TPP試算
- 中立かつ客観原則
- 政府試算総括
- 「農林水産物」を除けば4倍ではなく約2倍強
- 今回から非関税措置も試算に追加
- 追加項目の影響が大きい点は世界銀行の試算と一致
- 前回の農林水産物の損失額は過剰
- 今回の農林水産物の試算に矛盾は皆無
- 批判
- 日米の試算結果の差
- GTAPモデルへの懐疑
中立かつ客観原則
ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。
政府試算総括
新しい政府試算が出た後、放置したままだったので、評価を更新してみた。 「農林水産物」については前回よりも遥かにまともな前提が採用されているようである。
政府試算に対して、前回試算と比較して「試算額が4倍になったのはおかしい、農林水産物の損失額が激減しているのはおかしい」と言う人がいる。 しかし、TPP協定の経済効果分析で試算額が増えた原因は明確に説明されている。 また、農林水産物の生産額への影響についての説明にも矛盾がなく、今回の農林水産物の損失額の計算におかしな所は見られない。
- 別途計上した農林水産物の損失額を除けば試算額は前回比で約2倍強
- 前回試算は関税撤廃の効果のみだったが、今回試算は非関税措置の効果も計上
- 関税撤廃より非関税措置の方が効果が大きい
- 世界銀行による試算でも同様の傾向
- 今回の農林水産物に関する計算の辻褄は合っている
- 前回は、損失額を水増しする目的としか考えられないような現実離れした前提を採用していた
- 今回は、かなり真っ当な前提を採用していて、計算上の辻褄も合っている
「農林水産物」を除けば4倍ではなく約2倍強
前回試算と今回試算を比較して計算してみる。
(3)農林水産物への影響については、農林水産省が個別品目ごとの生産流通の実態、関係国の輸出余力等をもとに精査し積み上げた生産減少額を示すとともに、これをGTAPモデルに組み入れて試算。
(1)日本経済全体:GDP(図表参照)
輸出+0.55%(+2.6兆円)、輸入▲0.60%(▲2.9兆円)、
消費+0.61%(+3.0兆円)、投資+0.09%(+0.5兆円)
結果 0.66%増加、3.2兆円増加
(2)農林水産物生産額
3.0兆円減少
前回試算が「日本経済全体」で「3.2兆円増加」で「農林水産物」が「3.0兆円減少」なら、単純計算で「農林水産物」以外は6.2兆円の増加となる。
なお、農林水産物については、関税削減等の影響で価格低下による生産額の減少(約1,300億円~2,100億円)が生じるものの、「総合的なTPP関連政策大綱」(2015年11月25日決定)に基づく政策対応により、引き続き国内生産量が維持されると想定している。
その際、農林水産物については、国家貿易等通常の関税と異なる複雑な国境措置があることから、その影響については、農林水産省によって示された個別品目毎の生産流通の実態等をもとに精査し積み上げた生産量の見込みをGTAPモデルに組み入れて試算している(補論3、別紙参照)
貿易と成長の好循環の結果、最終的な実質GDP水準は、TPPがない場合に比べて2.6%程度増加する。 2014年度の実質GDP水準で換算すると、14兆円程度の押上げになる。
今回試算において、「実質GDP」が「14兆円程度の押上げ」で「農林水産物」が「生産額の減少(約1,300億円~2,100億円)」であるなら、単純計算で「農林水産物」以外は14.2兆円程度の押上げとなる。14.2÷6.2≒2.29であるので、「農林水産物」を除く試算額は約2.3倍にしか増えていない。
今回から非関税措置も試算に追加
前回の試算は「関税撤廃の効果のみ」で「非関税措置の削減やサービス・投資の自由化は含まない」としている。
関税撤廃の効果のみを対象とする仮定(非関税措置の削減やサービス・投資の自由化は含まない)
それに対して、今回の試算は「非関税措置(貿易円滑化等)」も盛り込まれている。
そこで、今回の分析においては、関税に関する効果に加え、非関税措置(貿易円滑化等)によるコスト縮減、貿易・投資促進効果、さらには貿易・投資が促進されることで生産性が向上することによる効果等も含めた、総合的な経済効果分析を行った。
しかし、この結果は、TPPによってもたらされる経済効果を全て定量化出来たわけではなく、これはその一部である。 例えば、非関税障壁の定量化は貿易円滑化を含む一部に止まっており、世界銀行等で進められている非関税障壁の定量化が進めば、より包括的に示すことが出来る。 したがって、これはTPPの効果を限定的かつ保守的に評価したものと考えるのが適当である。 効果の源泉を個別に見ても、既に関税水準は低く、非関税障壁についても一部を取り込んだに過ぎない。 それにも関わらず、一定の成長効果が出ているという結果から明らかなとおり、TPPのもたらす経済的利得の大半は、貿易を促進することによって生じる生産性の向上と、それをきっかけとした所得と投資、賃金と雇用の好循環メカニズムである。
計上対象が増えたことが「農林水産物」を除く試算額が約2.3倍に増えた原因である。
追加項目の影響が大きい点は世界銀行の試算と一致
世界銀行の資産と比較しても、日本政府の試算におかしい所は見当たらない。
世銀もTPPの経済効果は関税撤廃よりも、外資規制や複雑な税関手続きなどの「非関税障壁」の撤廃や緩和による効果のほうが大きいと結論づけている。 12カ国のGDP押し上げ効果のうち、関税撤廃が寄与する分は約15%だが、非関税障壁の撤廃・緩和の寄与分は約85%に上る。
日本政府が公表した試算でも、関税撤廃効果に非関税障壁の撤廃・緩和の効果などを踏まえれば、GDPの押し上げ効果が14兆円になるとした。 金額が過大との指摘も出ていたが、世銀の試算とほぼ同じ数字になる。
「非関税障壁」の撤廃や緩和による効果のほうが大きいなら、それを組み込んだ試算額が約2.3倍に増えることは十分に説明がつく。
前回の農林水産物の損失額は過剰
前回の農林水産物の計算は、故意に損失額を水増ししているとしか考えようがないほど、異常な前提を採用していた。
- 外国製品の価格は国産品より品質の低い製品の価格を採用している
- 2012年にカリフォルニアから実際に輸入している米の価格は60kgあたり8310円だが、試算では米国産中粒種7020円が採用されている
- 国産と同品質と考えられるのはアーカンソー州コシヒカリ1万897円やカリフォルニア州あきたこまち8689円である
