遅延選択実験

良くある間違い 

ホィーラーの遅延選択実験 - Albert Einstein's science and life によると、何が「遅延」選択なのかが分からない。

遅延選択実験1

この実験で確認できるのは、2つめのハーフミラー(ビームスプリッター)を通過した後の光子の振る舞いだけである。 (a)の方は2つめのビームスプリッターの前の光子の経路が特定できる。 しかし、(b)の方では特定できない。 上の経路を通ってビームスプリッターを真っ直ぐ通過したのか、下の経路を通ってビームスプリッターで反射したのか、実験結果からは判別できない。 よって、(a)と(b)の違いとして分かることは、2つめのビームスプリッターの後の光子の振る舞いだけである。 これでは、ただ、波動性と粒子性の二重性を確認したに過ぎない。

観測対象の物理現象よりも後に選択を行なうからこそ、「遅延」選択と呼べるはずである。 しかし、これでは、選択の方が先に行なわれているので、全く「遅延」選択になっていない。 これはどういうことか? J. Wheelerは、トンデモ科学者なのか? いや、実はそうではないようだ。 実験の解釈が間違っているだけである。

意識解釈派は、この実験結果を、未来が過去に影響を与えた証拠だと言う。 しかし、意識解釈は証拠のない珍説であり、珍説を前提にしなければならないのでは何の証拠にもならない。

実験の真相 

Wheeler「光子がスリットを通過した後に光源を置くかどうか(すなわち、波動性と粒子性のどちらを観測するか)の選択を行ったとしたらどうなるだろうか?」

もしこれまでと同じように、光源があった時に粒子性を示し、光源が無い時に波動性を示せば、スリットを通過した時点ではどちらの状態か決まっていないことが言える。

つまり、波動性も粒子性も一光子に共存しているという事が言える!?

大阪大学大学院 久野・山中研究室合同発表資料

これによると、観測の仕方が量子の波の性質に影響を及ぼすかどうかを調べようとしたようだ。 具体的に言い替えると、二重スリット実験で粒子がどちらのスリットを通過したか調べると干渉縞が発生しなく原因について、次のどちらによるのかを調べようとしたようだ。

  • どちらのスリットを通過したか調べることで量子が波の性質を失う
  • 波の性質を保持しているが、それとは別の原因で干渉縞が消える

波の性質を失うことによって干渉が発生しなくなるのならば、スリット(この実験では1つ目のビームスプリッターに相当)を通過する段階で波の性質を失っていなければおかしい…………本当に? 干渉領域より遙か手前で波の性質を確認できても、干渉領域に達した段階で波の性質を保持している証拠にはならないはずである。 それはともかく、次のような実験を行なえば、1つ目のビームスプリッターを通過した時点で波の性質を保持しているかどうかは確認できる。

  1. 最初は、2つ目のビームスプリッターを抜いておいておいて、粒子性を観測する装置にしておく。
  2. 量子が1つ目のビームスプリッターを通過した後、2つ目のビームスプリッターを入れて、波動性を観測する装置に切り替える。
  3. これで干渉が発生すれば、粒子性を観測しようとしても、最初のビームスプリッターを通過するときに波の性質を持っている。

つまり、1つ目のビームスプリッターを通過した段階で波の性質を保持しているかどうかという物理現象より後に、観測の仕方を「遅延」選択しているのだ。 実際には、ビームスプリッターを高速で出し入れするのは難しいので、高速シャッター(オプティカルチョッパー)を用いて等価的装置を構成している。

遅延選択実験2

これにより、どのように観測しようとしても、1つ目のビームスプリッターを通過した段階で波の性質を保持していることは確認された。 少なくとも「波を観測しようとしたか、粒子を観測しようとしたかに関係なく、経路が別れた直後は波としての性質を維持している」とは言えるだろう。 しかし、観測の仕方が量子の波の性質に影響を及ぼさない(もっと厳密に言うと、量子は、その時々で、波になったり粒子になったりするのではなく、波としての性質と粒子としての性質が一体不可分の物と表現すべきだろうか)ことが確認された……………と言えるのだろうか?