掛谷英紀氏による疑似科学的詭弁

最初に 

次のような主張する人は疑う余地のないトンデモ論者である。

  • 実名は信用できる
  • 匿名は信用できない

その主張が全く妥当性を欠くことを以下に説明する。 発言内容のうち、真偽を検証すべき事項は大きく二つに分かれる。

  • 事実関係
  • 論理構成

前者は実名であっても正しいとは限らない。 実名でも平然と嘘をつく人もいる。 武田邦彦氏や今村光一氏などはその典型例だろう。 事実関係の信頼性はソースに依存するのであり、それを引用した発言者が実名であるかか匿名であるかかは関係ない。

後者は、発言内容だけで真偽を検証できる。 よって、これも、発言者が実名であるかか匿名であるかかは関係ない。

このような主張はトンデモ論者が、再反論困難な反論を受けたとき等に使う常套句である。 本当に自己の主張が正しいなら、信頼できる出典と妥当な論理構成で再反論すれば良い。 相手が匿名であることを殊更に主張するのでは、そうした再反論が困難であることを自ら認めているに等しい。

尚、このような主張をするトンデモ論者は有名人とは限らない。 全く無名のトンデモ論者にも見られる。 その場合、その人物の自称名が実名なのか偽名なのかすら判断がつかない。 有名人の名前であっても、本人なのか偽者なのか判断がつかない場合もある。 実名の証明すらできないのにそのような主張をするのはチャンチャラおかしい。

掛谷英紀の詭弁 

これまで掛谷先生とは数多くやり取りしてきましたが、今になって『科学の議論は公開・実名が原則』というのは私はとても卑怯だと感じました。
フォローを外されたことで俄然、掛谷先生への反論記事の続きを書く気持ちが沸き上がりました。 苦手な数理解析についても今から勉強していきます。

2021年4月3日午前0:38(翡翠の比奈) - Twitter


はい。 外されてしまいました。

実は、掛谷先生が私のnoteの記事の内容に全く反論せず、私の科学者としての素質を疑わせるようなツイートをした時点で、この掛谷先生とのやり取りは、いかに相手の周り(『観客』)からの評価を下げるかという極めて低俗なやり取りになっていました。 申し訳ありません。

2021年4月3日午前0:54(翡翠の比奈) - Twitter


1回目のnoteにはオンラインミーティングで反論した。 2回目のnoteは、貴殿が自分で研究者たちの前で発表する気がないなら、私が国際会議の場で引用して反駁するのでそれまで待てばよい。 できるだけ多くの学者が参加する場で議論するのが健全な科学。 自分一人が他人の時間を独占できると思うべきでない。

2021年4月3日午前1:18(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter


私がいつ言論封殺をした? 私は左翼のように通報でBANに追い込むようなことは一切していない。 匿名の発言は信頼性に欠けると言っているだけ。 それを言論封殺と呼ぶとは、とても科学者の言とは思えない。 あまり調子に乗らない方が良い。下手をすると名誉棄損の要件を満たす。

2021年4月3日午前1:26(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter


匿名で発言し続けたければ、それは自由だ。勝手にやればよい。 ただ、匿名でしか発言できない人間を無視する自由も私には与えられている。 私は限られた貴重な時間を、実名で活動する学者との討論に使いたい。 自分の自由は認めろ、お前の自由は認めないというその態度を一度自省しているとよい。

2021年4月3日午前1:31(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter


へえ、出典を明示しても匿名は信頼性に欠けるのですね。
逆に、ソースのない空想でも実名は信頼できるのですね。

出典の信頼性と論理の妥当性が重要で匿名か実名かは信頼性と全く関係ないのでは?
匿名か実名かを殊更に問題にするのはトンデモ論の典型的な言い訳かと
実例:武田邦彦氏

2021年4月3日午前9:05(節操のないツイート1号) - Twitter


必要条件と十分条件の区別ぐらいすべき。 実名は信頼性の必要条件だが十分条件ではない。 出典を明示しても、出典元が匿名なら信頼できない。 出典元が実名なら、出典元を直接当たればいい。 もちろん、内部告発のように発言者に危害が及ぶ特別な場合は匿名はあり。 でも匿名で科学論文を書く人はいない。

2021年4月4日午前10:02(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter

ここで私があげた論点は次のとおりである。

  • 「出典を明示しても匿名は信頼性に欠ける」のか?
  • 「ソースのない空想でも実名は信頼できる」のか?
  • 「出典の信頼性と論理の妥当性が重要で匿名か実名かは信頼性と全く関係ない」のか?

