ポスト「京」=フラッグシップ2020の無駄を検証する

前世代スパコン 

前世代の京については以下のリンク先にまとめた。

調達・導入 

高性能スパコンを政府が調達することの必要性には全く疑いの余地がない。 そのことは以下のリンク先にまとめた。

以上を踏まえると、ポスト「京」=フラッグシップ2020の調達・導入については、次のことを検討する必要がある。

  • 各1台当たりに必要な性能を根拠に基づいて積み上げること
  • 必要な総性能を根拠に基づいて積み上げること

その1台に求められる最高性能を超えるスパコンを作っても無駄になる。 何故なら、総性能が同じなら、性能の低いスパコンを多数作った方が価格が安いからである。 かと言って、その1台に求められる最低性能を満たさないスパコンを作っても役には立たない。 ちょうど良い性能のスパコンを必要な数だけ調達・導入することが重要である。

我が国が直面する課題に対応するため、2020年をターゲットに、世界最高水準の汎用性のあるスーパーコンピュータの実現を目指す。

フラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)について - 文部科学省研究振興局参事官(情報担当)付計算科学技術推進室

あいかわらず、「世界最高水準」のものを1台のスパコンとして調達・導入しなければならない理由は何も説明されていない。 というより、京と同じく「汎用性のあるスーパーコンピュータ」であるなら、多目的に使うのであろうから、複数台の合計性能で「世界最高水準」であっても何も問題はないはずである。

総経費約1,300億円(国費約1,100億円)

フラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)について - 文部科学省研究振興局参事官(情報担当)付計算科学技術推進室

何と驚くべきことに、また、世界の相場よりも何倍も高い約1,100億円もの国費を投入するようである。

開発 

高性能スパコンに対して政府が開発にテコ入れすることの必要性には全く疑いの余地がない。 そのことは以下のリンク先にまとめた。

以上を踏まえると、ポスト「京」=フラッグシップ2020の開発については、次のことを検討する必要がある。

  • 産業振興や技術振興にとって効果のある部分に投資する
  • 全ての国内企業に等しい参入機会を与える

プロセッサ開発 

京におけるSPARC64Ⅷfxプロセッサ開発は、事前予測的にも、事後的にも、全くの無駄であった。 世界的に例を見ないほどの超高価格で政府が調達したのだから、性能でもコストパフォーマンスでも他を圧倒して当然なのである。 しかし、富士通が製造したOakforest-PACS(国立大学法人筑波大学と国立大学法人東京大学)ですら、Intelのx86系のメニーコア型プロセッサを採用している。 自社製スパコンにも採用しないのでは、何のために独自プロセッサを開発したのか分からない。 Intelのx86系のメニーコア型プロセッサ採用が発表されたのは2016年5月であり、京の完成から4年も経っていない。 その程度の期間で他社製品に付け入る隙を与えるようでは、国費を湯水のように注いだ意味がない。 よほど特殊なニーズで対応が困難であったならともかく、Oakforest-PACSは科学技術分野の研究開発に共同利用される、紛うことなき汎用スパコンである。 2016年11月のTOP500で京を抜いた汎用スパコンで、プロセッサ製造元ですら使わないのでは、SPARC64Ⅷfxプロセッサ開発が無駄であったことは疑う余地がない。

しかし、ポスト「京」=フラッグシップ2020の場合は様子が違う部分もある。

プロセサの命令アーキテクチャは、京コンピュータではSPARCであったが、ポスト京ではARMv8+HPC Extensionアーキテクチャに変わる。

ポスト京スパコンはARMアーキテクチャを採用 - マイナビニュース

まず、ARMであることの欠点から。 以下の理由を良く考えてもらいたい

  • 携帯端末でx86がARMに全く太刀打ちできないのは何故か?
  • パソコンでARMがx86に全く太刀打ちできないのは何故か?