- 国産米は実際に輸出されている(価格競争で負けるなら輸出は不可能)
- 予測輸入量が外国の供給力を大きく上回っている
- 日本米と同品質の外国供給力は多く見積もっても数十万トンだが、試算では270万トンの輸入を想定している
- 世界的な漁獲量制限の中で水産物の大幅な増産は困難なのだから輸入が増える余地はない
- 現状でも高い国産品が売れているのに、輸入品の価格が少し下がるだけで国産品の価格が暴落したり全滅するというあり得ない前提
- 過去に行われた輸入自由化等の影響評価 - 農林水産省とも大きく食い違う
- 豚肉や牛肉は以前から自由化がかなり進んでいて既に関税がかなり低い
- 水産物の関税率は既に3.5~7%であり、円高で3割安くなっても輸入は増えなかった
- 農林水産物以外の一次産業へのマイナスの影響は計上しているが、二次産業へのプラスの影響は計上していない
- 一次産業の多くが大企業であるのに、別製品への転換の可能性を考慮していない
- 関税撤廃で農林水産物が大打撃を受ける想定なのに、何故か「追加的な対策を計算に入れない」ノーガード戦法を採用
- そもそも、水田農家の7割が1ha以下(農業所得は1万円にも満たない)の現状では関税に関係なく日本の農業に未来はない
- 現状維持のために高関税政策を続けても農家は幸せになれない
参考資料として以下を提示する。
- TPPの影響を過大に見せる農水省試算 - 独立行政法人経済産業研究所
- NIRA対談シリーズNo.68TPP問題と日本の農業 - 総合研究開発機構
- TPPが日本の水産業に与える影響について - 勝川俊雄公式サイト
今回の農林水産物の試算に矛盾は皆無
米
(国家貿易により輸入するもの)SBS方式の国別枠(米国・豪州)を新たに設置。
国別枠を設定した17品目を対象に、SBS方式で一体的に運用。
○米国枠は、5万実トンを当初3年維持した後、段階的に増加し13年目以降は7万実トンを設定。
○豪州枠は、0.6万実トンを当初3年維持した後、段階的に増加し13年目以降は0.84万実トンを設定。
TPP市場アクセス交渉米麦・甘味資源等の 品目別の最終結果概要別紙 - 農林水産省
現行の国家貿易制度や枠外税率を維持することから、国家貿易以外の輸入の増大は見込み難いことに加え、国別枠の輸入量に相当する国産米を政府が備蓄米として買い入れることから、国産主食用米のこれまでの生産量や農家所得に影響は見込み難い。
もみ、玄米、精米等の17品目で一体運用として、米国と豪州合わせて最大で7.84万実トンの「国別枠」が設けられているので、輸入量はその「国別枠」よりは増えない。 そして、「国別枠の輸入量に相当する国産米を政府が備蓄米として買い入れる」ので「生産量」への「影響は見込み難い」とする前提におかしな所はない。 また、「国別枠」が国産米の生産量の約1%程度であることから、価格への影響もほぼないと考えられるので、「農家所得に影響は見込み難い」という結論におかしな所はない。
ただし、これについて「輸入制限を設けて国産米を守った」とする政府答弁は詭弁である。 何故なら、既に説明した通り、現実の他国の供給力を考慮すれば、輸入制限など無いに等しいからである。 そして、国産品と同品質の外国米の国際価格は国産価格と大差なく、かつ、他国の供給力が少ないので、「国別枠」などあってもなくても影響の程度は殆ど変わらない。 ようするに、「国別枠」では何も守られていないが、どちらにしろ国産米への影響はほとんどない。
小麦、大麦、砂糖
関税削減等の影響で価格低下による生産額の減少が生じるものの、体質強化対策による生産コストの低減・品質向上や経営安定対策などの国内対策により、引き続き生産や農家所得が確保され、国内生産量が維持されるものと見込む。
図は小麦の例だが、見て明らかなとおり「経営所得安定対策」とは差額補填の補助金のことである。 ようするに、外国産に対抗できる価格まで国産品の価格を下げる分だけ、その分を補助金で補うのである。 それにより、店頭価格は下がるが、生産者価格は差額補填により実質的に維持される。 以上により、「引き続き生産や農家所得が確保され、国内生産量が維持されるものと見込まれる」とする想定に何もおかしな所はない。
「経営所得安定対策に莫大な国費が必要じゃないか」と言う人もいるが、それは明らかに間違いである。 図を見れば分かる通り、生産額の低下額に「経営所得安定対策」の費用も含まれている。 つまり、図から「経営所得安定対策」の費用が「農林水産物の生産減少額:約1,300〜2,100億円」の範囲に収まることは明らかである。 そもそも、効果以上のコストが掛かるなら、それは追い討ちであって対策ではない。 「対策をすれば余計に損失が膨らむ」などという低俗な妄言に耳を傾ける必要はない。
でん粉原料作物、牛肉、豚肉、加工用トマト、かんきつ類、りんご、鶏肉、鶏卵、合板、水産物
過去に行われた輸入自由化等の影響評価 - 農林水産省と同様に「体質強化対策による生産コストの低減・品質向上」にて対処可能としている。 「体質強化対策による生産コストの低減」分だけ店頭価格を下げても利益単価は変わらない。 そして、「品質向上」は高付加価値路線で高価でも競争力が高い製品にすることである。 つまり、「品質向上」で店頭価格の低下を極力抑えつつ、それでも店頭価格が下がる部分は「生産コストの低減」で吸収するのである。 以上により、生産量と利益単価を維持することにより「農家所得が確保され、国内生産量が維持される」としている。 そう上手くいくかどうかは分からないが、それで対策が足りなければ「経営所得安定対策」を実施すれば良いだけのことである。 その場合も、既に述べた通り、「経営所得安定対策」の総費用は「農林水産物の生産減少額:約1,300〜2,100億円」の範囲に収まる。 以上により、「生産額が減少するものの、農家所得が確保され、国内生産量が維持されるものと見込まれる」とする想定に何もおかしな所はない。
牛乳乳製品
「体質強化対策による生産コストの低減・品質向上」と「経営所得安定対策」の合わせ技である。 両者については既に説明済みであるので省略する。
小豆、いんげん
○交渉の結果、枠内関税は即時撤廃するものの枠外関税を維持した。
○したがって、引き続き関税割当制度により国内需要を国内生産でまかなえない量を輸入することから、国産との置き換わりは生じず、TPP参加国以外からの輸入がTPP参加国からの輸入への切り替わりにとどまる。