それに対して、掛谷英紀は正面からの回答を避けて以下に論点を逸らした。

  • 出典の信頼性がない場合は匿名でも実名でも信頼性を欠く
  • 出典に信頼性がある場合の引用発言の信頼性は否定せず

しかし、論点を逸らしたこの主張は3番目の論点である出典の信頼性の重要性を追認しているにすぎない。 尚、これに続く内容は以下の理由により採り上げない。

  • 「内部告発」云々は実名必須の前提が正しい場合に限られる
  • 本件はTwitter等での議論の話であって「科学論文」の話ではない

掛谷英紀は「実名は信頼性の必要条件」とする合理的理由を何も示していない。 合理的理由を何も示すことなく、「実名は信頼性の必要条件」を不可侵の絶対条件として話を強引に進めているだけである。 その不可侵の絶対条件のもとであっても「実名は信頼性の」「十分条件」にならない理由を示しただけにすぎない。 では、何のために「実名は信頼性の」「十分条件」にならない理由を示さなければならないのか? 「実名は信頼性の」「十分条件」にならない理由を示さなければならないのに、何故、「実名は信頼性の必要条件」となる理由を説明しなくて良いのか? どちらか一方だけ説明が必要で他方は不要、なんてわけがない。 一方の説明が必要なら、当然、他方の説明も必要である。 それなのに、何故、一方だけを不可侵の絶対条件として扱うのか。

掛谷英紀は、「出典元が実名なら、出典元を直接当たればいい」と言っているが、その場合の引用発言の信頼性は否定していない。 逆に、掛谷英紀は「出典を明示しても、出典元が匿名なら信頼できない」と言っており、それならば発言者が実名でも「出典元が匿名なら信頼できない」ことになる。 これは、つまり、発言の信頼性が出典元の信頼性に依存することを意味しており、それは発言者が実名か匿名かとは無関係である。

掛谷先生のこのツイートでも分かるかと思いますが、掛谷先生とはZoomミーティングで顔合わせをしており、既に先生は(Twitterの世界で唯一)私の本名・所属をご存知です。
掛谷先生の言う〇〇信者のような匿名アカウントと私は少し性質が違うと私自身は思いますので、ここで追記させていただきます。

2021年4月3日午前2:53(翡翠の比奈) - Twitter

何と、掛谷英紀は、相手の本名・所属を知りながら、匿名を理由に議論を拒否したのである。

先に、許可なく私の個人情報に繋がるような企業研究者ではないことを示唆する内容のツイートをされたことは癪に障りますが、開催された『クローズドの勉強会』の内容を明かすことはできないことは掛谷先生・私を含めた参加者全員が了承していることですので、その点についてはご理解ください。

2021年4月3日午後8:10(翡翠の比奈) - Twitter

何と、掛谷英紀は、「科学の議論は公開・実名が原則」だと言いながら、クローズドの勉強会である「オンラインミーティング」に参加したのである。 そして、Twitter上では非公開の場で「反論した」とだけ主張して、その反論の内容を公開していない。 公開が原則だと言いながら、反論の内容を公開しないのは完全なダブルスタンダードであろう。 クローズドの勉強会だからその内容が公開できないのであれば、それとは別に反論の内容を簡潔にまとめて説明すれば良いだけであろう。 それすらしない人間が「科学の議論は公開・実名が原則」とはどの口が言っているのか。

Twitterは「科学の議論」ではないと言い訳が返ってくるかもしれないが、それなら、何故、非公開の場で「反論した」と主張したり、相手の信用毀損に走ったのか。 Twitterが「科学の議論」ではないなら、「匿名でしか発言できない人間を無視する自由」を行使して、沈黙を守れば良いのではないか。 掛谷英紀は、自らの都合に合わせて「匿名でしか発言できない人間を無視する自由」を言い訳にしているのではないか。

おそらく、本件の真相はこうであろう。 掛谷英紀は、簡単に決着する問題だと甘い予想をしていたのだろう。 しかし、実際に議論すると、掛谷氏が思っていたより容易でないことがわかったのだろう。 そこで、「科学の議論は公開・実名が原則」との後付ルールを振りかざして、唐突に議論を中断したのである。 それは、完全に掛谷英紀自身の見込みの甘さと許容量の問題である。 それならば、潔く自己都合だと素直に認めたうえで「無視する自由」を行使すれば良いのである。 しかし、掛谷英紀は自己都合であることを認めたくなかったのだろう。 そこで、匿名という言葉の響きを悪用して「匿名の発言は信頼性に欠ける」と相手を信用毀損する手段によって責任転嫁を図ったのだろう。

