公正衡平待遇義務
中立かつ客観原則
ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。
TPP総論
長期的視野では話は別だが、短期的視野で見ればTPPに参加するかしないかは大きな問題ではない。 それよりも、TPPとは全く無関係な混合診療完全解禁がもたらす患者の治療機会喪失の危険性やイレッサ訴訟の行く末によるドラッグラグ・未承認薬問題の悪化の方が、遥かに大きな問題であろう。 だから、TPPよりも重要な争点において国民に不利益をもたらす政策を党員に強要する日本維新の会は落選運動の対象とせざるを得ない。 混合診療の完全解禁を公約とする日本維新の会およびみんなの党には一切の主導権を握らせてはならない。 そのためには、これらの党に対する落選運動が必要なだけでなく、与党とこれらの党との連携も絶対に阻止しなければならない。 具体的運動の詳細は自民党への抗議方法を見てもらいたい。
公正衡平待遇
公平かつ衡平な待遇の義務の文言としては、当たり前のことを規定しているに過ぎない。
公正衡平待遇(fair and equitable treatment)
投資家・投資財産が対象。 具体的には、投資財産の保護に対して慎重な注意を払う義務、適正な手続きを行う義務、裁判拒否の禁止、恣意的措置の禁止、投資家の合理的期待を裏切らない義務など。
「公正かつ衡平な待遇」の判断基準として、仲裁判断がこれまでの事件で重視してきた要素は、投資受入国政府の行動に関して投資家が抱くに至った「正当な期待(legitimate expectation)」の保護である。 つまり、通常であれば投資家が想定してよい状態の実現が政府の行為により阻害された場合(例えば、予見可能性のない突然の制度改正により投資家の計画が頓挫したり、透明性や合理性を欠く行政決定により事業が損害を被るなど)に、公正衡平待遇義務の違反を問うことができる。
ここで言う「期待」はhope(願望)ではなくexpectation(予想)であることに注意する必要がある。 だから、当然、単なる投資家の希望的観測は保護対象とならない。 また、投資家の予想の誤りも保護対象とはならない。
言うまでもないことだが、投資家が受入国で直面するリスクは、政府に関係するものだけではない。 契約相手(私企業)の契約違反や資金調達コストの上昇など、純粋なビジネスリスクに属するものも多い。 このことを考えれば、受入国における事業の採算性が悪化する原因の一つが政府の作為又は不作為であるとしても、他の原因があることも希ではないだろう。 仲裁判断のいくつかは、このことを明確に指摘し、「投資協定はビジネス判断の誤りに対する保険ではない」等と述べる。
それでは、投資受入国が公益促進的な規制を導入したことで外国投資家の権利が侵害された場合に、公正衡平待遇の違反を問うことができるであろうか。
まず一般論として、投資を行った時点で投資家が前提とした法的環境が、その後も全く変化しないことまでは、期待できない。 投資受入国は公益のために、事後的に規制を導入する正当な権限を持ち、投資家の期待はこれを考慮に入れて分析されねばならない。 ただ、例えば、従来の法制度の下で投資家に対して投資誘致のための特別な約束や保証がなされており、それが投資を実行する重要な誘因になっていた場合には、それを変更することは公正衡平待遇違反を構成しうる。 つまり、法制度の安定性に対して投資家が正当な期待を抱きうる状況があった場合には、それが公正衡平待遇で保護されるのである。
例えば、前出のParkerings事件仲裁判断も、一般論として、国は投資時点での規制枠組みを必要に応じて改廃する裁量を有し、投資家もありうる法の変更に適応できるよう投資を構築せねばならないとしつつ、国が不公正・非合理的に立法権を行使することは禁じられており、投資がなされる際に政府が明示または黙示に行った保証等は正当な期待を構成すると述べた
次に、投資受入国による外国投資家の扱いにおいて、恣意性、不透明性、非一貫性、適正手続の欠如、などが見られる場合には、公正衡平待遇の違反が最も典型的に認められる。 このような、いわば不合理で信義誠実に欠ける受入国の行為を幅広くカバーしうるのが本規定の特徴である。 なお、この意味で注目しうるのは、前述の「比例性」を欠くような措置は、公正衡平待遇にも違反しうるという点である。 つまり、追求される公益に比して均衡を失するような過大な権利侵害を被らないことは、「正当に期待」しうるのである。