元々、小豆、いんげんは外国産の価格が国産の3分の1くらいである。 それでも国産品が売れている状況であれば、「国内需要を国内生産でまかなえない量を輸入」しているだけなら、「TPP参加国以外からの輸入がTPP参加国からの輸入への切り替わりにとどまる」「TPP合意による特段の影響は見込み難い」とする想定に何もおかしな所はない。
落花生
○交渉の結果、枠内関税を即時撤廃とし、関税割当の枠外関税を段階的に8年目に撤廃することとなった。
○ここ数年の落花生をめぐる状況としては、
・平成25年度以降国産価格が上昇しているにもかかわらず、輸入数量はほとんど伸びずに、国産と外国産の置き換えが進んでいない。
・我が国で生産される落花生は全て大粒種だが、近年のTPP参加国の機械生産体系等を踏まえると、国産と競合する大粒種の輸入増加は見込まれない。
○これらの状況等を踏まえると、TPP参加国以外の国からの小粒種の輸入が、TPP参加国からの小粒種の輸入への切り替わりにとどまる。
○ このため、TPP合意による特段の影響は見込み難いが、地域経済を支える品目として更なる競争力の強化を実施。
現状で国産品の方が高いにも関わらず「国産価格が上昇しているにもかかわらず、輸入数量はほとんど伸びずに、国産と外国産の置き換えが進んでいない」なら、「TPP参加国以外の国からの小粒種の輸入が、TPP参加国からの小粒種の輸入への切り替わりにとどまる」「TPP合意による特段の影響は見込み難い」とする想定に何もおかしな所はない。
パインアップル
○交渉の結果、 ・生果の関税は、段階的に11年目に撤廃。 ・缶詰は、枠外関税を段階的に6年目までに15%削減するものの関税割当制度を維持。
○缶詰の関税割当制度が維持されるとともに、生果についてはTPP参加国からの輸入実績がほとんどないことから、TPP合意による特段の影響は見込み難いが、沖縄等地域経済を支える品目として更なる競争力の強化策を実施。
元々、パインアップルは外国産の価格が国産の4分の1くらいである。 そして、「TPP参加国からの輸入実績がほとんどない」ということは、これらの外国産品にはTPP参加国産のものが殆どないということである。 この現状から生果で17%、缶詰で15%程度の削減であれば、現状の外国産品がTPP参加国産が置き換わるかどうか…という程度だろう。 であれば、「TPP合意による特段の影響は見込み難い」とする想定に何もおかしな所はない。
まとめ
説明ペーパーは見事に辻褄が合っており、前提に無理がある所もない。 品目によって書かれていることがかなり違うが、それは品目毎にきめの細かい対策が検討されていることを示している。 これでは、採用されている価格等のデータや計算に間違いがない限り、どこにもケチをつける所がない。
批判
政府試算に対する批判は見当外れなものが多い。 例えば、鈴木試算は、ミエミエの「意図的な数字操作」が多過ぎて「こんなひどい露骨な試算」は見たことがない。 政府試算を手放しで褒めるつもりはないが、鈴木試算と比較すれば、政府試算の方が表面的な矛盾点がない分だけ遥かにマシである。
鈴木試算(米)
ツッコミ所が多過ぎて困る。
政府試算では米については生産額減少はゼロとしていたが、鈴木教授の試算では1197億円減少することが示された。
鈴木教授は米の在庫量と価格との関係を分析すると、近年では米在庫が1万t増加すると価格は60kgあたり41円下落する傾向を明らかにしていた。 TPP合意では発効13年目以降は米国・豪州産米が7.84万精米t輸入される可能性がある。 この量は玄米換算で8.62万tだから60kgあたり354円、3.2%の下落圧力になる。 さらに価格下落による生産量減少率(米価格1%の下落により1.162生産が減少)が3.7%と見込まれることから、生産額の減少は6.7%となるという。 ここから米の生産額は1197億円減少するとした。
政府説明で以下のように説明されているのに、何を根拠に「米在庫」が「増加する」としているのだろうか。
- 「現行の国家貿易制度や枠外税率を維持することから、国家貿易以外の輸入の増大は見込み難い」
- 「国別枠の輸入量に相当する国産米を政府が備蓄米として買い入れる」
政府備蓄米は米不足に備えるためのものであるのだから、米が充足している時には備蓄米は市場には出て来ない。 また、米不足時には、備蓄米を市場に出しても、不足による高騰を抑えるに過ぎず、正常な価格よりも押し下げる効果はない。 よって、備蓄数量の増減が市場価格に影響を及ぼすはずがない。
ここで言う「米在庫」とは、当然、市場の在庫のことであろう。 では、「国別枠」以外の扱いは従来と変わらず、かつ、「国別枠」相当分は「政府が備蓄米として買い入れる」としているのに、市場の在庫が「増加する」のは何故か。 全く意味不明だが、詳細な情報が明らかにされていないので、これ以上は検証不可能である。 どうやら、東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻の国際環境経済学の鈴木研究室によるものらしいが、そちらでは公式な発表はされていない。 …と思ったら、見つけたよ。 鈴木先生のご主張を。
玄米ベースで8.62万tのTPP追加輸入分は市場から「隔離」するから大丈夫と言うが、焼却処分などをするならともかく、備蓄米を増やすというが、棚上げ期間は5→3年に縮めるのだから、在庫が増え、それが順次市場に出てくることを織り込んだ価格形成が行なわれる。
農林水産省によると、
備蓄米は、備蓄後に飼料用等の非主食用として販売(毎年20万トン)
食糧部会における米の備蓄運営についての議論の整理 - 農林水産省
ということだが、「それが順次市場に出てくる」とは何を根拠に言っているのだろう。
まあ、確かに、廃棄食品を横流しする業者がいるくらいだから、「順次市場に出てくること」があり得ないとは言えないが、それはTPPの問題というよりは食品倫理の問題だろう。
1年落ちの古米には一定の需要があり、最近の保存技術では味はあまり落ちないとされている。
しかし、3年落ちの古々々米では、新米と勝負するのは厳しいのではないか。