しかし、この一連の掛谷英紀の発言は、何の根拠もない、取ってつけた言い訳に過ぎないのだろう。 だから、「匿名の発言は信頼性に欠ける」とする合理的理由を一切説明できないのだろう。 そもそも、掛谷英紀は相手の本名・所属を知っているのであり、百歩譲って「匿名の発言は信頼性に欠ける」としても、掛谷英紀にとっては「匿名の発言」ではない。 このように完全に矛盾した言い訳であるから、理由説明を求められたら論点を逸らして誤魔化すしかないのだろう。 自己都合の責任を言いがかりで相手に転嫁するような輩には議論に参加する資格はなかろう。

掛谷英紀の無知・無理解 

掛谷英紀は情報工学が専門であって生命科学は専門外である。 そして、専門外のことに見当違いな異議を申し立てている。

昨日の #おはよう寺ちゃん でお話しした通り、この報告書の内容では、懸念が表明されて当然。 日本を含む14ヶ国が懸念を示しているのに、日本の生命科学者の中にはWHOの報告書だから正しいという人がいる。 彼らは自分で読んで、自分の頭で判断する能力が無いらしい。

2021年4月1日午前7:10(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter


科学において最も重要なのは健全な懐疑。 逆に最大の敵は権威主義。 日本の生命科学者には権威主義の人が多いのを懸念している。 CDCを持ち上げ、WHOを崇める人が多い。 ファウチもテドロスもやっていることは問題だらけなのに批判しない。 だから、小保方事件でも日本の生命科学者は簡単に騙された。

2021年4月1日午前7:50(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter


直接お会いしたことのある笹井先生の自殺という非常にショックな出来事に関与していることから、あまりこの話題には触れたくありませんが、
騙されたのは『彼女を持ち上げた生命科学者』であって、少なくとも私の近くにいた生命科学者からは、T細胞受容体遺伝子の再構成(組換え)の矛盾から、

2021年4月1日午後2:31(翡翠の比奈) - Twitter


論文が発表された翌日には捏造ではないかという話題になりました。 一般には少々難しい内容であることから、当時その声が拡がることはありませんでしたが、それを指摘することができるのもまた『生命科学者』であることは事実だと思います。

掛谷先生の生命科学者への『敵意』は限度を超えています。

2021年4月1日午後2:32(翡翠の比奈) - Twitter


疑いを持ったのに黙っている方が、騙されるよりさらに罪深い。 私は新型コロナ問題の不正追及に積極的な海外の生命科学者には最大限の敬意を持っている。 私が軽蔑するのは、不正を察知しても沈黙を続ける日本の生命科学者。 STAP細胞事件でも、不正を暴いたのは11jigenさんのような在野の人だった。

2021年4月1日午後11:41(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter

「日本の生命科学者の中」の一部に「WHOの報告書だから正しいという人」がいるのかどうかは知らないが、その事実からは「日本の生命科学者には権威主義の人が多い」「CDCを持ち上げ、WHOを崇める人が多い」という結論は導けない。 それに対して、「小保方事件でも日本の生命科学者は簡単に騙された」が事実無根であることを指摘されると、自らの認識の誤りを闇に葬り去って、掛谷英紀は「疑いを持ったのに黙っている方が、騙されるよりさらに罪深い」と言い出す。 しかし、掛谷英紀はその根拠を何も示していない。

まず、科学論文は発表されただけで本物だと認められるわけではない。 数々の追試で同じ結果が出て初めて本物と認められるのである。 また、STAP論文の場合は、それを直接詐欺に利用することはできないから、論文の怪しさを一般人に啓蒙する必要性も乏しい。 だから、論文の怪しさを一々指摘しなくても、追試の結果を待てば良いだけである。 少なくとも、STAPについては「疑いを持ったのに黙っている方が、騙されるよりさらに罪深い」と言える根拠が何もない。

また、一般に、科学論文への疑義は公開されるため、傍観者効果も発生しない。 誰も疑義を公開しなかったことであれば、確かに、「疑いを持ったのに黙っている方が、騙されるよりさらに罪深い」。 しかし、既に誰かが指摘していることであれば、改めて同じことを言わずとも疑惑は明らかになる(というか、なっている)。 事実、新型コロナウィルスの起源についてもSTAPについても、既に疑惑が白日の下に晒されている。 誰も声を上げずに疑惑や不正が闇に葬り去られた事例を挙げるなら主張内容は尤もだが、白日の下に晒された疑惑を挙げても声を挙げないことが「罪深い」理由にはならない。

