Hotta解釈

はじめに 

Hotta解釈が正しいならば、それは古典力学の常識を覆す大発見となる。 Masahiro Hotta氏は、そのような大発見を如何なる学術誌に寄稿して査読を受けたのか。 そして、そのような大発見が未だに科学界で話題にならないのは何故か?

尚、以下も参考に。

Hotta解釈とは? 

量子力学の一般解説でほぼ必ず登場する二重スリット実験がありますよね。 1個1個の電子をばらばらと図のような2穴スリットを通すと、沢山の電子が衝突した後のスクリーンには波のような干渉縞が起きる実験です。

2016年12月4日午後4:48(Masahiro Hotta) - twitter


一方、どちらの穴を通ったかを測る測定器を置くと、同じように電子を投げても、干渉縞が消えてしまうという実験です。

2016年12月4日午後(Masahiro Hotta) - twitter


測定器と電子の相互作用によって、系の波動関数は|Ψ>=|電子は上の穴を通過>|電子が上にいると測定器が記録>+|電子は下の穴を通過>|電子が下にいると測定器が記録>という純粋状態になるだけで、(電子+測定器)の全体としては、波動関数に収縮は起きていないのです。

2016年12月4日午後5:02(Masahiro Hotta) - twitter


この|Ψ>という状態で電子だけの状態に注目すると、上の穴を通った状態としたの穴を通った状態の古典的な混合状態になるので、スクリーン上の干渉縞が消えてしまうのです。 波動関数の収縮は起きていないのです。

2016年12月4日午後5:04(Masahiro Hotta) - twitter


より正確にはスクリーンと電子の相互作用も考えるべきでして、何回も実験した最後には(電子+測定器+スクリーン)の全体が純粋状態になってます。

2016年12月4日午後5:10(Masahiro Hotta) - twitter


つまり(電子+測定器+スクリーン)の全体系が|電子は上の穴を通過>|電子が上にいると測定器が記録>|スクリーン上部に電子が到着>+|電子は下の穴を通過>|電子が下にいると測定器が記録>|スクリーン下部に電子が到着>という純粋状態になっているわけですが。 結果は同じで干渉縞は消えます

2016年12月4日午後5:11(Masahiro Hotta) - twitter


波動関数の収縮は系に関する知識の増加に過ぎないので、意識をもつ主体がいて初めて起きます。 観測者が重ね合わせの中のただ1つの成分を経験することが波動関数の収縮なんです。 今の場合、デコヒーレンスで生じた混合状態の中からただ1つの成分だけが抜き出される過程こそが、波動関数の収縮。

2016年12月4日午後5:17(Masahiro Hotta) - twitter


世間に流布している多世界解釈の理解に対する誤解の指摘も含めて、この波動関数の収縮については下記記事を参照してみて下さい。

2016年12月4日午後5:19(Masahiro Hotta) - twitter

Masahiro Hotta氏は次の3つの状態があると主張している。

  1. 並存していて、かつ、互いに干渉性がある状態
  2. 並存していて、かつ、互いに干渉性がない状態(古典的な混合状態)
  3. 値が確立した状態

そして、1番目から2番目への遷移はデコヒーレンスによって起き、2番目から3番目への遷移は意識をもつ主体の認識によって起きるとされる。 もちろん、これはMasahiro Hotta氏のオリジナルの主張である。 標準理論には2番目と3番目を区別する考えはない。 量子測定の原理とその問題点 by 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系&東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:清水明教授によれば「射影仮説には,次の2つの役割がある」とされる。

  • (A)異なる測定値に対応する状態ベクトルの間の干渉をなくす
  • (B)干渉の無くなった2つの状態ベクトルのうちのどちらかを抜き出す

つまり、標準理論では干渉性の喪失と波動関数の収縮は同時に発生する。 「古典的な混合状態」は古典的な確率の重ね合わせであるので、現実に複数の結果が並存することはない。 まとめると、標準理論では次の2つの状態しかない。