分かりやすく言えば、正当な期待(legitimate expectation)の保護とは、政府規制におけるフェイントの禁止である。 禁止された規制は朝令暮改や約束不履行であり、正当な規制権限の行使としての事後的な規制は認められる。 その際、「追求される公益に比して均衡を失するような過大な権利侵害を被らない」比例性(均衡性)原理も考慮される。 尚、規制の目的として環境保護も当然認められるが、環境保護に偽装した目的は認められない。 公正衡平待遇義務違反は、ISD条項に基づく国際投資仲裁で賠償を求めることができる。
しかし、その解釈は個々の仲裁判断によって分かれた。
公正待遇義務が問題化したのは、まずはNAFTAについてであった。NAFTA仲裁では投資家の提起した公正待遇違反の主張について、公正待遇義務が国際慣習法上の最低基準以上のものを指すとの解釈を行ったうえで、その主張をことごとく認容した。 その後、仲裁廷で公正待遇義務が国際慣習法上の最低基準以上のものを指すとの解釈が否定された。 他方、仲裁判断の蓄積によって、公正待遇義務が、「国家の行為が恣意的、大幅に不公正、不正義または特異なものであり、差別的なものであり、かつ事業分野に由来する偏見または人種的な偏見にさらされる、または司法的な適正さを侵害する結果を導く適正手続が欠如する」ときに、国家に義務違反を認定する基準を指すとの見解が定着した。
解釈の違いを産む原因は、投資協定に詳細な規定がなく、細部の判断が仲裁定に委ねられていたためである。
公正待遇義務は、内国民待遇や最恵国待遇とは異なり、それ自身がホスト国の状況とは無関係に決まる基準であり、かつ規定自身からは、何を義務づけているか、その指示内容が明確でない。 公正待遇義務については、国が外国人に国際慣習法上供与義務を負う「最低基準(minimum standard)」を確認したという見方と、「最低基準」を越える待遇を意味するという見方がある。 ただし、公正待遇義務はBIT上に規定されており、条約によって規定の仕方が異なること(とくに国際法準拠の有無)に注意が必要である。
もっとも、投資家がいかなる期待を抱くことが「正当」であるかは、個々の状況に応じて決まる。 その意味で、公正衡平待遇は文脈依存的な義務である。 投資受入国の法制度や社会状況、政府の行動様式、投資家との交渉経緯などを総合的に考慮して、それぞれの事案ごとに「公正」さの判断基準が導かれる。
そもそも、第三者機関である仲裁廷に条約の解釈を任せたのは国家自身に他ならない。 国家は仲裁廷に、簡潔な文言の解釈により義務内容を明確にし、柔軟な判断により個々の事案に対して妥当な判断を下すという重要な役割を与えたのである。
投資仲裁が予測不可能、あるいは一貫性を欠くとすれば、それは判例の拘束を受けないからでも、「判例法」がないからでもなく、2600余りの投資協定(その多くは二国間で締結されるBITである)が概して実体義務を抽象的にしか規定していない上、その規定も条約毎に細部において異なるからである。 条約の解釈は、例えば「公正かつ衡平な待遇」という用語単独で行われるのではなく、条約法条約31条・32条に従い、条約の趣旨・目的、前文や他の規定の書きぶりといった広義の文脈の中で一体的・整合的になされなければならない。 仲裁廷はその当事者間で適用される特定のBITに固有の意味を探求する以上、あるBITに関してなされた解釈が別のBITでも妥当するとは限らない。 そのため、一見同様の文言が用いられていても、条約毎に様々な解釈が現れてしまうのである。
二国間で条約を締結する以上、他のあらゆるBITの解釈と同じ解釈を仲裁廷が採用することを国家が常に期待しているとは考えられない。 重要なことは、個々の仲裁廷の条約解釈が「用語の通常の意味」を与えるものであると、条約解釈規則に基づいて十分に説明されていることである(そこには類似の条約に関する先例の分析も含まれる)。 それが達成されている限り、その結果導かれる解釈は当事国の意図を反映しているとみなされなければならず、仮にその結果が当事国の「現実の」意図と矛盾していたとしても、そのリスクは「誤解」を招くような形で条約を起草した当事国が引き受けるべきだからである。