発言に責任をもつという観点からも議事録を残し、後世に検証するという仕組みが大切です。 記録に残らないことが前提なので、K値を導入すべきとか、PCR検査の拡大は百害あって一利なし、みたいな乱暴な発言ができるのだと思います。

2021年4月4日午後0:02(Satoshi Tanaka) - Twitter


たくさんの人に影響を及ぼす政策の決定過程が不透明であることの弊害について学ぶ必要があります。

2021年4月4日午後0:06(Satoshi Tanaka) - Twitter


であれば、なぜ中国政府や武漢ウイルス研究所の情報隠蔽について何も声を上げないのですか? 彼らは研究所のデータベースを遮断しました。 生命科学者のミスが世界で数百万人の死をもたらしたかもしれないのです。 世界の学者は声を上げ始めているのに、なぜ日本の生命科学者は何も言えないのですか?

2021年4月4日午後0:15(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) - twitter

最初に断っておくと、田中智之氏はフェイク情報についての問題提起をしているのであって、掛谷英紀の主張とは全く論点が違う。

「中国政府や武漢ウイルス研究所の情報隠蔽」については早くから各国政府やWHOが非難している。 掛谷英紀が指摘する通り、ウィルス起源に関する報告については、既に「日本を含む14ヶ国が懸念を示している」。 WHOのテドロス氏も、調査が不十分だと認めているし、調査に非協力的な中国政府の批判もしていた。 以上の事実は、生命科学者しか知らない事実ではない。 世情に興味がない人を除けば誰でも知っていることだろう。 だから、声を挙げることを生命科学者に限定する理由はどこにもない。 それなのに、「日本の生命科学者」を標的にした批判をするのでは、「掛谷先生の生命科学者への『敵意』は限度を超えています」と指摘されて当然だろう。

新型コロナウィルスの起源の問題については、既に、科学の手を離れて政治の問題となっている。 既に「中国政府や武漢ウイルス研究所の情報隠蔽」は明らかになっており、科学的には決着した問題である。 中国政府はそれを認めないし、態度も改めないが、今後は、中国政府にどうやって政治的圧力をかけるかの問題である。 つまり、掛谷英紀は、政治分野の主張を展開しているにすぎない。 政治分野において自らの思惑通りに事が進まない不満を「日本の生命科学者」のせいにしているだけである。

掛谷英紀の詭弁PART2 

NHKの最新の世論調査によると、ワクチン接種については「接種したい」が32%、「接種したくない」が5%、「迷っている」が13%、「もう接種した」が46%との結果。 ネットでは反ワクチン的論調も見ますが、過激だから目立つだけで全体的としては受ける人が多いのでしょう。

2021年7月12日午後7:24(KAZUYA)·- Twitter


これは私の予想通りの結果。だから日本の反ワクチンは放置で良かった。現場に立っている医師なら、この雰囲気は肌で感じていただろう。患者を診ずにSNSに夢中な医師に限って、反ワクチンにムキに反論することに無駄なエネルギーを費やす。

2021年7月12日午後9:07(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

掛谷英紀は「全体的としては受ける人が多い」結果となった原因を何も分析していない。 掛谷英紀は次のどちらが正解であるのかを全く検証してない。

  • 「SNSに夢中な医師」が「反ワクチンにムキに反論すること」によって「全体的としては受ける人が多い」結果をもたらした
  • 「SNSに夢中な医師」が「反ワクチンにムキに反論すること」がなかったとしても「全体的としては受ける人が多い」結果には変化がなかった

それなのに、何故、「日本の反ワクチンは放置で良かった」などと言えるのか。 何故、「反ワクチンにムキに反論すること」が「無駄なエネルギー」だと言えるのか。 掛谷英紀は根拠なき空想で物を言っているだけである。

この御仁の思考パターン、他の人が予防接種してるのにフリーライドしてる反ワクチンとほぼ同じやねんな。

「(皆がワクチン打ってるお陰で)発症数が少ないからワクチンなんていらない」

「(色んな医者がワクチン啓蒙や反ワクチンへ反論した結果)反ワクチンが少ないから反ワクチンは放置でいい」

2021年7月13日午後8:55(オタ小児科医) -·Twitter


繰り返すが、反ワクチンが少ないのはSNSという空中戦における啓蒙や反論の成果ではない。自治体や地域の医師などによる地上戦の成果。それを前者の手柄にすることこそ、後者に失礼ではないか。私は後者には敬意を持っている。

