無知・無理解に基づくスパコン「京」擁護論

無知・無理解の典型例 

スパコン「京」の事業を擁護している人の主張は、次のような無知・無理解に基づくものが多い。

  • 「否定論こそ科学技術振興に対する無理解だ」
  • 「日本の技術力の高さを世界に示した」
  • 「科学技術の発展には計算手段が必要だ」

これらが如何に無知・無理解であるかはこの後で説明するが、ちゃんとした擁護論は一向に聞こえてこない。 というか、ちゃんとした批判が完全に無視され、それに対する反論が帰ってくることはまずない。

科学技術振興 

科学技術振興の一般論は以下のリンク先にまとめた。

スパコン「京」の事業を批判することに対して、「科学技術振興に予算を投じることへの無理解だ」と言う人がいる。 しかし、現実は、逆である。 スパコン「京」の事業を擁護しているのは、コンピュータの素人か利害関係者くらいである。 利害関係者ではないコンピュータの専門家は、ほぼ例外なく、スパコン「京」の事業を批判している。

スパコン「京」の事業を批判しているからと言って、科学技術への国家予算投入を否定しているわけではないし、スパコンへの国家予算投入を否定しているわけでもない。 というより、スパコン「京」の事業を批判している人は、ほぼ、例外なく、科学技術にもっと国家予算を投入すべきだと主張している。 スパコン「京」批判の大半は、科学技術に国家予算を投入することへの批判ではなく、予算投入方法への批判である。

実際のところは、これは「IT公共投資」と名のつく、(製造を受注することになる)日本のITベンダーへの税金の流し込み以外の何物でもなく、これによって日本の国際競争力が増すわけでもないし、投資したスパコンが日本のAI研究者の数を増やすわけでもありません。

もし、日本のAI研究者を増やしたいのであれば、日本の各大学にAIの研究のために使用する高性能パソコンの購入を補助するだけで十分です。

富士通やNECや日立に195億円ものお金を渡してスパコンを作ってもらっても、決して良いものは作れないと私は思います。 コストパフォーマンスを考えれば、NVIDIA のGPUを使うしかありませんが、そんなハードウェアは誰でも作れてしまいます。 独自のハードウェアを作るという選択肢もありますが、最終的にGPGPUなりFPGAとして外販していくという企業戦略なしに作ったところで、それは単なる一発芸でしかないので、コストパフォーマンスはとても悪くなります。

問題は、日本のITベンダーはそれでも「売り上げさえ上がれば良い」という発想だし、霞が関の担当者は、「瞬間風速でも良いから世界一の座を取ることが出来れば良い」という考えなので、結局のところ、損をするのは税金を支払っている国民になります。

税金195億のムダ。戦略なき日本のスパコン開発を中島聡氏が批判 - MAG2NEWS


100億かければ動くようになるという考え方は阿呆であるといって差し支えないであろう。 競争力は予算からは生まれない。

牧野の公開用日誌(2016年12月)

そして、こうした予算投入方法への批判に対する反論を見かけることはまずない。

米国のスーパーコンピュータ開発状況について - 文部科学省のとおり、アメリカはスーパーコンピュータ関連予算に年間約1,500億円も掛けている。 しかし、アメリカでは最高性能のスパコンは1台数億ドルで調達しており(2010年度予算で3.06億ドル)、日本の「京」のように1台に1千億円以上もかけるような真似はしていない。 アメリカでは、I&A(Infrastructure & Application/基盤・アプリケーション)とR&D(Research and Development/研究開発)を明確に区別しており、I&AとR&Dの比は4:1程度である。 公表部分に限ると、全体予算の半分以上は産業・科学振興(NSF,NIST,DOE/SC)、約3分の1弱が軍事・国家安全保障(OSD/DoD,DARPA,DOE/NNSA,NSA)、残りがその他の政策(NIH,EPA,NOAA)に使われる。 このうち、産業・科学振興目的の予算の約半分は、全米科学財団を通じて、個人や大学に配布される。 残りの約半分は、エネルギー省/科学局の予算で、SciDAC(ソフトウェア開発体制とソフトウェアに密着した部分のハードウェアR&Dのみ)やNational Leadership Computing Facility(2004年からの5年間で1.5億ドル~2億ドル)等に使われている。 全米科学財団については、「ハード・ ソフトの開発も含む」「科学・研究の提案を募集」しており、参加資格は、大学や非営利研究機関のみで、営利機関は大学や非営利研究機関の協力者としてのみ参加が認められている。 このような使い方であれば、誰も文句を言わないだろう。

一方で、「京」のように1台に1千億円以上もかけ、その予算を「SPARCのような専用設計されたCPU」の開発に湯水のようにつぎ込むのは無駄遣いでしかない。

そのため、かえってSPARCのような専用設計されたCPUに世界がもう1度戻ってくると思っていたのです。 そういう専用設計のCPUでしかできないペタフロップス・オーダーの世界を作りたいというつもりでスタートしたのです。 ですが、5年の間に想像以上にx86が広がり、ペタ以上でも使用に耐えるようになってきており、現在ハードウェアの性能よりも海外では特にソフトウェアポータビリティが重要になってきており、当初思っていたような感じではなくなってきています。