仲裁廷の判断が食い違った原因は例外条項の曖昧な規定ぶりにあり、仲裁廷に解釈が殆ど丸投げされてしまったことにある。
ISDS 条項批判の検討 - 京都大学大学院法学研究科P.24,42,43,47
後で述べるが、この問題に対して、国際慣習法上の最低基準に限定するよう条文に明記する動きがある。
投資家保護の目的
投資協定が投資家保護のための規定を設ける理由は、政府の理不尽な規制によるリスクを回避するためである。 投資協定は、投資家をあらゆるリスクから保護するものではなく、投資家が背負うべきビジネスリスクは保護対象とされていない。
言うまでもないことだが、投資家が受入国で直面するリスクは、政府に関係するものだけではない。 契約相手(私企業)の契約違反や資金調達コストの上昇など、純粋なビジネスリスクに属するものも多い。 このことを考えれば、受入国における事業の採算性が悪化する原因の一つが政府の作為又は不作為であるとしても、他の原因があることも希ではないだろう。 仲裁判断のいくつかは、このことを明確に指摘し、「投資協定はビジネス判断の誤りに対する保険ではない」等と述べる。 しかし、政府の単独の行為ではなく、一定期間中の政府の作為・不作為が全体として収用と認められる侵害を引き起こしたと申立人が主張する場合(「しのびよる収用」の主張)は、因果関係の認定は簡単ではないだろう。 以下に示す判断は、投資財産が被った損害と政府の作為又は不作為の因果関係に着目して、収用の主張を否定した。
(1)で検討したWaste Management事件では、市の契約違反が収用となるかが問題となった。 市が契約を履行できなかった背景には、ゴミ収集サービスが有料となることに対する住民の反発とWM社よりも安価でゴミを収集する違法事業者の存在があった。 仲裁廷は、「企業の実質的な収用(taking)又は収益の上がらない状態にすること(sterilising)に相当する政府による恣意的な介入が無い場合にまで事業の失敗に対して補償することは(NAFTA)1110条(収用についての規定)の機能ではない」と述べ、アカプルコ市による契約違反の背景には、市だけでなく、WM社の現地法人の事業見通しが楽観的すぎたことがあることを挙げ、収用の主張を認めなかった。
Fireman's Fund Insurance Company 事件(NAFTA)では、メキシコにおける金融危機後に、政府が銀行に対してとった措置が問題となった。 米国の保険会社であるFireman's Fund Insurance Company(FFIC)社は、メキシコでの個人保険種目に参入すべく、メキシコの金融持ち株会社GFBの発行する5000万USドルの転換社債を購入した。 同額相当のペソ建て転換社債も同時に発行され、それらはメキシコ投資家が購入した。 GFBのメインの資産はBanCareerという銀行であり、FFICが転換社債を購入した時点ですでに経営は厳しい状況にあった。 BanCareerはJPモルガンとともに資本増強計画を作成し、政府との協議を始めた。 この計画では、40%の持ち株比率で戦略的パートナーとして新規の投資家を参加させることとしていた。 FFICは、当該計画について政府関係者と合意が成立したと主張し、戦略的パートナーが見つからなかった場合には、2500万ドル分の社債についてはGFBに払い戻しをさせる了解があったと主張した。 さらに、当該計画の不履行や、メキシコ投資家に対してはペソ建て社債の払い戻しを求めたものの、FFICに対しては認めなかったこと等について収用を主張した。
仲裁廷は、まず、FFICは厳しい経営状況にある銀行に投資をした時点で、投資価値がなくなるリスクを負っていたとし、もし何らかの行動がとられなかったならば、BanCareerは倒産していた可能性が高いとした。 そして、再建計画は最終合意には至っていなかったと認定し、すでにFFICの取得した社債には殆ど価値がなかったとして、再建計画の不履行についての収用の主張を認めなかった。 また、社債の払い戻しに関する差別的な対応については、内国民待遇違反や公正待遇義務違反の問題とはなりうるとしつつも、収用ではないと判断した。
