間違った「京」批判
批判は真実に基づいて行われるべき
国費の無駄遣いスパコン「京」を再検証するの通り、京の開発は無駄遣いでしかない。 しかし、そうした批判は真実に基づいて行われるべきである。 次のような真実に基づかない批判は不適当である。
そのため日米スパコン摩擦が激しくなり、米政府が日本に圧力をかけてクレイ社のスパコンを買わせるといった事態も生んだ。
スパコンで"世界一"になるとはどういうことか? ── 現行の「京速計算機」開発事業は見直して当然 - THE JOURNAL
歴史を調べれば分かることだが、米政府は「日本に圧力をかけてクレイ社のスパコンを買わせ」たわけではなく、単に米国がスーパー301条を発動して日本製スパコンの輸入に高関税を掛けただけである。 当然、日本政府はこれに反発しており、圧力に屈して「クレイ社のスパコン」を買うわけがない。
しかしこの日米対抗状態は、そう長く続かなかった。 1つには技術的な変化で、パソコンやワークステーションに搭載される汎用プロセッサーの能力が飛躍的に向上し、今のパソコンが動画を再生している時などは30年前のスパコンを上回るほどの演算処理を実行しているほどだという。 そうなると、高性能にもかかわらず商用生産によって低価格を実現している汎用プロセッサーを多数、並列して用いることによって、遙かに安価に、電力消費も抑えて、スパコンに必要な性能を使用目的に応じて柔軟に生み出すことが可能になった。 これをスカラー型と呼ぶ。 もう1つは、政治的な理由で、日本勢の台頭に「国防政策上」の危機感を抱いた米政府が、軍事予算を含めて膨大な補助金を注いでスパコンにおける世界覇権を達成する戦略を採用した。 90年代半ば以降のこの流れに乗って、一気に躍り出てきたのが米IBMとヒューレット・パッカード社で、これがたちまち世界を席巻して新しい標準となった。
スパコンで"世界一"になるとはどういうことか? ── 現行の「京速計算機」開発事業は見直して当然 - THE JOURNAL
同じく、歴史を調べれば分かることだが、「日米対抗状態」すなわちスーパー301条発動は1996年であり、この「日米対抗状態」が解消したのはCray社がNECのベクトル型SX-5/6をOEM化したためである。 「汎用プロセッサーを多数、並列して用いる」研究は1980年代終盤から研究が進んでおり、2003年11月には1100台のPower Mac G5がTOP500で3位を達成したが、スカラー型がベクトル型「地球シミュレーター」を上回る性能を達成したのは2004年のことであり、いずれも「日米対抗状態」が解消した2001年より後のことである。 したがって、「軍事予算を含めて膨大な補助金を注いでスパコンにおける世界覇権を達成する戦略」が功を奏するのも、「日米対抗状態」が解消した後のことである。
ちなみに、「汎用プロセッサーを多数、並列して用いることによって、遙かに安価に、電力消費も抑えて、スパコンに必要な性能を使用目的に応じて柔軟に生み出すことが可能になった」のは、単に「汎用プロセッサーの能力が飛躍的に向上し」ただけではなく、それを超並列で効率的に動かすソフトウェア技術の進歩にもよる。 現在の汎用プロセッサは量子力学的効果等により1コアの性能向上が難しくなっているとされるので、スカラー型で性能を上げるためにはコア数を増やすしかない。 しかし、コア数を増やして性能を上げるには、効率的な並列処理が欠かせない。 国家規模のプロジェクトでは天文学的なコア数になり、これを効率的に並列処理するには、高いソフトウェア技術が必要である。 また、製造工程やメンテナンスの都合から、複数のユニットに分ける必要があるため、ユニット間の高速なデータ伝送技術も重要となる。 これら技術の進歩があって、はじめて、スカラー型の性能向上が見込めるのである。