では、「国別枠の輸入量に相当する国産米を政府が備蓄米として買い入れる」措置の効果が全くない場合は、鈴木研究室の試算は正しいか。 結論から言えば、それも極めて疑わしい。 というのも、鈴木試算では「国別枠」をそのまま「米の在庫量」の増加分になるとしているが、その前提が成り立つためには「米の在庫量」が年間生産量と等しくなければならない。 その前提が成り立つためには、全国および輸入品の米の出荷が全く同じ日で、かつ、まだ一つも売れていない状態でのデータを取る必要がある。 仮にそのようなデータを元に「米在庫が1万t増加すると価格は60kgあたり41円下落する傾向」としていると仮定しよう。 そうすると、最も「米の在庫量」の多い時と最も「米の在庫量」の少ない時を比較すると、その差は米の年間生産量=800万tくらいになるはずである。 その場合、「米在庫が1万t増加すると価格は60kgあたり41円下落する」を適用すると、60kgあたり3万円以上の差が生じることになる。 10kgあたりにすると5000円以上の差がつくが、10kg5000円なんて一般庶民がお目にかかることができない超高級米ではないだろうか(笑)。 しかも、出荷直後の最も新しい時が最も安く、古米に近づくほど高くなることになる(笑)。 これは普通に考えてあり得ない。
以上踏まえると、「米の在庫量」とは米の安定取引の拡大に向けた現状と課題① - 農林水産省生産局における「生産年の翌年10月末民間在庫量」を指しているのではないだろうか。 ところが、「主食用等需要実績」+「生産年の翌年10月末民間在庫量」を年間生産量と推定した場合、年間生産量と「生産年の翌年10月末民間在庫量」の間の相関が見られない。 つまり、年間生産量が増えた分と同量だけ「生産年の翌年10月末民間在庫量」も増える…という傾向が全く見られないのだ。 よって、データからは鈴木試算の「国別枠」をそのまま「米の在庫量」の増加分とする前提の根拠が全く見出せない。 さらに、平成20年産〜平成25年産の傾向を見ると、「生産年の翌年10月末民間在庫量」の多い年の方が「相対取引価格(全銘柄平均)」は高くなっている。 つまり、データは「米在庫が1万t増加すると価格は60kgあたり41円下落する傾向」とは真逆の傾向を示している。
「価格下落」を前提とすると市場原理により需要量は増大するので、生産量の増分がそのまま「在庫量」の増分としていつまでも残り続けることは考え難い。 常識で考えれば、「在庫量」の増分を正確に予測するなら、次の計算式を採用する必要があろう。
- 「米の在庫量」の予想増加量=「国別枠」×「米の在庫量」÷年間生産量
以上のような計算をせずに「国別枠」をそのまま「米の在庫量」の増加分としている点で、鈴木試算が損失を過剰に計上していることは明らかである。 米の安定取引の拡大に向けた現状と課題① - 農林水産省生産局によると、「生産年の翌年10月末民間在庫量」は多い時でも生産量の10分の1未満、平均すると20分の1未満である。 「米の在庫量」は年間生産量の10分の1未満であれば、「米の在庫量」の予想増加量は鈴木試算の10分の1未満となる。 それに鈴木試算の手法を導入すれば、価格の「下落圧力」も10分の1未満となる。 結果、「生産額減少」も10分の1未満となる。 このように誤りを修正した鈴木方式を採用すれば、「国別枠の輸入量に相当する国産米を政府が備蓄米として買い入れる」措置は、100億円程度の損失を防ぐために200億円近いコストを掛けることになり、その費用対効果が問題となろう。
鈴木試算(豚肉)
なんと、豚肉では鈴木先生は大ボケをかましている。
農産物の中で影響が最も大きい豚肉については、いまは、差額関税の適用を回避するため、低価格部位と高価格部位とのコンビネーションで4.3%の関税しかかからないように輸入が工夫されているが、50円なら、低価格部位だけを大量に輸入する業者が増加する可能性がある。
政府は、現在、コンビネーションで輸入価格を524円、関税を22.5円に抑制している輸入業者が、50円の関税を払って、安い部位の単品輸入を増やすことはないから影響は4.3%の部分だけとしているが、業界はそうは見ていない。 現在は279円/kgの輸入豚肉は入って来ず、524+22.5円=546.5円になっているが、今後は、279+50=329円で入ってくることになり218円、40%価格が低下すると日本養豚協会は試算する。
鈴木先生っ!「低価格部位と高価格部位とのコンビネーションで4.3%の関税しかかからないように輸入が工夫されている」って話は何処に行ったの? 「279円/kgの輸入豚肉」が「524+22.5円=546.5円」になるなら「コンビネーション」の意味無いじゃないっすか(笑)。 実質的に関税額を下げて安く輸入するために「低価格部位と高価格部位とのコンビネーション」してるという話を自分でしたんじゃないの。 すっかりボケてしまったのかな? 「関税を22.5円に抑制」とまでは行かないまでも、実質的関税を大きく下げられるからこその「コンビネーション」であろう。 そうでなければ、わざわざ面倒な「コンビネーション」を行なう意味はない。 であれば、以前から、かなり安い値段で入って来ているはずなので、「218円、40%価格が低下」はかなりの誇張があるはずである。 とりあえず、ここで、おがた林太郎先生の力を借りてみよう。
しかし、豚肉の輸入実態について聞いてみると、現在のコンビネーション輸入によって、高級豚肉のヒレ、ロース等を引き取らざるを得ず、供給過剰になり、それが国内産のヒレ、ロースの値段に下落圧力が掛かる原因になっているという話もあります。 コンビネーション輸入であるが故に、本当はうで、ばら、ももといった低価格帯の部位だけが欲しい業者さんが、高価格帯を引き取った上で投げ売っているという実情があるようです。
「高価格帯を引き取った上で投げ売っている」結果として、「低価格帯の部位」が実質的に「524+22.5円=546.5円」に近くなるのでは、「コンビネーション輸入」の手間をかける意味はない。 よって、「218円、40%価格が低下」が誇張であるという結論に変わりはない。 問題は、「コンビネーション」によって「高価格帯を引き取った上で投げ売っている」実態があるという指摘である。 それが事実なら、「コンビネーション」がなくなれば「高価格帯を引き取った上で投げ売っている」実態がなくなる。 そうすれば、国産豚肉の「高価格部位」にとっては価格上昇圧力となろう。 「低価格部位」の価格下落が小さく、「高価格部位」の価格上昇があるなら、鈴木試算のような巨額の損失は発生し得ない。
鈴木試算(乳製品)
バターも損失額を過剰に計上している。
近年はバター在庫が1割増加するとバター価格が2.6%、脱脂粉乳在庫が1割増加すると脱脂粉乳価格が2%それぞれ下落する傾向がある。 バター70%含む調製食用脂の枠内関税25%の撤廃で4%程度バター価格が下落する可能性がある。 新枠分はバターと脱脂粉乳を半々で消化するため、これによるバター・脱脂粉乳向け入荷への下落圧力は5円程度と計算される。