仲裁廷が、いわゆる「しのびよる収用」としてチェコ政府の一連の措置をとらえなかった理由は、サルカの経営悪化には、チェコの事業環境や共産主義時代から続く不良債権処理問題等も影響しており、本件に直接関係する政府の作為・不作為の寄与度は大きくないと判断したためと考えられる。
規制と間接収用 - 経済産業研究所P.26,27,32
「投資協定はビジネス判断の誤りに対する保険ではない」とされるように、これには経営判断や自然環境の変化や社会情勢の変化等のリスクは含まれない。 このように、保護対象は、政府の理不尽な規制によるリスクに限定されており、投資家が背負うべきビジネスリスクから投資家を保護することはない。
協定の曖昧さ
投資協定では、規定の曖昧さが問題視されることがある。 尚、投資協定の投資家保護は、米国企業を儲けさせるためのものだとする主張があるが、これは、明確な間違いである。 過度な投資家保護については、当の米国自身が問題視しており、投資協定上の文言の修正を図ろうとしている。
以上の仲裁判断に対して、曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような訴えが仲裁によって許容されたとして、米国内を中心に強い批判の声が挙がった。 この動きを受けて、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、「NAFTA11章についての覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)」(貿易委員会覚書)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。
- 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
- 「公正かつ衡平な待遇」および「十分な保護及び保障」は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
- NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。
(5)その後の展開
上記のような公正待遇義務に関する仲裁判断に対しては、米国内を中心に批判の声が挙がった。 その趣旨は、NAFTA11章の曖昧な内容の規定によって、国内裁判所であれば認められないような当事国に対する訴えが仲裁によって許容されたという点等にあった(III.2.参照)。 このような批判を受ける形で、2001年8月1日に、NAFTA自由貿易委員会(NAFTA Free Trade Commission)は、NAFTA11章について覚書(Notes of Interpretation of Certain Chapter 11 Provisions)(「貿易委員会覚書」)を公表した。 貿易委員会覚書は、1105条について次のように述べる。
- 1105条1項は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準を、他の当事国の投資家の投資に与えなければならない最低基準として課している。
- 『公正かつ衡平待遇』並びに『十分な保護及び保障』は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低標準によって要求される待遇に付加又はそれを超える待遇を要求してはいない。
- NAFTA上の、又は独立した国際協定の他の規定の違反があるとの決定によって、1105条1項の違反があったことにはならない。
これは、S.D.Myers事件、Pope and Talbot事件において、NAFTA上の公正待遇義務が国際慣習法を越える内容をもつと判示したことに対して、NAFTA加盟国が危機感をもって対処した結果である。
Pope and Talbot事件では、NAFTA1105条の待遇の最低基準が、伝統的な慣習国際法上の基準と同様であるか、それとも、より手厚い投資保護を求めるものであるかが問題となった。 仲裁廷は後者の立場を支持して義務違反を認定したが、この判断を受け、NAFTA当事国(特にアメリカ合衆国)では、投資保護に偏りすぎた解釈により、国家が過大な負担を負わされているとの批判が高まった。 そして、NAFTAの全当事国から構成される北米貿易委員会は同判決から3か月後の2001年7月、第1105条は慣習国際法より高い保護を与えるものではない、という解釈ノート(NAFTA第1131条に基づき、仲裁廷を法的に拘束する)を発表するに至る。
