疑似科学を批判する疑似科学

一次疑似科学が二次疑似科学に利用される 

しかし量子力学の不思議な現象をスピリチャアルなことに結びつけて金儲けしている輩がネット上に溢れているのを観測しました。

どうやら「引き寄せの法則」というものと量子力学を無理やりに結びつけているみたいです。

スピリチャルなことを否定する気はありませんが、科学を誤解させる形で使うのは如何なものかと。

ということで、引き寄せの法則で使われている間違った量子力学を物理学科の僕が暴露して、息の根を止めたいと思います。

量子力学を引き寄せの法則の根拠にしてる人の嘘を暴露するよ - 物理学性エンジニア

「量子力学の不思議な現象をスピリチャアルなことに結びつけ」たり「引き寄せの法則で使われている」ことが疑似科学であることは疑う余地がない。 しかし、そうした疑似科学が蔓延る原因は、ネット上の量子力学や二重スリットの説明が疑似科学塗れだからである(二重スリット実験の真相二重スリット実験(疑似科学からの脱洗脳)Dr.Quantumによる二重スリット実験トンデモ解説ネット上の二重スリット実験トンデモ解説参照)。 そして、「物理学科の僕」の説明こそが、そうした典型的な疑似科学である。

「物理学科の僕」の疑似科学的説明 

量子というのは簡単に言うとめっちゃ小さい粒々(厳密ではない)のことです。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

量子の正体は不明であり「小さい粒々」であるとは確定していない。 測定したときに粒子状の測定結果が得られることがわかっているだけある。 便宜上であっても「量子というのは簡単に言うとめっちゃ小さい粒」という説明は余計な混乱を生むだけである。

電子銃から電子が打たれると、もちろん沢山の「点々」の跡がスクリーンに残るはずです。 こんな跡がスクリーンに観測される

雑な1本線

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

理論的にも実験的にも、そのようにはならず、回折現象により横に広がる。

ミクロの単一スリット

常識的に考えると、電子は粒なので常識的に考えてこんなのが予想される。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

証明されていない「電子は粒」を仮定した「こんなのが予想される」は余計な混乱を生むだけで全くの無用の長物であろう。

そうすると、もちろん2つの隙間において半々の確率で電子が観測されました。 しかしその時また奇妙なことが起こりました。 スクリーンについた模様を見てみると観測すると干渉縞はできなくなった!!!

雑な2本線

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

理論的にも実験的にもそのようにはならない。 遅延選択量子消しゴム実験で紹介しているように、Double-slit quantum eraser (PHYSICAL REVIEW A, VOLUME 65, 033818) においても、Delayed “Choice” Quantum Eraser (Physical Review Letters)においても干渉縞が生じない時は1つの山形の横に広がったパターンになっている。

査読版Fig.4

Delayed "Choice" quantum eraser - SemanticScholar

これをシミュレートしてパターンを描くと次のようになる。

合成

「粒であり波であるとかありえない!!」と当時の物理学者たちでさえそう思いました。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

波動力学が生まれたのは1926年であり、これで水素原子を説明するためには単一の電子が波動性を持つ必要がある。 また、霧箱によって電子の線状の軌跡は1910年頃に観測されており、電子線の回折・干渉現象は1927年に確認されている。 以上を踏まえて、確率解釈に噛み付いたアインシュタインですら「粒であり波である」ことを受け入れている。 そして、それ以降、波動性と粒子性の二重性についてはアインシュタインやボーアらによって散々議論されてきた。 1927年の第5回ソルベー会議で二重解の理論が提唱されているが、実験結果をうまく説明できないケースがあることの指摘はあるものの、「粒であり波であるとかありえない!!」という反論は出ていない。 よって、二重スリット実験が行われた1961年当時に「『粒であり波であるとかありえない!!』と当時の物理学者たちでさえそう思いました」なることは歴史的にあり得ない。

現代に置いては量子力学での波はただの波じゃなくて確率の波であると考えられています。 奇妙ですが、粒子はどこにでも確率的に存在できる。 観測した瞬間に確率が収束してある一点に存在するようになるという結論に達しています。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

標準理論では「量子力学での波はただの波じゃなくて確率の波であると考えられています」「観測した瞬間に確率が収束してある一点に存在するようになるという結論に達しています」ということはない。 計算上で「確率の波」「観測した瞬間に確率が収束してある一点に存在するようになる」として処理するだけである。

難しそうに見えますが電子は「見られると粒になるが見られていない時は波になっている」ということです。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

このような説明こそが疑似科学であり、引き寄せの法則などに利用される原因である。 まず、量子力学的な「観測」はマクロ装置による観測のことであり「見られる」かどうかは関係がない。 また、二重スリット実験から、観測によって波動性や粒子性が変化することは見出だせない。

このような考えたかをコペンハーゲン解釈と言ってほとんどの物理学者がこれを信じています。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

このような説明こそが疑似科学であり、引き寄せの法則などに利用される原因である。 コペンハーゲン解釈は、計算のみを重視して実体に関する議論を排除した解釈である。 そして、その計算が実験と尽く一致するから「ほとんどの物理学者がこれを信じて」いるのである。 実験で確認できない奇妙な考えを「ほとんどの物理学者がこれを信じて」いるわけがない。

そもそも、「観測した瞬間に確率が収束してある一点に存在するようになる」とする計算方法を採用しなければならない理由は二重スリット実験からは導けない。 だから、二重スリット実験と標準理論の計算方法を絡めて説明することは無用な混乱を生むだけであろう。

力の相互作用が起こった時に確率の波が収束するのならフラーレンで二重スリットの実験をしても波の性質はでてこないはずですよね?

