ISD条項憲法違反論への反論
中立かつ客観原則
ここでは中立的な立場で事実関係を検証する。 賛成か反対かという結論は先に立てず、現実に起きた出来事、確実に起き得ること、一定程度の期待値を示す根拠のあることを中立かつ客観的に検証する。 可能性レベルの物事を論じるためにも、無視できない可能性があることを示す根拠を重視し、根拠のない当てずっぽうや思い込みや伝聞等の不確かな情報は、それが妄想に過ぎないことを示した上で門前払いとする。 賛成論でも間違いは間違いと指摘するし、それは反対論でも同じである。 ここでは賛成論にも反対論にも与しない。
TPP総論
長期的視野では話は別だが、短期的視野で見ればTPPに参加するかしないかは大きな問題ではない。 それよりも、TPPとは全く無関係な混合診療完全解禁がもたらす患者の治療機会喪失の危険性やイレッサ訴訟の行く末によるドラッグラグ・未承認薬問題の悪化の方が、遥かに大きな問題であろう。 だから、TPPよりも重要な争点において国民に不利益をもたらす政策を党員に強要する日本維新の会は落選運動の対象とせざるを得ない。 混合診療の完全解禁を公約とする日本維新の会およびみんなの党には一切の主導権を握らせてはならない。 そのためには、これらの党に対する落選運動が必要なだけでなく、与党とこれらの党との連携も絶対に阻止しなければならない。 具体的運動の詳細は自民党への抗議方法を見てもらいたい。
京都大学法学部ゼミ生共同論文
京都大学法学部2012年度前期演習(国際機構法)の論文ISDS 条項批判の検討―ISDS 条項は TPP 交渉参加を拒否する根拠となるか―(濵本正太郎教授監修)は非常に良くまとまっているので一読をお勧めする。
ISD条項は憲法違反?
ISD条項を憲法違反と主張する弁護士も居る。
2.憲法76条1項
「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」(国内で生起する具体的な法的紛争を裁く権限は裁判所が独占する)
(1)判例・学説、立法例・政府見解の検討
・判例なし。学説上、国際法に基づく例外を認める議論はない。
基本的に、日本国憲法で言う所の「すべて司法権」とは、世界中の全ての司法権ではなく、我が国で完結する事件に関するものである。 たとえば、米国国内で米国人同士が起こした事件について、米国の裁判所で裁判を行ったら、日本国憲法に違反するだろうか。 言うまでもなく、我が国が全くノータッチの事件は完全に日本国憲法の「すべて司法権」の対象外である。 そして、他国が絡んでくる事件の司法権についても、特定の一国の憲法が国際的な絶対的法規になることはない。 もしも、他国が絡んでくる事件の司法権について特定の一国の憲法が絶対的法規となるなら、複数の国が絡む事件には複数の国の憲法が適用されてしまう。 その場合は、それらが相矛盾する場合は、何が適用されるのか。 この矛盾を解決するためには、複数の国が絡む事件については、特定の一国の憲法を絶対法規とすることができない。 つまり、複数の国が絡む事件については、相互の条約や国際法で規定するものであって、我が国の憲法の効力範囲かどうかはグレーゾーンなのである。 よって、条約・協定違反による他国投資家に損害を与えた二国間問題の仲裁を条約の規定に委ねることは、条約の規定により一国の憲法の効力範囲外として扱えるから、日本国憲法には反しない。
そもそも、「憲法76条1項」を根拠に憲法違反と言い出したら、国際司法裁判所も憲法違反となってしまう。 その他にも、様々な国家間紛争の仲裁機関が存在するが、それらは全て憲法違反なのか。 これについては次のような逃げ道を用意しているようだ。
・国際刑事裁判所設立条約(戦争犯罪を国家を超えて処罰する・調査不十分)(1998年採択・2002年発効・日本は2007年署名・批准)その是非はともかくとして、戦争犯罪・ジェノサイドの処罰は「確立された国際法規」(憲法98条2項)と解して、憲法との矛盾は生じない。
しかし、この逃げ道が通用するなら、同じ論理でISD条項も「憲法との矛盾は生じない」。 「憲法98条2項」では「確立された国際法規」だけでなく「日本国が締結した条約」も「誠実に遵守することを必要とする」と書かれており、これを根拠として国際刑事裁判所設立条約が「憲法との矛盾は生じない」のであれば、「日本国が締結した条約」に基づいた国際投資仲裁も同じく「憲法との矛盾は生じない」。
我が国の弁護士とは言え、国際法には素人同前だから、それが理解できないのは致し方がない。 しかし、自分で持ち出した日本国憲法の条文についての理解が足りていないのでは、我が国の弁護士としての能力にも疑問が生じる。 自らのプロフィール として「法律事務所からもらった給料の方が売上より多く、事務所財政に赤字を残した弁護士として歴史に刻まれることとなった」「近い将来、『貧困弁護士』という言葉が生まれると思うが、そのトップランナー」と自慢げに語っていては、法律家として三流(勝訴が少なくて成功報酬を稼げないから「売上」が少なく「貧困」なのではないかと推測される)と自称しているようなものである。 他にも典型的な勘違いが見受けられたのでついでに引用しておく。