ISDS 条項批判の検討 - 京都大学大学院法学研究科P.26,27
米国政府が定めた米国モデル投資協定においても、国際慣習法上の最低基準を超える待遇を保証しないことが明記されている。
米国モデル投資協定(2004年)
(2)公正・衡平な待遇
外国人の待遇に関する国際慣習法上の最低基準が要求する待遇を超える待遇を与えるものではない旨明記
この点、フランスやドイツのモデル投資協定では、国際慣習法上の最低基準に限定する規定はない。
フランスモデル投資協定(2006年)
(2)公正・衡平な待遇
国際法の原則に基づく公正・衡平待遇を与える旨規定(国際慣習法上の最低基準に限定していない)
ドイツ・モデル投資協定(2008年)
(2)公正・衡平な待遇
公正・衡平待遇を与える旨規定(国際慣習法上の最低基準に限定していない)
以上のとおり、米国こそが、公正衡平待遇義務の拡大解釈を懸念しているのである。
賠償範囲
DCF(割引現在価額)
近年では、一定の条件においてDCF(割引現在価額)が賠償額算定法として認められる。
とは言え、近年の仲裁例では、「収用/非収用」という単純な二分論は採用されていない。 結論を先取りすれば、非収用事例が二分化しており、非収用事例であっても投資財産の「全体的損失」が認められる場合には収用補償基準(FMV/DCF)が用いられ、他方で、投資財産の「部分的損失」しかない場合には、因果関係アプローチが用いられるのである。
第2に、次に問題となるのがFMVの算定方法であるが、この点については唯一正しい算出法がある訳ではなく、補償対象となる財産の形態に応じて算定方法も異なる。 世銀ガイドラインでも、補償額を決定するために排他的に有効な「唯一の基準」があるとは規定せず(第6項)、補償算定が次のような場合には「合理的である」(reasonable)というに止まる。 すなわち、第1に、企業が継続価値(a going concern)であり、収益性を有する場合には、DCF(Discounted Cash Flow)に基づく算定である。 第2に、企業が継続価値とみなされず、収益性を欠くと考えられる場合には、清算価額(liquidation value)に基づく算定である 第3に、その他の資産の場合には、再取得価額(replacement value)又は帳簿価額(book value:BV)に基づく算定である
伝統的に、「補償」(compensation)と「賠償」(damages)は厳密に区別されてきた(以下、区別説)。 そもそも両者は法的性質上区別され、補償が「合法」収用要件であるのに対して、賠償は国際「違法」行為責任に起因する。 その結果、補填すべき損失の対象が異なり、「賠償」対象は「補償」対象よりも広くなる。 というのも、「補償」対象が「直接損害」(損失財産に見合う額)に限定されるのに対して、「賠償」は原則として原状回復であり、これに代わるものとして、直接損害に加えて「間接損害」(違法行為が存在しなかったならば当然得たであろうと見られる利益の損失)が含まれるからである。 このように、原因行為の違法性の有無により、「補償=直接損害」と「賠償=直接損害+間接損害」が区別され、後者が前者よりも高額になると考えられてきた。
実際の仲裁例でも区別説が採用されることが多い。例えば、S.D.Myers事件(NAFTA)において仲裁廷は次のように述べている。 「仲裁廷が適用すべき賠償基準は、場合によっては合法行為賠償と違法行為賠償の違いによって影響を受けることがある。 価値を損なった財産の公正市場価格を決めることは、投資家に加えられた被害を公正に示すものではない」。 同様に、LG&E事件(2007年)でも区別説を採用することが明示されている。 仲裁廷によれば、「合法行為の帰結たる『補償』(compensation)と違法行為の帰結である『損害賠償』(damages)は異なるものであり、この区別は様々な裁判所で述べられてきた」。 ここで仲裁廷が例示する先例は、AGIP S.p.A.事件(1979年)、Amoco事件(1987年)、Southern Pacific Properties事件(1992年)、ADC事件(2006年)である。