米の事例と同様、「下落する傾向」も怪しいが、ここではそれは置いておく。 TPP農林水産物市場アクセス交渉の結果 - 農林水産省によれば、バター+脱脂粉乳のTPP枠は生乳換算で合計7tである。 そして、政府試算によると、バター+脱脂粉乳の国内生産量は生乳換算で合計162tである。 バターと脱脂粉乳の生産量が等しいと仮定すると、それぞれ国内生産量の4.3%分のTPP枠が設けられたことになる。 これによる価格下落を鈴木試算方式で計算すると、バターが1.12%、脱脂粉乳が0.86%となる。 よって、鈴木試算の「4%程度バター価格が下落する」は明らかに損失を過剰に計上している。
鈴木試算(GTAP)
鈴木試算ではGTAPで経済効果を試算したと言っているけど、その計算の間違いに全く気付いていない様子。
自由化の程度は若干後退したのだから、GDPの増加は減少するはずだ。 それが4倍に跳ね上がるのは異常である。 前回も、価格が1割下がれば生産性は1割向上するとする「生産性向上効果」やGDPの増加率と同率で貯蓄・投資が増えるとする「資本蓄積効果」を組み込んでいたが、今回は、それらがさらに加速度的に増幅されると仮定したようだ。 いくらでも操作可能であると自ら認めているようなものであり、国民からの信頼を自らなくさせていることに気付くべきである。
4倍ではなく2倍強だという点はさほど重要ではない。 最大の問題は、政府試算の「今回試算は非関税措置の効果も計上」の意味を鈴木先生が全く理解していないこと。 政府試算に「非関税措置の効果」と書いてあることを、鈴木先生は「関税撤廃の効果」の「生産性向上効果」や「資本蓄積効果」が「さらに加速度的に増幅されると仮定した」と解釈したらしい。 だから、「いくらでも操作可能であると自ら認めているようなもの」という頓珍漢なことを言い出すのである。 これでは、鈴木先生が「非関税措置の効果」を全く理解していないことは勿論、鈴木試算では「非関税措置の効果」等の計上漏れがあると「自ら認めているようなもの」であり、「国民からの信頼を自らなくさせていることに気付くべき」だろう。
まともな批判の例(片岡剛士)
批判の中にはまともなものもあるので紹介しておく。
こうなると、流通量は維持されるので、価格は低下しない。 つまり米については現状維持としか言いようがない。
米と比較して麦の場合は、従来適用されていたマークアップが削減されるため、米と比較して価格は低下するだろう。 そうすると、米から麦への代替が生じるでしょう。 結果として、米の需要は更にへり、米農家に対して更なる補助金が必要となることが予想される。
JAの方が米を守らなかったという批判をされているのならば、それは的外れでしょう。 逆説的に、米を他の品目と比較して守ったために米農家は更に苦しくなるのではないかと思います。
総理「TPP、最善の結果得た」JA大会では怒りの声 - NEWS PICKS
念の為に述べれば、筆者はTPPの全てに賛成しているのではない。 例えば、浅川芳裕氏が明快に指摘しているように(『「TPPはアメリカの言いなり」の嘘』、「Voice」2015年12月号)、TPPによってコメは守られたと安倍首相は主張するが、コメと競合する麦の関税(マークアップ)は最大で50%削減されるため、コメの価格は麦と比較して高止まりすることになる。
これは人為的にコメ離れを進めることにつながってしまう。 こうした施策にTPP対策と称して予算がつぎ込まれるのは問題である。 自由化のメリットを最大限に活かすことが必要だ。
片岡剛士氏は、米単体ではTPPの影響はないとする政府試算を完全に支持しつつ、小麦粉の価格は下がるから、日本人の主食の米から小麦製品(パン等)へ移行が進むと予想している。 つまり、米以外の作物による影響を考えると、米も無傷ではないということ。 程度については定かではないが、確かにその通りである。
日米の試算結果の差
2013年の損失計上の過大さを無視
鈴木宣弘先生は、米国がTPPの試算結果を発表し、それによれば「日本向け農産物・食品輸出」が「3960億円増」と言っている。
かたや、わが国では、2015年のクリスマスに、「TPPはバラ色で農業の損失は小さい」ことを示せとの指示に従って、GDP増加を当初試算の四倍(13.6兆円)に水増しし、農業の損失を20分の1程度(1300億~2100億円)に縮小した政府の再試算が公表された。 前代未聞の露骨な数字操作を行なわざるを得なかった関係者には同情するが、米国の姿勢と比較すると、何とも情けない。 しかも、いくら政府が言い張っても、日本のGDP増加が水増しで農産物被害が過小であることが米国の試算結果から一目瞭然に読み取れてしまう。
2013年の関税撤廃した場合の経済効果についての政府統一試算 - 内閣官房における農業損失額と、この米国試算における「日本向け農産物・食品輸出」の差は、2.6兆円である。 それに対して、この米国試算における「日本向け農産物・食品輸出」と、2015年版の日本試算の農林水産物の影響額の差は、0.19〜0.27兆円に過ぎない。 単純に数値を比較する限り、2015年版の日本試算の「農産物被害が過小である」ことよりも、2015年試算の「農産物被害」が過大であることの方が「一目瞭然」である。 仮に、「カナダ、オーストラリア、メキシコ、ベトナムなどを含めたら、少なくとも、この2倍にはなるだろう」という予想を真に受けたとしても、前者は2.2兆円差、後者は0.58〜0.66兆円差である。 つまり、日米の試算の比較は、「20分の1程度(1300億~2100億円)に縮小」する前の2013年試算の損失額が過大だったことを「一目瞭然」に示しているのである。 「農産物被害が過小であることが米国の試算結果から一目瞭然に読み取れてしまう」というのは明らかにミスリードである。
鈴木試算との比較
米国試算と鈴木宣弘先生の試算と比較してみよう。
農林水産物計で1兆5594億円の減少額。
「カナダ、オーストラリア、メキシコ、ベトナムなどを含めたら、少なくとも、この2倍にはなるだろう」という予想を採用し、これを日本の「農産物被害」と仮定すると、0.77兆円差となる。 鈴木試算の0.77兆円差は政府試算の0.58〜0.66兆円差よりも大きい。 鈴木先生!政府より酷い水増しをしてませんか!?