スパコンは富士通のソリューション力の結晶である - HPCwire Japan

事業仕分け当時、「x86」が「ペタ以上でも使用に耐えるよう」になり「SPARCのような専用設計されたCPUに世界がもう1度戻ってくる」ことがないことは専門家の誰もが予測していたことである。 そんな簡単な予想を誤り、「想像以上」「当初思っていたような感じではなくなってきています」という戯けたことを抜かした結果、SPARC64スパコンは全く売れていない。 TOP 500にランクインしているSPARC64スパコンはわずか7台であり、全て日本の国立・国営組織のものである。 こんなことをやっていて日本の科学技術振興につながるわけがない。

日本の技術力 

各種ランキングが日本の技術力の高さを全く示していないことは、以下のリンク先にまとめたとおりである。

TOP500で1位 

2011年6月期のTOP500で京が1位になったことが快挙でもなんでもない。 スパコン1台に対して世界でも例を見ないほどの巨額の直接投資を行なったのだから世界1位をとれて当然なのであって、これで世界1位をとれなかったら日本は完全に終わっている。 しかも、ライバルが油断している隙をついて、前例のない全体の8割段階での測定を行って、一時的な1位をとっただけに過ぎない。 そして、実に恥ずかしいことに、完成直前の2012年6月期には既に2位に陥落している。 結局、世界では「京」の1位は「日本は金の力で1位を手に入れました。コストパフォーマンスは秋葉原製品を組み合わせてスパコンを作った中国にも圧倒的に劣ります。」と嘲笑われているのかもしれない。

Graph500で1位 

Graph500は、x86勢が全く参加せず、参加したライバル達も全く本気を出していない。 2016年11月期において、216台しかエントリーしておらず、ノートパソコンのMacBook Air(168位)やタブレット端末のiPad 3(214位)が記念エントリーでランクインできる状態である。 ライバル達がボイコットや手抜きをしているランキングで、日本だけ必死にチューニングして1位になっただけに過ぎない。

詳細は以下のリンク先にまとめた。

HPCGで1位 

HPCGは、Graph500よりも歴史が浅い。 TOP500の上位陣は軒並み参加しているものの、ライバル達はチューニングの形跡がなく本気を出している様子が見られない。 ライバル達が手抜きをしているランキングで、日本だけ必死にチューニングして1位になっただけに過ぎない。

詳細は以下のリンク先にまとめた。

計算手段確保 

計算手段確保の一般論は以下のリンク先にまとめた。

科学技術計算に必要な計算手段を確保するだけなら、1千億円以上もかけて国産スパコンを開発する必要はない。 海外メーカーも含めて競争入札で調達すれば、同じ性能のものが数百億円で手に入る。 いや、そもそも、「京」と同じ性能のものが必要かどうかも疑わしい。

一般に、スパコンは、小規模な方がコストパフォーマンスに優れる。 だから、ピーク性能を求めないなら、大規模な1台調達するより、小規模なスパコンを複数台調達した方が良い。 では、「京」にはピーク性能が必要なのか。 それは、 「京」利用区分 - 理研、 を見れば分かる。 「京」は、専用の処理に常時専念させるのではなく、商用・非商用を問わず、様々な用途に解放されている。 であれば、計算手段としての目的には、10PFクラスのピーク性能は不要であろう。

さらに、共用の大規模スパコンは非常使いづらい。 利用案内 - HPCI を見ても分かるとおり、申請してから使えるまでの手間隙が結構かかる。 しかも、使えるようになってからも、かなりの待ち時間が発生するようだ。

僕は当初、国内ではかなり大規模なスパコンを使っていたのですが、そこはユーザーも非常に多く、計算を投入してもCPUが空くまでの待ち時間がすごく長いものでした。 「3時間の計算を実行するために、3日待たされる」ということもザラでした。 結局途中で使用を取りやめて、大学内の小さめのスパコンで研究を仕上げました。

「世界一のスパコン」を使う人の立場から考える - TEXT/YUBASCRIPT

使いたい時にいつでも使える…という状況にないのでは、実質的な処理性能が低下するのに等しい。

スパコンは通常のパソコンと違い、1人で全部の性能を使える訳ではないからです。 今回はこのへんの事情について解説します。

「京」という名前の由来は「1秒に10,000,000,000,000,000回(1京回)の計算ができる」という性能から来ています。 (より正確には、128GFLOPSのCPUが90,000個並列されていて11.5PFLOPS)

しかし、この1京回の計算が、すべて一つの目的のために使われる訳ではありません。 「京」を使いたい科学者や企業はいっぱいいますので、そのようなユーザーの依頼に応じて「1京回のうち何百兆回は津波の動向予測に、何十兆回は銀河の衝突計算に、何兆回は医薬品の設計に...」といった具合に割り振られています。

「世界一のスパコン」を使う人の立場から考える - TEXT/YUBASCRIPT

待ち時間だけでなく、処理能力の割り振りを考慮すれば、実質的な処理性能はかなり下がってしまう。

というわけで、「世界一のスパコン」というのは使う側にとってはどうでもいい事です。 「世界一」が1台ある事よりも、「それなり」のスパコンが自分の大学にある方が良いのです。

「世界一のスパコン」を使う人の立場から考える - TEXT/YUBASCRIPT

以上のとおり、科学技術計算に必要な計算手段を確保するという目的は、スパコン「京」の事業を正当化する理由にはならない。


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    社会

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