特に、Amoco事件において、イラン=米国請求権裁判所はホルジョウ工場事件判決に依拠しつつ、次のように述べている。
「合法収用と違法収用とは明確に区別されなければならない。というのも、収用国によって支払われるべき補償に適用される規則は、財産奪取の法的性質に応じて異なるからである」。
以上のように、補償(合法収用の場合)と賠償(違法収用の場合)の区別が一貫して認められている。 また、実際に賠償額が補償額よりも高額と判断された事案が存在する。 例えば、ADC事件(2006年)では、投資財産の価額に関して、収用時価額よりも裁定時価額が上昇した稀有な事案である。
なお、以上の議論と異なり、違法な収用行為の帰結である賠償の算定において、FMV/DCFアプローチではなく、別のアプローチが用いられることがある。 特に、収用概念が拡大し、「間接収用」概念や「潜行型収用(忍び寄る収用)」概念が登場したことに伴い、違法収用の場合の賠償算定方法に関しては多様性が見られるようになっている。 以下、こうした例としてMetalclad事件(2000年)を見ておこう。
以上のように、本件では、適用法規であるNAFTA1110条に収用補償要件としてのFMV/DCFが規定されているにも関わらず、仲裁廷はこれを採用せず、M社の「現実投資財産」の算定を行っている。 この点で、本件はFMV/DCFアプローチの限界を示すよい例である。 すなわち、本件のように企業が継続的に収益を上げている継続企業(going concern)でない場合、DCFに依拠した賠償算定は不確実な将来利益を対象とするため、不適切と考えられる。 特に本件では、メキシコによる間接収用行為が生じている時点で、M社は埋立施設の建設を終了していたものの、廃棄物の埋立処理作業は未だ開始されていなかったため、継続企業(going concern)とはみなされない。 この点で、DCFによる将来利益の算出が不適切と判断されているのである。
投資協定仲裁における補償賠償判断の類型 - 独立行政法人経済産業研究所P.5,9,11-13,16,17
まとめると、次の全条件を満たすとDCFが賠償額算定法として認められる。
- 投資財産の「全体的損失」が認められること
- 損失対象の政府の措置が国際法上違法であること
- 損失対象が継続企業(going concern)であって将来利益に確実性があること
そうでない場合は、精算価額(liquidation value)、再取得価額(replacement value)又は帳簿価額(book value:BV)による算定となる。
尚、DCFを認めるのは、投資の持つ性質による。 投資は、必ず、成功が約束されているわけではない。 どんな優秀な投資家でも、個々の投資単位でみれば、損失が発生している事例が必ずある。 しかし、全投資の差し引きがプラスになれば、投資全体としては成功となる。 言い替えると、全体の確率的期待値がプラスになるように、投資先を決めるのである。 つまり、成功した時の利益で失敗の損失の穴埋めを行なうから投資が成立するものである。 しかし、成功利益が不当に取り上げられては、そうした穴埋めが成り立たなくなる。 黒字企業に育てる影には、数々の赤字企業があるのである。 にもかかわらず、その黒字企業が没収されて、その精算価額しか保証されないのでは、あまりに理不尽であろう。 仮に、その黒字企業を売却したとすれば、当然、その精算価額だけでなく、将来生み出すであろう利益にも値段がつく。 売却価格よりも遙かに安い価格で没収されるのならば、これほど理不尽なことはない。 逆に、没収する側の立場で見れば、自分では投資せずに、既に十分に育った黒字企業をその精算価額だけで手に入れることができるならば、そんなにずるいことはない。 だから、黒字企業に苦労して育てる試行錯誤に要した費用に対しても、当然、補償を行なうべきである。 以上のとおり、確実な将来利益が見込まれる継続企業の価値として、DCFを認めるのは当然と言える。 逆を言えば、成功事例とは言えない、将来利益が不確実な事例では、DCFを採用することは妥当とは言えない。 また、投資家が背負うべきリスクに原因がある場合も、それは成功事例とは言えないのだから、DCFを採用することは妥当とは言えない。
悪質なデマ
曖昧な規定は、法的な意味を持たない?