2021年7月13日午後9:38(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

繰り返すが、掛谷英紀は「反ワクチンが少ないのはSNSという空中戦における啓蒙や反論の成果ではない」とする根拠を何も示していない。 もちろん、「自治体や地域の医師などによる地上戦の成果」が一定程度あったであろうことは容易に予想できることである。 しかし、それは「反ワクチンが少ないのはSNSという空中戦における啓蒙や反論の成果」がない根拠にはならない。 それぞれがどの程度の成果をもたらしたのか、掛谷英紀は定性的にも定量的にも何ら根拠を示していない。

この人の思考パターンはこのようにただただ日本の科学者を貶めたいだけに見えます。放置で良かったのにムキになって根拠となるデータのリファレンスを示さずSNSで日本の科学者・医師をdisることに無駄なエネルギーを費やす。

2021年7月13日午後9:26(零細の技術屋) -·Twitter


私が反ワクチンの過激派は放置でよいと言ったのを揶揄しているのかもしれないが、だとしたらこの人にとって日本の科学者は反ワクチンと同じぐらい救いようがない存在ということだろうか。私は日本の科学者を世界に通用するレベルにすることをまだ諦めていない。だから物申し続ける。

2021年7月13日午後9:57(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

「根拠となるデータのリファレンスを示さず」と指摘された直後に、「根拠となるデータのリファレンスを示さず」に個人的妄想を展開する行為には呆れてしまう。

ワクチン接種を促すのに、新型コロナは人工ウイルスである可能性が非常に高いと伝えるのは有効だろう。mRNAワクチンは新技術だから危険という論理に対して、ウイルスも新技術の産物なので危険と返せる。中国が作った病気と米国が作った予防法のどちらを選ぶかと聞かれれば、殆どの日本人は後者を選ぶ。

2021年7月12日午後11:09(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

トンデモを陰謀論で迎撃するのでは、元のトンデモに負けず劣らないくらいトンデモであろう。 mRNAワクチンが適切な手段となるかどうかは、その有効性と安全性によって決まるのであって、「新型コロナは人工ウイルスである可能性」とは関係がない。 確かに、トンデモを陰謀論で迎撃すれば、印象操作としては有効な手段となり得るかもしれない。 しかし、所詮は印象操作でしかない。 フェアではない手段を取ることは自分たちの正当性を揺るがすことになりかねない。 そして、「新型コロナは人工ウイルス」ではないことが証明されたら、印象操作もひっくり返る。 だから、詭弁に対してそれ以上の詭弁でやり返すのは妥当な手段とは言えない。 詭弁に対しては、その詭弁の仕組みを暴いて、正しい手段で言い返すのが適切である。

まずは、査読付き論文誌じゃないとアカンけどね。

2021年7月12日午前9:01(吟遊詩人)·- Twitter


査読付き論文なら信頼できるというのは間違い。ヘンドリック・シェーンも黄禹錫も小保方晴子も、Natureなどの一流誌に論文を掲載したが捏造だった。ディオバンの捏造論文もLancetに掲載された。逆に約1年半の間、新型コロナ天然説を揺るがす論文は学界内の圧力により、ずっと査読を通らなかった。

2021年7月13日午前0:47(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter


必要条件だと言っているだけですよ。

2021年7月13日午前5:18(吟遊詩人)·- Twitter


新型コロナの起源に関する議論で科学的に正確だったのは、査読を通った論文ではなく査読に通らないプレプリントの山だった。だから、査読を通ることは必要条件ですらない。読者の眼力が常に試される。

2021年7月13日午前7:36(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

まず、「査読付き論文誌じゃないとアカン」はご自身が仰るように「必要条件だと言っているだけ」であって「査読付き論文なら信頼できる」を意味しない。 誰も言っていないことに対して反論するのは藁人形論法と呼ばれる詭弁手法である。

また、「新型コロナ天然説を揺るがす論文」が「ずっと査読を通らなかった」のは科学的根拠がないからであって「学界内の圧力」のせいではない。 そして、「新型コロナの起源に関する議論で科学的に正確だったのは、査読を通った論文ではなく査読に通らないプレプリントの山だった」の根拠は何も示されていない。 それは、ただの掛谷英紀の個人的感想に過ぎない。 よって、掛谷英紀は「査読を通ることは必要条件ですらない」ことを全く示せていない。 トンデモ論者が自分たちの主張が認められないことを「学界内の圧力」のせいにしているだけである。

