリスク評価に基づいた規制に対して、SPS規定に違反する旨の判定を下さなかったことだけは事実である。

国連機関というなんだかありがたそうだが、泥沼のアフガン戦争を正当化したのは、国連安保理決議であった。 イラク戦争も、当初は安保理決議がなかったものの、米国が、勝利宣言した後は、多国籍軍の派遣を認める安保理決議をなして、その後、5年以上にわたる泥沼のイラク戦争に世界を巻き込んだ。

【【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖5 EU-ホルモン牛事件(後編) - 街の弁護士日記

「泥沼のアフガン戦争」や「イラク戦争」の国連安保理決議の妥当性は、食品の安全基準とは全く関係がない問題であるので、敢えて、論じない。 重要なことは、それらが食品の安全基準とは全く関係がないことである。 両者の根本的な違いは、自分たちに跳ね返って来るかどうかである。

アフガン戦争やイラク戦争が容認されても、米国より強い軍隊が存在しない以上、それは米国に跳ね返ってくることはない。 そうした事案については、陰謀論が効果を発揮する可能性は否定できない。

しかし、食品の安全基準を不当に緩和すれば、米国人が食べる食品の安全も脅かされる。 金儲けのために他国の人間の食品の安全を危険に晒せば、同時に、自分達の食品の安全も危険に晒されるのである。 まさか、米国人は、金儲けのためなら毒でも平気で食うとでも言いたいのだろうか。 それとも、米国人は、毒に対する耐性が他の人種よりも桁違いに強いとでも言うのだろうか。 それならば、日本に比べて米国のクロルピリホスのADIが3倍厳しいのは何故か。

以上のとおり、仮に、「泥沼のアフガン戦争」や「イラク戦争」の国連安保理決議に問題があったとしても、それは、食品の安全基準に問題がある根拠とはならない。 関係が無いことを殊更に強調して、根拠無き結論を導くやり方は、陰謀論者がよく使う印象操作手法である。

コーデックス規格の採用は、それまで委員会全体によるコンセンサス方式によるのが通常であったとされるが、WTOの発足により、コーデックス規格に法的な意義付が与えられることに着目した米国やカナダは、1995年7月に異例の多数決方式によって、コーデックス規格の採択を推し進めた。 ホルモン牛に関するコーデックス規格は、賛成33、反対29、棄権7という僅差でかろうじて採択されたものだ。 国連の権威ある機関だからと言って、国際基準を鵜呑みにする訳にはいかない。 コーデックス委員会のように中立的に見える機関でも、国際政治の場に他ならないのだ。

【【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖5 EU-ホルモン牛事件(後編) - 街の弁護士日記

この弁護士は「国際基準を鵜呑みにする訳にはいかない」としながら、その根拠を何も示していない。 「僅差でかろうじて採択された」ことは、その採択結果の正当性とは全く関係がない。 関係が無いことを殊更に強調して、根拠無き結論を導くやり方は、陰謀論者がよく使う印象操作手法である。

コーデックス委員会では、加盟国の代表だけではなく、その随行員にもオブザーバーとして発言権が与えられている。 そのため、米国などは、多数の多国籍企業の代理人を随行員として委員会に参加させている。 当然、モンサントなどの代理人も随行員に参加しているだろう。 また、NGOにもオブザーバーとして発言権が与えられているが、これも業界団体が大半を占めることが指摘されている。

【【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖5 EU-ホルモン牛事件(後編) - 街の弁護士日記

オブザーバーに発言権を与えることの何が問題なのか意味不明である。 発言者の言ってることが正しいかどうかに関わらず、発言したい奴には勝手に喋らせておけばいい。 発言者が、利権まみれだろうが、嘘つきだろうが、そんなことは問題にはならない。 重要なことは議決権を持っている者が、その話の真偽をちゃんと判別して、かつ、正しい決断をできるかどうかである。 議決権を持っている者が中立かつ理性的に行動できるならば、誰が何を発言しようが全く問題はない。