  • 並存していて、かつ、互いに干渉性がある状態
  • 値が確立して、かつ、互いに干渉性がない状態

ご本人が次のように説明されていることから、Hotta解釈における1番目の状態が値が確定していないとの認識であることは疑いの余地がない。

質問:「量子力学、何を考えてて、何を求めてんのかがわかんない」

回答:「位置も運動量も決まっている粒子のような局所的な実在は存在しないことが実験で分かったので、そういう実在が決して出てこない理論を考えてて、実験で計測できる観測値の出現確率を求めるのが、量子力学。」

2021年2月12日午前10:51(Masahiro Hotta) - twitter

ご本人が、位置や運動量のような可観測量は決まった値を持たないと認めている。 にも関わらず、測定すると決まった値が得られる。 決まった値を持たないものを測定すると、何故か、決まった値が出てくるのである。 それが波動関数の収縮(射影仮説)に該当する。

問題は2番目の「古典的な混合状態」である。 少なくとも、従来の古典力学の常識では、複数の可能性の並存は概念的なものにすぎない。 初期値の精度や計算式の不備によって結果が予測できないが故に複数の可能性としてしか言及できないだけである。 複数の結果が並存して実在することなどあり得ない。 つまり、Hotta解釈における「古典的な混合状態」は従来の古典物理学の常識ではあり得ない現象である。 それは、一体、物理的にどのような状態なのか。 そして、2番目から3番目への遷移はどのような物理的現象なのか。 それらをMasahiro Hotta氏は一言も説明していない。

さて、Masahiro Hotta氏は本気でそのような画期的な大発見を提唱したのか。 それは次のサイコロの説明から読み取れる。

「系を観測をすると、その波動関数(または状態ベクトル)は収縮し、その変化はシュレディンガー方程式に従わない」と聞いて、前世紀の「観測問題」に目覚めてしまって、「波動関数とは?収縮とは?」と懊悩してしまっている物理学徒は、まず箱の中の古典的なサイコロの目の確率を考察してみて下さい。

箱の中の古典的なサイコロの目の確率

2020年10月19日午前9:46(Masahiro Hotta) - twitter


各目の出る確率は1/6で、一様分布でしたが、箱をとってサイコロを観測して3の目が出ていれば、確率分布は3の目にだけ集中して他の目は零になります。 これが「確率分布の収縮」であり、そして当たり前ですが、この確率変化はニュートン方程式に従いませんよね。

箱をとってサイコロを観測して3の目が出る

2020年10月19日午前9:49(Masahiro Hotta) - twitter


波動関数や状態ベクトルは、物理量の確率分布の集合と数学的に等価な概念に過ぎません。 ですから古典的なサイコロでも起きた「確率の収縮」が「波動関数の収縮」に対応するわけで、不思議なことでもありません。 知識、情報の増加でしかない「収縮」はシュレディンガー方程式を満たすわけがないのです。

波動関数と確率分布

2020年10月19日午前9:53(Masahiro Hotta) - twitter


これは量子であろうと古典(含む隠れた変数理論)であろうと同じで、確率の概念そのものに「収縮」が内在していることを説明する例です。 問題はありません。

2020年10月20日午後5:37(Masahiro Hotta) - twitter


古典的なサイコロでもそれを観測した人にとって確率分布は収縮するので意識は必要ですよね。 例えば、箱の中を見ていない人にとってはまだ確率分布の収縮は起きないので、観測者依存性は古典でもあるわけです。