また、ISDS条項は、国際法の常識から考えれば、信じられないほど強力な効果を持つ。 「ISD条項の罠2」で述べたとおり、この民間法廷が下した裁決は、強制力がある。 通常、外国の裁判所が下した判決を国内で強制執行しようとすると、再度、国内法秩序との整合性等の観点から当該国の裁判所が判決の効力を審理する。 外国判決の効力を国内裁判所が承認することによって、自国と矛盾する法原理の侵入を排除する仕組みになっている。 ISDによる民間法廷の裁決には、このような手続はなく、強制執行が可能になる。 民間法廷の判断が、国内法秩序を飛び越えて、直ちに国内法的な強制力を持つ。 極めて特異な制度といわなければならない。
ISD条項が「国際法の常識」に反しているのではなく、この方が間違った「国際法の常識」を捏造しているだけである。
「外国判決の効力を国内裁判所が承認」とは、民事執行法第二十四条の外国裁判所の判決の執行判決のことであろう。
しかし、この場合、第2項において
執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない
民事執行法第二十四条
と明記されている通り、「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する」実体審査(裁判の当否の調査)は明確に禁じられている。
第3項において
民事訴訟法第百十八条各号に掲げる要件を具備しないときは、却下しなければならない
民事執行法第二十四条
とも書かれているが、民事訴訟法第百十八条では
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する
民事訴訟法第百十八条
として次の4つの条件を挙げているだけである。
- 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。(管轄権のない判決の無効化)
- 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。(応訴機会を与えられない欠席裁判判決の無効化)
- 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
- 相互の保証があること。
このいずれも手続の正当性を確認する形式審査であって「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する」規定ではない。 つまり、「外国の裁判所が下した判決」の「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する仕組み」などは存在しないばかりか、「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する」実体審査は明確に禁じられているのである。
そもそも、民事執行法第二条に
民事執行は、申立てにより、裁判所又は執行官が行う
民事執行法第二条
と書かれてあるとおり、国内裁判所の判決であっても当事者が勝手に強制執行することはできない。
もちろん、確定判決等の債務名義があれば却下されることはないが、申立てが適法であるかの形式的な確認は必要とされる(民事執行手続 - 裁判所)。
つまり、国内裁判所の判決でも外国裁判所の判決でも、形式審査が必要なことには変わりない。
国内裁判所の判決と外国裁判所の判決の違いは、実体審査の有無ではなく、単に、形式審査の内容の違いに過ぎない。
この弁護士の言うような「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する」なる違いは何処にも存在しないのである。
仲裁判断については仲裁法第45条で、
仲裁判断(仲裁地が日本国内にあるかどうかを問わない。以下この章において同じ。)は、確定判決と同一の効力を有する
仲裁法第45条
として、「自国と矛盾する法原理」であるか否かに関わらず、次の例外以外は、確定判決と同一の効力を有するとされている。
強制執行には第46条の執行決定が必要だが、承認および執行決定が却下される条件は次の9つだけである。
- 仲裁合意が、当事者の行為能力の制限により、その効力を有しないこと。
- 仲裁合意が、当事者が合意により仲裁合意に適用すべきものとして指定した法令(当該指定がないときは、仲裁地が属する国の法令)によれば、当事者の行為能力の制限以外の事由により、その効力を有しないこと。
- 当事者が、仲裁人の選任手続又は仲裁手続において、仲裁地が属する国の法令の規定(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)により必要とされる通知を受けなかったこと。
- 当事者が、仲裁手続において防御することが不可能であったこと。
- 仲裁判断が、仲裁合意又は仲裁手続における申立ての範囲を超える事項に関する判断を含むものであること。