以上のとおり、発言権をもっている人物が誰であるかと、採択結果の正当性とは全く関係がない。 関係が無いことを殊更に強調して、根拠無き結論を導くやり方は、陰謀論者がよく使う印象操作手法である。

なお、EU-ホルモン牛事件は、どの国際経済法の教科書にも載っているSPSの代表的なケースだ。 ここで述べたのは、国際経済法を学んだ者であれば、少し突っ込んで勉強すれば、学部生でも知っているはずの初歩的な知識に属する。


だから、マチベンが、庶民の事件とはおよそ縁遠い国際経済法を勉強して報告している訳である。

【【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖5 EU-ホルモン牛事件(後編) - 街の弁護士日記

「どの国際経済法の教科書にも載っているSPSの代表的なケース」で「少し突っ込んで勉強すれば、学部生でも知っているはずの初歩的な知識」で「国際経済法を勉強して報告している」ならば、この弁護士の言動には言い訳の余地はない。 本当に「初歩的な知識」であって、かつ、「勉強して報告している」ならば、勘違いで誤った知識を披露する余地はない。 ということは、この弁護士は、勘違いで誤った知識を披露したのではなく、故意に大嘘をついたことになる。

国際経済法学者は、ISDについても、SPSについても国民に正確な知識を与えるべき立場にあり、責任を有している。 しかし、TPPを巡って、国際経済法学者が、国民的な議論に参加した例を知らない。 僕の知る限り、国際経済法学者は、沈黙を保ち、口をつぐんでいる。

国際経済法の専門家には、国際仲裁の裁判官とか、国際会議の国家代表だとか、それなりの見返りがあるのだろう。 財閥や巨大企業の顧問であるビジネスロイヤーのグループは、国際経済法に詳しいはずだが、彼らにも同じようなステータスが保障され、ビジネスパートナーとなるアメリカのローファーム等からおいしいビジネスチャンスも約束されているのだろう。

国際経済法ムラと呼ばざるを得ない所以である。 法曹要請阿呆ムラよりは、よほど強力で、利益も巨大そうであるから、国際経済法ムラの結束は固く、突き崩すのは容易ではないだろう。

【【拡散希望】TPP/SPSルールの恐怖5 EU-ホルモン牛事件(後編) - 街の弁護士日記

常識で考えれば分かるが、この主張は根本的に無茶苦茶である。 確かに、「ビジネスパートナー」を擁護し続ければ「おいしいビジネスチャンス」が約束されるかも知れない。 しかし、擁護を一切放棄して「沈黙を保ち、口をつぐんで」いるだけで「それなりの見返り」などあるわけがない。 これは馬鹿も休み休み言えと言う他ない。

多くの専門家は、トンデモ論をまともに相手などしない。 これは、経済学に限らず、あらゆる分野において、共通の事実である。 それに対して、専門家の責任を果たしていないと文句を言うのは分かる。 しかし、この事実を陰謀論に結びつけるのは無理がありすぎる。

科学分野でも、相間論(素人の勘違いによる相対性理論批判)やインテリジェント・デザイン水伝のような擬似科学が蔓延っている。 しかし、多くの専門家は、それらをまともに取り合おうともしない。 神戸大学名誉教授の松田卓也氏は 疑似科学を批判することはなかなか大変 だから多くの科学者はこれをやりたがらない こりない紳士たち・・・疑似科学者群像 - 松田卓也が斬る としている。 しかし、一部の科学者は、それら疑似科学に真っ向から対決する。 それでも、疑似科学は根強く生き続けている。 それが一部の科学者が「国民的な議論」に参加した結果である。

国際経済分野においても、素人のトンデモ論に対して次のような専門家達が真っ向から反論している。

しかし、トンデモ論者達は、こうした専門家の主張には真っ向から反論しない。 せいぜい、印象操作に利用しやすい部分だけをつまみ食いし、出典を明記せずに、その内容を改変して、陰謀論を捏ち上げる程度である。

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