一般的に、投資協定には、投資受入国政府が外国投資家に対して、『公正で衡平』な「最低限の待遇を与える」義務(以下、『公正・衡平待遇義務』という)が明記されている。
これは、間接収用以上に極めて曖昧な規定である。 普通、このような曖昧な規定は、法的な意味を持たないと解されることが多い。 たとえば、民法には「信義にしたがい誠実に行わなければならない」という信義誠実の原則や「権利の濫用はしてはならない」という権利濫用の禁止が謳われているが、この内容はあまりに広汎で明確性がない。 そうした原則的な規定の内容は、基本的には、民法の各規定が具体化していると考えてもよいから、信義誠実の原則だけで、訴えを起こすということはまず考えられていない。
これほど曖昧なルールだから、少なくとも日本の法学者は21世紀に入った段階でも、公正・衡平待遇義務は、心構えを説いたくらいの抽象的な精神規定で、国際投資家法廷で具体的に使うことができるルールだとは考えていなかった節がある。
「このような曖昧な規定」の国内法の例として信義誠実の原則や権利濫用の禁止と比較して論じているが、これらは「法的な意味を持たない」ということはない。 例えば、近年、最高裁で信義誠実の原則に反すると認定された判例は次のようなものがある。
- 平成21(受)216 損害賠償,中間確認請求事件 平成23年02月18日 最高裁判所第二小法廷における、訴訟の相手方の選択に関する判断
- 平成16(受)247 離婚等請求事件 平成16年11月18日 最高裁判所第一小法廷における、離婚申立に関する判断
- 平成16(受)482 損害賠償請求事件 平成16年11月18日 最高裁判所第一小法廷における、建て替えに伴う退去者の優先購入に対して住宅公団が価格適否に関する説明を怠ったことに関する判断
- 平成16(受)458 不当利得金返還請求事件 平成16年10月26日 最高裁判所第三小法廷における、訴訟の相手方の選択に関する判断
また、近年、最高裁で権利の濫用が認定され、もしくは、権利の濫用に当たるかどうか審理を尽くす必要性があるとして差し戻し判断がなされた判例は次のようなものがある。
- 平成24(受)2280 建物明渡等請求事件 平成25年04月09日 最高裁判所第三小法廷における、地下店舗を借り受けた者が建物の前所有者に承諾を得て設置した1階の看板について建物の新所有者が撤去を求めたことに関する判断
- 平成21(受)332 離婚等請求本訴,同反訴事件 平成23年03月18日 最高裁判所第二小法廷における、妻が不倫により出産した子供に対する離婚後の監護費用の分担に関する判断
- 平成20(受)1809 出資金等返還,損害賠償請求事件 平成22年04月08日 最高裁判所第一小法廷における、出資金返還請求権に関する判断
信義誠実の原則や権利濫用の禁止を裁判で判断基準とされることが少ないのは、彼が書いたように「基本的には、民法の各規定が具体化している」からである。 逆に、「民法の各規定が具体化」していないケースでは、当然、信義誠実の原則や権利濫用の禁止を裁判で判断基準として採用される。 あらゆるケースにおいて適用できる万能規定を設けておかないと、具体化された規定が網羅していないケースには対応できなくなる。 そうならないように「あまりに広汎で明確性がない」原則規定を置くのである。 常識で考えても、法律に「法的な意味を持たない」条文が置かれるはずがなく(「法的な意味を持たない」ことは法律の条文に書かない)、「曖昧な規定は、法的な意味を持たない」わけがない。 弁護士を自称しておいて、そんなことさえ理解していないとは、呆れ果てる。