ゼロ・サム的世界観
それよりも、「日本のGDP増加が水増し」が「米国の試算結果から一目瞭然に読み取れてしまう」とする根拠は何も示されていないことの方が疑問である。 もしかして、「製造業」が日本で増えるなら、その分、米国の「製造業」が減らないとおかしいと言いたいのだろうか。 だとすれば、鈴木宣弘先生は、経済を全く理解していない。 本当にちゃんとした自由化がされていれば、結果的に、加盟国全体のGDP合計は増える。 だから、どこかの国の得が別の国の損になるようなゼロ・サム的世界観は自由貿易と一致しない。 各国ともプラスということは当然あり得る、というか、それを目指すのが自由貿易である。
これは、もちろん、農産物にも言える。 人は裕福になれば、食べる量が増える。 貧乏人は金がなければ食料費もギリギリまで削る。 経済的に余裕が出れば、食べ物においても贅沢をするだろう。 だから、加盟国全体のGDP合計が増えれば、加盟国全体の食糧需要も増える。 結果、「カナダ、オーストラリア、メキシコ、ベトナムなどを含めたら、少なくとも、この2倍にはなる」としても、その分がそのまま日本の「農産物被害」になるわけではない。
えっ、そうじゃない? もしかして…日米で同じ伸び率でないとおかしいと言うつもりなのだろうか? それならば、米国で農産物の生産が増えるのに、日本では減ることをどう説明するつもりだろうか。 各国で現状もTPPによる変化の程度も違うのだから、伸び率に差が出るのは当然であろう。 言うまでもなく、農産物では各国毎の差を認めながら、製造業では認めないのはダブルスタンダードである。 よって、伸び率の差があることをもって「一目瞭然に読み取れてしまう」なんて言っているなら、馬鹿も休み休み言うべきだろう。
日本側の対策効果
いずれにせよ、米国だけで4千億円の輸出増に加え、カナダ、オーストラリア、メキシコ、ベトナムなどを含めたら、少なくとも、この2倍くらいにはなるだろうから、日本の国内生産の減少額が1,700億円前後ですむとは、到底考えられない。 輸入増加分に見合うだけ、大幅に日本の需要が増えない限り、日本の農業生産が輸入増加分だけ輸入に置き換わってしまわざるを得ないからだ。 「影響がないように対策をするから影響はない」と言い張る、我が国の農業生産減少額の見込みは過小見積もりだと言わざるを得ない。
百歩譲ってゼロ・サム的世界観を採用するとしても、日本の「農産物被害」が「3960億円」の「2倍」となるのは、日本政府が何も対策を行わない場合の話である。 どのような対策を行うのか、また、その対策がどの程度の効果を生むかを検証しないと「日本の国内生産の減少額が1,700億円前後ですむ」かどうかは何とも言えない。
アメリカの国際貿易委員会、いわゆるITCが経済効果に関する報告書を公表したことは承知をしております。 本報告書につきましては、全体で800ページにも及ぶものでありますので、一見したところ、我が国が昨年12月に公表した農林水産省の試算と前提が異なっている点も散見されるなというふうに思っておりますが、今、その詳細を精査をしているところでございます。 過去の米国の自由貿易協定の議会審議は貿易委員会、いわゆるITCの報告書の公表後に行われていると理解をしておりますので、本報告を受けて、米国におけるTPPの議会承認に向けた国内手続が着実に進んでいることを期待をしておるところでございます。 あと、農林水産物の試算の矛盾をするのではないかという話でございますけれども、ITCの試算と我が国が昨年12月に公表した農林水産省の試算とは前提条件が異なっている点もあることから、単純に比較することはできないと考えております。 国内対策をするのかしないのかというところも大きな違いでございますから、例えば、農林水産省の試算は国内対策を踏まえたものになっておりますけれども、ITCの試算はこれを考慮していないということでございますので、ITCの報告書では豚肉については試算では将来的に輸出の増加が見込まれるものの、日本政府の国内対策により相殺される可能性があるというような表現になっております。
森山農林水産大臣によれば、日本の国内対策を考慮していないことを理由に「ITCの報告書」には「日本政府の国内対策により相殺される可能性がある」ことが明記されているという。 そして、日本政府がどのような対策を見込んでいるかは農林水産物の生産額への影響についてに記載されているから、その対策内容から効果を予想することは可能だろう。 それを全くせずに「到底考えられない」と断定するのは根拠のない思考停止である。
日米以外との競合
さらに米国から日本への輸出の増加は他国からの輸入の置き換えによるものもありますし、必ずしも日本の輸入全体が増えるということを意味していないのではないかというふうに考えています。 従いまして、例えば、牛肉につきましては、米国の輸出の一定部分は豪州からの輸入との置き換えによるもの、米国の牛肉は多くの日本の牛肉生産と代替にないというようなことの表現になっていることがその証左であろうと思います。
森山農林水産大臣によれば「日本向け農産物・食品輸出」の「3960億円増」は、「豪州からの輸入との置き換え」も含んでいるので、その分がそのまま日本の「農産物被害」になるわけではないということである。
まとめ
以上、まとめると、日米の試算の前提を合わせれば、計算結果は誤差程度の差にしかならないと見られる。 「農産物被害が過小であることが米国の試算結果から一目瞭然に読み取れてしまう」というのは明らかにミスリードである。 そして、「日本のGDP増加が水増し」には何の根拠も示されていない。
GTAPモデルへの懐疑
たとえば、理想気体の状態方程式は、分子動力学のように分子1個1個の動きをスパコンでシミュレーションして求めたものではない。 この方程式の元になったボイルの法則やシャルルの法則を含め、統計と経験則から導き出した数式に過ぎない。 ただし、これは実験室内の簡単な実験で検証できるため、数限りない実験を行なうことで、ほぼ間違いない式であることは裏付けられる。 また、実験室内の実験では、検証する項目と無関係なパラメータを一定にすることで、誤差要因やバイアス要因を最小化できる。