なぜ言論の自由が重要かと言えば、どんな人間も常に100%正解を言い当てることはできないから。だから、意見が割れている状態が健全なのだ。デマを強制的に排除すべきという人は、自分がデマと断定したことの中に真実が混ざりうることを理解していない。私はその可能性だけは常に意識しているつもりだ。

2021年7月13日午後11:52(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

まず、デマであるかどうかは、主張の方向性ではなく、根拠の有無で決まる。 根拠の有無で判断する限り「自分がデマと断定したことの中に真実が混ざりうること」はまずない。 ただし、主張の方向性だけで判断しているトンデモ予備軍もいるだろう。 しかし、「反ワクチンにムキに反論」した「SNSに夢中な医師」は、当然、根拠の有無で判断されている。

もちろん、「意見が割れている状態が健全」ではない。 根拠に基づいて判断することが健全なのであって、根拠を無視して「意見が割れている状態」は極めて不健全である。 根拠で篩に掛けて残ったものが特定の方向の意見だけだったとしても、それはそれで健全な状態である。 その状態から「意見が割れている状態」にするために根拠のない反対意見を採り上げる方が不健全である。

程度を無視した「その可能性」とやらを主張するのも詭弁手法「かもしれない」論法である。 可能性の程度の高い意見と可能性の程度の低い意見を同列に扱って「意見が割れている状態」に持ち込むのは非科学的な偽装行為である。 真っ当に検討すべき程度の可能性があるなら、その証拠を提示すれば良い。 根拠に基づいた可能性の程度で篩に掛けることが健全な科学姿勢である。

デマにまで言論の自由を持ち出す危険な思想。

真実が含まれる可能性を持ち出したら何でも言っていい事になり、不安につけ込むトンデモ医療まで認める事になる。

2021年7月14日午前5:47(零細の技術屋) -·Twitter


多数派からデマ認定されたことが結果的に正しかったことがある歴史を忘れてはならない。産褥熱は医療従事者の消毒不足が原因としたゼンメルワイスの説は15年もの間デマ扱いされた。水俣病の工場排水原因説も最初はデマ扱いされた。

2021年7月14日午前7:05(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

結論を先に言えば、「ゼンメルワイスの説」や「水俣病の工場排水原因説」は、ここで言うデマやトンデモ医療には該当しない。 先にも述べたとおり、デマであるかどうかは主張の方向性によって決まることではなく、根拠の妥当性で決まることである。

Semmelweisが次亜塩素酸カルシウムによる消毒の有効性を発表したのは1847年の出来事である。 そして、発表媒体は査読論文ではない出版物である。 科学的根拠に基づいた医療など影も形もない時代に、査読されていない出版物で公表された研究に疑いの目が向けられるのは致し方がない。 現代の科学的手続きのように査読論文として発表されれば、即座に追試が多数行われて真偽が検証されるから、このようなことにはならなかっただろう。 だから、現代ならば、根拠に基づく仮説が「15年もの間デマ扱い」されることはない。 つまり、Semmelweisが次亜塩素酸カルシウムによる消毒の有効性を示す論文を、現代の医学手続きに則り、査読のある真っ当な医学誌に寄稿していれば、それはデマやトンデモ医療には該当しない。

「水俣病の工場排水原因説も最初はデマ扱いされた」のも、政治的もしくは刑事および民事的プロセスであって科学的プロセスではない。 当時、被告工場が排水先を変えると被害先が変わったという動かぬ事実があり、被告工場が原因である状況証拠は十分にあった。 よって、「水俣病の工場排水原因説」は、当時、それを疑う正当な理由が十分にあったのであり、これはデマやトンデモ医療には該当しない。 また、科学の世界において「水俣病の工場排水原因説も最初はデマ扱い」された事実はない。 熊本地裁昭四四(ワ)五二二号・同四五(ワ)八一四号・同四六(ワ)三二二号・四一九号・五四八号・同四七(ワ)四二七号によれば、被告企業が調査の協力を拒み、工場廃液採集を妨害し、実験結果を隠蔽したとのことである。 被告のこうした行為によって法的に強制的措置を取るための証拠が得られなかっただけであって、科学の世界において「水俣病の工場排水原因説も最初はデマ扱い」されたわけではない。

