スパコン開発の必要性

開発育成の原則 

以下のリンク先にも書いてある通り、スパコン「京」は無駄遣い以外の何物でもなかった。

しかし、高性能なスパコンの開発育成の必要性まで安易に否定することは正しい姿勢とは言えない。 その必要性は、どのような国を作ろうとするかによる。

日本の主要産業が、科学技術に基づいた工業製品であることは疑う余地がない。 そして、日本国民であれば、その大多数が、日本の経済発展を目指すことには異論がないだろう。 さらに、その手段が、日本の主要産業を伸ばすことによって達成されることにも、多数の日本人が同意するであろう。 そして、スパコンを含むコンピュータ産業も日本の主要産業の一部であるのだから、高性能なスパコンの開発育成が必要なことは言うまでもない。

問題は、その開発育成をどのように行うかである。 そのためには次のことを検討する必要がある。

  • 投資する意味があること
  • 国内企業すべてに均等に機会が与えられること

投資する意味 

投資の結果、その分野で世界をリードできるようになってこそ、投資する意味がある。 その意味では、一般的なプロセッサと同じ原理のプロセッサ開発は、投資を避けるべきと言える。 何故なら、プロセッサ開発の世界では、これまで何度となく、開発投資の資金力によって技術的壁が突破され、資金力にかけるライバルたちが淘汰されてきたからである。 過去の経緯を顧みれば、開発投資の資金力で劣る企業が、一時的に肩を並べても、その後の開発競争についていけないことは明白である。

プロセッサ開発競争における富士通の大敗 

京が初めてTOP500入りした2011年6月段階で、Intel Core iプロセッサはSandy Bridge世代であった。 以後、Intelは、毎年、性能を向上した新世代のプロセッサを投入してきた。

  • Sandy Bridge (2011)
  • Ivy Bridge (2012)
  • Haswell (2013)
  • Broadwell (2014)
  • Skylake (2015)
  • Kaby Lake (2016)
  • Coffee Lake (2017)
  • Cannon Lake (2018)
  • Ice Lake (2019)

一方、富士通プロセッサの軌跡 - 富士通によれば、2010年から2017年までの期間に富士通が発売したSPARCプロセッサは次の7つのみである。

  • SPARC64 Ⅷfx (HPC用)
  • SPARC64 Ⅶ+ (サーバー用)
  • SPARC64 Ⅸfx (HPC用)
  • SPARC64 Ⅹ (サーバー用)
  • SPARC64 Ⅹ+ (サーバー用)
  • SPARC64 Ⅺfx (HPC用)
  • SPARC64 Ⅻ (サーバー用)

何と、これは世代数ではなく、製品バリエーションも含めた数である。 Intelは1つの世代でも10以上の製品バリエーションがあるのだから、製品の種類ではIntelの1世代にも遠く及ばない。 製品バリエーションも含めれば、Intelはこの間に何百ものプロセッサを発売している。 スパコン用に限れば、SPARC64はたったの3世代しか発売されていない。 このような有様ではIntelに勝ち目がないことは言うまでもなかろう。 事実、スパコン市場においてSPARC64が全く売れていないことは国費の無駄遣いスパコン「京」を再検証するで指摘した通りである。

以上の通り、新製開発競争では富士通のSPARC64はIntelに完敗している。 そして、それは、蓋を開けて初めてわかった事実ではなく、多少の知識にある人にとっては最初から分かっていた事実である。

初めから勝ち目がないことは明らか 

Intelは、スパコンだけでなく、サーバーや個人向け用途でも圧倒的なシェアを持つ。 2009年当時、Intelは第4四半期だけで23億ドルもの純利益を出していた。 2016年第2四半期の純利益も13億ドルある。

それに比べれば、数年越しのたかだか1千億円強の単発プロジェクトなどでは焼け石に水である。 プロセッサ業界では、旧製品はあっという間に陳腐化するので、継続的に次々と新しい製品を出さなければ生き残れない。 そのような業界で、仮に、一瞬だけトップと性能で肩を並べられたとしても、その後の新製品開発競争についていけなければ全く意味はない。

1980年代のRISCの性能はCISCを圧倒していた。 (参考:x86を高速化する切り札技術「命令変換」の仕組み - ASCII) その状況が変わったのは、1990年代前半から激化したx86互換プロセッサ競争のせいである。 Intelと互換プロセッサメーカーは、他社の技術を買収するなどして、どんどん、プロセッサを高速化していった。 その競争の中で1995年頃にRISC風命令変換が編み出され、RISCとの性能差は解消されたとされる。 これは、プロセッサ開発競争において、どんなに画期的な新技術を投入しようとも、それが圧倒的な資金力で容易に覆されてきた事実を示している。

スパコン業界では、2000年代前半までは、TOP500のシェアはRISC勢が8割以上を占め、x86は数えるほどしかなかった。 しかし、2005年11のTOP500では、x86が全台数の68.6%を占め、Intel Xeon搭載のThunderbirdが38.3TFで5位につけている(首位のBlueGene/Lは280.6TF)。 2009年11月時点で、x86はTOP500の全台数の87.6%を占め、首位はx86互換プロセッサのAMD Opteronを搭載したJaguarである。 以上の通り、Intelが、圧倒的資金力を背景に他社を圧倒してきたことは疑う余地のない歴史的事実であり、スパコン業界においても少なくとも2005年段階では既成事実であった。 このような歴史的事実を突きつければ、勝負を挑む前から勝ち目がないことなど誰の目にも明らかであろう。

もちろん、他者と全く違う原理のプロセッサであれば、肩を並べるどころか、圧倒的な性能で引き離すことも不可能ではなかろう。 ただし、当然、失敗するリスクも小さくない。 それでも、成功する見込みがあるならば、やってみる価値はある。 それに比べて、他社と同じ原理のプロセッサで、既に他社が導入済か、あるいは、導入しようとしている技術に、少しだけ独自技術を加えた猿真似プロセッサを作っても、圧倒的な性能で引き離すことは不可能である。 運が良ければ、一瞬だけ性能で肩を並べることは不可能ではないかもしれないが、その後の新製品開発競争について行く体力がなければ三日天下に終わることは目に見えている。 一瞬だけ性能で並ぶことに成功したとしても、大した実績もなければ将来の見込みもない独自プロセッサを、一体、どこの企業が使いたがるのか。 まともな思考ができる人なら、性能が同じ場合は実績や将来性のある方を選ぶ。 冷静に考えれば、やる前から勝負が見えている。

投資すべき分野 

投資する意味のない分野については既に説明した通りである。 そして、今の所、それ以外の分野には、やる前から勝負が見えているような強豪はいない。 よって、まとめると、次の分野には投資すべきと言える。

  • プロセッサ開発以外の開発
  • 他社と全く違う原理のプロセッサ開発

均等機会 

国民の血税を使う以上、全ての企業に儲ける機会を均等に与えるのは当然のことであり、特定の企業のみに利益誘導を行うことは適切ではない。 とはいえ、スパコン開発の目的に照らせば、開発能力のない企業の参入はお断りするしかない。 言い換えると、開発能力のある国内企業は全てに均等に機会が与えられなければならない。 投資先企業が主観に基づいて密室で決められることがあってはならない。 客観的基準に基づいて、オープンなプロセスで決められるべきである。

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