この時日本では、富士通と日立はさっさとスカラー型に切り替えたが、NECだけは従来のベクトル型に徹底的にこだわる姿勢を採り、98年に科学技術庁(当時)から600億円の巨費を得て国策スパコン「地球シミュレーター」を開発、2002年に35.86T(35兆8600)flopsのマシンを完成、TOP500で輝ける「世界一」にランクされた。 しかしこの「世界一」は、世界中がベクトル型による大艦巨砲主義的なスパコン開発から安価なスカラー型へと雪崩を打って移行している時期だからこそ実現したもので、その当時から「ガラパゴス」とか「前世紀の遺物」とか揶揄された。 やがてスカラー型でそれを上回る性能のものが登場して、2度と日本のベクトル型が世界一に返り咲くことはないだろうと言われていた。 事実、NECの天下は2年半続いたものの、04年にIBMのBlue Gene/Lが倍する70.72Tの性能を持って登場したため、世界一を滑り落ちた。
スパコンで"世界一"になるとはどういうことか? ── 現行の「京速計算機」開発事業は見直して当然 - THE JOURNAL
「04年にIBMのBlue Gene/Lが倍する70.72Tの性能を持って登場した」当時、世界で唯一ベクトル型を生産していたNECは商用規模のスパコンは作っていたが国家規模のスパコンは作っていなかった。 だから、「2年半」での約2倍の性能差だけを見ても、それがベクトル型の終焉を意味するのか、それとも、技術開発によって巻き返せる差であるのか、判断は難しい。 事実、「地球シミュレーター」は、2009年にSX-9ベースで122.4TFLOPS、2015年にSX-ACEベースで1.31PFLOPSを達成している。 いずれもベクトル型での性能であり、同じ時期のスカラー型の性能と比べると少し見劣りするが、それでも当初からは大幅な性能向上を達成できている。
「NECだけは従来のベクトル型に徹底的にこだわる姿勢を採」ったのは、NECのベクトル型SXシリーズが他社のスパコンの性能を圧倒していたからである。 他社がベクトル型を断念してスカラー型に移行せざるを得なかったのは、NECのSXシリーズに太刀打ちできるようなベクトル型プロセッサをどこも開発できなかったからである。 つまり、ベクトル型を「ガラパゴス」「前世紀の遺物」と判断したわけではなく、ベクトル型ではNECに対して勝ち目がないから「さっさとスカラー型に切り替え」る以外に選択肢がなかっただけである。 性能を重視してベクトル型にこだわるNECと(性能では勝ち目がないから)価格で有利となる「スカラー型に切り替え」たその他大勢という構図に過ぎない。
Cray社がNECのベクトル型SX-5をOEM化したのが2001年であるから、2002年当時、NECが地球シミュレーターをベクトル型で開発するのは当然の流れであろう。 ちなみに、Cray社は、2002年にスカラー型とベクトル型の複合型のCray X1を発表しており、完全にスカラー型に移行するのは2004年10月発表のCray XD1 からである。
それでも、あくまでNECのベクトル型技術をベースに、それを富士通と日立のスカラー型技術と抱き合わせてハイブリッドにして、再び「世界一」の座を目指そうということで、地球シミュレーターの2倍の1200億円という途方もない予算で始まったのが、次世代スパコン事業なのである。
スパコンで"世界一"になるとはどういうことか? ── 現行の「京速計算機」開発事業は見直して当然 - THE JOURNAL
既に説明した通り、2005年当時に、将来、ベクトル型とスカラー型のどちらが有利かを予測するのは難しかったと考えられる。 性能でもスカラー型がベクトル型を圧倒したのは、予測が難しい技術の進歩によって支えられた結果論であり、それを、当てずっぽうではない明確な根拠を示して予測できた人がどれだけいるだろうか。 もしも、ベクトル型(及び「スカラー型技術と抱き合わせ」)で世界を圧倒できるなら、「地球シミュレーターの2倍の1200億円という途方もない予算」も正当化できよう。 最大の問題は、NECと日立が撤退してスカラー型単体となった段階では、世界を圧倒することが不可能となっているため、「地球シミュレーターの2倍の1200億円という途方もない予算」が正当化できなくなっていることである。
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