以上の通り、掛谷英紀が持ち出した事例はここで言うデマやトンデモ医療には該当しない。 よって、「デマにまで言論の自由を持ち出す危険な思想」に対して掛谷英紀は何一つ反論できていない。

科学的手続きによって認定された「デマ」が、デマでなかった例が直近にある。それはウイルス研究所流出説。Nature Medicineの査読に通ったため、皆は科学的に正しいと信じたが、FOIAで明らかになった通り裏で圧力があった。科学的手続きが本当に正しく行われているかまで確認しないデマ認定は危険。

2021年7月14日午後9:46(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

「裏で圧力があった」ために「査読に通った」結果として「皆は科学的に正しいと信じた」のであれば、それを【真実だと認定されたことがデマだった例】と言うならわかる。 しかし、それでは「科学的手続きによって認定された『デマ』が、デマでなかった例」とはならない。 「Nature Medicineの査読に通った」「ウイルス研究所流出説」が不正な手続きで「査読に通った」としても、それ以外の「ウイルス研究所流出説」が間違っていた証拠とはならない。 百歩譲って、仮に、「ウイルス研究所流出説」が間違っていたとしても、それは新型コロナ人工説が「デマでなかった」ことも示さない。 以上の通り、掛谷英紀は「科学的手続きによって認定された『デマ』が、デマでなかった例が直近にある」ことを全く示していない。

伝言ゲームで意図がずれて伝わっているが、私の主張点は他のデマと違い、新型コロナワクチンのデマに殆どの人は引っかからないということ。実際、世論調査がそれを示している。理由は、自分の生死に関わるから。

2021年7月14日午後10:00(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

掛谷英紀には「他のデマと違い、新型コロナワクチンのデマに殆どの人は引っかからない」との掛谷英紀の主張には根拠がないとの「意図がずれて伝わっている」。 掛谷英紀には「世論調査がそれを示して」いないことの「意図がずれて伝わっている」。

反ワクチンデマを流した医師のSNS凍結を喜び、本の発禁や医師免許剥奪を求める人が多いのは非常に危険な兆候。 それを言い出すと、新型コロナ天然起源やδ株は若者も高重症率と言っていた医師も、それがデマと証明されたら(可能性大)、処分の対象になる。 言論には言論で対抗するのが健全な社会のはず。

2021年7月16日午後8:54(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

「それがデマと証明されたら」「処分の対象になる」ことの何が問題なのか。 既に説明した通り、デマは妥当な根拠を示さない言説であり、妥当な根拠に基づいた誤りとは全く違う。 根拠の示さずにデタラメなことを言ったことが、後から「デマと証明されたら」「処分の対象になる」ことの何が問題なのか。 むしろ、結果が判明してから「処分の対象になる」のでは遅すぎるだろう。 デマの拡散を防ぐには、根拠を示していない時点での対処が必要である。

掛谷英紀の反ワクチン思想 

一方で、私もワクチン推奨ですが、統計データや論文(不利な情報も含めて)を示さないワクチン推奨のあり方には疑問を持っています。

2021年7月19日午前7:27(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

「統計データや論文(不利な情報も含めて)を示さないワクチン推奨」が言い掛かりであることは後に示す。

「私もワクチン推奨」? どう見ても掛谷英紀は反ワクチン思想に凝り固まっている。

それを言うならmRNAワクチンが安全であること(特に長期的影響が無いこと)は非常に有力な仮説ではあるが、まだ長期の観察をしていないので証明されたわけではない。 私は確率的な観点に基づきワクチン接種を推奨するが、ワクチンの安全が確定した真実であるかのように語る言説には賛同できない。

2021年7月14日午前8:26(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

確かに数年単位の「長期的影響」の「観察をしていない」のは事実である。 しかし、そんな重箱の隅を突いたら医薬品の臨床試験等は成立しない。

mRNAは体内では短時間で分解されてしまうため、理論的に「長期的影響」が発生する可能性は極めて低い。 また、本当に数年単位で致命的な悪影響があるなら、中期的にも致命的な悪影響があるはずである。 しかし、中期的には致命的な悪影響がほぼないことが確認されている。 それなのに、「観察をしていないので証明されたわけではない」と言い出したら、何もできなくなってしまう。 それは、外を歩いていて隕石が頭に当たる確率を論じるようなものであり、科学的には何の意味もない「かもしれない」論法であろう。 50年後に人を死に至らしめる副作用がないことを証明した医薬品はないが、そのことを理由に「観察をしていないので」「長期的影響が無いこと」が「証明されたわけではない」と主張することは適切だろうか。