公正衡平待遇義務や間接収用においては、投資協定では、原則のみ規定されていて、何が、それに該当するかの具体化した規定は殆どない。 だから、これらの規定では、原則がそのまま判断基準として用いられるのである。 これを「曖昧な規定」だから「法的な意味を持たない」と考えるなら、「法学者」失格である。
代表的なテキストや文献によれば、『公正・衡平待遇義務』の内容は次のとおりであるとされている。
- 外国投資家の投資財産保護に関する慎重な注意(due dilligence)
- 適正手続(due process)、
- 裁判拒否の禁止(denial of jusitice)
- 恣意的な(arbitary)措置の禁止、
- 投資家の正当な期待(legitimate expectation)の保護
- 法令の周知義務(透明性の確保、予測可能性の確保)
よくこれほどの内容を読み込めるものだと思うが、曖昧な条文に意味を組み込もうとすれば、投資家にとって都合のよいことを全部、この条項に含めることが可能なのだ。 この中には、日本の法律家でも理解できるものもあるが、「外国投資家の投資財産保護に関する慎重な注意」とか「投資家の正当な期待の保護」などとなると、全く新しい観念である。 とにかく、どんなクレームでも、含み込んでしまうほど「公正・衡平待遇義務」違反は広い概念である。
「投資家にとって都合のよいことを全部、この条項に含めることが可能」「どんなクレームでも、含み込んでしまう」といったデタラメは、一体、何処から出てくるのか。 既に説明済みだが、ここで言う「期待」はhope(願望)ではなくexpectation(予想)である。 だから、当然、単なる投資家の希望的観測は保護対象とならない。 また、legitimate(正当な)expectationであるので、投資家の予想の誤りも保護対象とはならない。 「曖昧な条文」「全く新しい観念」であるかどうかと、「どんなクレームでも、含み込んでしまう」かは全く関係がない。 実際のISD仲裁事例では、いずれも、常識的に適切な判断が下されている。
要するにアメリカ法と慣行は、普遍的なものであって、どの投資紛争についても通用しなければならないとアメリカは考えているのである。 ブッシュ政権が「自由と民主主義」を錦の御旗にして、アフガンやイラクに侵攻したように、アメリカはアメリカ法が世界共通になるのが当然のことだと考えているのだ。 TPP加盟国が、アメリカ法の支配下に入り、米国の州並みの主権しか持たなくなることはアメリカにとっては当たり前のことに過ぎないのだ。
TPPないし日米FTAでは、日本国の投資規制は、これから全てアメリカ判例にしたがうことになる。
日本人には到底理解できない不文法であるアメリカ法が、日本の外国投資家に適用されるのである。 日本独自の規制はおろか、アメリカ法並の保護が与えられなければ、公正・衡平待遇義務違反に該当するとして軒並み提訴されることを覚悟しなければならない。
ISD仲裁想定事例で紹介した ISD条項の実務 敦賀原発2号機直下の活断層と「間接収用」 - 街の弁護士日記 に引き続いて、奇妙な「アメリカ判例法理」論がまた出て来たようであるが、これは、事実と全く逆である。 彼は、米国が「アメリカ判例法理」に合わせて公正衡平待遇義務の認定範囲を広げようとしていると主張している。 しかし、「協定の曖昧さ」の項で示した通り、実際には、米国は、公正衡平待遇義務の認定範囲を限定するよう、いち早く、行動を起こしている。 米国は、「アメリカ判例法理」より狭い認定範囲を「アメリカ判例法理」並に広げようとしているのではなく、「アメリカ判例法理」より広い認定範囲を「アメリカ判例法理」並に狭めようとしてるのである。
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