- 仲裁廷の構成又は仲裁手続が、仲裁地が属する国の法令の規定(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)に違反するものであったこと。
- 仲裁地が属する国(仲裁手続に適用された法令が仲裁地が属する国以外の国の法令である場合にあっては、当該国)の法令によれば、仲裁判断が確定していないこと、又は仲裁判断がその国の裁判機関により取り消され、若しくは効力を停止されたこと。
- 仲裁手続における申立てが、日本の法令によれば、仲裁合意の対象とすることができない紛争に関するものであること。
- 仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること。
このいずれにも「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する」規定はない。 つまり、日本の民事執行法においても仲裁法においても「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する仕組み」などは存在しない。 以上のとおり、日本の国内法が「国際法の常識」に反しているのでもなければ、「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する」「国際法の常識」などは初めから存在しないのである。
仮に、「自国と矛盾する法原理の侵入を排除する」必要があるとする個人的意見を採用しても、我が国が締結した条約・協定に基づいた国際投資仲裁では、我が国として受け入れ難い「法原理」の「侵入を排除する仕組み」は締結時の国会承認で既に済ませている。 だから、我が国が締結した条約・協定に基づいた国際投資仲裁が「直ちに国内法的な強制力を持つ」としても「国内法秩序を飛び越えて」などいない。 そして、我が国の国内法も国際投資仲裁の適用法となる国際法で審理される対象であるから、審理対象の法律で定められた承認手続を要するのでは優先順位が逆になってしまう。 つまり、この場合は、「国内裁判所が承認」を要しては制度が形骸化されかねない。 よって、国家が関与する紛争を第三者機関が仲裁する場合には、当然、「直ちに国内法的な強制力を持つ」必要があるのである。
第1に、憲法違反の条約は、仮に締結・批准されることによって国際法的に効力を生じても、国内法的には、無効になるからです。 国内法的に無効を主張できるということは重要な意味を持ちます。
「憲法違反」であるかどうかに関わらず、国内法を悪用して条約を一時的に骨抜きにすることは原理的に十分に可能である。
しかし、国会承認という正規の主権行使の手続を踏んだうえで締結した約束事を、国内事情のみをもって反故にするような、国際秩序を根本から覆す極めて重大かつ極めて悪質な違反行為が国際的に通用するはずがない。
ウィーン条約法条約第27条にも
条約に拘束されることについての同意が条約を締結する権能に関する国内法の規定に違反して表明されたという事実を、当該同意を無効にする根拠として援用することができない
条約法に関するウィーン条約 - 東京大学東洋文化研究所田中明彦研究室
と明記されているように、そうした国際的約束違反は国際法に違反する。
当然、そうした国際法違反の無法行為を行なえば、その対象となる条約の締結国だけでなく、他の多くの国から袋叩きに合うことは間違いない。
国際的信用の失墜等による国益の損失を考慮すれば、そうした国際法違反の無法行為は全く割りに合わない。
ところが、政府が、国庫から賠償金を引き出そうとすると、国内法の根拠が必要です。 ISD条項は憲法違反で国内法的に無効ですから、政府は国庫から賠償金を引き出す国内法的な根拠がありません。 賠償金を引き出す行為自体が、憲法違反になります。 国民は、国庫から金を出すなと政府に対して主張することができます。
というわけで、国際法上の義務はあるが、国内法上、履行できないということになります。
日本国憲法には「国庫から賠償金を引き出そうとすると、国内法の根拠が必要」とは一言も書いていない。
日本国憲法第85条にて
国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする
日本国憲法第85条
とされているが、これは予算承認についての規定であり、予算承認で提示されない細かい案件の個々の支出の決定については適用されない。
つまり、国家賠償金として使える予算の枠が「国会の議決に基くことを必要とする」のであって、個々の賠償案件についての支出判断については「国会の議決」を求められない。
日本国憲法第17条には、
何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる
日本国憲法第17条
と書かれているが、「法律の定めるところ」によらずに賠償金を払ってはならないとは書かれていない。
また、日本国憲法第98条第2項
日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする