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

ミクロの「力の相互作用」は「確率の波が収束」をほとんど引き起こさない。 それは量子測定理論でもデコヒーレンスでも同じである。

つまり人間が観測して初めて確率波が収束するのでしょうか? もしそうだとすると、「人間の持っている意識や自我が何か普通の物理法則や自然を超越した何かである」ということになってしまいます。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

「人間が観測して初めて確率波が収束する」とする根拠も、そう考えなければならない理由もない。

ここら辺、何が正しいのかは現代の物理学でもわかっていません。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

以上の通り、「何が正しいのかは現代の物理学でもわかっていません」のではなく、「物理学科の僕」が疑似科学的な「何が正しいのかは」「わかっていません」を作り出しているだけである。

物理学が進みすぎて哲学的な領域にまで足を踏み入れたことはとても面白いですね。

二重スリット実験・観測問題を宇宙一わかりやすく物理学科が解説する - 物理学性エンジニア

全く逆である。 量子力学では解釈問題を「哲学的な領域」として切り離しているのである。

もともとシュレディンガーの猫は、2重スリットの実験で出てきた主張である「電子(量子)は確率の波として振る舞う。 すべての状態は可能性として存在していて、それを決定するのは人間の観測 である」(ノイマン・ウィグナー理論)という考えを否定するために考えられたシュレディンガーという人の思考実験です。


この思考実験の中では「人間が特別な存在として扱われていることのおかしさ」を批判しています。

【シュレディンガーの猫】を物理学科の僕が初心者に解説 - 物理学性エンジニア

これは典型的な通俗説であるが、フォン・ノイマンが意識解釈を主張したとする歴史的事実は確認できない。 物理学者が量子力学について激しい議論を交わしたことは有名だが、その中にノイマンが居たという話は全く聞かない。 アインシュタインやボーアらが激しい議論を交わしたとされる第5回ソルベー会議の参加者にもノイマンの名はない。 それもそのはず、数学者であっても物理学者ではないノイマンには、物理学的解釈に積極的に関わる動機がない。 その後の研究の足跡を見ても、量子力学的論争に関わるだけの時間的猶予があったとは言えない。

物理学講師の吉田伸夫氏は、ノイマンが自著にて「人間のような意識を持った観測者」が測定すると波動関数が収縮することに言及しているとしながらも、 実は、ノイマンは、あくまで数学的に状態変化の式を記しているだけ シュレディンガーの猫 - 科学と技術の諸相 として、ノイマンが積極的に意識解釈を主張したとする考えを否定している。 「量子力学の解釈問題―実験が示唆する『多世界』の実在」の著者であるColin Bruce氏も、ノイマンが積極的に意識解釈を主張したとすることには、その著作の中で懐疑的な見解を示している。

ノイマンが「量子力学の数学的基礎」第6章で述べていることは非常にわかりにくいが、良く読めば意識解釈を肯定していないこと分かるだろう。 第6章の内容を簡単に箇条書きする次のようになる。

  • 観測と主観的な知覚は結びついている
  • 物心平行論は科学の基本的な要請である
  • 物心平行論では、測定する側とされる側の境界は任意の場所に設定できる
  • ノイマンが提唱した数学的手法では境界を任意の場所に設定できるから物心平行論を満足している

書籍を引用した詳細は量子力学の概要部分で解説する。 確かに、ノイマンは、人間のような意識を持った観測者が認識すると結果が確定することに言及している。 しかし、一方で、意識解釈に依存とすると「科学的世界観にとって基本的な要請」に適合しないことにも言及している。 ノイマンが提唱した方法が意識解釈に依存しないことを積極的に示しそうとしたことは疑う余地がない。 よって、ノイマンが意識解釈を提唱したとする主張は歴史的に明らかに誤った主張である。

当然、この思考実験は「それを決定するのは人間の観測である」という考えを否定するためのものではない。 この思考実験で批判されていることは、マクロの重ね合わせであって、「人間が特別な存在として扱われていることのおかしさ」ではない。

ですが、この問題の真相は未だにはっきりとしていません。

【シュレディンガーの猫】を物理学科の僕が初心者に解説 - 物理学性エンジニア

シュレーディンガーの猫に記載している通り、量子測定理論のHeisenberg cutによりとっくに解決済みである。

この量子の粒子性と波動性の考え方は二重スリットの実験というものから考え出されました。

量子力学とは何かを簡単に物理学科の僕がまとめた - 物理学性エンジニア

歴史的に「量子の粒子性と波動性の考え方は二重スリットの実験というものから考え出されました」はあり得ない。 「粒子性と波動性の考え方」は波動力学が生まれた1926年には既に確立していた考えであり、1927年の第5回ソルベー会議で二重解の理論等が提唱されていることから、早くから単位量でも波動性と粒子性の二重性を持つことを前提として議論されていたことがわかる。 一方で、二重スリット実験は初めて成功したのは1961年である。 よって、30年以上先の未来を予知しない限り、「量子の粒子性と波動性の考え方は二重スリットの実験というものから考え出されました」はあり得ない。

まとめ 

「物理学科の僕」のような疑似科学的な説明をすれば、それが「量子力学の不思議な現象をスピリチャアルなことに結びつけ」たり「引き寄せの法則で使われている」のは当然であろう。


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