射影仮説
定義
天才的数学者だったとされるフォン・ノイマンが量子力学の数学的基礎を確立しようとした時、数学的な手段での解決が難しい問題がひとつだけあった。 それを無理矢理解決するために用いたのが射影仮説(projection postulate)ある。 射影公準とも言う。
要するに,どちらか定まらないものから,どちらか一方だけを選び取るためには,いつも定まった値をとるようなダイナミックスに従うものが必要なのである. しかるに,この世界の全てが量子論のユニタリー時間発展に従うと考えると,そのような,常に定まった値をとるダイナミックスに従うものが存在しなくなってしまうので,困るのである. 射影仮説は,このやっかいな問題を断ち切る役割も担っているのだ.
量子測定の原理とその問題点 by 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系&東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:清水明教授
ノイマンの手法では、測定していないときは時間経過に伴って連続かつ可逆的な変化をするが、測定の時だけ不連続かつ不可逆的な変化である射影仮説を導入する。 つまり、標準理論の数学的手法において、測定だけが例外的な現象となる。 科学的定理においては、例外がない方が好ましいのだが、明確に定義できるのであれば例外があっても差し支えはない。 射影仮説では、計算上の手順は示されていたが、物理的にどのような現象なのか明確に定義されていなかった。
射影仮説には,次の2つの役割がある:
(A)異なる測定値に対応する状態ベクトルの間の干渉をなくす
(B)干渉の無くなった2つの状態ベクトルのうちのどちらかを抜き出す
量子測定の原理とその問題点 by 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系&東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:清水明教授
射影仮説とは、平たく言えば、測定に伴って波動関数の収縮が起こるとする仮説である。 しかし、その測定を明確に定義するのは困難であり、その困難さは観測問題と呼ばれる。
射影仮説は,量子論が,実験事実と合致しかつ無矛盾な理論体系になるために必要であるからこそ導入された公理なのである.
量子測定の原理とその問題点 by 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系&東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:清水明教授
射影仮説は、理論と実験を整合させるためには必須の仮説であるが、その仮説が示す現実の現象については良く分かっていない。 よく分からない原因の一つは、多くの物理学者が射影仮説をスルーしてしまっているからだろう。
しかし、この公理は、無くてもいいようなものではなく、量子論の理論としての整合性を保つために絶対に必要なので、量子論の建設者達が、気持ち悪いとは思いながら、論理の必然として導入したものである。 それなのにほとんど使われないのは、この「気持ちの悪い」公理を一切使わなくても、過去1世紀の間、充分に面白い研究ができた研究分野が多かったからである。
しかし…である。今後もこれで良いのだろうか?例えば数学で、何かある公理系の性質を調べる(様々な定理を導く)のに、その公理系が矛盾に陥らないために必要不可欠な公理のひとつを、まったく使わないで研究したら、どうなるだろうか? 決してその公理系の真の姿を探ることはできないであろう。 それと同様に、物理学者の大多数が、射影仮説を使わない研究だけをやっているのは、あまり良いこととは思えない。
こういうことを書くと、「射影仮説を使って、何か実験結果に現れる事を主張できるのかい?」という質問が返ってきそうである。 もちろん、できる。 例えば、量子光学という分野では、昔から、射影仮説を適切に使わないと、実験結果が説明できないことが分かっている。 ここで重要なのは、単純に射影仮説を使うのではなく、その正しい使い方を見極めて理論を展開しないと、決して実験と合わないことである。 (他の分野でそういう考察が必要なかったのは、量子光学ほどコヒーレンスの良い量子状態をなかなか作れないために、そういう違いを見いだすような実験ができなかったのだ。) 射影仮説を使う分野名をもう一つ挙げると、近年盛んになりつつある、量子情報という分野がある。 情報理論の中心的な仕事は、ものごとの限界に線を引いていく事にあるから、測定後の状態がどうなるかは本質的に重要で、従って射影仮説は頻繁に使われる。 実際には、射影仮説を拡張したPOVM測定というのを現象論的に導入する事が行われているが、これは、測定器の一部を含む系に射影仮説を適用すれば得られるものであり、やはり基本公理は射影仮説なのである。
使われない公理by 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系&東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:清水明教授
量子測定理論というと、昔は、実験では区別が付かないような事を議論するような、形而上学・神学の趣もあった。その状況を大きく変えたのはR.Glauberの1963年の有名な論文であろう。 そのノーベル賞受賞の対象になった論文で彼は、被測定系に測定器の一部を加えた複合系をひとつの量子系として扱うことにより、
(i) 被測定系に対して射影仮説を用いたのでは実験と合わないケースがある
(ii) 測定器に対して射影仮説を用いれば常に実験と合う整合した理論ができる
(iii) 測定器の誤差や反作用も、量子論で矛盾なく計算できる
などを示し、現代的な量子測定理論の扉を開いた。 これにより、量子測定理論は、実験により厳しくその正誤が判定される自然科学の理論へと大きく進化し、その後の大発展に繋がっているのである。 特に精密実験の分析には、量子測定理論はなくてはならない存在になってい る。
ところが、このような現代的な量子測定理論の姿を知る物理学者の割合は少ないのが現状である。
量子測定理論入門 by 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系&東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:清水明教授
解釈
量子力学の解釈には次の2通りしかないとされる。
- 射影仮説そのものか、あるいは、射影仮説と等価な仮説を採用している
- 射影仮説も、射影仮説と等価な仮説も、一切採用しないが、現実の現象と整合しない
多世界解釈の支持者は、射影仮説を目の敵にします。
射影仮説には2つの役割があります:
(A)異なる測定値に対応する量子状態の間の干渉をなくす
(B)干渉のなくなった複数の量子状態の中からどれかひとつを選び出す
よく見ると、多世界解釈もこれらと等価なことを仮定しています。
・Everetの原論文には(A)がなかったのでWignerの厳しい批判に遭った
→今は(A)を仮定するのが普通
・自分自身はどれかひとつのbranchのみを知覚する
→(B)と同じ
だから、コペンハーゲン解釈を言い換えているだけです。
尚、ある瞬間のみ一点に凝縮した波を記述することは可能だ。 しかし、一点に凝縮した波もその時刻の前後では広がりを持つ。 結果、測定のタイミングに合わせて一点に凝縮する波を作ろうとしても、辻褄を合わせることができない。 そんな都合の良い変化が測定の瞬間にだけ起きる原因を説明できない。 だから、射影仮説を導入する必要があったのだ。
二重スリット実験の真相を見れば分かる通り、ゆっくりと凝縮する前提では、二重スリット実験のスリットを通る時点でかなり小さくなっているであろう。 干渉縞を残すためには、干渉縞が発生する範囲と同等の十分な大きさがなければならない。 だから、ちゃんと干渉するためには、凝縮は着弾直前の一瞬で済ませなければならない。 しかし、凝縮が一瞬の出来事となると、着弾の瞬間に都合良くタイミングを合わせることが難しい。 そこまでドンピシャリのタイミングで一瞬の凝縮を引き起こす要因は何か。 説明など出来るはずがない。
よくある誤解
世の中には、射影仮説を不要なものと切り捨てる者が少なくない。 しかし、清水明教授の説明の通り、射影仮説は「実験事実と合致しかつ無矛盾な理論体系になるために必要であるからこそ導入された公理」なのである。
具体例は波動性と粒子性の二重性に移動した。
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