波動関数

定義 

波動関数は、量子の波状の性質を記述した関数。 シュレーディンガー方程式を解いて求めることができる。 ただし、波動関数は、3×N次元のconfiguration space(配位空間)上で定義されたものであるので、それがそのまま3次元空間に広がる波そのものを表すわけではない。

波動関数の収縮 

波動関数は時間的に連続的な変化を示すが、通常の波動関数の時間的変化では、観測結果を説明できない。 観測時に確定した可観測量が得られることは、シュレーディンガー方程式だけでは説明がつかない。

例えば、可観測量のうち位置について考えてみる。 ある瞬間において1点だけが振動する、すなわち、確率解釈で存在確率が1点に集中するような波動関数は実現可能である。 これは、複数の波長の波を適切な位相で合成することによって得られる。 しかし、こうした波は、存在確率を1点に集中させることが一時的に可能なだけであって、時間が経てばまた広がってしまう。 そして、こうした1点集中現象を観測の瞬間に都合良く発生させることは困難である。

そこで、フォン・ノイマンらが確立した量子力学の数学的基礎では、シュレーディンガー方程式に従わない観測前後の波動関数の変化を導入した。 これを射影仮説と呼び、射影仮説による波動関数の変化を波動関数の収縮と呼ぶ。 射影仮説と等価な仮説は、理論と実験を整合させるためには必須の仮説とされる。 コペンハーゲン解釈では、射影仮説を変に加工せずにそのまま採用している。

純粋状態と混合状態 

波動関数がどのように収縮するかは、確率論でしか分からない。 波動関数の収縮後の状態は、既に観測済みの現象であれば、観測結果に忠実に従って記述すれば良い。 しかし、未観測の現象であれば、未知の観測結果は様々な可能性の集合体、すなわち、統計集団でしか表せない。 こうした統計集団で表される状態を混合状態と呼ぶ。 それに対して、統計集団ではない状態を純粋状態と呼ぶ。

混合状態
様々な可能性のうちの1つだけが確率的に選択される現象について、それを確率的集合体として記述した状態。シュレーディンガーの猫においては、生か死かのいずれかに確定しており、生死が特定できなくても、どちらかであることが確実である状態。
純粋状態
全体が一体不可分であり、確率論では論じられない(確率的集合体であるかどうかは定かでない)状態。シュレーディンガーの猫においては、観測後の生死の確率値は示せるが、その時の生死は確率論で論じられない。
純粋状態 混合状態
異なる状態ベクトル間の干渉性ありなし
異なる状態ベクトルの並存性並存いずれか1つのみ
確率規則不要必要

波動関数は、通常の時間的変化では、決して、純粋状態が混合状態になることはないとされる。 純粋状態を混合状態にするためには、特殊な例外変換を手作業で施す必要がある。

非一意性 

実は、ここで説明したような混合状態の説明は正しくないと、次のように説明されている。

どうして誤りであるかと言うと、逆に密度演算子ρ=w(a)|a><a|+w(b)|b><b|が与えられた時に、これを、「確率w(a)で状態|a>にあり、確率w(b)で状態|b>にある」と一意的に解釈することができないからである。
つまり、|a>と|b>の線形結合で書ける、別の状態の組|a'>と|b'>を用いて、「確率w(a')で状態|a'>にあり、確率w(b')で状態|b'>にある」とも解釈できてしまうのである。
しかも、このような分解の仕方は、無限種類ある。

混合状態の純粋状態への分解の非一意性 by 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系&東京大学大学院理学系研究科物理学専攻:清水明教授

とはいえ、「普通の量子論や統計力学の本」に書いてあるような説明の間違いにまで言及すると、素人には全くお手上げだろう。 よって、ここでは、参考情報程度に留めておく。

現実に起きている現象 

波動関数 

波動関数は実在するのか?という問いには意味がない。 そもそも、「関数が実在する」という言葉の意味が不明確で、何を問いたいのか明確でない。 問いとして意味があることは、波動関数が何を表現しようとしているかであり、記述対象の現象が実際に起きているかどうかである。

例えば、「波動関数は複素関数だから実在しない」「波動関数は3×N次元のconfiguration space(配位空間)上で定義されたものだから実在しない」 という言い回しがあるが、それは全く意味のない言い回しである。 問うべきことは、何を記述しようとして複素形式を採用したのか、3×N次元のconfiguration space(配位空間)上で定義したかである。 複素形式も3×N次元のconfiguration space(配位空間)も記述上のツールである。

波動関数は、実験結果と辻褄の合うように立てた数式である。 よって、波動関数の記述対象の現象は実在する。 では、空間に広がった波が実在するのかと言えば、その答えは分からないとしか言えない。 量子の波状の性質が、本物の波として広がっているものなのか、波と等価な結果をもたらす別の現象なのかは定かでない。

収縮 

波動関数の収縮に相当する現実の現象は何か。 これは、実は、良く分かっていない。 小さすぎて現象を直接目にすることはできないし、正確な測定をしようとしても不確定性原理に阻まれる。 例えば、光子を当てて位置を検出したとしても、その地点で光子が弾き飛ばされたという事実が分かるだけで、そこに粒子状の物質があるとまでは断定できない。 二重スリット実験の着弾を見ても、その地点で輝点を発生させる何らかの化学反応が起きたことが分かるだけで、そこに粒子状の物質が激突したとまでは断定できない。 波に至っては、「粒子」の振る舞いから間接的に推測することしか出来ない。 どんな可能性を考慮しようとも、未知の何かを避けて通ることはできない。 結局のところ、分からないものは分からないとしか言い様がない。

一方で、デコヒーレンスや重力による収縮理論などは、いずれも決め手に欠ける理論だが、初期の量子力学における早とちりの可能性を示唆している。 その早とちりとは、次の内容である。

  • ミクロ現象だけでは波動関数の収縮は起きない
  • 何故か、ミクロ現象がマクロと相互作用した時にだけ、波動関数の収縮が起きる

デコヒーレンスでも、重力による収縮理論でも、ミクロ現象だけで波動関数の収縮は起きるとされている。 そして、どちらの理論でも、物体が大きいほど収縮速度が速くなる。 これらの理論が正しいなら、ミクロ現象だけで波動関数の収縮が起きないように見えたのは、あまりに収縮の速度が遅過ぎて観測できなかっただけに過ぎない。

デコヒーレンス

このような可能性を見落としていたことが、新たな理論によって分かったのである。 そして、これらの理論の方が、極めて自然な物理法則を構築しやすい。 何故なら、ミクロとマクロの明確な境界を必要としなくなるからである。 とはいえ、これらの理論も、物理学の世界で完全に受け入れられるほどの完成度には達していない。 ただ、見落としていた可能性を発見したことは大きい。 これにより、ミクロとマクロの明確な境界といった、無理のある理論に固執する必要はなくなった。