物理や化学と比べれば、世界規模の経済は、そんな簡単に実験できるわけではない。 現実の世界経済においては、検証する項目と無関係なパラメータの変動を抑えることは不可能であり、誤差要因やバイアス要因を多々含むことは避けられない。 検証回数の少なさ、誤差要因やバイアス要因の多さ等により、同じように統計と経験則から導かれた物理や化学の公式よりも信憑性は数段劣る。
GTAPモデルは,GTAP(Global Trade Analysis Project)の標準的なモデルである. このGTAPモデルは,コンピューターで実行するためのプログラムが公開され,ドキュメントも豊富に存在していることから,多地域の貿易政策分析では現在最も利用されているモデルである. LINKAGEモデルは,World Bankによって開発されたモデルであり,GTAPモデルと比較し,様々な部分が拡張されている. World Bankのおこなう分析では,このLINKAGEモデルがよく利用されている.Michiganモデルは,University of MichiganのAlan V.Deardorff,Robert M.Stern,Tufts UniversityのDrusilla K.Brown,横浜国立大学の清田耕造氏等によって開発・利用されているモデルである. 貿易政策分析用の多地域CGEモデルとしては先駆的なモデルの一つであり,不完全競争を考慮したモデルというのが特徴である.
Francoisモデルは,Joseph F.Francoisによって開発されたモデルであり,これも不完全競争を考慮したモデルである. このモデルもGTAPと同様プログラム等が公開されている. なお,FrancoisはFrancois and Roland-Holst(1997),Francois(1998)で様々な不完全競争モデルを提示しているが,ほとんどの応用分析でそのうちのlarge group monopolistic competition model(以下,LGMCモデル)を用いている. よって,ここでのFrancoisモデルは,LGMCモデルのことを指すものとする. HRTモデルは,Glenn W.Harrison,Thomas F.Rutherford,David G.Tarrの三人によって開発されたモデルであり,これも不完全競争を考慮したCGEモデルである. MIRAGEモデルはフランスのCEPII(Centre d’etudes prospectives et d’informations internationales)が開発したモデルで,不完全競争を考慮した逐次動学モデルという特徴を持っている.
貿易政策を対象とした応用一般均衡分析 - 独立行政法人経済産業研究所
TPPの経済全体に与える影響については、WTO等の国際機関や日米欧等の主要国政府において各国の経済連携の効果を試算するために使用されているグローバルスタンダードの分析道具であるGTAPモデルを用いる。 GTAPモデルは、信頼性向上のため、国際機関や主要国が集まり継続的に改定が行われている。
関税撤廃した場合の経済効果についての政府統一試算 - 内閣官房
この説明は少し不正確というか誤解を生みやすいと思います。
単に利用者数が多いことをグローバルスタンダードの条件とすれば、文句なくGTAPモデルはグローバルスタンダードと言ってよいと思います。 ただし、GTAPモデルの利用者が多いのは、他のモデルと比べて優れたモデルであるからだとか、他のモデルと比較し、より正確に経済的影響を分析できるからというのではなく、使いやすい、簡単に使えるからという理由が大きいと思います。 つまり、モデルとして優れているからというわけで使われているわけではないと思います。
実際、GTAPモデルはソフトウェアさえ購入すれば、GTAPモデルがどんな構造のモデルかよくわかっていなくてもシミュレーションができてしまいます。 ややこしいことなど考える必要なしに、お金さえだせばシミュレーションができるとなれば、利用者が増えるのも当たり前だと思います。 グローバルスタンダードというとモデルとして他のモデルよりも優れているという印象を持つ人が多いと思いますが、利用者が多いということが、必ずしも分析道具としての質の高さを表しているわけではないことに注意するべきだと思います。
これは何を持ってGTAPモデルと呼ぶのかにも依存する話ですが、GTAP Models: Current GTAP Modelというページで説明されているモデル、つまりごく普通のGTAPモデルのことを指すのなら、GTAPモデルは10年前から何も変わっていないです。
また、政府試算をおこなっているのも2003年の普通のGTAPモデルのはずです。
以上は、GTAPモデルが文字通りモデルのことだけを指すとしたらという話です。 CGE分析をおこなうにはモデルだけではなく、ベンチマークデータが必要になります。 GTAPはモデルだけではなく、CGE分析用のデータセットも提供しています。 それはGTAPデータ(ベース)と呼ばれます。 このGTAPデータは文字通り「国際機関や主要国が集まり継続的に改定が行われて」います。 データのことを含めてGTAPモデルと呼んでいるのなら、GTAPモデルが継続的に改定されている説明も間違いではないと思います。
というのは、GTAPモデル(を含めてCGEモデル)によって、ある政策のGDPへの効果を分析するのはごく普通のことだからです。 私自身もこれまで貿易政策や温暖化対策のCGE分析の論文を書いてきましたが、その全てにおいてマクロ変数(GDPや国全体での所得等)への影響を分析しています。 仮に、それが誤った使い方というのなら、日本政府(や試算した内閣府)だけではなく、CGE分析をしているほぼ全ての研究者が誤った使い方をしているということになってしまいます。
もちろん、多くの研究者がそうしているからと言って、それが正しいことの証明になるというわけではないです。 GTAPモデルを使ってGDPへの効果を分析するのが不適切という考え方は必ずしも間違っているとは言えないと思います。
ただ、高増先生の言い方では、「日本の政府がGTAPモデルの性質を理解しておらず、(GDPへの影響を計算するという)誤った使い方をしている」という印象を受けることになると思いますが、実際には日本の政府が特に変わったことをしているわけではなく、多くの研究者が使っているのと同じように使っただけだということです。 多くの専門家(研究者)のやり方に反することをしているならまだしも、同じことをしているのですから、この点に限って言えばむしろ当然の行動をしていると言ったほうがいいと思います。