日本国憲法第98条第2項
と書かれており、国内法と条約の優先順位について日本国憲法には何ら記載がない。
よって、「日本国が締結した条約」に関しても日本国憲法を第17条が準用されると考えるのが相当であり、かつ、それは、何ら憲法に違反しない。
そして、「ISD条項は憲法違反」が根本的な憲法解釈の誤りであることは既に指摘した通りである。
ISD条項に基づく国際投資仲裁と国内法との不整合は、民事執行法における
強制執行、〜については、他の法令に定めるもののほか、この法律の定めるところによる
民事執行法第1条
民事執行は、申立てにより、裁判所又は執行官が行う
民事執行法第2条
という規定との整合性である。
これについては、民事執行法第2条に「ただし、我が国が締結した条約に特別の規定がある場合を除く。」と追記するか、別途特別法を制定すれば良い。
ICSID条約では、投資家国際法廷の仲裁判断を国内の確定判決と同じに扱って強制執行できるとありますが、そもそもISD条項が違憲無効であれば、日本の裁判所を使って、政府の財産を差し押さえることも法律的にできない理屈です。
憲法違反論を確立することができれば、将来にわたって、日本国の財産を保全することができることになります。
既に説明した通り、「ISD条項が違憲無効」は根本的な憲法解釈の誤りであり、「憲法違反論を確立する」余地は全くない。 また、ISD条項が「日本国の財産を保全すること」を脅かすこともない。 それはISD条項、ISD仲裁事例、ISD仲裁想定事例、中野剛志准教授らによるISD条項デマ、公正衡平待遇義務、間接収用等で詳しく説明している。
百歩譲って、仮に、ISD条項が「日本国の財産を保全すること」を脅かすとしても、それならば、ISD条項の是非を正面から議論すべきであって、「憲法違反論」なる屁理屈をこねる必要は全くない。
投資家国際法廷に違反した場合の、外国投資家に対する国際法違反の責任追及の手段も全く未知の問題です。 いったいどのように国家責任を追及することになるのでしょうか。
多分、外国投資家としては、事実上、日本から撤退するという経済的不利益を与えることで履行を求めるか、母国に外交問題として、交渉してもらうように外交保護権の行使を求めるということになりますが、結局、そうなれば、外交問題に戻る訳です。
確かに、国が主権行使の結果として自らの意志で締結した条約を故意に反故にし、かつ、条約に規定された中立的な仲裁判断にも逆らうことの前例などあろうはずもない。 しかし、それが国家の信用を毀損し、かつ、国家の重大な損失を招くことは容易に予測可能なことであり、「全く未知の問題」ではない。 当然のことであるが、そのような、国際秩序を根本から覆す極めて重大かつ極めて悪質な違反行為が、「外交問題に戻る」だけで済まされることなどあり得ない。
EUが、WTOの上級委員会の判断に反して、成長ホルモンを使用した牛の輸入をせずに、主権を貫いた例があることは前に述べたとおりで、国家対国家関係になってしまえば、どれだけ強い姿勢で臨むかによって結果は異なるものになっていく訳です。
「EUが、WTOの上級委員会の判断に反して」は明らかに事実に反している。 正しくは、「WTOの上級委員会の判断」に反しないような新たな規制を設けたのである。 そして、「WTOの上級委員会」はその新たな規制が違反かどうか結論が出せないという判断を下している。 つまり、EUは、国際法違反の無法行為をゴリ押ししたのではなく、違反認定された部分を修正した新たな規制で違反を回避したのである。 この事例は、「どれだけ強い姿勢で臨むか」ではなく、最小限限度でも「WTOの上級委員会の判断」に従うかどうかによって「結果は異なるものになっていく」ことを示した事例である。 その詳細は衛生植物検疫措置/貿易の技術的障害に記載した通りである。
あと、「主権を貫いた例」とサラッと流して印象操作を行なっているが、あたかも「WTOの上級委員会の判断」が主権侵害であるような主張は、EUが主権行使の結果として自らの意志でWTOに加盟した事実に反している。
TPP論議のように憲法論の不存在が続くと、憲法改正をしないまま、なし崩しに憲法が無効化され主権が制限されていきかねません。
憲法改正には、国民投票が必要な訳ですから、極秘交渉で、国民に知らせないまま、TPP交渉を進めるということもできなくなる訳です。
既に説明した通り、「なし崩しに憲法が無効化され」ることも「主権が制限され」ることもあり得ない。 そして、少なくとも、国会承認前にTPPの内容は国民に知らされるのだから、国民がTPPの中身を知るためだけの「国民投票」は必要がない。 それはTPPの手続に記載した通りである。
この弁護士の更なる痴態をご覧になりたい方はISD仲裁想定事例や公正衡平待遇や衛生植物検疫措置/貿易の技術的障害も読まれると良いだろう。 この弁護士から開示請求が来たので某自称弁護士の痴態で紹介する。
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