2020年10月20日午後5:51(Masahiro Hotta) - twitter


一般に確率には意識の存在は不可欠で、それで収縮が起きるのですから。

2020年10月20日午後6:08(Masahiro Hotta) - twitter

これによれば、Hotta解釈における「古典的な混合状態」(複数の結果が実在上で並存する状態)は、ミクロに起因する現象だけでなく、純マクロ現象においても発生することになる。 しかし、従来の古典力学によれば、周辺環境も含めた初期値(位置、速度、回転、弾性、形状、その他)は一意の値を持ち、それらが決まれば結果も一意に決まる。 天文学的な数の面があれば分子運動や量子力学的効果による揺らぎが多少結果に影響を及ぼすかもしれないが、サイコロ程度の6面体ではそうしたゆらぎはほぼ無視できる。 もちろん、初期値の測定には誤差があるし、計算式も完全ではないことがあるので、結果を人間が正確に予測できるとは限らない。 しかし、ラプラスの悪魔であれば結果を正確に予測可能であるから、初期値が確定した時点で結果が確定することは疑いの余地がない。 ラプラスの悪魔が計算して6の目が予測される時、先ほど説明した揺らぎによって極めて低い確率で2〜5の目が出ることがあるが、ほぼ100%に近い確率で6の目が出るのである。 対して、Hotta解釈では、サイコロの目のような純マクロの確率現象においても、意識による認識があるまで複数の結果が(サイコロの目の場合は等確率で)実在上併存することになる。 よって、Hotta解釈は、従来の古典力学の常識を完全にひっくり返している。

ただし、Masahiro Hotta氏が概念上な並存と実在上の併存を混同している可能性はある。 その場合、可能性は次の3つとなる。

  1. サイコロもミクロ世界に起因する現象も、どちらも意識によって結果が確定すると主張している
  2. サイコロについては勘違いだが、ミクロ世界に起因する現象については意識によって結果が確定すると主張している
  3. サイコロもミクロ世界に起因する現象も、どちらも勘違い
  • 1番目であれば、古典力学の常識を覆す大発見となるから、当然、査読ある専門誌に論文として寄稿すべきである。
  • 2番目であっても、ミクロに起因する現象は従来の古典力学の常識を覆す現象となるから、当然、これも査読ある専門誌に論文として寄稿すべきである。
  • 3番目であるなら、「古典的な混合状態」は確定した結果が判明していないだけとなり、Masahiro Hotta氏の説明は明らかに現象と食い違っている。

1番目でも2番目でも、Masahiro Hotta氏は従来理論にない新しい解釈を提唱している。 それをHotta解釈と名付けるなら、それは「シュレディンガー方程式に従わない」現象を量子力学の外側に追いやっているだけである。 「シュレディンガー方程式に従わない」現象の存在は否定できないので、その現象を量子力学の外側の問題とするために、古典力学を書き換えているのである。 その結果として、古典力学は確率的非決定論になってしまう。 たとえば、Hotta解釈ではシュレーディンガーの猫は純古典力学にまで拡張される。 毒ガス発生が機械仕掛けの乱数発生器等の古典力学的確率で決定されるとしても、Hotta解釈では蓋を開けるまで猫の生死が決まらないことになる。 Hotta解釈は、不都合な問題を量子力学から古典力学に移転し、その結果、問題をさらに大きくしてしまっている。 そして、次のような問題が従来の古典力学の常識を超越していることには一切言及せずに闇に葬り去っているのである。

  • 干渉性を喪失した後、確定するまでは観測可能なまま複数の結果が並存する
  • 並存する複数の結果は、意識の作用によって1つの結果が選ばれる

Hotta解釈が解決しようとした問題は、数学的な様式美に過ぎない。 物理学的には、干渉性の喪失過程と結果の確定過程を分離する必要性は全くない。 干渉性が失われている以上、それと同時に観測されない結果が消失したとしても物理学的には何の問題もない。 仮に、観測されない結果が消失しないとしても、多世界解釈ように、客観世界でのみ複数の結果が永久に並存するのであれば、結果の確定過程を別途用意する必要はない。 Hotta解釈では、結果の確定過程を古典力学に理不尽な皺寄せをすることで誤魔化している。 しかし、結果の確定過程を量子力学の外側に追いやったとしても、干渉性の喪失過程は量子力学の外側に追いやることはできない。 干渉性の喪失過程が残るのであれば、結果の確定過程を分離して、それを古典力学に理不尽な皺寄せする必要がどこにあるのか。 純粋に物理学的な都合では、干渉性の喪失過程と結果の確定過程を一体化したとしても何も問題はないはずである。 数学的な様式美のためだけに、古典力学を確率的非決定論に作り替えるのは本末転倒であろう。

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