とくに、目の前に疾病のリスクが迫っている状況で、夢物語のような可能性を論じることに何の意味があるのだろうか。 確実にある疾病による死のリスクと、存在しない可能性の方が遥かに高い「長期的影響」のどちらを問題にすべきか。 存在しない可能性の方が遥かに高い「長期的影響」を懸念して、疾病によって死ぬことを許容することが正しい選択なのか。

以上を踏まえれば、現実的な観点では「ワクチンの安全」はほぼ「確定した真実である」と言える。 それなのに、夢物語のような可能性を持ち出して異議を唱えるのでは、正しく、反ワクチン思想であろう。

以前の記事ではファイザーのワクチンの感染リスク低減効果は64%とあった。 これでは打てる人がほぼ全員ワクチン接種しても集団免疫が達成できるか微妙。 重症化リスクの高い中高年層でワクチン接種を進め、低リスクの若年層は感染してしまった方が集団免疫達成の可能性は高い。

2021年7月17日午後8:23(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

若年層は、重症化する確率が低いだけであって、重症化する人がいないわけではない。 そして、発熱等の免疫反応によって生じる症状は、実際に感染するよりもワクチンの方が軽くて済むことは容易に予想できる。 何故なら、生ワクチンを除いてワクチンには増速機能がないから、ワクチンによる免疫系の症状は一時的に発生した抗原を免疫が退治するまでの期間に限定されるからである。 一方で、実際に感染すれば、病原体が体内で増殖し続ける限り、症状が継続する。 そうした原理に基づいて、軽い症状で免疫を獲得するためにワクチンを開発するのである。 だから、若年層にとっても、実際に感染するよりはワクチンを摂取した方がリスクが小さい。

以上を踏まえれば、「低リスクの若年層は感染してしまった方が集団免疫達成の可能性は高い」と主張することは、少数であれば若年層の死ぬ危険性を許容しろと言うに等しい。

たとえば、mRNAワクチンの心筋炎の副反応の情報も、英語圏のワクチン推進の医師や研究者(Dr. RisingerやDr. Campbell)は早期から発信していた。 日本では聞かないと思っていたら、マスコミが最初に報じ、それで漸く日本のワクチン推進の医師も取り上げた。 これでは不信を招く。

2021年7月19日午前7:37(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

これについては次のように指摘されている。

極めて稀であるが、これまで広く認知されていなかったmRNAワクチン後2日程度で発生する心膜炎・心筋炎が、ポツポツと報告され始めていると。

今後、その頻度などの調査と、発生メカニズムを調べる事が重要だと。

2021年4月20日午前0:30(Yoshi Yonemitsu MD PhD)·- Twitter


マスコミが騒ぐ前からツイートしていましたよ。 妄想で騒ぐ前に事実を確認しましょう。

2021年7月19日午前10:07(powerpc970plus) - Twitter

その他、こびナビ等でもマスコミよりも早く報じていたことが指摘されている。 このように掛谷英紀の言う「統計データや論文(不利な情報も含めて)を示さないワクチン推奨」とやらは、掛谷英紀の空想の産物である。 本件については、知らなかったと言う言い訳は通用しない。 何故なら、批判をする以上、その根拠を示すのは当然のことだからである。 根拠を示さずに言いがかりで「ワクチン推奨」を批判するのは、正しく、反ワクチン思想であろう。

5月24日の段階で既にこちらは情報提供しています。


https://note.com/cov_navi/n/n697a67fe76cd

2021年7月19午前9:49(手を洗う救急医Taka(木下喬弘)) -·Twitter


心筋炎の件もDr. Campbellより1ヶ月遅れです。 伝え方も彼の方が遥かに科学的です。

2021年7月19日午後9:00(Hideki Kakeya, Dr.Eng.) -·Twitter

木下喬弘氏のTweetは、掛谷英紀の「マスコミが最初に報じ、それで漸く日本のワクチン推進の医師も取り上げた」に対するものであり、「日本のワクチン推進の医師」とされた自身がマスコミよりも先に取り上げていたことを指摘するものである。 それに対して「心筋炎の件もDr. Campbellより1ヶ月遅れです」では何が言いたいのか全く意味不明である。 言うまでもなく、ここでの論点は「Dr.Campbell」より早いかどうかではなく、マスコミより早いかどうかである。 「伝え方も彼の方が遥かに科学的」かどうかも関係がない。 掛谷英紀は故意に論点を逸らしているのか、それとも、自分が言ったことを忘れてしまっているのか。


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