前者は、低消費電力でx86がARMに勝てないからである。 前者は、性能でARMがx86の足元にも及ばないからである。 これはお互いに32bitの頃からのことであり、64bit版とは言え性能面ではARMには不安が残る。 HPC拡張が可能だと言っても、それがARMだけの特徴ではない以上、ARMを使うことが性能面で不利な要因になることには変わりない。 ARMを使っているせいかどうかは分からないが、副プロジェクトリーダーでコデザインチームリーダーの牧野淳一郎氏は性能面について次のように指摘している。

昨年度は「汎用部」+「加速部」で1エクサフロップス級の性能を実現、という計画であり、プロジェクトの名称もそれに対応して「エクサスケール・スーパーコンピュータ開発プロジェクト(仮称)」だったのですが、今年度は「汎用部」のみのシステムになっていることがわかります。


正直なところをいうと、「汎用部」のほうが高い性能をだすのははるかに困難です。

123. フラッグシップ2020と私(2015/1/16) - スーパーコンピューティングの未来(牧野淳一郎)

ただし、スパコンとしての不利さが他で挽回できる程度に留まるなら、ARMであることのデメリットはそれほど問題とはならないだろう。 スパコンとしての実績も乏しいが、EUでスパコン利用に推進されているという期待を煽る情報もある。

ARMはHPCにはほとんど実績がないのであるが、EUはARMのHPCでの利用を推進しているので、ARMから流用できるものがでてくるという期待もあり得る。

ポスト京スパコンはARMアーキテクチャを採用 - マイナビニュース

次に、ARMであることの長所を述べる。 ARM系は携帯電話やスマートホンやタブレット等の携帯端末で広く使われているプロセッサである。 機能を限定した下位版を発売し、それが他社より性能等で優れていれば、一気に、携帯端末を制することも可能となる。 これからの時代、かなりの台数の携帯端末が普及するだろうから、そのプロセッサ市場を制すれば、非常に大きな利益となる。 海外メーカーが相手にしてくれるかどうかは分からないが、国内電気メーカーからは引っ張りだこになるかもしれない。 「世界一位のスパコンの下位版」と言えば、技術的にはほとんど意味はないだろうが、商業的にはインパクトのある宣伝文句ともなろう。 プロセッサ性能で多少劣っていても、チューニングを目一杯頑張れば、HPCGやGraph500で1位を取ることも十分に可能だろう。 2020年頃なら、ライバルたちはまだHPCGやGraph500はギンギンにチューニングしていないだろうから。

スパコン市場でも、スパコン以外の市場でも、全く見向きもされないSPARC64とは全く違う。 この点は、ポスト「京」=フラッグシップ2020を手放しで擁護するには至らないが、京よりは遥かにマシだと言えるだろう。

参入機会 

要求仕様を満足するスパコン開発を開発できる国内企業は富士通だけなのか。 ARM系プロセッサなら、益々、敷居が低くなったのではないか。 三菱電機や東芝等、参入できそうな企業は他にもあるのではないか。

大量の国費を投じるのだから、特定の企業に恣意的に利益誘導することは許されない。 透明な手続きで公平に選んだことを証明しなければならない。 しかし、副プロジェクトリーダーでコデザインチームリーダーの牧野淳一郎氏は次のように指摘している。

つまり、正直にコストを報告した企業はポスト「京」プロジェクトから排除され、そちらが排除されるまでは黙っていた企業がポスト「京」プロジェクトを単独で請負うことになった、ということが公開資料だけから読み取ることができることです。

123. フラッグシップ2020と私(2015/1/16) - スーパーコンピューティングの未来(牧野淳一郎)

正直者が馬鹿を見るのでは論外であろう。

まとめ 

以上の通り、かなり疑問のあるプロジェクトであることには変わりがない。 ただ、プロセッサ開発について、商業面では、京よりは遥かにマシと言えるだろう。 あとは、牧野淳一郎氏が頑張って少しでも意味のあるプロジェクトにしてくれることを祈るしかない。


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    社会

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