まず、資本の国際間の移動は静学モデルでも扱えますし、実際、静学モデルで資本移動を分析している研究は多いと思います。 CGE分析でも静学モデルによって資本移動を分析している研究はあります。 私もそういうモデルを作ったことがありますし、それで論文を書いたことがあります。
投資についても静学モデルでも扱えます。 というか、そもそも普通の「静学的なGTAPモデル」にも投資は入っていますし、静学的なCGEモデルであっても投資が入っていないモデルの方がめずらしいと思います。 ただし、モデルに投資を含んでいるからといって、適切に扱われているかどうかは別の問題ですが。
「動学モデルでは、投資や資本の国際間移動などを取り扱え」という言い方だと、動学モデルでないと投資や資本の国際間移動が扱えないと考える人が多いと思いますが、実際はそうではないです。
GTAPモデル・CGEモデルについて - 武田史郎のウェブログ
GTAPモデルは、オーストラリアで開発されてきたORANIモデル(オーストラリア1国モデル)を出発点とし、アジア太平洋地域を対象とするSALTER(Sectoral Analysis of Liberailzing Trade in the East Asian Region)モデルという多地域モデルを経て、パーデュ一大学のハーテル教授を中心に世界モデルへと拡張されたものである。 GTAPモデルは、CGEモデルの本体、データベース、オペレーションソフトの3つから構成されており、その最大の特徴は使いやすさである。 オペレーションソフトは、データベースに含まれる産業や国/地域を統合し、その統合に合わせてモデルの係数パラメータも調整してくれ、簡単なコマンドの入力でシミュレーションが行える。 GTAPモデル初版の地域と産業の分類は、15地域・37産業部門であったが、バージョンアップが重ねられ、本章で用いたGTAP第6版(201年基準)では、87地域.57産業部門へと大幅に拡張されている。
GTAPモデルは、当初はFTA協定(関税引き下げ協定)の経済効果を測定するための国際貿易モデルとして開発された。 モデルの構造が公開されており、協定の当事者双方が共通のモデルをベースに議論ができるという利点がある。 GTAPモデルは、構造も改善の余地はあろうし、パラメータも必ずしも統計的検証を受けたものではないという問題もあろうが、その開発には多くの国際機関や政府機関が関わっており信頼性も高いといえる。 さらにGTAPモデルは、関税以外の税や技術関連のパラメータも備えており、また、各産業別の影響や世界全体への影響が測定可能という特徴がある。そこで近年では、規制緩和の効果や炭素税導入の効果など幅広い分野に応用されている。
とはいえ、完全に公開されていて、長年の検証・改訂が行なわれているなら、物理や化学の公式には遠く及ばないとしても、ソコソコの結果は出すと期待はできるだろう。
(2)応用一般均衡モデル
マクロ計量モデルが過去に観測された変数関係に基礎を置き、経済構造が安定している中で、経済予測を行ったり、経済政策の、生産や雇用などのマクロ変数に及ぼす影響の分析などに力を発揮するのに対し、 GTAPモデルは、応用一般均衡モデルと呼ばれるもので、現実の経済で重要な役割を果たしている家計、企業などの経済主体による効用極大化や利潤極大化(費用最小化)に基づく市場での取引、あるいは市場間での取引を分析するのに優れており、 経済政策の変更が、相対価格の変化と、それに呼応する経済主体の行動変化を通して、産業構造、資源配分、所得分配などに及ぼす影響を数量的に評価することができるというマクロ計量モデルにはない特徴がある。 応用分野として、関税措置の変更による貿易自由化措置の経済効果を分析するだけでなく、規制によって生じる歪みの是正を目的とする経済構造改革の効果分析、炭素税のように特定の財に対する課税が、一国だけではなく、世界経済に与える影響を産業構造の変化まで考慮して分析することができる。
2 モデルの概要
(1)GTAPモデルとは何か
GTAPモデルとは、アメリカのパデュー大学のハーテル教授を中心として、国際貿易の自由化が世界各国に与える影響を評価する目的で1992年に設立された、「国際貿易分析プロジェクト(TheGlobalTradeAnalysisProject)」によって開発されたものである。 GTAPモデルに用いられるデータベースは、30の国と地域について37の産業部門の分類し、国内及び国際間の産業部門間取引を網羅したものであり、WTOや世界銀行などの国際機関においても利用されている。 分析では、30の国・地域及37産業部門のデータベースを、目的に応じて集計している。モデルは、各市場における財の需要と供給行動が、企業や家計の最適化行動に基づいて定式化されており、需要と供給が一致するように価格が決定される。 関税などは、輸入財の供給価格に上乗せされる歪みとして定式化される。
(2)GTAPモデルの問題点
現実の経済では、貯蓄・投資行動を通して資本蓄積がなされ、それにより供給が増加し、新たな均衡に移行するが、 GTAPモデルでは、資本、労働と土地など生産要素の産業間の配分は、企業と家計の最適化行動に基づいて内生的に決められるが、生産要素の総量は外生的にモデルに与える必要がある。
ある均衡から新たな均衡へ移行する場合、その移行過程が政策的に重要となる場合があるが、静学的応用一般均衡モデルで明らかにできるのは、二つの均衡間の差であり、移行過程そのものをみることができない。
さらに、中間投入構造についてはレオンチェフ型の固定係数生産関数が用いられており、中間投入構造の変化はアクティビティーの変化として実現する。 したがって、炭素税を賦課することでエネルギー価格が上昇すれば、エネルギー節約型技術進歩が誘発される可能性があるが、その関係を別途推計し、それをモデルの外から与える必要がある。
内生的に決められない(GTAPそのものでは計算できない)要素もある。
- 生産要素の総量の変化
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